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第八章

美味しい話には何かある

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その後牛舎の中を見て周り、飼育に必要な情報をたくさん教えてもらう。

元の世界なら牧場観光的な感じで右から左に話しを聞き流す所だが、実際自分がやるとなると聞き逃せない事ばかりだ。

特に冬場のエサの確保や乳の出る時期の説明などは目から鱗が落ちる感じだった。

そうだよな、干草準備しないとまずいよな。

幸い麦を収穫した後の草もエサにつかえるそうなのでそれを代用するつもりだが、乳の出る時期は出来るだけ青草を食べさせる必要があるらしい。

雑草を食べさせるという手もあるが、小さくてもいいから放牧して草を食べさせる場所を確保する必要はありそうだ。

それと、当たり前の話しだが出産後しか乳は出ない。

毎年毎年種付けをして出るようにするが、受精しない奴もいる。

生まれてきた子牛をどうするのかという問題もある。

普通はそのまま飼育して年老いた牛のかわりにするが、オスだった場合はそもそも乳が出ない。

となると、力仕事しか出来ないわけだ。

最初は欲しいとおもっても必要以上の牛は村の負担になってしまう。

そうならないように子牛を売りに出したり、ある程度働いた牛と交代させて肉にしたりと色々と考えなければならないなぁ。

機械のようにメンテナンスさえすれば良いというものではない。

生き物を扱うというのはそれだけ大変な事なのだ。

もし仮にオスしか生まれないとかだったら目も当てられないな。

もちろん、その可能性も十分あるわけだが・・・。

「加工した乳製品はここで寝かせた後街へ出荷します。」

「買い手は多いですか?」

「競争相手があまりおりませんので買い手に困る事はありません。少し増えたところで問題は無いでしょう。」

「商店を利用すれば別の顧客が見つかるかもしれませんね。」

「そうだな、栄養価が高く日持ちのきく食品は遠征にもってこいだ。そういう意味では冒険者もいい商売相手になるだろう。」

という事は騎士団でも需要があるということだ。

今はあまり流通していないみたいだし食い合うようなことも無いだろう。

やり方次第で化ける可能性のある事業というワケだな。

「現在の生産量に余力ありますか?」

「余って捨てる事はありませんが比較的余裕はあります。」

「折角のご縁です、いくつか仕入れさせていただき反応がよければ長期での契約をと考えているのですがいかがでしょう。」

自分達が作った分を売る市場調査にもなる。

携帯食料のバリエーションも増やしておかないと冒険者も飽きちゃうしね

「イナバ様の所と直接取引できるなんて夢のようです!」

「もちろん価格や輸送、味の面で折り合いがつけばですけど。」

「そういうことでしたらどうぞ我が家へ、実際に食べていただければ御納得いただけるはずです。」

「自信があるんですね。」

「もちろんですとも!」

自慢げにドンと胸を張る。

そんじゃま、その自信とやらを見せてもらいましょうかね。

「鶏舎もうちの裏にありますのでご一緒に御説明いたします。」

「宜しくお願いします。」

「奴隷は彼女の他何人かにいるのか?」

「うちにはあの子しかいませんね。」

「村ではどうだ?」

「うちと村長様の所に一人いるだけです。」

思ったよりも少ないな。

なんていうかこういう仕事は奴隷にやらせているようなイメージなんだけど、そうではないようだ。

ウェリス達は領主様の指示できているから村の所有物というワケでは無いし、それが普通なのかな?

「良い状態で過ごさせているようだな。」

「至らぬところはありますが真面目な良い子ですよ。」

見た目には特に問題は無さそうだし、大丈夫だろう。

「おぉ丁度いい所に戻ってきたな。」

「これはメザン様どうされました?」

ゴーダさんの家に向かっていると正面からイアン達が歩いてきた。

「イナバ様視察の方はいかがでしたか?」

「大変勉強になります。見ず知らずの私に丁寧に教えていただき感謝の言葉しかありません。」

「プロンプト様よりよく言われております。それに、同業が増えるのはお互いにとって良い刺激になるでしょう。」

「イナバ様がうちの品に興味をお持ちくださいまして、これから試食をしていただく所なんです。」

「おぉ、それは好都合ですな!」

好都合?

はて何の話だろうか。

嬉しそうな村長さんの横には何か企んでいそうな顔をしたイアンが立っている。

二人で一体なんの話しをしていたのやら。

これはただの視察ですよね?

面倒な事考えてないよね?

