237 / 548
第八章
番外編~シャルの理想の家族~
しおりを挟む
あまりに幸せな気持ちに、これが夢なのか現実なのかわからなかった。
だけど今まで染み付いていた習慣が急に抜ける事はなくて、意識を一気に覚醒させて周りを見渡す。
そこはいつものような冷たい床の上じゃなくて、フカフカのベットの上だった。
体に不快な感触は無いし、何処も汚れていない。
もう朝からあいつ等の相手をしなくてもいいんだ。
そう考えるだけで心が温かくなるのを感じる。
こんなに気持ちの良い朝は何時振りだろう。
横では幸せそうな顔をしたティオが私にくっつくようにして眠っていた。
心なしか顔色も良い。
だって、ついこの間あんなに美味しい御飯を食べさせてもらったんだから。
一生続くと覚悟していた地獄の日々は、ある日突然終わった。
あの日、イナバ様に助けてもらえなかったら自分達も同じようになったかもしれない。
それでも、あの男達が魔物に襲われるところを見た時、恐怖よりも喜んでいる自分がいた。
食い殺される所を最後まで見たかったけれど、私にはティオを守る義務がある。
きっとティオがいなかったらあのまま男達の最後を見届けて私も死んでいたと思う。
あの地獄のような日々もこの子がいたから頑張れた。
自分が汚されながらも、最後の一線を越えなかったのはティオのおかげだ。
ありがとうティオ。
幸せそうに眠るティオの頭を優しく撫でる。
ティオは満足そうな顔をすると寝返りをして反対を向いてしまった。
今のうちに・・・。
ベッドを抜け出しそっと部屋のドアを開ける。
最初に私の胸を満たしたのは香ばしいパンの匂いだった。
台所で作業をしていた女性が私の気配に気づいて振り返る。
「あら、もう起きたんですね。おはようございますシャルちゃん。」
「お、おはようございますセレン様。」
「別に様だなんて呼ばなくてもいいですよ、気軽にセレンと呼んでください。
「えっと、セレンさんおはようございます。」
この人はセレンさん。
イナバ様のお店で働いている料理の上手いお姉さん。
年は恐らくお母さんと同じぐらいだろうけど、なんとなくお姉さんと呼ぶほうがしっくり来る。
「はい、おはようございます。よく眠れましたか?」
「久々にゆっくり寝れました。」
「ティオ君はまだ寝ているの?」
「ごめんなさいまだ寝ています。」
「いいのよ、御飯までは寝かせておいてあげましょう。」
「あ、あのお手伝いすることはありますか?」
いい匂いはセレンさんの手元からもしてくる。
セレンさんは大きな鍋をかき回しながら時々ちょっと味見をする。
その姿を見て昔お母さんが料理を作ってくれた事を思い出した。
毎日あんなふうに美味しい御飯を作ってくれたな・・・。
「それじゃあスープの器をお願いできますか?後ろの食器棚の下から三段目にあるの。」
「はい!」
食器棚の三段目、あったこれかな。
「4枚並べてくださいね。」
4枚?
セレンさんと私、それとティオの分だったら3枚で足りるはず。
家族はいないって聞いていたけど、聞き間違いだったのかな。
「できました。」
「それじゃあスープを入れて、そうだイナバ様からミノーグのお肉をいただいたんだった。折角だから皆でいただきましょう。」
「なんだ、今日は随分と豪華なんだな。」
突然の男の人の声に思わずビクッと反応して身構えてしまう。
あの男達じゃないってわかって入るけれど、反射的に体が動いてしまった。
「ウェリスさん、おはようございます。」
「悪いな驚かせたか?」
「だ、大丈夫です。」
「この人はウェリスさん、他の皆さんと一緒にこの村を大きくしてくださっているのよ。」
「そんな綺麗なもんじゃない、俺はただの犯罪奴隷だ。」
「犯罪奴隷・・・。」
この人も奴隷なんだ。
しかも犯罪奴隷って事は悪い事をして奴隷にされたんだよね。
でも、そんな感じがしないのは何でだろう。
それにセレンさんがとっても嬉しそう。
村を大きくしているって事はセレンさんの奴隷じゃないって事だけど。
なのになんでここにいるの?
