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第五章
メイドさんはお好きですか?
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朝が来た。
あた~らし~い、あっさがきた~。
きぼ~うの、あっさ~だ。
夏休みにはかかさずラジオ体操に行っていたタイプです。
どうもおはようございます。
昨夜はお楽しみでした?
いえ、平常運行です。
あの後宿に戻り、着替えた衣装を返しにいくも彼女ことガスターシャ氏は不在だった。
恐らくは領主様含め偉い方々との食事会にでも出ていたのだろう。
俺はもう領主様とのあの短い時間でヘロヘロですので、これ以上気を使うのは勘弁してもらいたいです。
気心の知れた人と食べるご飯が一番美味しい。
そう、それがどんな質素な料理でも。
「おはようございます皆様、食事をお持ちいたしました。」
ここの料理は質素どころか豪華すぎて困るぐらいです。
朝の準備の後なぜか俺の部屋に皆で集まり朝食をという運びになった。
別に分かれてご飯でもいいんですよ?
と、ユーリに言うも非効率という事で却下された。
まぁ貴重な情報共有の場だからありがたいんだけどね。
ちなみに昨夜は俺とユーリ、エミリアとシルビア様に分かれて宿泊する事になった。
何故ユーリかはお察し下さい。
「おはようございます。すみません昨夜は面倒な事をお願いしてしまいまして。」
「何を仰います。お預かりいたしました衣装は責任を持ってお返ししますので御安心下さい。」
「昨夜お戻りになられていたんですね。」
「ずいぶんと遅いお時間でしたが戻られまして、今朝も早い時間に出て行かれました。なんでも急用ができたとか。」
夜遅く朝早い。
体を壊す典型だな。
ちゃんと休めるときに休んで睡眠を確保しないと質のいい生活は出来ませんよ。
「でもよろしかったんでしょうか、そのままお返ししてしまって。」
普通であればクリーニングに出して返すのが一般的だが(貸衣装は除く)、あいにくこの世界にクリーニング屋はなさそうだ。
「あのような衣装は下手に個人で洗うよりも専門家にお任せするのが一番ですから。」
「縮んでしまっては大変ですからね。」
皆さんも一回は経験あるだろう。
自宅で洗濯した後に縮んでしまったり色落ちしたりした事を。
でも待てよ、専門家がいるということはクリーニング屋があるのか?
「専門家というのは洗濯のですか?」
「その通りです。貴族専門の洗い屋に今回はお出ししましたが、街には住民の方向けの洗い屋がありますので皆さんそちらを利用されています。このような街ですと個人で服を洗うための場所が限られてしまいますから。」
そういえば中世の時代にはそういう職業もあった気がする。
上下水道が今のように発達しているわけではないので、このような街では共用の井戸を使用しているはずだ。
そうなると個人で洗濯するのにいちいちそこまで持っていかなければならなくなる。
そこで生まれたのが洗濯をする仕事だ。
確かそんな仕事に従事するのは身分の低い人か奴隷だったように思うんだけど
貴族専用のはどんな人がしているんだろう。
「ガスターシャ様は今日もこちらにお泊りですか?」
「今の予定ではまだお泊りになられるそうですが・・・。」
「あ、言える範囲で結構ですよ。」
「申し訳ございません、なにぶんお相手がお相手ですのでイナバ様とはいえ簡単にはお答えできなくて。」
個人情報保護の観点という奴だな。
滞在日が分かれば色々と悪いことを考えることができてしまうからね。
襲撃とか暗殺とか。
「直接お礼を言えればと思いましたが難しそうですね。」
「ガスターシャ様にはイナバ様のお言葉もお伝えしておきます。」
「宜しくお伝え下さい。」
衣装の御礼をと思ったが仕方がない。
また早いうちに会えるような気がする。
だって、ここに来た理由は俺を調査?しにきたわけだし。
ひょっこり店の方にも来るかもしれないな。
「シュウイチ、せっかくのスープが冷めてしまうぞ。」
「すみません話し込んでしまいました、今行きます。」
「では馬車の方は夕刻前に手配しておきます。」
「すみませんが宜しくお願いします。」
支配人はお辞儀をすると音もなく部屋を後にした。
さて朝食にしますか。
「お待たせしました。」
「支配人と話し込んでいたようだな。」
「衣装と馬車の件についてお話していました。」
「どうしても馬車に乗らないとダメなんですか?」
