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第八章

戦闘(販売)準備完了

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朝が来た。

すずめかどうかはわからないが鳥が鳴いている。

清々しい朝だ。

昨日はやるだけやった。

残った疲労感が心地いい。

ベットの温かさだけでなく別の温かさが左右にある。

右にはエミリアの、左にはシルビアの顔があった。

どちらも幸せそうな寝顔をしている。

起こしたくは無いのだが、生理現象には抗えない。

欲望を開放してもいいのだが、さすがにそれはまずい。

男の、いや大人としての尊厳に関わる問題だ。

えぇい、仕方ない。

必殺技を使うとしよう。

俺は膝を立てると芋虫のように自分の体を下へと移動させる。

膝を伸ばし、また縮めながらずるずるとベットの下から這い出る。

二人は・・・起きていないようだ。

昨日は無理させてしまったから仕方ない。

これも全て俺達のためだ。

この頑張りがきっと、実を結ぶ時が来る。

っと、そんな事している場合じゃい。

トイレトイレっと。

~二人の寝顔を想像しながらしばらくお待ち下さい~

ふぅ、スッキリした。

危なく漏らす所だった。

この年でお漏らしはさすがに恥ずかしい。

致し方ない尿漏れならまだしもおねしょはさすがにな。

窓の外は鮮やかな青空。

秋が近づいてきてはいるがまだまだ残暑は厳しい。

でも風は涼しくなってきた。

こういう所は元の世界と何も変わらないな。

「シュウイチさん。」

いつもはユーリが魔力補給をしている窓から外を見ていると後ろからエミリアの声が聞こえてきた。

「あ、起こしてしまいましたか。」

「横を見ると姿が見えなかったので。」

「体は大丈夫ですか?」

「はい、ちょっと体は重いですけど元気です。」

よかった。

昨日はなれない事をさせてしまったので申し訳なかった。

でもそのおかげで今日という日を迎えられた。

二人には感謝しかない。

「シルビアはまだ起きそうにないですね。」

「朝は弱いですし、昨日はなれない事をしてだいぶ疲れておられましたので。」

「そのまま寝かせてあげましょう。」

しんどいのに無理やり起こす必要は無い。

休める時は休む。

戦士の鉄則だ。

「朝食をお願いしてきますが何か食べたい物はありますか?」

「特に何も、でもちょっとお腹が空いています。」

「忙しくなってもいいように元気の出るものにしてもらいましょうか。」

「それがいいと思います。」

「では行ってきます。」

「いってらっしゃいシュウイチさん。」

エミリアに見送られて部屋を出る。

ドアを閉めるときに洗面所に向かうのが見えたから、戻るのは少しゆっくりしてからにしよう。

女性には準備が必要だ。

昨日のように無理をした日は特にね。

階段を下りて一階に向かうと、ロビーはこの時間から賑わっていた。

そうか、今日は聖日だから朝から出かける人も居るんだよな。

「おはようございますイナバ様。」

「あ、おはようございます。」

「昨日は随分と遅くまで頑張っておられましたね。」

支配人の口から出たこの某国民的RPG的な流れはテンプレなんだろうか。

いや、それはない。

夜分に飲み物を頼んだしその事を言っているんだろう。

「おかげでお腹がペコペコです。何か元気の出る物をお願いできますか?」

「お任せ下さい。それと新鮮なチーズを手に入れたのでご一緒に持って行きますね。」

お、タイムリーだな。

「そのチーズは市場で?」

「はい。いつも聖日に行商に来られるので顔を出すようにしています。最近のは特に美味しいんですよ。」

「それは楽しみです。」

「では後ほど。」

「あ、しばらく戻れないのでここで少し時間をつぶしてから戻ります。」

「かしこまりました。」

サンサトローズ一の宿、白鷺亭。

各国著名人から重鎮まで誰が利用しても大満足の理由は、スタッフの質の高さだけでなくこの支配人が居てこそだと思う。

白鷺亭支配人、ハスラー。

またの名を忍者支配人。

何か要望が出ようものなら音も無く現れてそれを完璧に解決してしまう。

一体どうやってあの階段を上り下りしているんだろうか。

どこかに消防署にあるようなポールでも仕込んでいるのかもしれない。

でもそれだと早く降りれても早く登ってくる事はできない。

お茶をこぼすことなく速攻で戻ってくるからなぁあの人は。

やっぱり各階に調理室があると考えるべきか。

「イナバ様どうぞ。」

「あ、すみません。」