「イナバの野郎に助けられたんだって?人が良いっていうか甘いっていうか、相変わらずだな。」
「ウェリスさんも助けられた一人じゃありませんか。」
「そうなんですか?」
「まぁ、色々な。奴隷に落とされたのにこうやって自由にさせてもらっているのもあいつのおかげってわけだ。」
「ウェリスさんは私をお店まで護衛してくださっているの。朝と夜はいつも一緒に食べるのよ。」
だから四人分なんだ!
奴隷なのに自由にさせてもらえるなんてすごい。
そういえばニケ様もイナバ様の奴隷だって言っていたけど自由にしていた気がする。
本当はそういうものなのかな。
「まぁそういう事だからよろしく頼む。」
「ウェリスさんお肉はどのぐらい食べますか?」
「少しバテ気味だから、少なめでいいぞ。」
「ダメですよ、疲れているときこそしっかり食べないと。でもお弁当は少し軽めにしておきますね。」
「それで頼む。」
二人はまるで夫婦みたい。
いいなぁ、幸せそう。
奴隷でも幸せになっていいんだ。
「シャルちゃんティオ君を起こしてきてもらえる?」
「あ、はい!」
思わず見とれてしまった。
お父さんとお母さんもこんな感じだった気がする。
もうずっと昔の事で忘れちゃったけど、二人とも幸せそうだった。
温かい気持ちのまま部屋に戻るもまだティオは夢の中だ。
まったく、この間まであんなに大変だったのに。
でも、ゆっくり寝てるって事は安心しているって事だよね。
「ティオ、起きて御飯だよ。」
「んん~、まだ眠いよ。」
文句を言って毛布に潜り込んでしまう。
「セレンさんも待ってるよ。今日はティオの好きなお肉だって。」
「お肉!」
食いしん坊のティオはお肉って聞くとすぐに目を開けて飛び起きた。
今まではお肉なんて夢の食べ物だったのに、イナバ様の所で食べてからすっかり好物になっちゃって。
でも本当に美味しかった。
また食べれるなんて、やっぱりこれは夢なのかな。
そう思って頬を抓ってみると鈍い痛みがする。
夢じゃなかった。
「おはようございます!」
「はい、おはようございます。ティオ君は今日も元気ね。」
「元気な事はいい事だ、坊主しっかり食べろよ。」
「はい!いっぱい食べます!」
お肉の事に夢中でウェリスさんっていう人がいる事に気づいていないみたい。
ほんとまだまだ子供なんだから。
「では、大地の恵と豊かな時間に感謝を、いただきます。」
「「「いただきます。」」」
硬くないパンに温かいスープ、それに柔らかいお肉。
どれをとってもつい二日前までは望んでも食べられなかったものだ。
それが当たり前のように目の前に置かれている。
もう、乱暴される事もないし、痛いことも苦しい事もしなくていい。
そう思うだけで涙が勝手にこぼれてしまった。
「どうしたの、御飯美味しくなかった?」
「ち、ちがいます、ちょっと信じられなくて。」
「ここはもう戦場じゃないし馬鹿な野郎もいない、安心して食え。」
「お姉ちゃん美味しいよ!」
あー、もう口の周りがドロドロじゃない。
布巾で口を拭くと嬉しそうにティオが笑う。
この子のこんな笑顔がまた見られるなんて、夢みたい。
「怖い人はいないから、落ち着いたらいっぱい食べてね。」
「まったくこんな小さな子供に手を出して馬鹿な奴等だぜ、死んで当然だ。まぁそういう俺も地獄いくけどな。」
「もう、またそんな事言って。」