「別に徒歩でも構わないのですが、昨日あの感じで出て行った手前馬車で行かないわけにはいかなくてですね。それに、買受け後すぐにその場を離れる事ができますのでやはり馬車が必要だと思います。」
猫目館と少々やりあうことになるはずなので、保身の為にも個室は必要だ。
最悪そのまま逃げる事だってできる。
今回は正式に買受けるわけであって連れ去るわけではないから、馬車じゃなくてもいいんだけどね。
格好の問題です。
昨日あれだけお金持ち風なイメージを植え付けたのだから今回もそのままいきたい。
「ですが衣装はお返ししてしまいましたが・・・。」
「問題はそこなんです。」
そう、現在頭を抱えているのは服の問題だ。
昨日あのような格好で行ってしまったので、今日も同クラスの服で行かなければ示しがつかない。
衣装を借りようにもガスターシャ氏は不在で無断で借りるわけにも行かない。
昨日の衣装で行ってもよかったのだが、同じ服というのも金持ち設定の手前都合が悪い。
さて、どうしたものか。
お忍びですと言って地味な服で来た事にしてもいいのだが、それなら馬車で来るなよって話でして。
「私達も含めてこの格好で行くのはさすがにまずいだろうな。」
「やっぱりそう思いますよね。」
「あのようなドレスはさすがに持っていません・・・。」
「私の場合無くはないが二人ではサイズが合わないからな。」
つまり話し合いに行く前段階で詰まってしまっているわけです。
いやー、まさか衣装でトラブルが起きるとは思っていなかったなぁ。
話し合いで揉めるとか、ニケさんが来るまでに揉めるとか、別のことに対する対処ばっかり考えていて身近な所に関しては全く考えてなかった。
でもいまさらあんな服を用意する事もできないし。
貸衣装屋でも聞くしかないかなぁ。
「最悪私だけでも服が用意できれば問題ないんですが。」
「それはダメです。あそこに行くのであれば私も行きます。」
「そうだな、皆で行くべきだろう。」
もう利用したりしないってば。
困ったなぁ。
「奥様方はご主人様が心配なのですよ。」
「それは分かっています。」
一人のほうが何かと動き易いというのもあってですね。
「馬車で待っているというのもダメですよね。」
「もちろんです、中まで一緒に行きます。」
「私は馬車で待機だろうな。さすがに面が割れる可能性が高い。」
まぁ、この街の騎士団長様ですから。
昼間からあそこに行くというのは世間体的にねぇ。
あ、夕方か。
「となると、私とエミリアの服を用意できれば問題はひとまず解決というわけですか。」
「ユーリはどうしますか?」
「私も馬車でお待ちしています。」
てっきりユーリも来るって言い出すと思ってたけど。
「シア奥様を一人にすると待ちきれず押し入ってしまいそうですので。」
あ、そっちの心配ですか。
「さすがに押し入ったりはしないぞ?」
「そうでしょうか。馬車でお一人いつ戻るかも分からず、中で何か問題が起きてると不安になった場合を想像してみてください。」
「・・・絶対とは言い切れんな。」
「不安なのは私もですがここはお二人にお任せしておきましょう。」
「ユーリがそういうのであれば二人で待つとしよう。」
「宜しくお願いします。」
よし、後は服だけだ。
「では朝食後に魔術師ギルド、シルビア様の家という順番で移動しましょうか。」
「それなんですが、魔術師ギルドへは私とユーリで行こうと思います。」
え、一緒に行かないの?
「それはどうしてですか?」
「時間があるとはいえ、ニケさんとの打ち合わせは綿密にするべきです。魔術師ギルドへは代金を受け取りに行くだけですから皆で行く必要はありません。」
「確かにそうですけど。」
「お金を受け取りましたら私達もすぐ向かいます。」
「リア奥様のことはお任せ下さい。」
なんだかよく分からないがそのほうが効率がいいのは間違いない。
今回はお言葉に甘えさせていただこう。
「では朝食後、私とシルビアはニケさんと打ち合わせに。エミリアとユーリは魔術師ギルドで代金の受け取りをお願いします。」
「「「はい。」」」
「せっかくのお休みなのにまた用事だらけになってしまいましたね。」
連休を使って羽を伸ばすはずがまたも予定だらけの強行軍だ。
まったく、どうしてこうなったのやら。
「シュウイチさんですから仕方ありません。」
「そうだな、シュウイチだからな。」
「ご主人様ですから。」
本当に申し訳ございません。
でも俺だって休みたいんですよ?
