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第七章

当たり前の日々に感謝を

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フカフカではないけれど、横になって寝れるのがこんなに幸せだとは思わなかった。

腰も首も痛くない。

何より寝返りをしても落ちない。

あぁ、寝られるって幸せだ。

朝日を浴びても起きなくていい幸せ。

惰眠を貪るのがこんなに幸せな事だったなんて。

幸せ幸せ言う幸せ。

あ、そろそろしつこいですよね、すみません。

元の世界ではそんな事を感じるまもなく1日が終わり、また朝が来るルーチンワーク。

休みの日ですら用事を済ませれば一瞬で終わる世界。

それに比べればこの世界はどれだけ恵まれているんだろう。

あ、いや違うな。

昨日一昨日だけは元の世界と同じような気分になった。

仕事を1つ片付けても顔を上げれば仕事が3つある。

その一つ一つを心を無心にし、睡眠時間を削り、体力が尽きても強制的に回復させられる苦行。

そういう意味では体力が尽きれば倒れられた元の世界の方がましかもしれない。

ポーションってすごい。

飲むと問答無用で体力が戻って来るんだもん。

もちろん最後は気力が尽きてポーションでも回復しなかったんだけど、そこに至るまではひどい思いをしたものだ。

それも昨日までの話。

家に帰りこうやって広いベッドでゆっくり寝転がれるんだからもう何も言うまい。

あぁ、何もない平穏で当たり前の日々って素晴らしい。

さようなら苦行の日々。

過去は過去。

自分で自分を褒めてあげたいです!

とりあえずもう少し寝よう。

「失礼します、シュウイチ様起きておられますか?」

ドアの外から声が聞こえる。

今日は開店休業ですよ。

何もしませんよ。

今日は聖日おやすみでーす。

「返事がありませんね、まだお休みになられているようです。」

「そうですか朝食は私達だけで済ませてしまいましょう。」

「せっかくリア奥様が腕によりをかけて朝食を作られたというのに残念です。」

ん?

朝食?

そうかここは我が家だ。

エミリア達がご飯を作ってくれたのか。

昨日まではまともなご飯食べられなかったし、帰ってきてそのまま倒れこむようにして寝たから正直おなかは空いているんだよな。

どうしよう。

起きるべきか、起きざるべきか。

「お疲れのようですしこのまま寝かせてあげましょう。今日は商店もお休みですし朝食後は皆さん好きなように過ごしてくださってかまいませんよ。」

「では私は新しい罠を試しに行ってきます。」

「怪我をしないでくださいね。」

「私は荷物の整理をしようと思います。」

「そういえば昨日シュウイチさんがたくさん持って帰ってきてくださいましたね。」

「頂き物らしいのですが中身がわからないものばかりですので、せめて食品とそうでないものぐらいは仕分けてしまいたいです。」

「私も手伝いますね。」

女性が三人もいるとにぎやかだなぁ。

シルビア様やセレンさんが居ないとはいえ一つ屋根の下に三人の女性が一緒なんだからこれをハーレムといわず何と呼ぶ!

でもそのハーレムを全く利用していないヘタレはこの私です。

エロゲの主人公ってよく他の女性が居る状況でにゃんにゃんできるよね。

声が漏れるとか、聞かれるとか考えないのかな。

あ、防音魔法か!

なんていうご都合主義!

いや、そんなのあるかどうかは知らないけど・・・。

三人の声が小さくなっていく。

どうしよう、出て行くタイミングを逃してしまった。

今降りていくとみんなの予定が狂ってしまうかもしれないし、ここはもうしばらく惰眠を貪るとしよう。

おやすみ。

………
……


寝れん!

さっきので完全に目が冴えちゃったよ。

困ったなぁ。

とりあえず体を起こし、大きく伸びをする。

バキバキいう音と共に骨が伸びるような気がするんだけど、実際は空気が鳴っているとか何とか。

しらんけど。

外は快晴、太陽が結構高いから時間で言うと8時ぐらいか。

いつもは日の出と同時ぐらいに起きるから、随分と寝坊したものだ。

昨日風呂に入れなかったし、とりあえず下着やら何やら全部着替えてっと。

着替えを済ませ新ためて部屋の中を見渡す。

机の上に見慣れないカバンが置いてあった。

その横には大量の書類。

ほとんどが先日の事件に関する報告書だろう。

向こうで目を通す、もとい聞かせてもらうことができなかったやつをまとめて持って帰ってきたのだ。

これに関しては読めないのでエミリアかニケさんに手伝ってもらうしかないなぁ。

サインが必要なものもあるんだけど中身もわからずサインするわけにもいかない。

ププト様のことだ、勝手に俺の下で働けという命令書を紛れ込ませている可能性だってある。

あの人と一緒に仕事をしたあの二日間で嫌っていうほどわかった。

気を抜いてはいけない。

あの人は自分の目的の為には手段を選ばない人だ。

これからも何かしらアプローチをしてくるだろう。

まったく勘弁して欲しいものだ。

書類の束はほっといて、カバンを開けてみる。

中には服と飲み物、それと小袋が1つ。

あぁ、向こうでの生活品か。

着替えと道中の食事を貰ったんだっけ。

ご飯食べたらすぐに寝ちゃって気付けば家の前だった。

着替えはまとめて洗濯にまわして、これは何だ?