信じてるからな!

「どういうことでしょうか。」

「詳しい話は俺からしよう。とりあえずはその試食を済ませてからだ。」

「はぁ。」

一体俺になにをさせるつもりなんだろうか。

「ただの視察では無いと思っていたがやはりこうなるか。」

「そうですね、シュウイチさんらしいです。」

「それはすんなり行かないという事でしょうか?」

「シュウイチが関わってすんなり終わった事があったか?」

「それを言われると耳が痛いです。」

「私達の事は気にしないでください。」

「必要であれば私達を頼れば良い、その為に一緒に居るのだからな。」

ホントすみません。

頼りにしています。

ゴーダさんの家は大きなスキーロッジのような感じだった。

大きな丸太で三角の屋根が組まれている。

三角屋根は雪で家が押しつぶされないように適量積もると自重で落下する仕組みだ。

雪の多い地方によく見られる作りだな。

もしくは雪下ろしがしやすいように平らになっている場合もある。

この場合はヒーターが仕込んである場合もあるので一概にも言えないけど。

「おかえりなさい、あらお客様ですか?」

「あぁ、去年仕込んだやつがあっただろあれを持って来てくれ。」

「あらあら村長様まで、狭い家ですがどうぞゆっくりしていってください今お茶を入れますので。」

「ルインはまだ掃除をしているのか?」

「ルインちゃんなら掃除の後、私の代わりに牛達の様子を見に行ってくださいました。」

「そうか。」

話しの流れから察するに奥さんだろう。

ニコニコと笑顔を絶やさない柔らかく優しい雰囲気がある。

奴隷に対して横暴な態度を取るような感じゃないのも好印象だ。

「奥様私達の事はお構いなく、無理をすると体に障ります。」

「いえいえ、少しぐらいは動いておかないと良い子が産まれませんもの。」

あ、そういうこと。

だからあの子が代わりに牛を見に行ったのか。

っていうかエミリアよく気づいたな。

女性だからか?

マタニティーマークとかついてないとわからない駄目男でどうもすみません。

「もうすぐ産まれそうですね。」

「この秋には顔を見せてくれそうです。」

「お茶は私が運ぼう、中に入るが構わないな?」

「お客様にそんな。」

「私はただの連れだ、エミリア手伝ってくれ。」

「お手伝いさせてくださいね。」

二人が奥さんの後ろを追いかけて家の奥に行ってしまった。

「お客様の手を煩わせてしまい申し訳ありません。」

「女性同士話が合う所もあるでしょう。こちらこそうちの妻達が無理を言いまして申し訳ありません。」

「ゴーダよ、お前の子ではあるがこの村の子でもある、あまり無理をさせるなよ?」

「ありがとうございます。」

村の過疎化もしくは少子化というのは異世界でも共通なのだろうか。

「それで、まだ話しとやらを聞かせてもらえないんですか?」

「あぁ、来るものが来てからだ。」

「急に呼び出されて何かと思ったらこんな裏があったんですね。」

「裏とは人聞きの悪い、俺はあの方の指示に従っているだけでどういう意図があるかは俺にはわからん。」

「本当ですか?」

「もちろんだ。」

あくまでだんまりか。

まぁいい、その時が来たらしっかりと説明してもらうとしよう。

「そうだ、この村には冒険者ギルドの支店がありましたよね。」

「どうされたんですか?」

「ここに来る途中でフォールフィッシュに襲われまして、討伐したので報告をしようと思っていたんです。」

報奨金を貰うって話しだったんだ。

すっかり忘れていたよ。

「あの魔物を討ち取ってくださったのですか!」

「あまりにも被害が大きいので討伐依頼をかけようと思っていたところです、何とお礼を申し上げてよいやら。」

「私ではなく妻達がですけど。」

「あのように美しい奥様方が、人は見かけによりませんな。」

討伐依頼をかけようとしていたという事は、もう少し後だったらその分の依頼料ももらえたということか?

でもまぁ、お金ほしさに倒したわけじゃないしいいか。

倒せたのも偶然だし。

「後で私も同行いたしましょう、ギルドには多少顔が利きますから報酬に色をつけてもらえるはずです。」

「そんな、大丈夫ですよ。」

「それぐらいさせてください。冒険者の方は皆素通りするばかりでみんな困っていたんです。すごい人だとは聞いていましたが、まさかこれほどとは。」

「イアン殿の仰るとおりのお方ですな、どうか我が村を宜しくお願いいたします。」

だから、何の話かわからないんだって!