ゆっくりしたいんですよ?
でもそれを許してくれない何かがあるようなんです。
ほんと、過労死するぞいつか。
そして朝食後、予定通り二手に分かれて行動を開始する。
「それではそちらはお任せします。」
「お任せ下さい。」
「すぐに終わらせて向かいますね。」
お金を受け取るだけだしすぐに合流できるだろう。
「それでは私達も行きましょうか。」
「この前は馬車だったからな、道案内しよう。」
「宜しくお願いします。」
領主様の館がある街の北側は少し上り坂になっている。
ゆっくりと坂を上り目指すシルビア様の家はまだ先だ。
「こうやって二人で街を歩くのははじめてかもしれんな。」
「そうですね、シルビアと歩くのは初めてになりますね。」
「まさかこの私が男性と二人で街を歩く事になるとはなぁ。」
「カムリさんとは歩かないんですか?」
「非番の日は一人で用事を済ませる事が多いな。最近は騎士団の者がついてくることもあるが、あまり多くは無い。」
つまり二人っきりでのデートは初めてというわけだ。
心なしか顔が赤いような気がする。
戦場の戦乙女と呼ばれるシルビア様も一人の女性だ。
いくら鈍感な男でもここまでいわれて気づかないやつはいないだろう。
俺はそっと横を歩くシルビア様の手を取った。
驚いたように手をすぼめたが、すぐに弱弱しく握り返してくる。
横を見るとさっき以上に顔を赤くしたシルビア様がいた。
何だこの可愛さ、反則だろ。
あれか、これが俗に言うギャップ萌えというやつか!
いつも凛としている女性が見せるこの恥じらい。
たまらん!
ツンデレとクーデレ両方同時にいただけるなんて最高です!
落ち着け俺。
深呼吸だ。
吸って~。
吐いて~。
吸って~・・・あれ?
何だか良い匂いが。
「良い香りがしますね。」
「お、分かるか?」
「これは、シルビアの髪から?」
なんだろう、柑橘系の匂いのような甘すぎないけど鼻に残る感じ。
「ネムリの店で香油を買い求めてな、せっかくの休みだから付けてみたのだが。」
「とても素敵な香りですね、甘い匂いは苦手ですがこの香りは好きです。」
「そうか!気に入ってもらえてよかった。」
「もしかして私の為に?」
「お前以外に誰がいるというのだ。」
あぁぁぁぁ、何なんだ。
何でこの人はこんなに可愛いんだ。
もう結婚してください。
あ、もう結婚してた。
ぼかぁ幸せものだなぁ!
恥らうシルビア様の手をぎゅっと握り、恋人のようにもとい夫婦仲良く家に向かうのであった。
そして、久々に来たシルビア様の館はやはり大きかった。
もちろん領主様の館に比べれば小さいが、それでも俺の家と比べれば数倍ある。
周りの家も同じぐらいだからシルビア様の家だけが大きいわけではないんだけど。
金持ちはでかい家に住むのかなぁ。
それともあれか、食事会とかする為にはこのぐらいが必須なのか?
見栄を張るのって大変だよね。
「ただいま帰った。」
大きな扉分けて中に入ると奥からメイドさんが二人走ってくる。
「「お帰りなさいませシルビア様。」」
「変わりないか?」
「何も問題ございません、万事順調に業務は消化されております。」
この人は相変わらずのようだ。
元騎士団所属のバリバリ武闘派メイドのマヒロさん。
そしてその横にいるのは・・・、あれ?
「おかえりなさいませ、イナバ様。」
「もしかして、ニケさん?」
「はい。」
どうしてニケさんがメイド服を着ているんでしょうか。
いや、似合ってるよ?
慎ましいデザインなので胸元が見えるとかスカートが短いとかそういうのは一切無いのに、それでも主張する胸とどこからか出てくる色気。
エロ漫画の主人公ならこのまま寝室に誘って一晩中楽しめちゃうだろう。
いや、一晩と言わず毎晩か。
メイドスキーなら発狂してしまうぐらいに似合っている。
でもなんで?
