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第六章

冒険者達の凱旋

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バロンも驚いたことだろう。

ただの人間だと思っていた奴が精霊を二人も連れて襲ってくるんだから。

しかも傷つけた手は完治し、メンタルは味方を得たことで絶好調だ。

そして何より恐怖なのが俺本人じゃなくて精霊の方と来たもんだからさぁ大変。

どうやらバロンの得意分野は水の魔法らしいのだが、それがディーちゃんによって完封されてしまう。

同属性の宿命という奴だな。

二回戦が始まってどれぐらい時間が経っただろうか。

一回戦と違い俺たちの一方的な戦いとなった。

「まったく、目障りな蔓め!」

「さぁさぁ、早く逃げないとドリちゃんが雁字搦めにしちゃうよ!」

ドリちゃんの操る無数の蔓がバロンの足元を狙い続ける。

避けたと思ったらすぐに足元から蔓が生えてきて、それを避ければまた・・・という感じだ。

ディーちゃんが一緒だと本当に楽しそうだなぁ。

俺はその隙を狙い、バロンが避けた後方から襲い掛かる。

もちろんバロンには俺の動きは手に取るようにわかるし、所詮は素人の攻撃だから対応もしてくる。

「そんな攻撃が当たると思っているのですか!」

突き出された短剣を軽々と躱わし、すれ違いざまに水の矢を無数に放つ。

「シュウちゃんには、触れさせないよ。」

だが、その水の矢は俺に届くことなく俺の前にそっと割り込んだディーちゃんの力でただの水へと変換されてしまった。

攻撃を完全に防がれ、防戦一方のバロンはイライラが溜まってきているのだろう。

最初の紳士っぽいしゃべり方はどこへやら、どんどん口調が荒くなっている。

「忌々しい精霊め!」

「精霊に向かって忌々しいだなんて失礼しちゃう。私達がいなかったら生きていく事もできないくせに。」

「貴方の飲む水は、私達が、作っているんだよ?」

「水がなくとも自分で生成してくれる!」

「そう、じゃぁこうしたら、出来ないね。」

俺の前で防御役に徹していたディーちゃんが前に出た。

蔓を避けようとバックステップをしたバロンの背後から、背中に向かって吐息を吹きかける。

急に現れたディーちゃんに向かってバロンが矢を放とうとするも、なぜか矢が現れることはなかった。

「何故だ!」

「貴方のお手伝いを、しちゃだめって、お願いしたの。」

「まさか私の魔術に干渉したのか!」

「ううん、私は、他の子に、お願いしただけ。」

恐らくは周りの水分をバロンの魔術に反応しないようにしたんだろう。

これを干渉といわず何と言うのかはわからないが、ディーちゃん的にはお願いになるらしい。

「水が使えない貴方なんて私達の敵じゃないね。」

「水を大切にしないと、めっだよ。」

いや、大切にしてないわけじゃないと思うんだけど・・・。

でもまぁいいか。

「私を、この私をここまでコケにしたのは貴様らが初めてだ。だが、水の魔法だけだと思うな!」

バロンの怒りが頂点に達する。

怒髪天を突くとはまさにこのことで、怒りと共にバロンの髪がサイヤ人のアレのように逆立ちはじめた。

途端にバロンの周りが陽炎のように揺らぎはじめる。

火の粉が舞い上がりバロンの体が火に包まれた。

燃えたわけじゃない。

体の周りを目に見えないほどの火が覆っているようだ。

「火の精霊よ、我に力を!」

バロンが天に向かって両手を伸ばし、精霊に向かって叫ぶ。

あまりの熱気に呼吸がしにくい。

ここに来て精霊の祝福持ちでしたとかじゃないよね?

水と火ってお互いに相性最悪なんだけどディーちゃんだけで大丈夫?