ほら、こうやってさりげなくお茶を出してくれる。

「今日もお忙しそうですね。」

「もうすぐ夏も終わりますから、遊べるのも今のうちです。」

「秋は皆さんお忙しいんですね。」

「収穫もありますし冬への準備も進めなければなりません。それに、納税の時期でもありますから。」

「なるほど、お金が良く動くわけですね。」

「農家の方だけでなく商売を営む方々もこの時期はかきいれ時です。普段と変わらないのは冒険者の皆さんぐらいでしょうか。」

そうか、彼等は定住していないから納税しないとイアンがぼやいていたっけ。

でも商売のかきいれ時でもあるという事は、護衛や輸送などで冒険者が活躍する場も増える。

冒険者が活躍すれば無事に荷物が届き利益が出る。

利益が出れば納税額も増える。

冒険者は納税しなくても、彼等の力は見えない所でしっかりと税に貢献している。

縁の下の力持ちというのはちょっと違うけど、似たようなところはあるな。

「という事は冬は少し人も少なくなるんですね。」

「そうですね、一年で一番人が少なくなります。もっとも、この辺りは雪に閉ざされる事もありませんから比較的賑わっている方です。その時期を利用して旅行する方も多いので、そういった人が代わりに利用してくださいます。」

「なるほど、農閑期を利用して旅行ですか。」

「その時期ぐらいしか自由な日はありませんから。」

農家に休みなし。

聖日でもおかまいなく日々の手入れはしなければならない。

いつもご苦労様です。

「ここはいつも忙しそうですが、支配人も休暇を?」

「はい、私は毎年冬の初めに休みを頂いています。」

「どこかに行かれるんですか?」

「普段構ってやれない家族と一緒にちょっと温泉へ。」

ネムリと同じか。

飛行機があるわけじゃないし、バカンスにちょっと海外へなんて気安くいけるわけがないか。

そう考えると手近な温泉が丁度いいんだろう。

いいよね、温泉。

「家族への恩返しという奴ですね。」

「それと1年の頑張りに自分へのご褒美です。」

「それは大事な事です。」

仕事頑張ったから美味しい物を食べる。

仕事頑張ったから10連回す。

仕事頑張ったから欲しかった物を買う。

こうやって心のバランスを取ってみんな頑張っている。

もちろん仕事だけじゃなく学校や人間関係って人も居るだろう。

皆さんいつもご苦労様です。

「イナバ様も奥様方とご一緒に行かれてはどうですか?」

「行きたい所ではありますがさすがに1年目から店をあけるわけには行きませんので。ですが、余裕が出来れば考えようと思います。」

もし冬ぐらいにノルマを達成できるのであれば考えなくもない。

だが今のままでは残念ながらその余裕は無いわけで。

いや、違うな。

行く為に頑張るんだ。

何か目標があったほうが頑張り易い。

それに、何時も皆に頼りすぎているから労わないと申し訳ない。

「と、思ったんですが前向きに健闘したいと思います。」

「其れがよろしいかと。」

「ありがとうございます、頑張るきっかけが出来ました。」

「ご無理だけはなさらないでくださいね。」

「あはは、善処します。」

皆で温泉に行く為にも、今日を頑張って乗り越えよう。

チーズを手に入れているという事はゴーダさんはもう到着しているという事になる。

あまりのんびりもしていられない。

「後で朝食をお持ちします。」

「お茶ご馳走様でした、私もそろそろ戻ります。」

冷めても美味しいお茶を一気に飲み干し部屋へと戻る。

もうエミリアの準備も終わった所だろう。

シルビア様はまだ寝ているかもしれないがそろそろ起きてもらわないとな。

やる気十分、最上階まで階段を一気に上り部屋のドアを開ける。

「ただいま戻りまし・・・。」

「シュウイチ遅かったな。」

ドアを開けると目の前にはシルビア様。

それはいい。

それはいいんだが。

「シルビア様、服を着てください!」

「いいではないか結婚しているんだから・・・わかった、わかったからそんな顔で睨むな。」

そうだった。

シルビア様は裸族では無いが下着姿でうろうろする癖があったんだ。

朝から良いものを見せていただきました。

眼福眼福。

「すぐに朝食を持って来てくれるそうです。シルビアも起きていたんですね。」

「もう少しお休みいただこうと思ったんですが、時間もありますので起きて頂きました。」

「ありがとうございます。」

「その、シュウイチさんはあんな格好が好きなんですか?」

「何がですか?」

「シルビア様の格好を見て嬉しそうな顔をされたので・・・。」

なるほどそういうことか。

好きだ!