なんだよ宜しくお願いしますって。

どうよろしくすればいいんだよ!

「お待たせしましたお茶がはいりましたよ。」

と、怒りのボルテージが上がりかけたところにエミリアがお茶を持ってやってきた。

「立ち話もあれですので、どうぞお掛け下さい。」

「ありがとうございます。」

席に着くとすかさずエミリアがお茶を置いていく。

その後ろから今度はシルビア様がお皿を横に並べる。

お皿には見たことのある一口サイズの黄色い塊が乗っていた。

「うち自慢のチーズですどうぞ召し上がってください。」

「いただきます。」

見覚えのある丸い形のあれを切り出したんだろうか。

異世界でもチーズはチーズ、同じような形なんだなぁ。

よかったここでは『胃』文化交流はなされてないようだ。

ひょいっとつまんで口に放り込む。

口に入れたときはそうでもなかったが噛んだ瞬間に濃厚なチーズの香りが口いっぱいに広がった。

あ、これ好きな奴だ。

ブルーチーズは嫌いだけどプロセスチーズは好きというへんな奴ですが、これは食べれる。

濃厚な6Pチーズみたいだ。

「これは美味しい。」

「本当ですか!よかった。」

「おぉ、この濃厚な味は癖になるな。酒が欲しくなる。」

「さすが村一番のチーズ職人だ。」

「今年の奴は昨年と違い手をかけましたからね。」

毎年試行錯誤してこの味を作り上げたのだろう。

同じように加工品を作って行くのであれば、自分達も通る道だ。

他人事と思わずしっかりと勉強しないとな。

「私はあまり好んで食べないのだが、これはいける。」

「とっても美味しいです、濃厚なのに独特のにおいもありませんしこんな美味しいチーズがあったんですね。」

エミリア達にも好評のようだ。

これなら冒険者だけでなく宿で出してもいいだろう。

いや、普通の家庭用に出しても売れる気がする。

「これを冒険者だけにというのは勿体無いですね。一般の方こそ食べるべきだと思います。」

「これだけ美味しいものがダンジョンの中で食べられるというのはいい事だと思いますが、確かに勿体無い気もします。」

「この味ならそれなりの場所で出されても他のものに劣ることは無いだろう。」

「そこまで仰っていただけるなんて、やってきた甲斐があります。」

ゴーダさんの目に光るものが浮かぶ。

自分の頑張りを評価されるというのは誰でも嬉しいものだ。

でも変だな。

これだけの品なら品薄になってもおかしくない。

この世界に来て何度もチーズは食べているが、失礼ながらあまり美味しいものではなかった。

パンに挟むだけのもの。

あくまでも脇役に居るような味だ。

それが主役を張れるだけの味を持っているにもかかわらず捨てるほどじゃないけど余っている?

「こんな美味しい物を分けていただいて本当によろしいんですか?」

「もちろんです!」

「これを商店で出すのか?」

「えぇ、冒険者の様子を見てからと思ったのですがこの味なら間違いは無いでしょう。」

「これを毎日食べられるというのは贅沢な話しだな。」

「本当ですね。」

この味なら留守番をしている三人も喜んでくれるだろう。

特にセレンさんなんかは喜んでくれるはずだ。

そういう意味でも是非定期購入させて欲しい所ではあるのだが・・・。

「そこでだ・・・。」

と、盛り上がっている所で一人の男が立ち上がった。

プロンプト様の忠臣。

イアンだ。

「このチーズに関してお前の力が必要な状況になっているとプロンプト様が判断した。お前にはあの方の期待に応える義務がある。しっかり頼むぞ。」

「はい?」

今なんていった?

俺の力が必要な状況?

「イナバ様この村の一大事なんです、どうかどうか宜しくお願い致します。」

「私からもおねがいします!」

えっと、何の話でしょうか。

俺はただこの美味しいチーズを買い付けたいだけなんですけど。

っていうかそもそもここには見聞を広めに来ただけでして。

それがなんで俺の力が必要って言う話しになるんでしょうか。

俺は助けを求めるようにエミリアとシルビア様の方を見る。

二人は頑張れといわんばかりに目を輝かせて俺のほうを見ていた。

味方はなしか・・・。

ただでは終わらないと思っていたけど、まさかこんな事になるなんて。

ほんと俺を何だと思っているんだ。

俺はイナバシュウイチ、ただの商人のはずなんだけどな・・・。
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