「私熱いのきらーい。」

さすがに森の精霊とは相性が悪いのだろう。

ドリちゃんがささっと白旗を揚げて俺の後ろに戻ってきた。

「シュウちゃんは、ドリちゃんと、そこで待っててね。」

俺の心配を他所にディーちゃんが一歩前に出る。

するとさっきまでの熱気はどこへやら、涼しい空気に満たされた。

「貴様の水など精霊の業火の前に蒸発してしまうがいい!」

バロンの伸ばした手に巨大な火が絡みつく。

それをグローブのように拳に巻くと、ディーちゃんに向かって殴りかかった。

「可愛そうな子、精霊の力を借りないと、私に触れることも出来ない。」

あろう事かディーちゃんは両手を広げ避けることもせずバロンを迎え入れる。

バロンの拳がディーちゃんの胸元に向かって振り下ろされた。

ものすごい音と共に蒸気が辺りを包み込む。

真っ白で何も見えない。

聞こえてくるのはジューとかシューという音だけだ。

「ディーちゃんなら大丈夫だよ。」

俺の不安を感じ取ったのかドリちゃんが俺の肩に手を置く。

「ドリちゃんがそういうなら大丈夫なんだね。」

「当たり前だよ。エフ君と喧嘩して負けた事なんて一度もないんだから。」

エフ君?

えっとそれは火の精霊の事でしょうか?

まさかの本家本元と喧嘩してしかも負けないとか、ディーちゃん恐ろしい子!

真面目な子程怒らせると怖いって奴だ。

「これでもうおしまい?」

蒸気の向こうからディーちゃんの声が聞こえてくる。

「そんな、そんなバカな!」

バロンの声も聞こえてくる。

古今東西『バカな』という奴は負けていると相場が決まっている。

今回も間違いなくそうだ。

蒸気が少しずつ晴れてくる。

その先に見えたのはバロンの拳を優しく包み込み、哀れみの目でバロンを見上げるディーちゃんだった。

「私の、火の精霊の力が負けるというのか・・・。」

「エフ君は、女の子が好きだから、本気を出さないんだよ。」

ちょっとまって。

男に頼まれたら本気出さない精霊ってありなの?

まぁ精霊も男にお願いされるよりも女にお願いされた方が嬉しいということなのか・・・。

「ちなみに私達はシュウちゃんのお願い以外は本気出さないからね。」

「それは喜んで良いのかなぁ。」

「もっと喜んでよ!精霊の力独り占めだよ?」

「シュウちゃんは、私達が、きらい?」

「嫌いなんてとんでもない。むしろ、俺なんかが独占しちゃだめだと思うんだけど。」

「別にいいの。私達はシュウちゃんが大好きなんだから、ねぇディーちゃん!」

「うん。シュウちゃん、大好きだよ。」

精霊に告白されてどうしたら良いんでしょうか。

見た目が、見た目が犯罪過ぎるんです!

Yes ロリータ No タッチ!

「じゃあもっと大人になったら良いの?」

「もうちょっと大人の見た目になれるよ?」

「いや、そうじゃなくてですね・・・。」

相変わらず心の声は駄々漏れらしい。

まったく困ったもんだ。

「私を前にしてそんなやり取りをするなんて・・・。私の負けだよイナバ君。」

「降参するのは私じゃなかったかな。」

「二精霊を従える君の頭と体がどうなっているのか非常に興味は尽きないけど、私にはこの二人を抑える事はできない。さっきの戦いで身にしみてわかったよ。」

ディーちゃんに振りかざした拳をおろし、バロンがその場に座り込んだ。

そして、両手を重ねて地面に置く。

「さぁ、一思いにやるといい。」

ん、どういうことだ?

