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第六章

惑わしの鏡

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ダンジョンの奥で見つけたもの。

それは想像もしていなかったものだった。

松明の光が無ければ一寸先も見えないような闇の中。

洞窟の奥に積み上げられた檻の中には予想していた失踪者ではなく、魔物が入れられていた。

サルのような見た目。

口からは牙が下の歯から上に向かって伸びている。

なんだろう、ゴブリンとかそんな感じだ。

この世界のゴブリンはまだ見た事ないからわからないけど。

「一体なんですかこれは・・・。」

「わかりません。誰が何の為に魔物なんかを入れているんでしょうか。」

ゆっくりと近づいてみるも魔物は暴れる事も無くむしろこちらに気付いていないような感じだ。

心なしか目がうつろな気がする。

「我々が近づいても反応しませんね。」

「そこなんです。普通は襲い掛かるか暴れるかすると思うんですが、松明をかざしても無反応です。」

「松明どころかつついても反応しませんよ?」

モア君が長剣の先でつついてみるも魔物は身じろぎ一つせず虚空を見つめている。

なんだろう。

麻薬漬けの廃人みたい。

「檻は結構頑丈ですね。外から鍵をかけられてますし食事をしていないのかガリガリですよこいつら。」

檻それぞれに同じような魔物が同じような状態で入れられている。

その他にも空の檻がつみあげられている。

「これは魔物なんですよね。」

「ゴブリンですから正確には亜人種ですね。魔物よりもずるがしこいですが人を襲うことはあまりしなかったはずです。」

「見た目的には二足歩行の魔物というやつにピッタリというわけですか。」

「暗闇で遭遇したら普通に魔物と間違うでしょう。ですがこの辺りでゴブリンが出るなんて聞いたこと無いですよ。」

「となると誰かが連れて来たとしか考えられませんね。」

「ですが何の為に?」

それがわからないから困っているんじゃないか。

仮に何かを成す為に連れてこられたとしてこの状態はどう説明する?

