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第五章
禁忌を犯しても
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ずぶ濡れになりながらダンジョンの入り口まで走る。
商店からダンジョンの入り口までは実のところ結構距離がある。
その距離約300m。
残念ながら運動神経に自身のあるオタクではないのでその距離を一気に走りぬけることは出来ない。
それでも息を切らせて体力の続く限り走り続ける。
早くしなければ彼の命は尽きてしまうだろう。
いくら薬草が山のようにあるといってもそれを使うことが出来なければ何の意味もない。
そうならない為にも俺は急いで助けに行かなければならないのだ。
俺のやっていることがさっきまで自分で決めていたポリシーに反しているのは分かっている。
自分のこの行動がいかに甘く、自分勝手かということも分かっている。
分かっているからこそ、黙ってみているわけにはいかなかった。
最初ぐらいは無事にダンジョンから脱出させたっていいじゃないか。
ダンジョンは冒険者の魔力を吸収して成長する。
それは死んだ冒険者だけでなく入口を通過した冒険者からでも同じである。
そうならば、何度も冒険者がダンジョンに来た方が効率がいいのではないか。
俺はこのダンジョンを何度も足を運んでもらえるようなダンジョンにしたい。
もちろんクリアさせれば俺が破産するのは目に見えているから簡単にクリアさせる気はない。
だが、失敗がそのまま死に直結するのではなく再度挑戦できる方が望ましい。
そう考えている。
だからこそ今彼に死んでもらうわけには行かない。
彼にはこのダンジョンの良さと、ポリシーを広めてもらう義務がある。
生きてサンサトローズまで戻ってもらわなければならないのだ。
ダンジョンの入口が迫ってくる。
あと少し、あと少しだ。
ポッカリと開いたダンジョンの入口に迷うことなく飛び込んだ。
その途端にさっきまで顔にかかって視界をさえぎっていた雨が止まった。
顔を荒々しくぬぐい、荒い呼吸を整える。
肩を激しく上下させながら大きく深呼吸をして酸素を体に取り込んでいく。
乳酸が筋肉にたまり再び走り出すのを邪魔する。
日々トレーニングをしているとはいえ一朝一夕で体力がつくわけがないか。
こればっかりは自分の体力のなさを恨むしかない。
とりあえず10数える間大きく呼吸を続ける。
よし、いける。
俺は顔を上げ、ダンジョンの中を再び走り出した。
先ほど彼がいたのは第一階層の中盤だ。
そんなに遠い場所ではない。
ダンジョンの道は複雑に入り組んでいるが、それはかって知ったる自前のダンジョン。
最短距離で移動することが可能だ。
それに罠は丸見えだし魔物が俺を襲う心配はない。
彼と違って最高の状況で進行できる。
もう少しだ。
間に合え。
罠を避け、曲がり角を最短距離で通過する。
お、これはさっき彼が引っかかった左端の落とし罠か。
ということはこの先に・・・あった戦闘の跡。
モフラビットのものと思われる血痕がダンジョンの奥へと続いている。
これをたどれば彼のいる部屋までもう少しだ。
あれからどれだけの時間が足ったかは分からない。
分からないが間に合うと信じている。
だってほら、まだ音がきこえている。
「大丈夫ですか!」
魔物に襲われる心配がない俺は何も気にせず部屋の中に飛び込んだ。
部屋の中ではフラフラになりながらも骸骨と兎と芋虫の三匹に追い回されている彼の姿が見える。
まだ生きていた。
体のいたるところから血が流れ、今にも倒れそうになりながらも死にたくないという気力だけで動いている感じだ。
俺が部屋に入ってきた事にも気づいていない。
すかさず魔物と彼の間に入るように動く。
すると、魔物が俺に気付きぴたりと動きを止めた。
よしよし、そのまま動くなよ。
だが彼は魔物が動きを止めた事にも気づかずまだフラフラと走り続けている。