「現在ニケ様たっての希望で館内整備の補助をお願いしている次第です。」
「ただ匿って貰うだけというのはどうしても嫌だったので、お手伝いを申し出ましたら快く受けてくださったんです。」
「広い館内ですので人の手はいくらあっても足りません。」
「そういう理由でしたか。」
なるほど。
つまりは暇だったと。
それもそうだよな、匿うという名の軟禁状態だったわけだから何かしてないと暇すぎて発狂しちゃうよな。
いいと思います。
むしろメイド姿最高です。
「あの、ダメでしたでしょうか。」
「そんな事ありませんよ。」
「こちらこそ客人にこのようなことをさせてしまい申し訳ない。」
「マヒロさんを怒らないで下さい。最初は許してくれなかったんですけど、私がどうしてもといったんです。」
「お叱りであればこのマヒロが全てお受けいたします。大切なお客人にこのようなことをさせているのもまた事実です、極刑も覚悟しております。」
使用人の立場からしたら主人の命に逆らっているわけだし。
しかも元上司である騎士団長シルビア様の命令に逆らうんだから、俗に言う軍法会議ものって奴だ。
でも極刑って。
「ふむ、確かに我が命に逆らったのは事実。マヒロにはそれなりの裁きを受けてもらう必要があるやもしれんな。」
「どんな賞罰でも覚悟は出来ています。」
え、シルビア様いくらなんでもひどくないですか?
ニケさんが懇願して自分からやりたいっていっただけで、この人は悪くないと思うんだけど。
「そんな、私が無理言ったんです!」
「だが、客人を働かせているのも事実だ。」
「その通りです。」
いや、その通りですって。
「使用人マヒロ、そなたにはニケ殿の護衛を命ずる。猫目館へお連れし、道中襲いかかる全ての敵を排除し、この方を守り抜け!」
「このマヒロ、命にかえましてもその命完遂いたします!」
玄関先でいきなり始まる軍法会議。
判決は命を賭した護衛任務。
このさきどのような危機が彼女を襲うのか!
次回武闘派メイドマヒロ『マヒロ死す!?命を賭けた護衛任務。』
ご期待ください!
「えっと、つまりはどういうことでしょうか。」
「ニケさんを買受けに来たんですよ。」
事情をよくつかめていないニケさんに俺はそう微笑みかけた。
あた~らし~い、あっさがきた~。
きぼ~うの、あっさ~だ。
夏休みにはかかさずラジオ体操に行っていたタイプです。
どうもおはようございます。
昨夜はお楽しみでした?
いえ、平常運行です。
あの後宿に戻り、着替えた衣装を返しにいくも彼女ことガスターシャ氏は不在だった。
恐らくは領主様含め偉い方々との食事会にでも出ていたのだろう。
俺はもう領主様とのあの短い時間でヘロヘロですので、これ以上気を使うのは勘弁してもらいたいです。
気心の知れた人と食べるご飯が一番美味しい。
そう、それがどんな質素な料理でも。
「おはようございます皆様、食事をお持ちいたしました。」
ここの料理は質素どころか豪華すぎて困るぐらいです。
朝の準備の後なぜか俺の部屋に皆で集まり朝食をという運びになった。
別に分かれてご飯でもいいんですよ?
と、ユーリに言うも非効率という事で却下された。
まぁ貴重な情報共有の場だからありがたいんだけどね。
ちなみに昨夜は俺とユーリ、エミリアとシルビア様に分かれて宿泊する事になった。
何故ユーリかはお察し下さい。
「おはようございます。すみません昨夜は面倒な事をお願いしてしまいまして。」
「何を仰います。お預かりいたしました衣装は責任を持ってお返ししますので御安心下さい。」
「昨夜お戻りになられていたんですね。」
「ずいぶんと遅いお時間でしたが戻られまして、今朝も早い時間に出て行かれました。なんでも急用ができたとか。」
夜遅く朝早い。
体を壊す典型だな。
ちゃんと休めるときに休んで睡眠を確保しないと質のいい生活は出来ませんよ。
「でもよろしかったんでしょうか、そのままお返ししてしまって。」
普通であればクリーニングに出して返すのが一般的だが(貸衣装は除く)、あいにくこの世界にクリーニング屋はなさそうだ。
「あのような衣装は下手に個人で洗うよりも専門家にお任せするのが一番ですから。」
「縮んでしまっては大変ですからね。」
皆さんも一回は経験あるだろう。
自宅で洗濯した後に縮んでしまったり色落ちしたりした事を。
でも待てよ、専門家がいるということはクリーニング屋があるのか?