「それだけの事を俺はしてきたんだ、今更天国に行こうなんて思わないさ。」
ウェリスさんの言葉にセレンさんは少しだけ寂しそうな顔をする。
お母さんが言ってた、悪いことをすると地獄に行くんだって。
それなら私は地獄で構わない。
代わりにティオだけは天国に行ってくれるとうれしいな。
「良い事をすれば神様はきっと見てくれますよ。」
「神様ねぇ。」
「お姉ちゃん神様はいるよね?」
「どうかな、私も見たことないし。」
「もぅ、シャルちゃんまで。」
だって本当に見たことないんだもの。
もし神様がいるのなら、あんなに苦しい思いはしなかったはずだし。
どれだけ叫んでも、どれだけ祈っても神様は来てくれなかった。
だから神様はいないんだと思うな。
「僕、神様はいると思うよ!だってお姉ちゃんが元気になりますようにってお祈りしたらお姉ちゃん笑ってくれたもん!」
「そうよ、シャルちゃんは今笑っているものね。」
「うん!だから僕神様にお礼を言うんだ、お姉ちゃんを助けてくれてありがとうって。」
「そいつは良い考えだ、もしかしたら助けに来たあいつが神様だったりしてな。」
「イナバ様が神様?」
「冗談だ、あいつはそんなすごい人間じゃねぇよ。どこにでもいるただの男だ。」
イナバ様が神様。
もちろんそんなことはあり得ないってわかっているけど、あの時、魔物に殺されそうになった私を助けれくれた時。
あの瞬間はイナバ様が神様のように見えた。
全てをあきらめてギュッと目を閉じた時に聞こえた声。
その声に従ったから私は生き延びることができた。
あの地獄から私を救い出してくれた人。
イナバ様はやっぱり神様なのかもしれない。
「お姉ちゃんどうしたの?」
「なんでもない、ご飯食べたらティオはどうするの?」
「えっとね、友達と遊びに行く!今日は泉に連れて行ってくれるんだって!」
「もうお友達ができたの?」
「うん、ミゲルっていうんだよ。」
昨日の今日でお友達だなんて、すごい。
「そう言えばチビ共がなんか言ってたな。」
「子供たちだけで泉までは危なくないですか?」
「あそこは常に誰かいるし魔物も出てこない。それに、ここのガキどもなら仮に魔物に出会ってもうまく逃げて帰ってくるさ。」
「絶対に危ない事しないって約束できる?」
「うん!」
「じゃあご飯いっぱい食べないとね、でもお昼には帰ってくるんだよ?」
「は~い。」
ティオがお友達と遊びに行くなんて。
これも神様が助けてくれたおかげだよね。
「じゃあティオ君の分もお弁当作っておこうか。」
「いいの!?」
「ウェリスさんの分も作るから大丈夫よ。」
「よかったね、ティオ。」
「うん!」
まるでお母さんにお弁当を作ってもらうみたい。
ティオは小さすぎて二人の事を覚えていない。
もし、二人が生きていたらこんな感じだったのかな。
なんて。
「ゆっくり話をしたい所だがそろそろ行く時間だぞ。」
「もうそんな時間ですか!?」
「まぁ、走らなきゃいけないほどじゃないが・・・。」
「すぐにお弁当作らなきゃ!」
セレンさんが慌てて台所に向かう。
「私もお手伝いします。」
「それじゃあパンにそこの野菜を挟んでもらって、それから・・・。」
「おかわり!」
「えぇ、お姉ちゃん今それどころじゃないんだけど。」
「おかわりないの?」
そんな顔で見られても無理なものは無理なの!