「もう大丈夫ですよ。」
ゆっくりと彼に近づき肩に手を置くと、驚いたようにこちらを振り返った。
そして俺の顔を見るなり安心したような顔をしてその場に倒れこんでしまう。
緊張の糸が切れてしまったのだろう、揺すってみたが意識はなかった。
とりあえず間に合ってよかった。
間に合った事でホッとしてしまい俺もその場にへたり込んでしまう。
それを不思議そうに魔物たちが見ていた。
表情は分からないが、『なにしてんだ?』とでも思っているのだろうか。
それともダンジョンの主である俺の命令を待っているのだろうか。
『あいつは、食べていい?』
とか何とか言ってたりして。
とりあえず『食べちゃダメ。』とだけ言うべきなんだろうな。
でもどうやって指示を出すんだろう。
オーブも何もないんだけど。
「元の持ち場に戻って大丈夫ですよ。」
とりあえず口で命令してみる。
するとそれが伝わったのか魔物たちはこちらを見るのをやめ、元いた場所に戻り始めた。
骸骨と芋虫は部屋の奥のほうに。
兎は来た道を戻っていく。
どうやら伝わったようだ。
『やれやれ、これで終わりかよ。ここの主は随分と甘いんだな。』
とか何とか思われていつの日か魔物が反乱を起こしたりして。
今日だけだから許してほしいなぁ。
何はともあれ彼が助かったのなら今はそれでいいか。
大きくため息を吐きながら彼のほうに視線を向ける
眼の前で傷だらけで血を流して倒れている光景は最悪の事態と同じだ。
違っているのは彼の心臓が動いているか止まっているかだけ。
心臓動いているよね・・・。
思わず手首をつかんでみるとちゃんと脈を確認できた。
よかった。
意識は失ったままだが、彼の傷は見た感じそれほどひどくはなさそうだ。
彼のかばんを漁り大量に所持している薬草を取り出す。
RPGでおなじみの食べて回復なんて便利な仕様ではないので、ちゃんと処理をしてあげないと効果は出ない。
ポーションなどの薬は経口摂取もしくは患部へふりかけたり塗ったりす事で効果が出るのだが、薬草などの精製前のものは手で揉んだりすり潰したりして患部に塗ると効果が出る。
食べても構わないがあまり美味しい物ではない。
体力の回復という意味では薬草もしくは回復薬を食べる、もしくは食料を食べる事で回復したと考える事ができる。
実際食べると体が軽くなるので、ゲームだと回復のエフェクトが出ているのだろう。
残念ながら見えないのでそれを確認する事は出来ないけどね。
細かな切り傷や、兎に噛まれたであろう裂傷は見られるが一番大きいのは背中にできた切り傷だ。
おそらく骸骨の一太刀を浴びてしまったのだろう。
だが幸運にも革のブレストプレートがその大部分を防いでくれたので深い傷ではない。
防具って本当に大事だよね。
なかったら間違いなく袈裟懸けに切られて死んでたわけだ。
国民的漫画の中に『背中の傷は剣士の恥だ。』
なんて名台詞もあるけれど、彼は剣士じゃないし生きてるだけで丸儲けだからいいんです。
傷口に手もみした薬草を貼り付けかばんに入っていた紐で縛る。
背中の傷はブレストプレートが抑えてくれるからはさむだけで大丈夫だろう。
本当は口で咀嚼した奴を塗ると一番良いそうなのだが、そこまではしたくない。
そもそも名前も知らないし、そこまで手厚くしてあげる義理もない。
女性なら考えなくもないけどね。
ほら、傷跡残ると大変だから。
男は?
つば付けときゃ直る。
とい言いたい所だけど今回だけは特別だ。
彼には生きて戻ってこのダンジョンの事を広めるという使命があるんだから。
とりあえずこれてよしっと。
次は彼を背負ってダンジョンの外に向かうとしますか。
横抱き・・・はお姫様抱っこみたいだから却下。
となると背負うしかないか。
背中を切られたときに破れた外套は使い物にならないしここにおいていこう。
鎧は背負うのには邪魔にならないし、薬草挟んでるからこのままでもよし。
どっこいしょーっと!