「専門家というのは洗濯のですか?」
「その通りです。貴族専門の洗い屋に今回はお出ししましたが、街には住民の方向けの洗い屋がありますので皆さんそちらを利用されています。このような街ですと個人で服を洗うための場所が限られてしまいますから。」
そういえば中世の時代にはそういう職業もあった気がする。
上下水道が今のように発達しているわけではないので、このような街では共用の井戸を使用しているはずだ。
そうなると個人で洗濯するのにいちいちそこまで持っていかなければならなくなる。
そこで生まれたのが洗濯をする仕事だ。
確かそんな仕事に従事するのは身分の低い人か奴隷だったように思うんだけど
貴族専用のはどんな人がしているんだろう。
「ガスターシャ様は今日もこちらにお泊りですか?」
「今の予定ではまだお泊りになられるそうですが・・・。」
「あ、言える範囲で結構ですよ。」
「申し訳ございません、なにぶんお相手がお相手ですのでイナバ様とはいえ簡単にはお答えできなくて。」
個人情報保護の観点という奴だな。
滞在日が分かれば色々と悪いことを考えることができてしまうからね。
襲撃とか暗殺とか。
「直接お礼を言えればと思いましたが難しそうですね。」
「ガスターシャ様にはイナバ様のお言葉もお伝えしておきます。」
「宜しくお伝え下さい。」
衣装の御礼をと思ったが仕方がない。
また早いうちに会えるような気がする。
だって、ここに来た理由は俺を調査?しにきたわけだし。
ひょっこり店の方にも来るかもしれないな。
「シュウイチ、せっかくのスープが冷めてしまうぞ。」
「すみません話し込んでしまいました、今行きます。」
「では馬車の方は夕刻前に手配しておきます。」
「すみませんが宜しくお願いします。」
支配人はお辞儀をすると音もなく部屋を後にした。
さて朝食にしますか。
「お待たせしました。」
「支配人と話し込んでいたようだな。」
「衣装と馬車の件についてお話していました。」
「どうしても馬車に乗らないとダメなんですか?」
「別に徒歩でも構わないのですが、昨日あの感じで出て行った手前馬車で行かないわけにはいかなくてですね。それに、買受け後すぐにその場を離れる事ができますのでやはり馬車が必要だと思います。」
猫目館と少々やりあうことになるはずなので、保身の為にも個室は必要だ。
最悪そのまま逃げる事だってできる。
今回は正式に買受けるわけであって連れ去るわけではないから、馬車じゃなくてもいいんだけどね。
格好の問題です。
昨日あれだけお金持ち風なイメージを植え付けたのだから今回もそのままいきたい。
「ですが衣装はお返ししてしまいましたが・・・。」
「問題はそこなんです。」
そう、現在頭を抱えているのは服の問題だ。
昨日あのような格好で行ってしまったので、今日も同クラスの服で行かなければ示しがつかない。
衣装を借りようにもガスターシャ氏は不在で無断で借りるわけにも行かない。
昨日の衣装で行ってもよかったのだが、同じ服というのも金持ち設定の手前都合が悪い。
さて、どうしたものか。
お忍びですと言って地味な服で来た事にしてもいいのだが、それなら馬車で来るなよって話でして。
「私達も含めてこの格好で行くのはさすがにまずいだろうな。」
「やっぱりそう思いますよね。」
「あのようなドレスはさすがに持っていません・・・。」
「私の場合無くはないが二人ではサイズが合わないからな。」
つまり話し合いに行く前段階で詰まってしまっているわけです。
いやー、まさか衣装でトラブルが起きるとは思っていなかったなぁ。
話し合いで揉めるとか、ニケさんが来るまでに揉めるとか、別のことに対する対処ばっかり考えていて身近な所に関しては全く考えてなかった。
でもいまさらあんな服を用意する事もできないし。
貸衣装屋でも聞くしかないかなぁ。
「最悪私だけでも服が用意できれば問題ないんですが。」
「それはダメです。あそこに行くのであれば私も行きます。」
「そうだな、皆で行くべきだろう。」
もう利用したりしないってば。
困ったなぁ。
「奥様方はご主人様が心配なのですよ。」
「それは分かっています。」
一人のほうが何かと動き易いというのもあってですね。
「馬車で待っているというのもダメですよね。」
「もちろんです、中まで一緒に行きます。」
「私は馬車で待機だろうな。さすがに面が割れる可能性が高い。」
まぁ、この街の騎士団長様ですから。
昼間からあそこに行くというのは世間体的にねぇ。
あ、夕方か。
「となると、私とエミリアの服を用意できれば問題はひとまず解決というわけですか。」
「ユーリはどうしますか?」
「私も馬車でお待ちしています。」
てっきりユーリも来るって言い出すと思ってたけど。
「シア奥様を一人にすると待ちきれず押し入ってしまいそうですので。」
あ、そっちの心配ですか。
「さすがに押し入ったりはしないぞ?」
「そうでしょうか。馬車でお一人いつ戻るかも分からず、中で何か問題が起きてると不安になった場合を想像してみてください。」
「・・・絶対とは言い切れんな。」
「不安なのは私もですがここはお二人にお任せしておきましょう。」
「ユーリがそういうのであれば二人で待つとしよう。」
「宜しくお願いします。」
よし、後は服だけだ。
「では朝食後に魔術師ギルド、シルビア様の家という順番で移動しましょうか。」
「それなんですが、魔術師ギルドへは私とユーリで行こうと思います。」
え、一緒に行かないの?