恐らくは先ほど俺がされたことを俺にやれといっているんだろうけど。

バロンの手に穴を開ける。

そう理解した俺は、短剣を強く握るとゆっくりとバロンに近づいた。

やられたらやり返す、倍返しだ。

俺はバロンの前に膝をつくと短剣を高く振り上げ、そして勢いよく一気に振り下ろした。

狙うはど真ん中。

ためらいはなかった。

俺の手はまっすぐに振り下ろされ、バロンの掌の上に赤い痕をつける。

「シュウちゃん?」

「私の勝利条件は彼に触れさえすれば良いだけです。」

指一本でも触れたら俺の勝ち。

だから俺はバロンの掌に短剣の柄を思いっきり振り下ろした。

怒りはあった。

その怒りを発散する為に俺は指で触れるのではなく短剣を叩きつけたのだった。

「君はこれで良いのかい?」

「私が勝てば冒険者と共に解放される、そうでしたよね?」

「約束は守ろう。」

「ならばこれで十分です。それに、私ではなく彼女達のおかげですから。」

そう言って後ろを振り返る。

俺の女神ならぬ精霊が太陽のような笑顔で笑っていた。

「シュウちゃんがそれで良いなら私達は何も言わないよ。」

「だ、そうです。」

二人がそれで良いなら俺がこれ以上する事はない。

大きく息を吐いていると、俺の横をディーちゃんが通り過ぎバロンの前でしゃがみこんだ。

「もう、シュウちゃんに、意地悪しない?」

「もちろん。」

「じゃあ、他の子のお願い、取り消すね。」

ドリちゃんがバロンに向かって息を吹きかける。

するとバロンの周りを何かが回ったように見えた。

これでバロンの水魔法が再び使用できるようになったのだろう。

「彼を傷つけた私に再び魔法を使ってもかまわないというのかい?」

「シュウちゃんが、良いって、言ったから。」

「負けただけでなく情けまでかけられるなんて、もう君には頭が上がらないな。」

「それなら私のお願いをしっかり叶えてください。」

「お願い?」

集団暴走スタンビートについて調べてくれるんですよね?」

「あぁ、そういえばそうだったな。必ず何かしらの答えを君に教えると約束しよう。」

お願いというか質問だったんだけど、これで良いだろう。

俺は彼に勝利し、当初の目的を達する事ができる。

ありがたいことに怪我はない。

いや、あったけど今はない。

ならそれでいいじゃないか。

万事解決、万々歳だ。

集団暴走スタンビートって何のこと?」

突然ドリちゃんが質問してきた。

おや、精霊にも知らない事があるんだろうか。

「魔物が突然集団で暴れる現象ですよ。ここの南でも起きていますし、商店近くの森でもコボレートに襲われました。」

「コボレートがシュウちゃんを襲ったの!?」

「それとモフラビットとグレーウルフもでしょうか。」

「イナバ君って随分不幸な目にあっているんだね。」

魔族に同情されるとは思っていなかった。

手に穴を開けられてのも十分不幸な出来事だからな。

「それって、何かに、追われてた?」

「それはどうでしょう。集団暴走スタンビートの原因が何かから逃げているという説もあるそうですが、原因は分かりません。」

仮にそうだとしたら商店近くに原因となる何かがいることになる。

それは勘弁願いたい。

「えっと、その、言いにくいんだけど。」

「どうしたのドリちゃん。」

急にドリちゃんがもじもじし始めた。

トイレだろうか。

っていうか精霊ってトイレに行くの?

「ドリちゃん、ちゃんと言わないと、ダメだよ。」

「わかってるんだけど・・・。」

「どうかしたの?」

「シュウちゃん怒らない?」

怒る?

一体何の話だろうか。

むしろ情けない俺が怒られそうなものだけど。

「よくわからないけど怒らないから言ってみて。」

「本当に怒らない?」

「助けてもらって怒る理由がないよ。」

「じゃあ言うね、あのね・・・。」

その後に続いた言葉は衝撃の事実だった。

「その集団暴走スタンビートとか言うのを起こしたの、私かもしれないの。」

「え・・・?」

「あのね、この前魔石を貰った子が居たでしょ?あの子が元気になって一緒に遊んでたらつい聖域から出ちゃって、それでね、他の魔物が驚いて逃げちゃったの・・・。」

「シュウちゃん、ごめんなさい。ドリちゃんは、わざとじゃないの。」

「つまりはその何かから逃げるために魔物が暴走した?」

「たぶん・・・。」

あー、うん。

そんなこともあるよね。

いまさらそれを咎める事もできないし、むしろ危険な魔物がいないことを喜ぶべきなのか?

相手が精霊だけに怒るに怒れないっていうのもあってですね。

さてどうしよう。

「もう聖域に戻っているの?」

「うん!もう元気になったからしばらくしたら家に帰してあげるの!」

「えっと、ちなみに何かって教えてくれたりはするのかな?」

「誰にも言わない?」

「言わないよ。」

っていうか言えません。

言ったら最後どうなるかわかったもんじゃない。

「ディーちゃん、いい?」

「ドリちゃんの、好きにして、いいよ。」

「わかった。」

一応ディーちゃんの確認を取るも問題ないようだ。

「えっとね、フォレストドラゴンの子供が怪我しててね、それを看病してたの。シュウちゃんに貰った魔石のおかげですっごい元気になったんだよ!」

「元気、いっぱいだよ。」

「フォレストドラゴン!まさか偉大なるドラゴンに子供ができていたのか!」

「そんなに驚くことなんですか?」

「当たり前だよ!フォレストドラゴンといえば四龍のうちの一匹じゃないか。そのドラゴンに子が出来たという事は代替わりが起きるという事。これはこの世界におけるとんでもない事件なんだよ!」