意識のない人間を背負うのは思っている以上に重労働だ。
なんせ自分で掴まってくれない。
重心が下にあるからすぐずれ落ちようとする。
あと、重たい。
超絶重たい。
シルビア様を担いだときよりも重たい。
これ入り口まで背負っていけるかな。
とりあえず行けるところまで行くか。
フラフラとした足取りでゆっくりと入り口に向かって歩き始める。
途中、先に戻っていたモフラビットと遭遇するもこちらをチラッと見るだけで特に何も起きなかった。
モフラビットの怪我は治ったのだろうか。
魔力を与えられて勝手に自然治癒するのかな。
わからん。
もどったらユーリに聞こう。
それよりも今はもどる事だけに集中しよう。
重たい。
重たすぎてここにおいて帰りたくなる。
それなら助けるなって話だよな。
やれやれ、我ながら自己中な考えだ。
助けたなら最後まで助ける。
見殺しにするならそもそも助けない。
それが大切なんだよな。
あー、もどったら絶対にエミリアに呆れられてるんだろうな。
冒険者を助けるとかありえないもんな。
それでもダンジョン商店の店主か!って怒鳴られたりして。
いやだなぁ。
可愛い子に怒られて興奮するような性癖じゃないから勘弁してほしいなぁ。
あ、因みにいるそうですよそんな人。
もっと言って!
とか言うんだろうか。
わからん。
重くてしんどくて頭回らなくてわからんばかりだ。
世の中は俺の知らない事で満ち溢れているという事だな。
そういうことにしよう。
うん、頑張れ俺。
その後どれだけ時間が経ったか分からないが無事にダンジョンの外に連れ出す事ができた。
先ほどまで降っていた雨は止み、空が少し明るくなっている。
さっきの雨はこの人が原因だったりして。
罠にはまりまくるあの悪運があれば十分ありえそうな気がする。
一緒にいると周りの人間が大変な目に合うパターンの奴だ。
今は意識を失っているから悪運が発動していないだけで起きるとまた悪いことが起きるとか。
そうでない事を祈るよ。
商店のほうに目を向けるとエミリアがこちらに向かってかけてくるところだった。
エミリアに向かって無事だよと手を振る。
それに気付いたエミリアも手を振り返してくれた。
よかった怒っている感じじゃなさそうだ。
「シュウイチさん大丈夫ですか。」
「私は大丈夫です。ですが彼が怪我をしてまして。」
「血がこんなに・・・。」
「最低限の治療は彼の薬草で出来ましたが、部屋に寝かせて詳しく確認したほうがいいかもしれません。」
「それがいいと思います。でも、無事で本当に良かった。」
「すみません、私の我侭で助けてしまって。」
本当は助けてはならないはずだった。
ダンジョン商店の人間として禁忌を犯したのだ。
怒られて当然の事をしてしまった。
「シュウイチさんならそうされると思っていました。」
「怒らないんですか?」
「商店の性質上、冒険者を助けるのは確かに好ましくないかもしれません。ですが商店の主人であるシュウイチさんが助けたいと思うのならばそれを咎める事は誰にも出来ません。なぜならこの商店はシュウイチさんのものですし、シュウイチさんの好きなようにしていいからです。」
俺の店だから俺の好きなようにしていい。
確かにその通りではある。
だがそ本当にれでいいのだろうか。
「それに、助けたいと思って走り出したシュウイチさんの行動が嬉しかった。」
「嬉しかった?」
「本当は良くない事だとしても、人の命がなくなることに変わりはありません。冷酷に見捨てるのではなく助けようという優しい気持ちを持っているって事が分かって嬉しかったんです。」
つまりはエミリアは怒っていないと。
