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第七章

人が増えると美味しくなる魔法

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大通りを歩く。

さっきまでは裏通りを選んで歩いていたが今回はわざと表通りを選んでみた。

通り過ぎる人のほとんどが俺達を振り返る。

どうだ、うちの奥さんは美人だろう。

と、普段なら言う所だが今回の主役は二人では無い。

俺の横を不安そうな顔で歩く可憐な少女。

美人という言葉は似つかわしくない。

やはり可憐という言葉が良く似合う。

鮮やかなスカイブルーのサマードレスに白い帽子。

THE夏の少女と言わんばかりの格好で歩いているのはトリシャさんだ。

え、何で追われている人間がこんな人目に付く場所を歩いているかって?

木を隠すには森っていうじゃないですか。

え、目立ったら隠れてない?

チッチッチ、わかってないなぁ。

わざと目立つ格好をして、この子がまさか追われている子のはずが無いという思い込みを誘発させるんですよ。

俺の顔は割れてるし、エミリアもシルビア様も同じだ。

商業協会に加盟している人達からすれば入ってこられると困るので戦々恐々としてしまうが、その他大多数の一般市民の皆様からは幸いにも好意的な目を向けてもらっている。

俺が新たに女性を連れて歩いていても、またか!ぐらいにしか思われないはずだ。

もしくは、何処の御令嬢?とか思ってくれるだろう。

それぐらいにトリシャさんは綺麗に変身した。

エミリアに化粧もしてもらい、もはや別人である。

女性って怖い。

「皆がこっちを見てる・・・。」

「怖がらないで前だけを見て歩いてください。今ここにいるのはトリシャさんじゃありません、リーシャさんです。」

「シュウイチの言うとおりだ。不安な顔をしている方が逆に目立ってしまうぞ。」

「可愛いですよリーシャさん。」

俺達に褒められて満更でもないトリシャさん改めリーシャさん。

ちなみに名前は適当だ。

「しかしまさかこんな方法で敵を欺くとは思わなかったな。」

「案外人の顔って覚えていないものなんですよ。特に人から与えられた情報で人探しをしている場合なんかは情報外の対象は初めから見ない場合もありますしね。」

「確かに奴隷がこんな服を着て出歩くなんて事は考えないだろうな。」

「・・・こんな綺麗な服着られると思わなかった。」

「借り物なので差し上げる事はできませんが、少しの時間でも楽しんでください。」

「うん!」

満面の笑みが眩しい。

まるで夏の向日葵のようだ。

若いっていいなぁ。

「シュウイチさんはあのような格好がお好みですか?」

「好みかといわれると難しいですが、どちらかというと好きですね。」

「うぅむ、どうもあのようにヒラヒラした格好は苦手なのだがシュウイチが好きだというのであれば挑戦してみるか。」

「シルビア様は今の格好も十分お似合いですよ。」

「じゃあ私は似合ってないんですね?」

ふてくされたようにエミリアが頬を膨らませる。

なにこの可愛い生物。

食べるぞこのやろう。

「エミリアの少し大人しめな格好が私の好みです。もちろん、先日のようなきわどい衣装も捨てがたいですが。」

「あ、あの格好はダメです。」

「それに二人なら何を着ても似合いますから。私はどんな服を着た二人も大好きです。」

優柔不断だと笑うなら笑え!

俺は二人が好きなんだ!