「ほら、俺の分食ってろ。」
「いいの!?」
「その代わり男なら文句を言わずに待ってろ、女は支度に時間がかかるもんなんだよ。」
「わかった!」
私にはよくわからないけど、お父さんがいたら男の子はこんな感じのやり取りするのかな。
「シャルちゃんどうしたの?」
「なんでもないです。」
「あぁ見えてウェリスさんは子供が好きなのよ。」
「そうなんですね。」
「私も好きなんだけど、なかなかね・・・。」
なかなか、何なんだろう。
大人の事はよくわからない。
私も大きくなったらわかる時が来るのかな。
「ねぇ、おじちゃんとお姉ちゃんは結婚してないの?」
「なっ!」
「えぇ!」
「違うの?」
「ちょっと、ティオ何言ってるの!」
ウェリスさんとセレンさんが真っ赤な顔をしている。
「だって一緒にご飯食べてるんでしょ?」
「食べているから結婚しているわけじゃないんだよ?」
「そうなの?」
「いや、まぁなんつうか・・・。」
真っ赤になってうつむいてしまったセレンさんをチラチラと見ている。
さっきまで普通だったのに、結婚の話が出たとたんに変わっっちゃった。
大人ってわからない。
「ねぇ、違うの?」
「そういうのはお前にはまだ早い話だ。」
「えー、教えてよぉ。」
「ほらティオ、お友達が迎えに来るよ。」
「そうだった!ねぇ帰ってきたら教えてくれるよね!絶対だよ!」
ティオは二人の返事を聞かずに走って行ってしまった。
もぅ、困った子なんだから。
「ウェリスさんと結婚・・・。」
振り返るとセレンさんがまだ顔を赤くしたまま俯いていた。
「セレンさん?」
「な、なんでも無いのよシャルちゃん。」
「あの、時間大丈夫ですか?」
「そうだ!ウェリスさん早くいかないと!」
「お、おぅ!」
「洗い物しておきます。」
「できるだけ早く帰ってくるから、後お願いしますね!」
顔を真っ赤にしたまま二人は慌てて出て行ってしまった。
大人って大変だ。
でも、あんな仲の良いお父さんとお母さんが居たら・・・。
いつの日か、私が大きくなった時にあのお二人のような家族が作れると良いな。
食器を片付けて部屋の掃除も一緒に済ませる。
そう言えば村長様に呼ばれていたんだっけ。
遅くならないうちいかないと。
あの日から私の人生はガラッと変わった。
もう、苦しい思いも悲しい思いもしなくていい。
ここからが私の新しい始まりだ。
この先どんなに大変な事があっても、あの日々に比べたら越えられる気がする。
「ク・シャル。今日も一日頑張ります!」
誰もいない部屋に私の声がこだました。
さぁ、今日も一日頑張ろう。
だけど今まで染み付いていた習慣が急に抜ける事はなくて、意識を一気に覚醒させて周りを見渡す。
そこはいつものような冷たい床の上じゃなくて、フカフカのベットの上だった。
体に不快な感触は無いし、何処も汚れていない。
もう朝からあいつ等の相手をしなくてもいいんだ。
そう考えるだけで心が温かくなるのを感じる。
こんなに気持ちの良い朝は何時振りだろう。
横では幸せそうな顔をしたティオが私にくっつくようにして眠っていた。
心なしか顔色も良い。
だって、ついこの間あんなに美味しい御飯を食べさせてもらったんだから。
一生続くと覚悟していた地獄の日々は、ある日突然終わった。
あの日、イナバ様に助けてもらえなかったら自分達も同じようになったかもしれない。
それでも、あの男達が魔物に襲われるところを見た時、恐怖よりも喜んでいる自分がいた。
食い殺される所を最後まで見たかったけれど、私にはティオを守る義務がある。
きっとティオがいなかったらあのまま男達の最後を見届けて私も死んでいたと思う。
あの地獄のような日々もこの子がいたから頑張れた。
自分が汚されながらも、最後の一線を越えなかったのはティオのおかげだ。
ありがとうティオ。
幸せそうに眠るティオの頭を優しく撫でる。
ティオは満足そうな顔をすると寝返りをして反対を向いてしまった。
今のうちに・・・。
ベッドを抜け出しそっと部屋のドアを開ける。
最初に私の胸を満たしたのは香ばしいパンの匂いだった。
台所で作業をしていた女性が私の気配に気づいて振り返る。
「あら、もう起きたんですね。おはようございますシャルちゃん。」
「お、おはようございますセレン様。」
「別に様だなんて呼ばなくてもいいですよ、気軽にセレンと呼んでください。
「えっと、セレンさんおはようございます。」
この人はセレンさん。
イナバ様のお店で働いている料理の上手いお姉さん。
年は恐らくお母さんと同じぐらいだろうけど、なんとなくお姉さんと呼ぶほうがしっくり来る。
「はい、おはようございます。よく眠れましたか?」
「久々にゆっくり寝れました。」
「ティオ君はまだ寝ているの?」
「ごめんなさいまだ寝ています。」
「いいのよ、御飯までは寝かせておいてあげましょう。」
「あ、あのお手伝いすることはありますか?」
いい匂いはセレンさんの手元からもしてくる。
セレンさんは大きな鍋をかき回しながら時々ちょっと味見をする。
その姿を見て昔お母さんが料理を作ってくれた事を思い出した。
毎日あんなふうに美味しい御飯を作ってくれたな・・・。
「それじゃあスープの器をお願いできますか?後ろの食器棚の下から三段目にあるの。」
「はい!」
食器棚の三段目、あったこれかな。
「4枚並べてくださいね。」
4枚?