助けに行った行為は決して間違いではなかった。
この人を助けてよかった。
それが分かっただけでも俺の心は救われた気がする。
助けてはいけない命なんてない。
それが肯定されただけでも俺は嬉しかった。
「全員助けるのはさすがに出来ませんけどね。」
「冒険者という人達は自分の命と引き換えにダンジョンに潜り富を得ようとする人達ですからさすがに難しいですね。ですが、この方はそういう人達のように心構えの出来ている人ではありませんでした。そういう人を救うのは決して悪いことではないと思います。」
そう、彼は他の冒険者と違い自分の命をかける決心がついていなかったように思えた。
だから助けたいと思ったのだ。
もちろん冒険者全てが命を犠牲にするわけではない。
危ないと思ったら引き返そうとするのがほとんどだ。
「助けられたのも偶然ですし、今後たくさんの冒険者が来るようになればそういう気持ちで来た人も死んで行くことになるでしょう。その全てに心を痛める事はできても、救う事はできません。ですが、自分の目に留まった人ぐらいは救えたらと思います、構いませんか?」
「先ほども言いましたようにここはシュウイチさんのダンジョンです、好きなようになさってください。もちろん、商店連合のお目付け役として駄目な事は駄目とちゃんと言いますからね。」
「宜しくお願いします。」
今後人の死に心を痛めるときがきっと来るだろう。
だが、自分の心の整理をつけていればきっと乗り越えられる。
人の死に無関心になってはいけない。
そうなってしまったらきっと、今の自分ではなくなってしまう。
俺が俺でありつづける為に、エミリア達が力を貸してくれるだろう。
俺は一人じゃない。
それが何よりも力になる。
「さぁ、この人を休ませてあげましょう。」
「シュウイチさんもゆっくり休んでくださいね。」
「美味しいお茶を淹れてくれますか?」
「もちろん喜んで。」
商店まであと300m。
その道のりは往きと比べて随分と短く感じた300mだった。
重かったけど。
商店からダンジョンの入り口までは実のところ結構距離がある。
その距離約300m。
残念ながら運動神経に自身のあるオタクではないのでその距離を一気に走りぬけることは出来ない。
それでも息を切らせて体力の続く限り走り続ける。
早くしなければ彼の命は尽きてしまうだろう。
いくら薬草が山のようにあるといってもそれを使うことが出来なければ何の意味もない。
そうならない為にも俺は急いで助けに行かなければならないのだ。
俺のやっていることがさっきまで自分で決めていたポリシーに反しているのは分かっている。
自分のこの行動がいかに甘く、自分勝手かということも分かっている。
分かっているからこそ、黙ってみているわけにはいかなかった。
最初ぐらいは無事にダンジョンから脱出させたっていいじゃないか。
ダンジョンは冒険者の魔力を吸収して成長する。
それは死んだ冒険者だけでなく入口を通過した冒険者からでも同じである。
そうならば、何度も冒険者がダンジョンに来た方が効率がいいのではないか。
俺はこのダンジョンを何度も足を運んでもらえるようなダンジョンにしたい。
もちろんクリアさせれば俺が破産するのは目に見えているから簡単にクリアさせる気はない。
だが、失敗がそのまま死に直結するのではなく再度挑戦できる方が望ましい。
そう考えている。
だからこそ今彼に死んでもらうわけには行かない。
彼にはこのダンジョンの良さと、ポリシーを広めてもらう義務がある。
生きてサンサトローズまで戻ってもらわなければならないのだ。
ダンジョンの入口が迫ってくる。