まるで人体実験をしたあとみたいだ。

「それは現時点ではわかりません。とりあえず害は無さそうですので先に進むしか無さそうです。」

「この状態なら襲ってくる心配は無いでしょう。」

鍵はしっかりかけられている。

このままここにいても何もわからない。

正体を知る為にも今は先に進むしかないな。

「では来た道を戻り左の道を行きましょうか。」

「では松明はお返しします。」

先ほどの分かれ道まで戻り、今度は左の道を行く。

緩い下り坂になっており、どんどんと地下に降りていくのがわかる。

一体奥はどうなっているのか。

魔物にも冒険者にも遭遇しないまま俺達は先に進み続けた。

「妙だと思いませんか?」

「なにがです?」

「先に入った冒険者の姿が全く見えません。」

「確かにそうですね、そんなに時間を空けずに入ったのでどこかで遭遇すると思っていましたが・・・。」

分かれ道を何度か経由したが全く出会わないというのも不思議な話だ。

話に聞いていた冒険者も出てこないし。

「分岐は少なかったですがどこかで道をたがえてしまったとか?」

「それはあると思いますが魔物が出てこないのも不思議です。」

「先行部隊が全て駆逐した後とか。」

「死骸も戦った形跡もありません。まるでただ長い道を延々と歩かされているみたいです。」

まるで迷路みたいだ。

まっすぐ進んでいると見せかけて実は同じ場所をぐるぐるしているとか。

メビウスの輪のように表と裏を行き来しているだけとか。

ファンタジー世界だけに絶対に無いとはいえないんだよな。

「では一度来た道を戻りますか?」

「戻るんですか?」

「戻って先ほどの魔物の檻まで出ればあっている、出なければ何らかの影響で迷子になっているはずです。」

「ほぼ一本道ですから間違えようが無いですよ。」

「おかしいのは間違いないんです。やるだけやってみましょう。」

正しい道順じゃないと入口に戻されるダンジョンがあった気がする。

某MMORPGのバフォメットが出る森だ。

「イナバ様がそう仰るなら戻ってみましょう。」

「その前に印だけつけておきます。」

分かれ道では○をつけていたから今度は×にしてみるか。

「これでよしっと。」

「では戻りますね。」

まだ先はあるがひとまず回れ右をしてきた道を戻る。

長い下り坂だったからこの坂を上れば元に戻るはずなんだけど・・・。

「おかしいですねまた下り坂です。」

「やっぱりそうおもいます?」

確かに途中までは上っていた。

だがその途中でなぜか道が下り坂になってしまう。

これはおかしい。

なぜなら檻のあったあの分かれ道からまっすぐ下ってきたはずだ。

それに分かれ道もあったはずなのに今は一本道だった。

「戻ればさっきのしるしのある場所に着くはずですよね?」

「そのはずです。」

「じゃあ引き返します。」

再び回れ右をしてきた道をどんどんと下っていく。

だが下れども下れども先ほどつけた×印にたどり着く事はなかった。

「これはどう考えても迷ってますね。」

「ですが一本道ですよ?」

「正確には迷わされているというべきでしょうか。誰が何の為に迷わせているかはわかりませんが明らかにおかしい。」

「一体どうすれば・・・。」

古今東西こういう感じのなぞかけは多数ある。

歩いているが実は夢おちだったパターン。

視覚的に錯覚させられているだけで同じ場所をぐるぐるしているパターン。

異次元に放り込まれたパターン。

等々。

その場合どうやってそれを解決するのか。

イノ○ンスって映画では少佐が助けてくれたけど今回はそんな人いないんですよね。

とりあえずやるだけやりますか。

「もう一度逆に歩きます。今度は上りが下りになる分岐点まで。」

「わかりました!」

もう一度回れ右をして再び道を上り始める。

すると先ほど同様に道が下りになる場所へとたどり着く事ができた。

同じ場所を歩かせるだけなのであれば坂はずっと続かなければならない。

だがわざわざそこに違いを作っているのは言い換えればそこに何かあるということだ。

上りと下りの分岐点。

そこだけが平らになっている。

「ここですね。」

「特に何も変わったものはありません。」

「パッと見るだけでは何も無いでしょう。ですがあるならここしかない、絶対に何か違いがあるはずです。」

壁の色。

土の色。

天井。

地面。

間違い探しをするように全体をくまなく見渡す。

その時あることに気がついた。

平らな所に立つと前後は共に下りになる。

前後の下り始める場所に同じような大きさのくぼみがあることに気づいた。

それは距離も深さも全て同じ。

左右対称にへこんでいる。

まるで鏡を見ているようだ。

「モア君ちょっとそこのくぼみに立ってもらえます?」

「これですか?」

モア君を片方のくぼみに立たせてみる。

「そのまま坂の下を見ていてください。」

んでもって俺も同じように反対側のくぼみに立ち坂の下を見る。

これでお互いが背を向け合っているような状況だ。

「今度は私のほうを向いてください。」

「わかりました。」

くぼみに乗ったままモア君と正面で向かい合う。

すると振り向いた先に居たのはモア君ではなく自分だった。

なるほど。

鏡ね。

「イナバ様が居ません!」

声は聞こえる。

「そのまま自分に向かって進んでください。大丈夫、うまくいきます。」

俺はゆっくりと自分に向かって歩き出した。

自分とキスするのはあんまり嬉しくないがゆっくりと向かっていき、口と口が触れ合うその瞬間に二人の体が交差した。

次の瞬間。

洞窟のどこかだと思われる部屋に立っていた。

やっぱり何かしらの罠に引っかかってたんだな。

それで罠を抜けたから指定の場所に出てきたと。

と、横を見ると目をつぶったままのモア君もやってくる。

「大丈夫です、罠は抜けました。」

「イナバ様!」

俺の声を聞きモア君が眼を見開いた。

「一体なんだったのでしょうか。」

「恐らくですけど、幻覚か何かを見せる罠があってそれに引っかかったんでしょう。同じ場所を歩かされているように錯覚する罠です。どこに設置されているかはわかりませんが、あの檻の部屋よりも先で引っかかったんでしょうね。」