以上。

「そこはほら、私も男ですので。」

「好きなんですね?」

「好き、ですね。」

「シルビア様ばっかりずるいです。」

「これは不可抗力という奴で決して見たくて覗いたわけじゃないですからね。」

「わかっています。」

わかっていますといいながら不機嫌なエミリア。

いや、見せてくださいっていうワケにいかないじゃない。

見たいよ?

見たいけどさすがにこんな時間から・・・。

「素直になればいいではないか。」

後ろを振り返ると着替えを済ませたシルビア様が洗面所から出てきた。

「べ、別に見て欲しいわけじゃありません!」

「そうなのか?夫婦なのだから別に見られても構わないでは無いか。」

「恥ずかしいじゃないですか。」

「まぁいずれは全部見られるのだから、今更下着がどうの言うこともあるまい。それでシュウイチはあぁいう格好が好きなのか?ならば家ではあの格好で・・・。」

「好きですが服は着てください。」

「何故だ?」

「偶に見えるからいいんです。」

常に見ていたら新鮮味がなくなってしまう。

チラリズムのように偶に見えるからいいんです。

偉い人にはそれがわからんのです。

「ふむ、それについては良くわからんが気をつけるとしよう。エミリアの眼が怖いからな。」

「もう、シルビア様!」

「はっはっは、怒るな怒るな。」

仲睦ましいうちの奥様達。

二人と行く為にも、いや皆で行く為にも今日を頑張ろう。

え、昨日見たんじゃないのかって?

体を気遣っていたけどって?

何の話でしょうか。

「シルビア体調は大丈夫ですか?」

「あぁ、さすがに昨日は疲れたが今日はもう大丈夫だ。しかしあれだな、普段はカムリに任せていたがたまには事務処理という奴もしておかねばならんな。あれだけの数字を見ているとなんというか気が狂いそうだった。」

「慣れない事をさせて申し訳ありませんでした。」

「なに、騎士団を出れば私も商店を手伝わねばならんのだ。数字ぐらい見れるようになったほうがいいだろう。」

「シルビアにはユーリと一緒にダンジョンの警備や巡回をお願いするので無理に覚えなくても大丈夫ですよ。」

「そうか?それを聞いて安心した。」

ホッと胸をなでおろすシルビア様。

そんな仕草もまた可愛いんです。

誤解させたようであれですが昨日は別にそういう事をしてたわけではありませんので、お間違いのないように。

大量の資料を読み解き、分析し、推測する。

昨夜はその作業に没頭していた。

シルビア様とエミリアの持ち帰った資料もふまえて三人で議論を交わす。

正直資料を読むだけなら俺一人で出来る。

だが、俺一人では偏った考えになってしまうので二人の意見も交えながら情報を整理し続けた。

俺やエミリアは数字を見ることに慣れているがシルビア様は慣れていない。

後半は本当にしんどそうだった。

そのせいもあり朝起きれなかったのだろう。

あ、起きれないのはいつもの事か?

でもまぁ無理をさせたのは間違いない。

慣れているとはいえエミリアにも無理をさせてしまった。

今日ぐらいはゆっくりしてもらおう。

「では支配人の持って来てくれる朝食を食べたら出発しましょう。ゴーダさんはもう市場にいるようです。」

「早いですね。」

「ここの市は日の出と共に始まるからな。」

「とりあえずイアンが資料を持ってくるまでは何も出来ませんので二人は休んでいてもかまいませんが、どうします?」

「ふむ、ならばお言葉に甘えるとしよう。エミリア、ネムリが見て欲しい物があるといっていたのだが一緒にどうだ?」

「ネムリさんがですか?」

「なんでも、まだ売りに出していない新作があるそうなんだが・・・。」

「行きます!」

決断はや!