あと少し、あと少しだ。
ポッカリと開いたダンジョンの入口に迷うことなく飛び込んだ。
その途端にさっきまで顔にかかって視界をさえぎっていた雨が止まった。
顔を荒々しくぬぐい、荒い呼吸を整える。
肩を激しく上下させながら大きく深呼吸をして酸素を体に取り込んでいく。
乳酸が筋肉にたまり再び走り出すのを邪魔する。
日々トレーニングをしているとはいえ一朝一夕で体力がつくわけがないか。
こればっかりは自分の体力のなさを恨むしかない。
とりあえず10数える間大きく呼吸を続ける。
よし、いける。
俺は顔を上げ、ダンジョンの中を再び走り出した。
先ほど彼がいたのは第一階層の中盤だ。
そんなに遠い場所ではない。
ダンジョンの道は複雑に入り組んでいるが、それはかって知ったる自前のダンジョン。
最短距離で移動することが可能だ。
それに罠は丸見えだし魔物が俺を襲う心配はない。
彼と違って最高の状況で進行できる。
もう少しだ。
間に合え。
罠を避け、曲がり角を最短距離で通過する。
お、これはさっき彼が引っかかった左端の落とし罠か。
ということはこの先に・・・あった戦闘の跡。
モフラビットのものと思われる血痕がダンジョンの奥へと続いている。
これをたどれば彼のいる部屋までもう少しだ。
あれからどれだけの時間が足ったかは分からない。
分からないが間に合うと信じている。
だってほら、まだ音がきこえている。
「大丈夫ですか!」
魔物に襲われる心配がない俺は何も気にせず部屋の中に飛び込んだ。
部屋の中ではフラフラになりながらも骸骨と兎と芋虫の三匹に追い回されている彼の姿が見える。
まだ生きていた。
体のいたるところから血が流れ、今にも倒れそうになりながらも死にたくないという気力だけで動いている感じだ。
俺が部屋に入ってきた事にも気づいていない。
すかさず魔物と彼の間に入るように動く。
すると、魔物が俺に気付きぴたりと動きを止めた。
よしよし、そのまま動くなよ。
だが彼は魔物が動きを止めた事にも気づかずまだフラフラと走り続けている。
「もう大丈夫ですよ。」
ゆっくりと彼に近づき肩に手を置くと、驚いたようにこちらを振り返った。
そして俺の顔を見るなり安心したような顔をしてその場に倒れこんでしまう。
緊張の糸が切れてしまったのだろう、揺すってみたが意識はなかった。
とりあえず間に合ってよかった。
間に合った事でホッとしてしまい俺もその場にへたり込んでしまう。
それを不思議そうに魔物たちが見ていた。
表情は分からないが、『なにしてんだ?』とでも思っているのだろうか。
それともダンジョンの主である俺の命令を待っているのだろうか。
『あいつは、食べていい?』
とか何とか言ってたりして。
とりあえず『食べちゃダメ。』とだけ言うべきなんだろうな。
でもどうやって指示を出すんだろう。
オーブも何もないんだけど。
「元の持ち場に戻って大丈夫ですよ。」
とりあえず口で命令してみる。
するとそれが伝わったのか魔物たちはこちらを見るのをやめ、元いた場所に戻り始めた。
骸骨と芋虫は部屋の奥のほうに。
兎は来た道を戻っていく。
どうやら伝わったようだ。
『やれやれ、これで終わりかよ。ここの主は随分と甘いんだな。』
とか何とか思われていつの日か魔物が反乱を起こしたりして。
今日だけだから許してほしいなぁ。
何はともあれ彼が助かったのなら今はそれでいいか。
大きくため息を吐きながら彼のほうに視線を向ける
眼の前で傷だらけで血を流して倒れている光景は最悪の事態と同じだ。
違っているのは彼の心臓が動いているか止まっているかだけ。
心臓動いているよね・・・。