「それはどうしてですか?」
「時間があるとはいえ、ニケさんとの打ち合わせは綿密にするべきです。魔術師ギルドへは代金を受け取りに行くだけですから皆で行く必要はありません。」
「確かにそうですけど。」
「お金を受け取りましたら私達もすぐ向かいます。」
「リア奥様のことはお任せ下さい。」
なんだかよく分からないがそのほうが効率がいいのは間違いない。
今回はお言葉に甘えさせていただこう。
「では朝食後、私とシルビアはニケさんと打ち合わせに。エミリアとユーリは魔術師ギルドで代金の受け取りをお願いします。」
「「「はい。」」」
「せっかくのお休みなのにまた用事だらけになってしまいましたね。」
連休を使って羽を伸ばすはずがまたも予定だらけの強行軍だ。
まったく、どうしてこうなったのやら。
「シュウイチさんですから仕方ありません。」
「そうだな、シュウイチだからな。」
「ご主人様ですから。」
本当に申し訳ございません。
でも俺だって休みたいんですよ?
ゆっくりしたいんですよ?
でもそれを許してくれない何かがあるようなんです。
ほんと、過労死するぞいつか。
そして朝食後、予定通り二手に分かれて行動を開始する。
「それではそちらはお任せします。」
「お任せ下さい。」
「すぐに終わらせて向かいますね。」
お金を受け取るだけだしすぐに合流できるだろう。
「それでは私達も行きましょうか。」
「この前は馬車だったからな、道案内しよう。」
「宜しくお願いします。」
領主様の館がある街の北側は少し上り坂になっている。
ゆっくりと坂を上り目指すシルビア様の家はまだ先だ。
「こうやって二人で街を歩くのははじめてかもしれんな。」
「そうですね、シルビアと歩くのは初めてになりますね。」
「まさかこの私が男性と二人で街を歩く事になるとはなぁ。」
「カムリさんとは歩かないんですか?」
「非番の日は一人で用事を済ませる事が多いな。最近は騎士団の者がついてくることもあるが、あまり多くは無い。」
つまり二人っきりでのデートは初めてというわけだ。
心なしか顔が赤いような気がする。
戦場の戦乙女と呼ばれるシルビア様も一人の女性だ。
いくら鈍感な男でもここまでいわれて気づかないやつはいないだろう。
俺はそっと横を歩くシルビア様の手を取った。
驚いたように手をすぼめたが、すぐに弱弱しく握り返してくる。
横を見るとさっき以上に顔を赤くしたシルビア様がいた。
何だこの可愛さ、反則だろ。
あれか、これが俗に言うギャップ萌えというやつか!
いつも凛としている女性が見せるこの恥じらい。
たまらん!
ツンデレとクーデレ両方同時にいただけるなんて最高です!
落ち着け俺。
深呼吸だ。
吸って~。
吐いて~。
吸って~・・・あれ?