セレンさんと私、それとティオの分だったら3枚で足りるはず。
家族はいないって聞いていたけど、聞き間違いだったのかな。
「できました。」
「それじゃあスープを入れて、そうだイナバ様からミノーグのお肉をいただいたんだった。折角だから皆でいただきましょう。」
「なんだ、今日は随分と豪華なんだな。」
突然の男の人の声に思わずビクッと反応して身構えてしまう。
あの男達じゃないってわかって入るけれど、反射的に体が動いてしまった。
「ウェリスさん、おはようございます。」
「悪いな驚かせたか?」
「だ、大丈夫です。」
「この人はウェリスさん、他の皆さんと一緒にこの村を大きくしてくださっているのよ。」
「そんな綺麗なもんじゃない、俺はただの犯罪奴隷だ。」
「犯罪奴隷・・・。」
この人も奴隷なんだ。
しかも犯罪奴隷って事は悪い事をして奴隷にされたんだよね。
でも、そんな感じがしないのは何でだろう。
それにセレンさんがとっても嬉しそう。
村を大きくしているって事はセレンさんの奴隷じゃないって事だけど。
なのになんでここにいるの?
「イナバの野郎に助けられたんだって?人が良いっていうか甘いっていうか、相変わらずだな。」
「ウェリスさんも助けられた一人じゃありませんか。」
「そうなんですか?」
「まぁ、色々な。奴隷に落とされたのにこうやって自由にさせてもらっているのもあいつのおかげってわけだ。」
「ウェリスさんは私をお店まで護衛してくださっているの。朝と夜はいつも一緒に食べるのよ。」
だから四人分なんだ!
奴隷なのに自由にさせてもらえるなんてすごい。
そういえばニケ様もイナバ様の奴隷だって言っていたけど自由にしていた気がする。
本当はそういうものなのかな。
「まぁそういう事だからよろしく頼む。」
「ウェリスさんお肉はどのぐらい食べますか?」
「少しバテ気味だから、少なめでいいぞ。」
「ダメですよ、疲れているときこそしっかり食べないと。でもお弁当は少し軽めにしておきますね。」
「それで頼む。」
二人はまるで夫婦みたい。
いいなぁ、幸せそう。
奴隷でも幸せになっていいんだ。
「シャルちゃんティオ君を起こしてきてもらえる?」
「あ、はい!」
思わず見とれてしまった。
お父さんとお母さんもこんな感じだった気がする。
もうずっと昔の事で忘れちゃったけど、二人とも幸せそうだった。
温かい気持ちのまま部屋に戻るもまだティオは夢の中だ。
まったく、この間まであんなに大変だったのに。
でも、ゆっくり寝てるって事は安心しているって事だよね。
「ティオ、起きて御飯だよ。」
「んん~、まだ眠いよ。」
文句を言って毛布に潜り込んでしまう。
「セレンさんも待ってるよ。今日はティオの好きなお肉だって。」
「お肉!」
食いしん坊のティオはお肉って聞くとすぐに目を開けて飛び起きた。
今まではお肉なんて夢の食べ物だったのに、イナバ様の所で食べてからすっかり好物になっちゃって。
でも本当に美味しかった。
また食べれるなんて、やっぱりこれは夢なのかな。
そう思って頬を抓ってみると鈍い痛みがする。
夢じゃなかった。
「おはようございます!」
「はい、おはようございます。ティオ君は今日も元気ね。」
「元気な事はいい事だ、坊主しっかり食べろよ。」
「はい!いっぱい食べます!」
お肉の事に夢中でウェリスさんっていう人がいる事に気づいていないみたい。
ほんとまだまだ子供なんだから。
「では、大地の恵と豊かな時間に感謝を、いただきます。」
「「「いただきます。」」」
硬くないパンに温かいスープ、それに柔らかいお肉。
どれをとってもつい二日前までは望んでも食べられなかったものだ。
それが当たり前のように目の前に置かれている。
もう、乱暴される事もないし、痛いことも苦しい事もしなくていい。
そう思うだけで涙が勝手にこぼれてしまった。
「どうしたの、御飯美味しくなかった?」