思わず手首をつかんでみるとちゃんと脈を確認できた。
よかった。
意識は失ったままだが、彼の傷は見た感じそれほどひどくはなさそうだ。
彼のかばんを漁り大量に所持している薬草を取り出す。
RPGでおなじみの食べて回復なんて便利な仕様ではないので、ちゃんと処理をしてあげないと効果は出ない。
ポーションなどの薬は経口摂取もしくは患部へふりかけたり塗ったりす事で効果が出るのだが、薬草などの精製前のものは手で揉んだりすり潰したりして患部に塗ると効果が出る。
食べても構わないがあまり美味しい物ではない。
体力の回復という意味では薬草もしくは回復薬を食べる、もしくは食料を食べる事で回復したと考える事ができる。
実際食べると体が軽くなるので、ゲームだと回復のエフェクトが出ているのだろう。
残念ながら見えないのでそれを確認する事は出来ないけどね。
細かな切り傷や、兎に噛まれたであろう裂傷は見られるが一番大きいのは背中にできた切り傷だ。
おそらく骸骨の一太刀を浴びてしまったのだろう。
だが幸運にも革のブレストプレートがその大部分を防いでくれたので深い傷ではない。
防具って本当に大事だよね。
なかったら間違いなく袈裟懸けに切られて死んでたわけだ。
国民的漫画の中に『背中の傷は剣士の恥だ。』
なんて名台詞もあるけれど、彼は剣士じゃないし生きてるだけで丸儲けだからいいんです。
傷口に手もみした薬草を貼り付けかばんに入っていた紐で縛る。
背中の傷はブレストプレートが抑えてくれるからはさむだけで大丈夫だろう。
本当は口で咀嚼した奴を塗ると一番良いそうなのだが、そこまではしたくない。
そもそも名前も知らないし、そこまで手厚くしてあげる義理もない。
女性なら考えなくもないけどね。
ほら、傷跡残ると大変だから。
男は?
つば付けときゃ直る。
とい言いたい所だけど今回だけは特別だ。
彼には生きて戻ってこのダンジョンの事を広めるという使命があるんだから。
とりあえずこれてよしっと。
次は彼を背負ってダンジョンの外に向かうとしますか。
横抱き・・・はお姫様抱っこみたいだから却下。
となると背負うしかないか。
背中を切られたときに破れた外套は使い物にならないしここにおいていこう。
鎧は背負うのには邪魔にならないし、薬草挟んでるからこのままでもよし。
どっこいしょーっと!
意識のない人間を背負うのは思っている以上に重労働だ。
なんせ自分で掴まってくれない。
重心が下にあるからすぐずれ落ちようとする。
あと、重たい。
超絶重たい。
シルビア様を担いだときよりも重たい。
これ入り口まで背負っていけるかな。
とりあえず行けるところまで行くか。
フラフラとした足取りでゆっくりと入り口に向かって歩き始める。
途中、先に戻っていたモフラビットと遭遇するもこちらをチラッと見るだけで特に何も起きなかった。
モフラビットの怪我は治ったのだろうか。
魔力を与えられて勝手に自然治癒するのかな。
わからん。
もどったらユーリに聞こう。
それよりも今はもどる事だけに集中しよう。
重たい。
重たすぎてここにおいて帰りたくなる。
それなら助けるなって話だよな。
やれやれ、我ながら自己中な考えだ。
助けたなら最後まで助ける。
見殺しにするならそもそも助けない。
それが大切なんだよな。
あー、もどったら絶対にエミリアに呆れられてるんだろうな。
冒険者を助けるとかありえないもんな。
それでもダンジョン商店の店主か!って怒鳴られたりして。
いやだなぁ。
可愛い子に怒られて興奮するような性癖じゃないから勘弁してほしいなぁ。
あ、因みにいるそうですよそんな人。
もっと言って!