ジャパネットネムリはうちの奥様達のハートをがっちりと掴んでいるからなぁ。

困ったものだ。

「ではお昼前は別行動という事で。」

「すまんな。」

「折角のお休みですから。」

「失礼します、お食事をお持ちしました。」

ナイスタイミング。

朝食も来たし、英気を養って1日頑張りますかね。

楽しそうにはしゃぐ二人を見ながら俺は幸せをかみ締めるのだった。


「おはようございますゴーダさん。」

「これはイナバ様!おはようございます。」

白鷺亭の前で二人と分かれ俺は市場へと向かった。

さすが聖日、いつもよりもたくさんの人で市は賑わっている。

市場の目抜き通り、その真ん中にゴーダさんは店を出していた。

「いい場所ですね。」

「今日はイナバ様が来てくれるので頑張りました。」

人通りも多いし、周りの活気もいい。

横が流行っているとそのまま次の店も、となるのが消費者の心理だ。

そういう意味でも最高の場所と言えるだろう。

「朝からの売上はどうですか?」

「いつも御購入いただいている方は来て下さったのですが、中々新規の方は手を伸ばしてくれません。」

「そうですか。」

定期購入、それこそ支配人のような人はこれを目当てに来てくれているので売れて当たり前のお客さんだ。

今大切なのは、今まで縁のなかったお客もしくは一度買ったが二回目の無いお客だ。

リピーターこそ商売の屋台骨。

彼等が居ない事には安定した売上は見込めない。

商店でいう所のダンジョンに通ってくれる冒険者の事だ。

彼等は必ず商店で買い物をしてくれる。

それにダンジョンに潜らないとお金を稼げないので来る頻度も多い。

売上は少なくても回数が増えればそれは大きな売上になる。

ここもそういうお客さんを多く確保しなければやっていくことは難しい。

どれ、とりあえず様子をみてみますかね。

「イナバ様どうすればいいのでしょう。」

「とりあえずお昼まではいつもどおり販売を続けてください。私は後ろから様子を伺いながらイアンが来るのを待ちます。彼に頼んでいるものがくれば、答えが導き出せますので。」

「わかりました。」

「何とかしてみますので安心してください。」

「おねがいします。」

不安そうなゴーダさんを勇気付けながら俺は売れ行きを見守った。

正直に言って売れ行きは芳しく無い。

左右のお店は絶えずお客さんが居るのにうちの前だけポッカリと穴が開いたような感じだ。

確かに人通りはあるから見てくれる人はいる。

だが、見ているだけで話しかけようとしたらどこかに行ってしまう。

典型的な待ちの状況だ。

これはよろしくない。

このままではズルズルと売上は下がっていってしまう。

商売は時として勢いが必要である。

その勢いがこの店には全く無かった。

「よぅ、調子はどうだ?」

お昼少し前、売上の悪さにゴーダさんのテンションが下がりきった頃、待ちに待った人間がやってきた。

「あまりよろしくないですね。」

「おいおいそれは困るな、嫁には休暇を楽しみにしておけと念話で話したんだぞ。」

「申し訳ありません、私が不甲斐無いばかりに・・・。」

「それで、頼んでいた物は?」

「これだ、お前に言われた通り書かれている。感謝してくれよ、書庫のお嬢ちゃんに無理いったんだからな。」

「ありがとうございます。」

イアンから5枚ほどの紙を受け取る。

中にはこの街の食文化や訪れる人のデータが書かれているはずだ。

敵を知り己を知れば100戦危うからず。

顧客の情報を知り、街の情報を知り、この地域の文化を知る。

そこに具体的な乳製品の販売量や販売時期などの情報を加えて行き、何時何処でどのようなものが売れているかを把握する。

何故売れるのか。

その理由がわかればそこをターゲットに販売することができる。

これはマーケティングの基本だ。

市場調査。

売りたい物を売るための土壌がどうなっているかを知らずに売るのは素人のすることだ。

何が売れるかわかっていれば売ることに困る事は無い。

イアンの準備してくれたこの紙にはそれが書かれている。

「そんなので何とかなるのか?」

「もちろんです、私にとっては金の卵ですよ。」

「そんなのが役に立つようには俺には思えないんだがね。」

「まぁ、見ていてください。」

そんじゃま、イアンの(書庫のお嬢さんの)頑張りを無駄にしないためにもいっちょやったりますか。

「イアンさん、交代しましょう。」

「お願いします。」

「これから私がするのは私のやり方です。真似をして下さってもかまいませんが、全部真似する必要がありません。出来る所を取り入れてください。」

「わかりました。」

「それと、いくつか在庫を使用しますが構いませんよね?」

「大丈夫です。」

「それじゃあ反撃開始といきましょうか。」

俺は資料を置き、代わりにチーズを持って店頭に出る。

武器はチーズと自慢の口。

それで何処まで出来るか。

さぁ戦いの始まりだ!
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