「魔術的なやつですか?」

「私は魔術師ではありませんので詳しくはわかりませんが恐らくはそういう類のものだと思います。」

そうとしかいえない。

同じ場所を歩かされる幻覚を見せる時点で魔術としか言いようが無い。

「全く気付きませんでした。」

「気付けたのは本当に偶然ですよ。」

気付いたのは左右対称になっていることに気付いたときだ。

下り坂道の前に鏡を置くとあたかもその先に同じような下り坂道があるように見える。

だから、上り終えたときに目の前に下り坂が見えたのだ。

そこに自分の姿が映ればすぐに鏡とわかったが、そんな親切設計ではもちろん無い。

われながら良く気付いたと思う。

初見殺しの罠すぎるだろう。

恐らくこれにかかった人は延々同じ場所を歩かされて疲労し、最後は衰弱してしまったり発狂してしまったりするんだと思う。

時間は経過してるみたいだからいずれ餓死するかもしれない。

恐ろしい罠だ。

「こんな罠を見破れるなんてさすがイナバ様です!」

どこかで聞いたことあるフレーズだが今はそれが懐かしい。

俺は皆の所に帰るんだからこんな所で止まっていられないんだ。

「ではこの部屋の調査からはじめましょうか。」

物置か何かなのだろうか、よくわからないものが積みあがっている。

埃が積もっている所を見ると長時間掃除はされていないようだ。

「この道具は一体何なんでしょう。」

「わかりません。下手に触るとどうなるかわからないので目視で確認するにとどめてください。」

呪われたりしたらたまったもんじゃない。

荷物をよけつつ進むと右側に扉があった。

恐る恐る触ってみるが特に何も起きず、軽く押すとゆっくりと開いた。

「私が先に行きます。」

「お願いします。」

モア君が長剣に手をかけながら覗き込むように部屋の中を確認し、問題が無かったのかそのまま中へと入っていった。

「広い部屋ですね。」

公民館のホールぐらいはあるだろうか、天井は低いものの奥に長い部屋だった。

「イナバ様あれを!」

モア君が指差した先には魔物が入っていたのと同じような檻が設置されていた。

直接天井と床を鉄格子のようなもので仕切っている。

暗くて見えないが中に何か入っているようだ。

「また魔物でしょうか。」

「わかりませんが、魔物ほどくさくないです。」

「確かに空気は綺麗ですしにおいもさほどしません。」

「いってきましょう。」

「そうですね行くしかないでしょう。」

ここで立っていても始まらない。

あの檻の中に居るのがなんにせよそれを確認しなければ。

だんだんと檻の中の陰が鮮明になってくる。

魔物よりも大きく、フラフラと動き回っている。

なんだか動物園の動物みたいだな。

なんてことを思ってしまった。

「これは!」

檻の中の何かをみてモア君が驚きの声を上げる。

もう何が出ても驚かないと思うんだけど。

よっぽどすごい奴なのか?