よくわからないがすごい事らしい。

でもさぁ、そんなすごいドラゴンが裏の森に居るってどうよ。

いや、精霊が家の裏に居るのもすごいことなんだろうけど・・・。

「元気になったならいいか。」

「君、それでいいのかい?」

「ドラゴンって言われても私にはよくわかりませんし、むしろ元気になって家に帰れるならそれで良いかなと。」

「君は本当に驚かせ甲斐のない男だねぇ。」

そういわれても困る。

だって俺にとっては関係のない?話しだし。

それに家の近くで起きた集団暴走の原因がわかっただけで十分だ。

「シュウちゃん怒ってない?」

「もちろん。教えてくれてありがとう。」

「えへへ、よかった!」

「ドリちゃん、よかったね。」

この二人が嬉しそうならそれでいいや。

可愛い精霊が二人、じゃれ付いて遊んでいる。

見た目には可愛らしいけどすごい年上なんだよなぁ・・・。

そしてすごい精霊と来たもんだ。

この二人が来てくれなかったら一体どうなっていた事やら。

これもエミリアの入れてくれたお守りのおかげだな。

俺はポケットに手を突っ込み精霊結晶をそっと撫でる。

あれ、他にも何かある。

おもむろにポケットから取り出したのはネムリからもらった指輪だった。

「あー、シュウちゃんそれなに!?」

「これは指輪だよ。」

「この前の約束、覚えていてくれたんだね、嬉しい。」

約束?

ああああああああああああああああああああああああ!

思いだした!

俺は自分の手をもう一度見てみる。

そこにはこの二人と約束をした言の葉の鎖がしっかりと刻まれていた。

やばい、すっかり忘れてた。

そういえばプレゼントするって約束してた・・・。

「ねぇねぇ、もらっていいの?」

「も、もちろんだよ。」

あげないとは言えない、いえるはずがない。

俺は二人の手を取ると1つずつ手の上に乗せた。

緑の石がドリちゃん、青の石がディーちゃんだ。

「えへへ、似合うかな?」

「シュウちゃんからはじめてもらった、嬉しいな。」

二人がものすごい喜んでいる。

忘れていた罪悪感と安心感が同居するこの不思議な気持ち。

とりあえず、ありがとうネムリ。

君のおかげで俺の命が救われたよ。

精霊の約束を破ったなんて事になったらどうなっていた事か。

今度美味しいお菓子でも持っていくとしよう。

ありがとうジャパネットネムリ!

「お取り込みの最中悪いんだけど、そろそろ行かなくていいのかい?」

「そうですね、そろそろ外の皆が突入してくるかもしれません。」

すっかり和んでいたが俺はついさっきまでバロンと戦っていたわけでして。

そして外ではティナさんやモア君達が俺の帰りを待っているはずだ。

早く帰って安心させてあげないと。

「冒険者はどうやって解放するんですか?」

「私の魔術で体内の水分を操り、擬似信号を与えて行動を制御しているんだ。それを解除すれば元に戻るよ。」

「なるほどそういう原理でしたか。」

「これも私が編み出した秘伝の技なんだが、イナバ君ならもういいかな。」

「いいんですか?」

「君には魔力の素質はないし、悪用する気も無さそうだからね。」

したくても出来ないこのセンスのなさ。

まぁ素質があってもやらないけど。

「では冒険者を連れて帰る途中で開放できるようにしておいてください。」

「いいのかい、収拾が付かないかもしれないよ?」

「そのほうが案外まとめ易いんですよ。」

パニックになっているときほど人間の思考は操り易いそうだ。

状況が飲めないうちに上から畳み込むように説明するとそれを当たり前のように受けいれてしまうらしい。

人間って案外単純なんだなと昔、本を読んで思った。

「あぁそうだ、冒険者には服や防具を着せて置いてください。」

「裸で帰すわけには行かないからねぇ。」

全裸で意識が戻るとかトラウマものだ。

さて、それじゃあ行くとするかな。

「ドリちゃん、ディーちゃん今日は本当にありがとう。」

「こちらこそ素敵な指輪をありがとう、シュウちゃん。」

「何かあったら、また、呼んでね。」

「何もないほうが嬉しいんだけどね。」

いつも言うけどもうこりごりだ。

平穏無事に過ごしたいよ。


その後二人と別れバロンとともに冒険者を迎えに行く。

冒険者は準備を済ませ、こちらの指示を待っていた。

顔に生気がないからファンタジー世界のゾンビゲームみたいだ。

「これで全員ですか?」

「隔離していた女性冒険者も揃っているから、これで全部だね。」

奥のほうを見ると女性冒険者が集団で1人の男性を囲んでいる。

あれ、あの人どこかで見たような・・・。

そうだ、ギルド長だ!