「こんな綺麗なお嫁さんがいるのに他にも女性を囲っていて二人は怒らないの?」

不思議そうな顔でリーシャさんがこちらを見る。

まぁ普通に考えればそう思うよね。

「素敵な男の所に女性が集まるのは当然の流れだ。シュウイチはそれに相応しいと思っている。」

「シュウイチさんは身分などで相手を差別したりしない優しい方です。少し嫉妬しちゃう事はありますけど私達の事を大切にしてくださいますから。」

「そんな風に言ってもらって光栄です。」

「ふ~ん、変なの。」

「人を好きになるようになればリーシャ殿にもわかるときがくるだろう。」

「奴隷が恋なんて出来ないよ。でも、もし自由になれるなら考えてみようかな・・・。」

「シュウイチさんがいますから大丈夫ですよ。」

エミリアさんそうやってハードル上げるのは勘弁してもらえませんかね。

もちろん全力を尽くすつもりではありますけど、法律という壁はいくら俺でも越えられませんからね。

それからもリーシャさんの質問に答えながら目的のお店まで歩いていく。

予想通り『トリシャさん』を探す人間には出会うことは無かった。

それに俺を探す奴等にも出会わなかった。

さすがに俺はばれるかなって思ったけど不思議なものだ。

陽が落ち辺りが闇に包まれる頃、目的のお店に到着する。

相変らずいい匂いがするなぁ。

「失礼します。」

「これはイナバ様ようこそお越しくださいました。」

「ご主人様お疲れ様です。」

どうやらユーリたちは先に到着していたようだ。

早いな。

「よぅ、今日はお前のおごりだって?」

「私はセレンさんだけでもよかったんですけど。」

「そう言うなって、せっかくの料理が不味くなっちまう。」

「まぁそれは冗談として。せっかくの休息日ですから昨日のお礼もかねて今日は楽しんでいってください。」

リーシャさんを入れて8人も入るとお店はもういっぱいだ。

「今日は貸切にしておりますので心置きなく楽しんでいただければ幸いです。」

「昨日の今日で申し訳ありませんがとびっきりの奴をお願いします。」

「おまかせください。」

ドンと胸を張り店主が調理場へと戻っていく。

給仕はいないので全て一人でやっているようだ。

「水などは自分でやりますので。」

「そんなお客様の手を煩わせるなんて。」

「その分とびきり美味しいのをお願いします。」

有無を言わせずカウンターの上においてあった水差しとグラスを持っていく。

本当はマナー違反だってことはわかっている。

店には店のやり方があるだろうし、何かあったとき困るだろう。

わかってはいるのだが、この人数の料理を提供しながらっていうのはちょっと無理がある。

なので勝手にやってしまおうという、悪客になってみる。

「では申し訳ありませんがお願いします。」

よし、了承は得た。

強引にだけど。

「イナバ様私がやります。」

「セレンさんはどうぞ座っていてください、今日はお客様なんですから。」

「では私が代わりに。」

「はい、ニケさんもたたないでください。」

「こうなったシュウイチは頑固だからな、座っているが良い。」

「大方一緒に来たその可愛い子に良いところ見せたいだけだろ?こんな美人にかこまれてまだ足りないかこの男は。」

ウェリスがニヤニヤしながら決めつけてくる。

俺を女ったらしみたいに言わないでくれるかなぁ。

別に誰彼構わずって訳じゃないんだけど。

「残念ながら彼女はそんな人じゃありません。ウェリスも昨日会ってるはずですよ?」

「俺が昨日会ってる?」

そんな人いたの?

みたいな顔でセレンさんがウェリスを見る。

視線を感じてウェリスがたじろぐのがわかった。

俺を悪くいうから仕返しだ。

「彼女は昨日追いかけてもらったあのトリシャ殿だ。訳あって今はリーシャ殿と呼んでいる。」

「こいつはたまげた、昨日のお嬢ちゃんがこうなるのか。」

「綺麗ですよ、リーシャさん。」

ニケさんが自分の事のように喜んでいる。

みんなに誉められてリーシャさんも嬉しそうだ。

「お待たせしました、当店自慢のトトマのミコニグバハーンです。」

暫しの雑談の後おまちかねの料理がやって来た。

名前はあれだが完全にトマトの煮込みハンバーグだ。

ありがとうまだ見ぬ料理人よ。

あなたの『胃』文化交流のおかげでまたこの味を楽しめる。

全員の席まで料理が運ばれる頃には部屋中が美味しそうな匂いで包まれていた。

食欲を刺激されお腹がか弱い音をならす。

ちがうな、早く食わせろと怒っているのか。

「ではいただきましょうか。」

「どうぞお召し上がりください。」

「「「「いただきます。」」」」

全員の声が綺麗に揃う。

そして思い思いの食べ方で食事が始まった。

スープから味わうのはセレンさんとエミリアとユーリ。

ウェリスとリーシャさんはお肉から。

シルビア様とニケさんはどうしようか迷っている感じだ。

美味しいのは間違いない。

それぞれの嬉しそうな顔を見てから、俺も料理に手をつける。

どれからいくかって?

やっぱ肉でしょ!

と、言うことで美味しく頂こうと思います!

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

俺の語彙力不足の為、トマトソースでたっぷりと煮込まれ、フォークを刺すとホロホロと崩れながらたくさんの肉汁があふれ出てくるハンバーグを想像してお楽しみ下さい。

「美味しいですねぇ。」

「あぁ、待った甲斐があったな。」

「セレン様いかがでしょう。」

「こんな料理があるなんて初めて知りました。お肉ってこういう風に調理するとこんなに柔らかくなるんですね。」

「俺はもう少し噛みごたえのある肉の方が好きだが、これはこれで旨い。」

「リーシャさん口の周りにいっぱいついていますよ。」

「私こんなに美味しい料理産まれて初めて食べた!」

喜んでもらえて何よりです。

後ろを振り向くと店主が嬉しそうな顔をしていたので思わずサムズアップしてしまった。

GJです!

