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第七章

番外編~セレンのドキドキ尾行大作戦~

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忘れ物はなし。

予備のランタンは持ったし、何かあったときに逃げられるように靴の紐も締めなおした。

後は、あの人が準備を終えるだけ・・・。

「こっちは終わったが、そっちは大丈夫か?」

「大丈夫です、いつでもいけます。」

「特に何も無いとは思うが、一応注意してくれ。」

「何かあったら守ってくださると信じていますから。」

「まったく、俺を一体なんだと思ってるんだ?俺は従軍奴隷だぞ。」

「奴隷かどうかなんて関係有りません。」

奴隷かどうかなんて私には関係ない。

相手がこの人だから私は信じられるんだもの。

たまたま従軍奴隷だったというだけだ。

「ったく、どいつもこいつも。」

困った顔をしながら頭の後ろを掻くのがこの人の癖。

でも、それは決して嫌だからじゃない。

恥ずかしかったり、照れくさい時に出るのを私は知ってる。

その証拠に、ほら。

「・・・あまり離れるなよ。」

「はい!」

恥ずかしそうに私に向かって手を伸ばす。

私はその手を離さないようしっかりと握り返した。

大きな手が私の手を握り返してくる。

ほら、怖くない。

「あの、行っていいですか?」

突然前から見知らぬ声が聞こえてきた。

その声に驚き慌てて手を離す。

「お、おぅ。いつでもいいぞ。」

「じゃあ、行きます。」

この声の主はトリシャさん。

今はリーシャさんと呼ばないといけないのかな。

そもそもこんな夜更けに外に出るのは、イナバ様に尾行をお願いされたからだ。

リーシャさんを追いかけて、その後リーシャさんと話をした人を追いかける。

危険は無いって言っていたけど、尾行って聞くとやっぱりドキドキしてしまう。

村にいたら一生縁のない出来事だ。

一人だったら絶対に引き受けないけど、ウェリスさんが一緒だから。

だから、大丈夫。

階段を下りて宿を出る。

外は真っ暗で足元しか見えない。

でも月が出ているから目が慣れたらランタン無しでも歩けるかもしれない。

それに、村に比べたらこの街は十分明るい。

だって、家々からうっすらと明かりが漏れているんだもの。

「大丈夫か?」

「大丈夫です、このぐらいの暗さでしたらすぐに慣れます。」

「表通りはいいが裏通りはもっと薄暗い、足元にだけは気をつけてくれ。」

「わかりました。」

前を行くリーシャさんを少し離れた所から追いかける。

見失わないように、でも近すぎないように。

まるで昔聞いた噂話のようだ。

はるか遠い王都で起きた窃盗事件。

その犯人を追い詰めた話を村にやってきた吟遊詩人がしていたのを聞いた事がある。

随分と昔の話だけど、子供ながらにドキドキしたっけ。

まさか自分が同じような事をするなんて。

まるで夢のようだ。

「早過ぎないか?」

「はい、大丈夫です。」

「この先は城壁だ、おそらく横道にそれるから少しだけ近づくぞ。」

「わかりました。」

見失わないように少しだけ距離をつめるみたい。

このぐらいならまだ、ついて行ける。

毎日商店まで歩いているんだし、こんな事でくたびれたらこの人に笑われちゃう。

「そういえば、今日はお買い物にいけませんでしたが何かほしいものはありませんか?」

「またその話か。自分の金なんだから別に俺のために使う必要なんて無いんだぞ。」

「自分のお金だから好きに使うんです。ウェリスさんのを買うのも私が好きでやっているだけですから。」

「だがいきなり欲しい物って言われてもなぁ。」

ポリポリと頭をかきながら腕を組み何かを思案し始めた。

ほら、また困った顔。

この暗がりでもわかってしまう。

不思議な事にこの人のことならなんとなくわかる。

疲れているのか、不機嫌なのか、嬉しいのか、恥ずかしいのか。

空気というかそういうものでなんとなく伝わってくる。

前はそんな事無かったのに。

この私がまた恋をするなんて一年前には思いもしなかった。

あの村で、皆と一緒に暮らしていくだけの日々。

毎日の生活に追われ、誰かを好きになるとかそんな余裕も無かった。

あの人が死んでしまってから、私の世界は閉ざされてしまったから。

皆気を使ってくれたけれど、それがとても辛かった。

だからそれを忘れるように必死に生きた。