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「あぁ、彼女達に気に入られて搾り取られていた男性の1人だよ。言葉に出来ないような事までされていたようだけど、それが心に依存性を埋めこんでしまったようでね。離れたくても離れられない、恐怖と依存性の同居という珍しい症例を生み出してしまったようだ。」

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いつも部下に責任を擦り付けるんだからその報いを受けるが良いさ。

ふはははは。

「とりあえず行きましょうか。」

「私が一緒に行って救助と出会うのはまずいんじゃないかい?」

「そういえばそうですね。」

「私がこれを言うのは間違いだとは思うが、イナバ君にはひどいことをしてしまって申し訳なかったと思っている。」

「それはもう終わった話です。これからは冒険者などを犠牲にしない実験をしてください。」

「わかった、君の迷惑にならない所でやると誓おう。」

いや、そうじゃないんだけど・・・。

でもまぁいいか。

俺に迷惑かからなければ。

「では、ここで。」

「何かわかったら君のところに顔を出すよ。」

「お願いします。」

バロンが差し出した手をしっかりと握り、冒険者を連れてダンジョンの中を行く。

転移魔法を使い入口まで送るとも言われたのだが、モア君たちとすれ違うの可能性もあったので歩いていく事にした。

あれだな、ゾンビ集団のボスになったみたいだ。

後ろを振り返れば完全武装の冒険者が後ろを付いてくる。

事情を知らなければ即座に逃げ出していたことだろう。

しばらく進むと、自分達とは別に前方から何か音が聞こえてきた。

冒険者はここにいるわけだから恐らくモア君たちだろう。

この状態を見られるとまた襲われると思われかねない。

合流する前に元に戻しておかないとね。

俺は後ろを振り返り、大きく手を広げ掌を合わせる。

確か、大きく手を三回叩けば元に戻るって言ってたっけ。

大きな音が三度、ダンジョンに木霊した。

その瞬間、冒険者達の目に生気が戻る。

周りをキョロキョロと見渡したり、自分の顔を触ったりしている。

「皆さん落ち着いてください!私はイナバシュウイチ、あなた方を助けに来ました!今別に救助隊が向かっていますもう大丈夫ですよ!」

先手必勝、パニックが起こる前に主導権を握る。

「一体何が起きたんだ?」

一番先頭に居た重装備の冒険者が俺に尋ねる。

「皆さんは魔術師に襲われ、ここに連れさらわれました。ですが安心下さい魔術師は死に、皆さんは自由になりました。」

「俺たちは助かったのか?」

「そうですよ。」

バロンのことを話すとややこしくなる。

彼には死んでもらうのが一番だ。

一応証拠品として魔術師が良く使う杖を一本拝借している。

バロン曰く高いものじゃないから適当に捨てても良いらしい。

本当かなぁ・・・。

冒険者達は上手く働かない頭で必死に状況を飲み込もうとしている。

そこに俺が情報を植え付け、そして救助がきたと知ればさらわれた事実などどうでもよくなる。

はずだ。

「・・・そんなに無理をしてはいけません、まだ病み上がりなんですよ!」

「あんなひ弱そうな司令官を1人取り残したなんて周りが許しても俺が許せねぇ!怪我ぐらい根性で治してみせる!」

「私が治癒し続けなければすぐに死ぬ人間が何を言うんですか!」

なにやら前方が騒がしい。

モア君と一緒に逃げた冒険者が来てくれると思っていたけどそれだけじゃないようだ。

この声は確か・・・。

「皆さん静かにしてください、イナバ様なら絶対に大丈夫です。だってあのイナバ様なんですよ。」

この声はモア君か。

あのイナバ様って何だよ。

全く意味がわからないよ。

「とにかく冒険者を救助しに行きましょう、うまく行けばイナバ様も御一緒かもしれません。」

この声はティナさんかな?