袋は大きさの割りにはずしりと重く、中から金属音がした。

嫌な予感がする。

これを貰ったのはどこだ?

たしか最後にギルドから馬車に乗り込むときに書類と一緒に持たされたような気がする。

恐る恐る袋を開けてみる。

中に金色に輝く硬貨が入っているのが見えた。

マジか。

とりあえず総額を確認する為に机の上に中身を広げる。

袋の中から出てきたのは金貨が1枚と銀貨が20枚、銅貨がたくさん。

それと一枚のメモ。

一体何のお金だろう。

冒険者救出分の報酬は辞退したし貰う理由がわからない。

これもエミリアに読んでもらうしかないか。

「読み書きが出来ないって本当に不便だなぁ・・・。」

思わず声が出てしまった。

本当に不便だ。

だれか暗記パンをください!

でもまぁ、ここで悩んでも答えは出ない。

仕方ない下にいくか。

俺はカバンに書類と袋を突っ込むとのそのそと自室を後にした。

ゆっくりと階段を下りると、下からはパンの焼けるいい匂いがしてくる。

それと同時におなかがグゥと鳴った。

とりあえずまずは腹ごしらえだ。

音を立てないで降りていたつもりだったが、一番最初に気付いたのはやはりエミリアだった。

「おはようございますシュウイチさん!」

エミリアが俺を見た途端にぱっと笑顔になる。

帰ってこれて本当に良かった。

やっぱりこの笑顔がないと俺は生きていけないんだよなぁ。

「おはようエミリア、ユーリ、ニケさん。」

「おはようございますご主人様。」

「おはようございますイナバ様。」

ユーリは相変わらずの表情だがどことなく嬉しそうだ。

ニケさんは若干緊張しながらも笑ってくれている。

美人に囲まれるって幸せだなぁ。

「先ほど起こしにいったんですが、お返事がありませんでしたので先に頂いてしまいました。」

「来てくれた様な気はしていたんですが起きられませんでした、すみません。」

「お疲れでしょうから仕方ないです。」

すみません惰眠を貪ろうとしていただけなんです。

「すぐにお茶を準備しますね!」

「ニケ様は座っていてください、今日は私の当番です。」

ユーリがニケさんを制止し食堂へ向かう。

立ち上がったものの行き場をなくしたニケさんが恥ずかしそうに席に戻った。

「ニケさんはもう慣れましたか?」

「はい、皆さん奴隷の私に良くしてくださって何の不自由もありません。」

「身分は奴隷ですが気にせず自由にしてくださいね。」

「わかってはいるんですけど、なかなか切り替えが出来なくて・・・。」

「エミリアから商店についてはききましたか?」

「はい、一通りは出来ると思います。」

さすが元商家の娘。

頼りになります。

「接客も金銭管理もお任せして問題ありません、それに私より計算が早いんですよ。」

「そんな、ただ計算が得意なだけです。」

エミリアより早いってすごくないですか?

俺なんて電卓無かったら戦闘力5のゴミですよ。

え、この世界に電卓は無い?

つまりはゴミということです。

「これからも頼りにしています。」

「御期待に応えられるように頑張ります。ですが奴隷に金銭を任せてよろしいのですか?普通は触らせないものだと思うんですが・・・。」

「私はニケさんを奴隷とは思っていません。ですから何の問題もないと思います。」

「ご主人様の言うとおりです。」

「ユーリ様。」

いつの間にか台所にお茶を淹れに行ったユーリが戻ってきていた。

「熱いのでお気をつけ下さい、今日の朝食はリア奥様特製ボア種の香草焼きです。」

「ボアですか。」

「森の奥で仕留めました。パンに挟んでいただければより美味しく食べていただけます。」

「それは楽しみですね。」

どこか自慢気なユーリ。

しかしここでもボア種の話を聞くとは思わなかった。

この肉々しい見た目とにおい。

南方の谷もこんなにおいがしたんだろうか。

これじゃあお腹が空いて戦いどころじゃないよなぁ。

「ニケ様は今までと変わらず居ていただければいいのです。」

「そうですよ、これからもお願いしますねニケさん。」

「ユーリ様、エミリア様・・・。」

うんうん。

女同士の友情っていいねぇ。

見ているだけで食事が進むよ。

あ、俺お邪魔ですか?