何だか良い匂いが。
「良い香りがしますね。」
「お、分かるか?」
「これは、シルビアの髪から?」
なんだろう、柑橘系の匂いのような甘すぎないけど鼻に残る感じ。
「ネムリの店で香油を買い求めてな、せっかくの休みだから付けてみたのだが。」
「とても素敵な香りですね、甘い匂いは苦手ですがこの香りは好きです。」
「そうか!気に入ってもらえてよかった。」
「もしかして私の為に?」
「お前以外に誰がいるというのだ。」
あぁぁぁぁ、何なんだ。
何でこの人はこんなに可愛いんだ。
もう結婚してください。
あ、もう結婚してた。
ぼかぁ幸せものだなぁ!
恥らうシルビア様の手をぎゅっと握り、恋人のようにもとい夫婦仲良く家に向かうのであった。
そして、久々に来たシルビア様の館はやはり大きかった。
もちろん領主様の館に比べれば小さいが、それでも俺の家と比べれば数倍ある。
周りの家も同じぐらいだからシルビア様の家だけが大きいわけではないんだけど。
金持ちはでかい家に住むのかなぁ。
それともあれか、食事会とかする為にはこのぐらいが必須なのか?
見栄を張るのって大変だよね。
「ただいま帰った。」
大きな扉分けて中に入ると奥からメイドさんが二人走ってくる。
「「お帰りなさいませシルビア様。」」
「変わりないか?」
「何も問題ございません、万事順調に業務は消化されております。」
この人は相変わらずのようだ。
元騎士団所属のバリバリ武闘派メイドのマヒロさん。
そしてその横にいるのは・・・、あれ?
「おかえりなさいませ、イナバ様。」
「もしかして、ニケさん?」
「はい。」
どうしてニケさんがメイド服を着ているんでしょうか。
いや、似合ってるよ?
慎ましいデザインなので胸元が見えるとかスカートが短いとかそういうのは一切無いのに、それでも主張する胸とどこからか出てくる色気。
エロ漫画の主人公ならこのまま寝室に誘って一晩中楽しめちゃうだろう。
いや、一晩と言わず毎晩か。
メイドスキーなら発狂してしまうぐらいに似合っている。
でもなんで?
「現在ニケ様たっての希望で館内整備の補助をお願いしている次第です。」
「ただ匿って貰うだけというのはどうしても嫌だったので、お手伝いを申し出ましたら快く受けてくださったんです。」
「広い館内ですので人の手はいくらあっても足りません。」
「そういう理由でしたか。」
なるほど。
つまりは暇だったと。
それもそうだよな、匿うという名の軟禁状態だったわけだから何かしてないと暇すぎて発狂しちゃうよな。
いいと思います。
むしろメイド姿最高です。
「あの、ダメでしたでしょうか。」
「そんな事ありませんよ。」
「こちらこそ客人にこのようなことをさせてしまい申し訳ない。」
「マヒロさんを怒らないで下さい。最初は許してくれなかったんですけど、私がどうしてもといったんです。」
「お叱りであればこのマヒロが全てお受けいたします。大切なお客人にこのようなことをさせているのもまた事実です、極刑も覚悟しております。」
使用人の立場からしたら主人の命に逆らっているわけだし。
しかも元上司である騎士団長シルビア様の命令に逆らうんだから、俗に言う軍法会議ものって奴だ。
でも極刑って。
「ふむ、確かに我が命に逆らったのは事実。マヒロにはそれなりの裁きを受けてもらう必要があるやもしれんな。」
「どんな賞罰でも覚悟は出来ています。」
え、シルビア様いくらなんでもひどくないですか?
ニケさんが懇願して自分からやりたいっていっただけで、この人は悪くないと思うんだけど。
「そんな、私が無理言ったんです!」
「だが、客人を働かせているのも事実だ。」
「その通りです。」
いや、その通りですって。
「使用人マヒロ、そなたにはニケ殿の護衛を命ずる。猫目館へお連れし、道中襲いかかる全ての敵を排除し、この方を守り抜け!」
「このマヒロ、命にかえましてもその命完遂いたします!」
玄関先でいきなり始まる軍法会議。
判決は命を賭した護衛任務。
このさきどのような危機が彼女を襲うのか!
次回武闘派メイドマヒロ『マヒロ死す!?命を賭けた護衛任務。』
ご期待ください!
「えっと、つまりはどういうことでしょうか。」
「ニケさんを買受けに来たんですよ。」
事情をよくつかめていないニケさんに俺はそう微笑みかけた。
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