とか言うんだろうか。
わからん。
重くてしんどくて頭回らなくてわからんばかりだ。
世の中は俺の知らない事で満ち溢れているという事だな。
そういうことにしよう。
うん、頑張れ俺。
その後どれだけ時間が経ったか分からないが無事にダンジョンの外に連れ出す事ができた。
先ほどまで降っていた雨は止み、空が少し明るくなっている。
さっきの雨はこの人が原因だったりして。
罠にはまりまくるあの悪運があれば十分ありえそうな気がする。
一緒にいると周りの人間が大変な目に合うパターンの奴だ。
今は意識を失っているから悪運が発動していないだけで起きるとまた悪いことが起きるとか。
そうでない事を祈るよ。
商店のほうに目を向けるとエミリアがこちらに向かってかけてくるところだった。
エミリアに向かって無事だよと手を振る。
それに気付いたエミリアも手を振り返してくれた。
よかった怒っている感じじゃなさそうだ。
「シュウイチさん大丈夫ですか。」
「私は大丈夫です。ですが彼が怪我をしてまして。」
「血がこんなに・・・。」
「最低限の治療は彼の薬草で出来ましたが、部屋に寝かせて詳しく確認したほうがいいかもしれません。」
「それがいいと思います。でも、無事で本当に良かった。」
「すみません、私の我侭で助けてしまって。」
本当は助けてはならないはずだった。
ダンジョン商店の人間として禁忌を犯したのだ。
怒られて当然の事をしてしまった。
「シュウイチさんならそうされると思っていました。」
「怒らないんですか?」
「商店の性質上、冒険者を助けるのは確かに好ましくないかもしれません。ですが商店の主人であるシュウイチさんが助けたいと思うのならばそれを咎める事は誰にも出来ません。なぜならこの商店はシュウイチさんのものですし、シュウイチさんの好きなようにしていいからです。」
俺の店だから俺の好きなようにしていい。
確かにその通りではある。
だがそ本当にれでいいのだろうか。
「それに、助けたいと思って走り出したシュウイチさんの行動が嬉しかった。」
「嬉しかった?」
「本当は良くない事だとしても、人の命がなくなることに変わりはありません。冷酷に見捨てるのではなく助けようという優しい気持ちを持っているって事が分かって嬉しかったんです。」
つまりはエミリアは怒っていないと。
助けに行った行為は決して間違いではなかった。
この人を助けてよかった。
それが分かっただけでも俺の心は救われた気がする。
助けてはいけない命なんてない。
それが肯定されただけでも俺は嬉しかった。
「全員助けるのはさすがに出来ませんけどね。」
「冒険者という人達は自分の命と引き換えにダンジョンに潜り富を得ようとする人達ですからさすがに難しいですね。ですが、この方はそういう人達のように心構えの出来ている人ではありませんでした。そういう人を救うのは決して悪いことではないと思います。」
そう、彼は他の冒険者と違い自分の命をかける決心がついていなかったように思えた。
だから助けたいと思ったのだ。
もちろん冒険者全てが命を犠牲にするわけではない。
危ないと思ったら引き返そうとするのがほとんどだ。
「助けられたのも偶然ですし、今後たくさんの冒険者が来るようになればそういう気持ちで来た人も死んで行くことになるでしょう。その全てに心を痛める事はできても、救う事はできません。ですが、自分の目に留まった人ぐらいは救えたらと思います、構いませんか?」
「先ほども言いましたようにここはシュウイチさんのダンジョンです、好きなようになさってください。もちろん、商店連合のお目付け役として駄目な事は駄目とちゃんと言いますからね。」
「宜しくお願いします。」
今後人の死に心を痛めるときがきっと来るだろう。
だが、自分の心の整理をつけていればきっと乗り越えられる。
人の死に無関心になってはいけない。
そうなってしまったらきっと、今の自分ではなくなってしまう。
俺が俺でありつづける為に、エミリア達が力を貸してくれるだろう。
俺は一人じゃない。
それが何よりも力になる。
「さぁ、この人を休ませてあげましょう。」
「シュウイチさんもゆっくり休んでくださいね。」
「美味しいお茶を淹れてくれますか?」
「もちろん喜んで。」
商店まであと300m。
その道のりは往きと比べて随分と短く感じた300mだった。
重かったけど。
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性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
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