モア君が走って檻のそばへと駆け寄る。

それに続いて俺も檻の前まで走った。

暗がりに松明の光で映し出されたもの。

それは、檻の中をうろうろと歩くそれはこちらを振り向くと俺の目を見てニヤリと笑った。

「イナバ様これは一体・・・。」

「さっきの檻といいこれといい一体なにがどうなっているんでしょう。」

「わかりません。ですが、これって冒険者ですよね?」

檻の中に居たのは紛れも無い人間。

身に着けている鎧から冒険者である事は間違いないだろう。

だが、地上で聞いた情報の通り普通の状態じゃない。

理性や知性を感じさせない、本当にサルのような感じでうろうろしている。

ものめずらしそうにこちらを見てはニヤリと笑い、また歩き出す。

先ほど見たゴブリンのように目が虚ろという感じではない。

「失踪した冒険者なのかはたまた先行部隊なのかは分かりませんがおそらくそうでしょう。」

「じゃあこの奥にある檻にいるのも全部・・・。」

「この状況で檻から出すのは危険ですね、とりあえず奥まで確認しましょう。」

「そうですね、襲ってくるかもしれませんし。。」

檻は壁沿いに部屋の奥まで続いている。

いくつか空きはあるもののほぼ全ての檻に冒険者は入れられていた。

防具をつけているものも居れば、服だけの者もいる。

怪我をしてるようには見えないなぁ。

武器は取り上げられたのか今のところ近くには無いようだ。

「みんな冒険者みたいですね。」

「そうですね、普通じゃないという意味がなんとなく分かります。」

「さっきのゴブリンみたいに生気が無いわけではなさそうですが・・・。」

「そういう感じの冒険者もいますね。ただ単に元気が無いだけなのかは分かりませんがあまり良い状況ではなさそうです。」

虚ろな目をした冒険者もいた。

他も冒険者と違い天井を見たまま半開きの口から涎を垂らしていた。

不思議なのはさっきのゴブリンと違い飢えている感じがなさそうなんだけど、食事は与えられているんだろうか。

「あの、女性の冒険者もいたはずなんですけどここには居ませんね。」

「そう言えばそうですね。」

檻にいるのは皆男性ばかりだ。

そこからから考えられるシナリオは複数あるが、おもに18禁の内容だ。

お決まりというか定番というか。

余り数はいなかったと思うけどいったいどこにいったんだろう。

「イナバ様、奥にも部屋があります!」

「気は進みませんが行くしかないでしょうね。」

「自分はもうなにが起きても驚きませんよ。」

「私は何も起きてほしくないんですけどねぇ。」

どう見ても怪しい大きな扉に大きなため息が出てしまった。

できれば何事もなく地上に帰りたい。

失踪者らしき冒険者は見つけたしみんな連れて逃げればオッケーのはずだ。

まぁ、いうこと聞くかは知らないけど。

でもさ、出口ってどこ?

罠から脱したものの現在地は不明。

出口はわからず、不気味な冒険者が多数いる部屋を調査中と来ている。

何かあったとしていったいどこに逃げればいいんだろう。

ただ一つ言えるのは、目の前にあるこの部屋は出口じゃないよねってことだ。

「では、開けますよ。」

両開きの扉をゆっくりと押し開けていく。

なんだろう、絶対よくないものがいる気がする。

俺の第六感がそう警告している。

でもそこに扉があるなら開けなきゃいけないんだ!

一番奥までしっかりと開かれた扉の奥はこれまた広い部屋だった。

違うのは天井が高いということぐらい。

あとは、ほんのりと明るいということか。

うちのダンジョンにあったヒカリゴケでも生えているのかな?

「何も居ません。」

「特にこれといったものもありませんねぇ。」

がらんどうのような部屋。

いったいなんの意味があるのだろうか。

モア君は怖くないのかどんどんと奥へ進んでいく。

こらこら罠があったらどうするんだ。

「あ、こんなところに木の棒がささってます。」

モア君が見つけたのは床に刺さった木の棒だ。

いやちがうな。

それってよくある木製のレバーじゃないかな。 

ほら、アクションゲームでお馴染みの倒すとギミックが発動するやつ。

床罠だったり、壁が動いたり、落とし罠作動したりするやつ。

あれ、悪い事ばっかりだ。

もちろん作動させた時の音は、緑色の服と帽子を身に付けた剣士が出てくるゲームのあれですよ。

パラパパラパパン!

「あれ、これ動きます。」

「ちょっとまってさわらないで!」

あかん、それあかんやつや!

しかし、制止の声もむなしく時すでにおそし。 

棒は好奇心の塊りであるモア君の手によって動かされたのであった。

「・・・何も起きませんね。」

「・・・そうですね。」

あれ、俺の思い違い?

棒を動かしても特に変わった様子はなく、部屋は空っぽのままだ。

よかった、水責めとかじゃなくって。

『ガタン!』

そうそう、そんな音がしてよくないことが起こると思っていたわけですよ。

あー、ホッとした。

ホッとした?

「あれ、今何か音が・・・。」

そう言いながら振り向いた俺の目に写ったもの。

それは。

固く閉ざされていたはずの冒険者の檻が開くところだった。

「モア君逃げて!」

かくして、冒険者vs俺(達)の鬼ごっこが幕を開けた。
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