彼女が居なくて現場は大丈夫なのだろうか。

声の主達がゆっくりと姿を現す。

俺は彼らに向かって大きく手を振った。

「皆さん、救助が来ましたよ!」

その声を聞いた途端後ろの冒険者達が一斉に歓声をあげた。

ある者は叫び、ある者は涙を流し、抱き合ったり踊っている冒険者も居る。

元気なもんだ。

声を聞きつけて豪華な救助隊が走ってきた。

先頭を走ってきたのはやはりモア君だ。

「イナバ様!」

「モア君心配をかけましたね。」

「すみません、絶対に守ると約束したのに・・・。」

「こうして無事に帰ってこれましたから大丈夫です。」

申し訳無さそうに俯くモア君の肩に手をおき、慰める。

彼をあそこで無理やり帰して正解だった。

彼が居たらいたで色々とややこしくなってたかもしれないし、俺が無事なんだからそれで良いじゃないか。

「司令官無事だったか!」

その後ろからよろよろとやってきたのは冒険者に襲われたはずの、ガンドさんだ。

その横に癒し手のジルさんが付き添っている。

「ガンドさんも出歩いて大丈夫なんですか?」

「このぐらいなんてことねぇよ。」

「何を言っているんですか!絶対安静といっても聞かずに飛び出してきたくせに。」

ジルさんに言わればつの悪そうな顔をするガンドさん。

奥さんの尻に敷かれた旦那さんのようだ。

「助けに来てくださってありがとう御座います。」

「俺がもっと慎重に進んでいればこうはならなかった。」

「ですからそれは私の不注意で。」

「いいや、俺が悪い。司令官、街に戻った侘びに一杯おごらせてくれ。」

「体に響かないぐらいなら良いですよ。」

この人は根っからの冒険者なんだな。

それを横で見るジルさんの目がなんだか熱っぽいのは俺の気のせいだろうか。

人の恋路だ、触れないでおくか。

そんな二人を見守っていると俺の前に別の女性が現れた。

ティナさんだ。

「イナバ様、後ろにおられるのは・・・。」

「失踪していた冒険者ならびに先発部隊を含めた冒険者の皆さんです。」

ティナさんが驚いた顔で俺を見る。

そりゃそうだよな、ただの商人がベテラン冒険者も餌食になるようなダンジョンから冒険者を救出してきたんだから。

「首謀者らしき人物と出会ったと報告を受けましたが。」

「冒険者をさらった魔術師は何とか撃退できました。これがその証拠です。」

「すごい人だとは聞いていましたが、まさかお一人で解決してしまうなんて・・・。」

「たまたま運が良かっただけです。ですが動機を聞き出すことは出来ませんでした申し訳ありません。」

「そんな、彼らを救出できただけで十分です。」

ティナさんに証拠品として杖を引き渡す。

「それと、大変申し上げにくいのですが・・・。」

「どうしました?」

俺は冒険者の一番後ろで挙動不審に怯えるギルド長を指差す。

「よほど怖い目にあったのかあの調子なんです。」

バロンの言うように元に戻っても、まともにはならなかったようだ。

怯えたような目で女性を見るが、距離をとるとまた自分から近づいていく。

この前までの姿はもうない。

「致し方ありません。ギルド長には長期療養してもらうしかないでしょう。」

「少し嬉しそうですね。」

「理由はイナバ様もお分かりでしょう?」

十分にわかりますとも。

これでこれからの冒険者ギルドは安泰だな。

次期ギルド長の手腕に期待しよう。

冒険者達は落ち着きを取り戻し、全員が俺のほうを見ていた。

こっちみんな!

なんていえるはずはない。

だが、そんなに注目されるのは少し恥ずかしいんだけどなぁ。

「イナバ様、彼らに一言かけてあげてください。」

モア君がすかさずアドバイスをくれる。

「一言といわれましても。」

「何でも良いんですお願いします。」

何でも良いが一番困るんだけど、でもまぁやるしかないか。

最高責任者としてしっかりしないといけないしね。

それじゃあ最後の一仕事と行きますか。

「さぁもうすぐ地上です、皆で帰りましょう!」

「「「はい!」」」

冒険者共に凱旋だ!

こうして俺の新米指揮官としての長い1日は終わりを告げた。

え、その後どうなったかって?

しっかり休んだら、また教えてあげます。
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