じゃあちょっと席を離れて・・・。

「ご主人様どちらへ?」

「ちょっとおかわりを取りに。」

「もう食べちゃったんですか!?」

エミリアそんなに驚かなくても。

「向こうではまともな食事を取れませんでしたのでつい・・・。」

「こんな料理でよろしければいくらでも召し上がってください。」

「今度は私がお茶をお入れしますね。」

女性陣に甲斐甲斐しくお世話されて、俺は幸せ者だなぁ。

昔描いたハーレム計画は着実に成就しているわけだ。

もっとも、当初はエロエロなハーレムを思い描いていたわけですが。

俺がヘタレってことですよね、どうもすみません。


その後二回おかわりをして最後はエミリアの淹れてくれたお茶をいただく。

やっぱりこの味だよね。

どれも美味しいけど、最初に飲んだこの味が落ち着くんだ。

「ごちそうさまでした。」

「ご満足いただけたようで何よりです。」

余は満足じゃ。

「私達は荷物の整理をしようと思うのですがシュウイチさんはどうされますか?」

「昨日の今日でお疲れでしょうから私とエミリア様で片付けますのでお休みいください。」

「そうしたいのは山々なんですが、この書類を確認しないといけなくてですね。」

そう言って机の下からカバンを取り出す。

するとはみ出た書類の束をエミリアがさっと引き抜いた。

「これを読めばいいんですね。」

「お手伝いよろしくお願いします。」

さすがエミリア話が早い。

「では私とニケ様で荷物を片付けてしまいましょう。」

「ユーリ様、たしかさっきは・・。」

「ご主人様が仕事をしているのに私だけ休むわけにはいきません。」

「聖日ですから好きにして良いんですよ?」

「ですから、好きにさせていただきます。」

まぁ、ユーリがそれで良いなら構わないんだけど。

エミリアとニケさんもユーリと同じ答えみたいだな。

なんか申し訳ないなぁ。

「私達も好きにさせていただいています、シュウイチさんは何も気にしないで良いんです。」

「お言葉に甘えてよろしくお願いします。」

「ニケ様は食器を片付けてください、その間に荷物を運んできます。」

「わかりました。」

ユーリが玄関横に置かれた箱を取りに行く間にニケさんが食器を台所へ持っていく。

洗い物ぐらいするんだけど、やらせてくれそうにない。

「シュウイチさん、あの荷物はどうされたんですか?」

「サンサトローズを出る時にはもう荷台に積まれていました。冒険者ギルドとププト様からとだけ聞いています。」

「プロンプト様からですか。」

あの人の事だからまた変なことを企んでいるのではないだろうか。

面倒事は当分勘弁願いたい。

ユーリが机の上に箱を置く。

ドシンという音と共にテーブルが少し軋んだ。

そんなに重いの?

「ご主人様開けてよろしいですか?」

「お願いします。」

エミリアも俺も書類そっちのけで箱を見つめる。

軽く封をしてあっただけなのか蓋は簡単に開いたようだ。

何々、何が入っているの?

「なんでしょう紙が入っています。」

「これは、目録?」

目録?

それって贈答品とか結納品とかに入っている中身を書いた紙だよね。

ニケさんが紙を手に取り、蛇腹に折り畳まれたそれを開く。

「えっと、『この度貴殿の結婚を祝し領主として相応しい品を贈る。これからも我が領民としての貴殿の活躍に期待すると共に、益々の繁栄を祈願するものである。』だそうです。」

結婚祝いということだろうか。

でも今さらじゃないですか?

というか、領主直々にお祝いをくれるってどんな状況ですか。

普通はあり得ないでしょ。

「あ、続きがあります。『堅苦しい書き出しはこのぐらいにして、此度の働き並びにこれ迄の働きに対しての褒美を取らせる。こうしないと受けとらないだろうから祝いの品として受けとるように。これは私だけでなく冒険者ギルド、騎士団、魔術師ギルドからの祝いでもある。』以上です。」

「・・・まさかこんな方法で来るとは思っていませんでした。」

「シュウイチさんは過剰な報酬を受け取らない人ですから、プロンプト様も考えられたんでしょうね。」

「こんなにたくさんの人に感謝されるなんて、すごいです。」

「さすがご主人様ですね。」

何がどうさすがなのかわからないのはご愛敬だ。

「結婚祝いと言われたら断るわけにはいきません。」

「せっかく皆さんがくださったのですからありがたくいただいておいて良いと思います。」

「これはお酒、これは食器ですね。」

「不思議な薬もあります。どことなく禍々しい魔力を感じるのはなぜでしょうか。」 

禍々しいってお祝いじゃないの!?

ニケさんとユーリに続きエミリアも参加して荷物の開封が始まった。

これだけもの人にお祝いしてもらって、俺の頑張りも無駄じゃなかったってことだよな。

積み上げられる荷物を見ながら、俺はそう実感した。

情けは人の為ならず。

ほら、ちゃんと帰ってきたじゃないか。
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