「ち、ちがいます、ちょっと信じられなくて。」
「ここはもう戦場じゃないし馬鹿な野郎もいない、安心して食え。」
「お姉ちゃん美味しいよ!」
あー、もう口の周りがドロドロじゃない。
布巾で口を拭くと嬉しそうにティオが笑う。
この子のこんな笑顔がまた見られるなんて、夢みたい。
「怖い人はいないから、落ち着いたらいっぱい食べてね。」
「まったくこんな小さな子供に手を出して馬鹿な奴等だぜ、死んで当然だ。まぁそういう俺も地獄いくけどな。」
「もう、またそんな事言って。」
「それだけの事を俺はしてきたんだ、今更天国に行こうなんて思わないさ。」
ウェリスさんの言葉にセレンさんは少しだけ寂しそうな顔をする。
お母さんが言ってた、悪いことをすると地獄に行くんだって。
それなら私は地獄で構わない。
代わりにティオだけは天国に行ってくれるとうれしいな。
「良い事をすれば神様はきっと見てくれますよ。」
「神様ねぇ。」
「お姉ちゃん神様はいるよね?」
「どうかな、私も見たことないし。」
「もぅ、シャルちゃんまで。」
だって本当に見たことないんだもの。
もし神様がいるのなら、あんなに苦しい思いはしなかったはずだし。
どれだけ叫んでも、どれだけ祈っても神様は来てくれなかった。
だから神様はいないんだと思うな。
「僕、神様はいると思うよ!だってお姉ちゃんが元気になりますようにってお祈りしたらお姉ちゃん笑ってくれたもん!」
「そうよ、シャルちゃんは今笑っているものね。」
「うん!だから僕神様にお礼を言うんだ、お姉ちゃんを助けてくれてありがとうって。」
「そいつは良い考えだ、もしかしたら助けに来たあいつが神様だったりしてな。」
「イナバ様が神様?」
「冗談だ、あいつはそんなすごい人間じゃねぇよ。どこにでもいるただの男だ。」
イナバ様が神様。
もちろんそんなことはあり得ないってわかっているけど、あの時、魔物に殺されそうになった私を助けれくれた時。
あの瞬間はイナバ様が神様のように見えた。
全てをあきらめてギュッと目を閉じた時に聞こえた声。
その声に従ったから私は生き延びることができた。
あの地獄から私を救い出してくれた人。
イナバ様はやっぱり神様なのかもしれない。
「お姉ちゃんどうしたの?」
「なんでもない、ご飯食べたらティオはどうするの?」
「えっとね、友達と遊びに行く!今日は泉に連れて行ってくれるんだって!」
「もうお友達ができたの?」
「うん、ミゲルっていうんだよ。」
昨日の今日でお友達だなんて、すごい。
「そう言えばチビ共がなんか言ってたな。」
「子供たちだけで泉までは危なくないですか?」
「あそこは常に誰かいるし魔物も出てこない。それに、ここのガキどもなら仮に魔物に出会ってもうまく逃げて帰ってくるさ。」
「絶対に危ない事しないって約束できる?」
「うん!」
「じゃあご飯いっぱい食べないとね、でもお昼には帰ってくるんだよ?」
「は~い。」
ティオがお友達と遊びに行くなんて。
これも神様が助けてくれたおかげだよね。
「じゃあティオ君の分もお弁当作っておこうか。」
「いいの!?」
「ウェリスさんの分も作るから大丈夫よ。」
「よかったね、ティオ。」
「うん!」
まるでお母さんにお弁当を作ってもらうみたい。
ティオは小さすぎて二人の事を覚えていない。
もし、二人が生きていたらこんな感じだったのかな。
なんて。
「ゆっくり話をしたい所だがそろそろ行く時間だぞ。」
「もうそんな時間ですか!?」
「まぁ、走らなきゃいけないほどじゃないが・・・。」
「すぐにお弁当作らなきゃ!」
セレンさんが慌てて台所に向かう。
「私もお手伝いします。」
「それじゃあパンにそこの野菜を挟んでもらって、それから・・・。」
「おかわり!」
「えぇ、お姉ちゃん今それどころじゃないんだけど。」
「おかわりないの?」
そんな顔で見られても無理なものは無理なの!