「当店自慢の料理いかがでしょうか。」

「えぇ、昨日のも美味しかったですがこちらも非常に美味しい。甲乙つけがたいですね。」

「『甲乙付けがたい』、私の料理の先生も使っていましたがどういう意味なんですか?」

「優劣をつけるのが難しいという意味です。どちらも非常に美味しくて順位なんてつけられません。」

「なるほど。」

やはり『胃』文化交流を進めている料理人は日本人のようだ。

「セレン様再現できそうですか?」

「お肉を叩いて細かくすれば可能だと思いますが、ただこの形を維持したまま焼くのは難しそうです。」

「確かにすぐ崩れてしまいそうだ。」

「なにか形を維持するものがあればいいんでしょうけど・・・。」

さすがセレンさん早速調理法を研究中です。

ハンバーグってつなぎを入れるんだったよな。

「お肉を混ぜる時にパン粉を牛乳で浸したヤツを少量混ぜて捏ねるといいですよ。」

「イナバ様御存知なんですか?」

「元の世界で似たような料理を見たことがあります。」

「さすがイナバ様良くご存知ですね。」

店主が驚いた顔で俺を見る。

いや、元は俺の世界の料理なんで、知ってて当然といいますか何と言いますか。

「これ以上は料理の秘密になりますので、黙っておきます。」

「そうですね、すみません。」

「是非色々試してみてください。私も新たな作り方を日々研究しております。」

「これが完成形では無いのか。」

「これで満足してしまえばすぐにお客様は離れてしまうでしょう。皆様に喜んでもらえるように日々勉強の毎日です。」

「まるで武術と同じだな。料理の世界とはそれほどに深いものなのか・・・。」

確かに武術も鍛錬に終わりは無いって言うし。

そういう風に考える何てさすがシルビア様です。

「もう無くなっちゃった・・・。」

「私のでよければ食べますか?」

「いいの!?」

そんな話をしている横でニケさんがリーシャさんを甲斐甲斐しくお世話している。

まるで手のかかる妹を見る姉のようだ。

「リーシャさんも喜んでもらえているようで何よりです。」

「うん、すっごい美味しい!」

うんうん、よきかなよきかな。

嬉しそうなリーシャさんを見ているとこちらも笑顔になってくる。

それはニケさんも同じようだ。

「ニケさんも嬉しそうですね。」

「私には妹がいませんでしたから、いたらこんな感じなのかなって勝手に思ってしまいました。」

なるほどね。

「ニケさんがお姉ちゃん?」

「そう呼んでもらえると嬉しいかな。」

「うん!ニケお姉ちゃんありがとう!」

何この二人!

尊い!

神々しすぎて直視できない!

ありがたやー、ありがたやー。

「シュウイチどうかしたのか?」

「いえ、拝んでおこうと思いまして。」

「神様なんて信じないタイプだと思っていたが意外だな。」

「元の世界には神様がたくさんいましたからね。」

八百万の国でございます。

100年使えば道具も神様になってしまう国。

今考えれば自由だよなぁ。

「そういえば随分静かだなウェリス。」

「うるせぇ、飯ぐらいゆっくり食わせろ。」

「とか何とか言いながらこの空気についていけないとか?」

「暗い世界で過ごしてきた身としては眩しすぎる感じはあるな。」

「お前はその世界から足を洗ったんだしっかり慣れておけよ。」

「はいはい、騎士団長様には逆らえねーよ。」

もし真っ当な世界で育っていたら、ウェリスの人生も少しは変わっていたんだろうか。

人生にたらればは存在しない。

過去は変えられないし、罪は消せない。

だが未来は変えることができる。

幸い彼にはそれを支えてくれる人がいるわけだし、未来は明るいといっていいだろう。

奴隷だから幸せになってはいけないなんて事は無い。

それはリーシャさんも同じだ。

彼女には幸せになる権利がある。

その至極当然の権利を行使する為に、出来る事をしてあげるだけだ。

といってもなぁ。

壁がでかすぎてどうにもならない。

領主様と仲がいいってのはありがたいけど、いきなりトップって言うのがなぁ。

理想は中間ちょっと上ぐらいの身分で、融通が利いて、あらゆる所に顔が利いて、さらに秘密をばらさない完全俺サイドの人間。

そんな人いるわけ無いよなぁ。

「すみません、開いていますか?」

俺がうんうんと頭を悩ませている時だった。

店のドアが開き女性の声が聞こえてくる。

「すみません今日は貸切でして。」

「えぇ、せっかく王都から来たのに!どうしてもダメ?」

「申し訳ありません。料理は提供できるのですが先に入られた方とのお約束がありますので。」

「じゃあ、中にいる人の許可があったらいいのよね?」

「いや、ですが・・・。」

なんだなんだ。

女性の声に聞こえるけど結構強引だな。

まぁ、女性だから強引じゃないってワケじゃないけど。

後ろから足音が聞こえる。

その声の主は店主の許可を取らずに中に入ってきたようだ。

どれ、どんなやつか顔を拝んでやろうじゃないか・・・。

「あら、誰かと思ったら貴方だったのね。」

振り返ると美人がいた。

10人いたら8人は美人というような美貌。

え、残り二人は何かって?

ブス専ともっと美人が好きな人。

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花なんて言葉があるけど、これはおしとやかな女性に使う言葉であってこの人には似つかわしくない。

この人の場合はTHE 薔薇!って感じ。

「これはガスターシャ殿では無いか。」

「シルビア様、アーシャって呼んでくれなきゃダメよ。」

そう、そこにいたのは中央府元老院副参謀。

見た目は美人だが中身は男のガスターシャ氏だった。

いたよ、俺の要望を全部叶えてくれそうな人。

してくれるかは別として。

思わぬところで現れた人物に俺は驚くとともに心の中でガッツポーズをする。

これで何とかなるかもしれない。

助っ人は困った時に現れる。

今回も他力本願100%全開で行きますよ!
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