なれない農作業もしたし、出来る事なら何でもした。

もう二度と恋なんてしないって思ってた。

あの日までは。

ある日、シルビア様と一緒にやってきた人達の中にいたウェリスさん。

最初はぶっきらぼうで怖い人だと思っていた。

勤労奴隷とは聞いていたけれど、言えば犯罪を犯した人達だ。

貴重な働き手とはいえ、最初は皆怖かったに違いない。

だけど、ドリスさんと仲良く歩くウェリスさんを見たその日から皆の気持ちが変わった気がする。

この人達は大丈夫なんだ。

それがわかると、村の人達が少しずつ警戒を解いていった。

それでも怖がっていた人もいる。

私もその中の一人だったんだけど。

でも、そんな気持ちはあの顔を見て間違いだってわかった。

ある日、ドリスさんと共に村を巡回していたウェリスさんに、近くで遊んでいた子供がぶつかってしまった。

勢いよくぶつかった為に、尻餅を突いてしまったその子をウェリスさんは怒る事も無くそっと抱き上げた。

そして、とても優しい顔で笑いかけたの。

あの顔を見て、『あぁ、この人はとても優しい人なんだ』ってわかった。

それと同時に、勝手に怖がっていた自分が恥ずかしくなってしまった。

その日からかな、私がウェリスさんを気にしだしたのは・・・。

「そうだな、仕事で使っていた革の腰紐が千切れそうなんだ。服はお前が縫ってくれるが、あれだけはどうにもならないからな。」

「じゃあ、明日は革紐を探しに行きましょう。」

「いいのか?」

「もちろんです、それだけでいいんですか?」

「今の所はそのぐらいか。だが、俺の物ばかりじゃなく自分の物を買ったらどうだ?」

自分の物?

欲しい物、何かあっただろうか。

「服はまだ着れますし、日用品はこの前イナバ様のお店で買い揃えていただきましたし・・・そうでした!新しいカップを悩んでいたんです。」

「あぁ、お揃いがどうのいっていた奴か。」

「せっかくですから出来ればお揃いのがいいんですけど・・・ダメですよね。」

先日うっかりして大事にしていたカップを割ってしまったんだ。

あの人と一緒に揃えた物だったけれど、あの人の分は当の昔に割れてしまったし、いい機会かもしれない。

もしかしたら、あの人も後押ししてくれたのかな。

新しい恋をしていいよ、なんて都合よすぎますよね。

「どうして揃いにこだわるんだ?」

「誰かと同じだと嬉しくなりませんか?」

「すまないが、俺にはわからない。だが、どうしてもというのなら別に構わないぞ。」

「本当ですか!」

思わず大きな声が出てしまった。

慌てて口を閉じると、同じく驚いた顔をしたウェリスさんと目が合った。

それがまたおかしくて、声を殺して笑ってしまう。

でもお揃いを買っていいって。

どうしよう、どんなのにしようかな。

「そんなに喜ぶものなのか?」

「大切な人の物が家に増えるのに喜ばない理由なんてありません。」

「・・・さっきも言ったが俺は奴隷だ。従軍奴隷でいざという時には戦場に狩出される。今は平和だがこの先そうならない保証は無い。だから俺は、お前の気持ちにこたえることはできない。」

「それはわかっています。」

わかっている。

ウェリスさんが奴隷である事を気にしている事はわかっている。

わかっている上で、私は私の気持ちを押し付けている。

私はずるい女だ。

ウェリスさんが断れないのをいい事に自分の気持ちを押し付けているんだから。

「だから待ちます。15年なんて、あっという間ですよ。」

「15年あれば俺はもう立派な老人だ。今みたいに動く事も出来ないだろう。」

「それを言われると私も立派なお婆さんです。ウェリスさんが私に振り向いてくれるかどうか。」

「俺は別にお前が老人でも構わない。」

「ありがとうございます、嬉しいです。」

決して自分の気持ちを押し付けない。

『未亡人』の私を受け入れてくれる。

なにより、セレンという一人の女性としてみてくれる。

だから私はこの人が好きなんだ。

不器用で、ぶっきらぼうで、真面目なこの人が。

「・・・何故俺なんだ?」

「それは私が聞きたいです。」

「そうだな、俺もあいつに感化されたってことだ。」

「あいつって、イナバ様のことですか?」

「あいつを見てるとな真面目に生きるのも悪くないと思えてくる。少々真面目すぎる所はあるが俺はあいつが嫌いじゃない。あいつの生き様を見ていると、俺もそうなりたいと思うんだから不思議なもんだ。ついこの間まで人様を苦しめていた盗賊風情が言えたもんじゃないがな。」

そう、元はこの街で盗賊をしていた。

人様の金品を奪い、悪事を働いていたそうだ。

だが、好んで人の命を奪うような人ではない。

部下の皆さんを見ていてもわかる。

悪人に良い悪いがあるかはわからないけど、良い悪人だったんだと思う。

それにこの人はもう罰を受けている。

15年にわたる罰を超えれば、もう悪人ではない。

だから、幸せになる権利はある。

誰しも幸せになっちゃいけないなんて事は無い。

「イナバ様なら何て言うんでしょうね。」

「あいつの事だから別にいいんじゃないかとか、適当な事を言うんだろうな。」

「それでいいんだと思います。悪いことではありませんから。」

「まぁ、そうなる為にせいぜい頑張るさ。」

あ、照れ隠しでまた頭をかいている。

私だけしか知らない秘密。

この人が幸せになりたいというのなら、私が幸せにしてあげよう。

エミリア様やシルビア様ならきっと、そうされる。

イナバ様にウェリスさんが感化されているように、私もあのお二人に影響されているのかな。


その後トリシャさんは不審な男性と会い、別の場所へ去っていった。

私達は予定通り不審な男性の方を尾行している。

さすがにさっきみたいにゆっくりおしゃべりは出来そうに無い。

「思っていたより静かだな。」

「そうなんですか?」

「何時もならまだしも今日は休息日だ。もう少し人通りがあってもいいんだが・・・。」

「皆さんゆっくりされているのでは無いでしょうか。」

「いや、この先を考えると・・・。」

突然会話が途切れ、ウェリスさんの体が強張るのがわかった。

何かあったんだろうか。

「おい、そこの男。」

突然先ほどまで尾行していた男性が目の前に現れた。

え、一体何処から出てきたの?

「なんだ?」

「さっきから付いてくるが俺に何か用か?」

バレていた!?

私の声が大きかったから?

まさか、そんな・・・。

「一体何の話だ?俺はただ単に自分の女と歩いているだけだ。何が悲しくて女と歩きながらお前みたいな男を追いかけなくちゃならねぇんだよ。」

「嘘つけ!この時間にこんな裏通り歩く奴なんかいるわけ無いだろうが。」

「現にいるから俺がこうして歩いてんだ。お前、誰かにつけられると感じるぐらいに何か悪い事してんのか?そうならさっさとどっかいってくれ。折角の散歩に水を差されちゃたまったもんじゃねぇ。」

「この先は色街だ、まさか女連れで行くとか言うんじゃないよな。」

色町?

「女連れで行って何が悪い。お前知らないのか?猫目館に行けば自分の女と一緒に別の女も一緒に抱けるんだぜ。こいつはまだ女をしらねぇから今から仕込んでやるんだよ。」

そう言ってウェリスさんが私の腰を抱いてぐっと抱き寄せた。

ゆ、指がお尻に!

だめだめ、今騒いだらおかしくなっちゃう。

落ちついて、これは事故なんだから。

この場を乗り切る為に仕方ないの。

「けっ、女侍らせて自慢かよ。」

「普段から真面目に仕事してんだ、休息日ぐらい嵌め外して何が悪いんだよ。それとも何か、お前の許可をとらねぇと裏通りは歩いちゃいけねぇのかよ。」

「わかったよ、さっさと失せろ!」

「失せろって言っても行く方向一緒じゃムリだろうが。」

ウェリスさんの言葉に男性がブツブツ言いながら離れていく。

よかった、ばれてないみたい。

「バレて無いみたいだが念のためこのまま歩くぞ。」

「・・・はい。」

「つい手が伸びちまったが、許してくれ。」

さっきまであんなに威勢良かったのに、男性の目がなくなった途端に腰に回された手が少し離れてしまう。

ちょっと残念。

「そのままでも、大丈夫です。」

「いやさすがにまずいだろ。」

「私がいいって言ったら良いんです。」

だから、私のほうから手を差し伸べてあげなくっちゃ。

腰に回された手にそっと手を添えて、もう一度強く腰に回す。

離れないように。

これからずっと、一緒にいられるように。

その後、無事に尾行は成功して宿に戻った訳ですが、ギリギリまでウェリスさんは私に手を添えてくれた。

もちろん中に入ると離れてしまったけど・・・。

まだ皆さんの前で一緒に居るのは恥ずかしいみたい。

二人っきりの時だけ見せてくれる、私だけが知っているウェリスさん。

これからもずっと、そばにいられますように。

おしまい。
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