「ほら、俺の分食ってろ。」
「いいの!?」
「その代わり男なら文句を言わずに待ってろ、女は支度に時間がかかるもんなんだよ。」
「わかった!」
私にはよくわからないけど、お父さんがいたら男の子はこんな感じのやり取りするのかな。
「シャルちゃんどうしたの?」
「なんでもないです。」
「あぁ見えてウェリスさんは子供が好きなのよ。」
「そうなんですね。」
「私も好きなんだけど、なかなかね・・・。」
なかなか、何なんだろう。
大人の事はよくわからない。
私も大きくなったらわかる時が来るのかな。
「ねぇ、おじちゃんとお姉ちゃんは結婚してないの?」
「なっ!」
「えぇ!」
「違うの?」
「ちょっと、ティオ何言ってるの!」
ウェリスさんとセレンさんが真っ赤な顔をしている。
「だって一緒にご飯食べてるんでしょ?」
「食べているから結婚しているわけじゃないんだよ?」
「そうなの?」
「いや、まぁなんつうか・・・。」
真っ赤になってうつむいてしまったセレンさんをチラチラと見ている。
さっきまで普通だったのに、結婚の話が出たとたんに変わっっちゃった。
大人ってわからない。
「ねぇ、違うの?」
「そういうのはお前にはまだ早い話だ。」
「えー、教えてよぉ。」
「ほらティオ、お友達が迎えに来るよ。」
「そうだった!ねぇ帰ってきたら教えてくれるよね!絶対だよ!」
ティオは二人の返事を聞かずに走って行ってしまった。
もぅ、困った子なんだから。
「ウェリスさんと結婚・・・。」
振り返るとセレンさんがまだ顔を赤くしたまま俯いていた。
「セレンさん?」
「な、なんでも無いのよシャルちゃん。」
「あの、時間大丈夫ですか?」
「そうだ!ウェリスさん早くいかないと!」
「お、おぅ!」
「洗い物しておきます。」
「できるだけ早く帰ってくるから、後お願いしますね!」
顔を真っ赤にしたまま二人は慌てて出て行ってしまった。
大人って大変だ。
でも、あんな仲の良いお父さんとお母さんが居たら・・・。
いつの日か、私が大きくなった時にあのお二人のような家族が作れると良いな。
食器を片付けて部屋の掃除も一緒に済ませる。
そう言えば村長様に呼ばれていたんだっけ。
遅くならないうちいかないと。
あの日から私の人生はガラッと変わった。
もう、苦しい思いも悲しい思いもしなくていい。
ここからが私の新しい始まりだ。
この先どんなに大変な事があっても、あの日々に比べたら越えられる気がする。
「ク・シャル。今日も一日頑張ります!」
誰もいない部屋に私の声がこだました。
さぁ、今日も一日頑張ろう。
11
お気に入りに追加
204
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す
エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】
転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた!
元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。
相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ!
ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。
お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。
金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-
すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン]
何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?…
たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。
※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける
縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は……
ゆっくりしていってね!!!
※ 現在書き直し慣行中!!!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる