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第四章

開店前の一仕事

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この2日で商店の準備は大きく進んだ。

 まずはダンジョン。

 これだけ言っておこう。

 ユーリがいなかったら間に合わなかった所だ。

 本当にありがたかった。

 正直、簡単に出来ると思っていたのだけど実際はそういうわけにも行かないわけで。

 ベテランが居るのといないのとでは何事も安心感が違う。

 しっかり勉強しよう。

 当面は5階層までをそのまま再利用して罠とモンスターの配置を変更することにした。

 これはまた後で説明する。

 誰に説明するかは聞かないお約束だよ。

 次いで商店。

 商品の搬入は1日がかりの大仕事だったがエミリアの的確な指示の元、あの駆ける黒き猫の紋章を入れた輸送ギルドの皆さんのおかげで大量の荷物は無事倉庫の中に収められた。

 話を聞いているとやはりあの駆ける黒き猫の紋章は異世界から来た人物が考案したそうだ。

 いつか偉くなったらお会いできる日も来るだろう。

 その日までこつこつ仕事をするのみである。

 商品搬入後は思いついた場所に商品をひとまず収納し、店に並べる準備をする。

 動線が全く分からないので現在の収納場所は仮で決めている。

 商店が始まったら使いやすいように動かしていけばいい。

 何事も応用と変更で使いやすくするのが大切だ。

 しかし魔法って本当に便利だな。

 まさか異世界に来てまで冷蔵庫を見ることができるとは思っていなかった。

 といっても元の世界のようなハイテク性能はなくただ単に冷やすことしかできないのだが、魔石の力を利用して冷気の魔法を箱の中に流し続けている。

 これがあれば傷みの早い薬草類が長期保存できるという優れものだ。

 こんな便利なもの、お高いんでしょう?

 いえいえ、なんと今回は商品を仕入れしてくださった皆さんに無料でプレゼントしちゃいます!

 という流れでわが商店にも納入されることになった。

 これで暑い時期にも冷たい果物などが食べれるわけだな。

 え、商品用じゃないのかって。

 空いたスペースは有効に利用しないといけないからね。

 ダンジョンが若いという事もあって商店に並んでいる商品も低級品ばかりである。

 銅製の低級武器、革製の防具、薬草や食料品など。

 村の雑貨屋もかねているので日用品なんかも多い。

 当面はそっちの売上のほうが多いかもしれないなぁ。

 油や薬、食器なんかも置いてある。

 雑貨を販売することによってネムリの顧客を奪うことになるのでネムリには別の仕入れをお願いすることにしている。

 それは魔装具と呼ばれるアクセサリーだ。

 商店連合では一般的な装備や道具を取り扱っているが、俗に言うマジックアイテムの類は魔術師ギルドの領分となるので仕入れができない。

 そこで、サンサトローズで顔の利くネムリに魔術師ギルドとの仲介を頼み、こちらに卸してもらうことにした。

 こうすればネムリは収入を減らす事無くむしろ新たな顧客とのパイプをつなぐことも出来る。

 最近は騎士団との取引が良好なようでこの前伺ったときには非常に喜ばれた。

 向こうが儲かればこちらも儲かる。

 お互いの利益の為にもこの関係は維持していきたいものだ。

 ちなみに魔装具とは指輪や腕輪などのアクセサリー類に魔術の込められた宝石をはめ込んだ物で、魔法には力の増強や癒しの力、便利な物では罠感知なんて物もあるそうだ。

 もちろん効果の低い物は安く、効果の良い物や珍しい物は高い。

 珍しい物は魔物が落とすのでダンジョンが深くなればそれを目当てにした冒険者も出てくるらしい。

 これを買い取ればいいのではと思ったのだが、ダンジョン産のアイテムは冒険者や魔術師などの各ギルドでしか鑑定できないので商店で買取するわけにもいかないそうだ。

 世の中上手くできている。

 まぁこのあたりは餅は餅屋というところで専門家に見て貰うのが一番だろう。

 勝手に鑑定して呪われてましたとか洒落にならないからね。

 最後に商店内宿部門。

 これは村長に全てお任せしてきた。

 誰の手が開いているかとか誰が信頼できるとかそういったところも含めて人選して貰ったわけだが、ちょうど良い人材が居るとのことで家まで伺い、話をすると喜んで受けて貰えた。

 未亡人と聞いただけでいらぬ妄想が働いてしまうのは男だから仕方が無い。

 だって人妻ですよ。

 あ、いや元人妻か。

 それでもこの言葉の響きは凶悪すぎる。

 少しふくよかな身体をしているが、なによりお尻が大きい。

 大きいお尻はいいと思います。

 あまりにも見続けてしまったのでエミリアに怒られてしまった。

 だってあのお尻は反則でしょ。

 もちろんエミリアのお尻も素敵ですよ。

 触ったこと無いけど。

 身体が弱くあまり農作業などは出来ないそうだが、料理の腕は抜群でエミリアもユーリも驚いていた。

 もっとも、ユーリは味の基準が無いのでこの味を覚えた後自分で作った料理に納得がいかない顔をしていたが。

 この味にたどり着くためには長い修練を積まねばならんのだよ。

 精進するが良い。

 将来ユーリがこの味にたどり着くのであれば我が家の食事事情は大きく進化することだろう。

 料理上手のシルビア様に、修練者ユーリ、そして負けず嫌いのエミリア。

 美味しい料理を食べられてぼかぁ幸せだぁ!

 とまぁ、こんな感じで

 これを二日でやりきったんだから自分で自分を褒めてあげたいです。

 もっとも自分はやはり他力本願100%なわけで、言われたことに対して返事をしたり決めたりするだけだったのだが。

 そこ、情けないとか言わない。

 何事にも適材適所という言葉があるんです。

 アマチュアはおとなしく後ろで見ていればいいんです。

 プロになってからがんばります。

 はい、がんばらせていただきます。

 本当に使い物にならなくて申し訳ありません。

 そして怒涛の平日が過ぎて行き、迎えた月末休息日初日の朝。

 今日は楽しい給料日~。

 今日は嬉しい給料日~。

 使う場所が全く無いのだけれど給料日と聞くだけで心がウキウキしてくる。

 カーテンが無いので朝日を浴びて起きるという超健康的な目覚めを迎えたのだった。

「おはようございます御主人様、朝食の準備が出来ております。」

 部屋がノックされユーリの声が聞こえてくる。

 そうか、今日はユーリが朝食担当か。

 朝食は当番制にして日替わりで作る事になっている。

 昨日はエミリア、一昨日は俺。

 そしてユーリの番になってはじめての当番だ。

 さてどんな朝食を用意してくれたのか楽しみだな。

「今行きます、エミリアにも声を掛けてください。」

「畏まりましたお待ちしております。」

 ドア越しにユーリに返事をしてベットから抜け出す。

 寝間着代わりの肌着を脱ぎ、よそ行きの服に着替える。

 今日はネムリの馬車に乗ってサンサトローズに行く予定だ。

 商店に給料をとりに行き、魔術師ギルドで顔合わせをする予定になっている。

 それともう一つ大事な用事を済ませなければいけない。

 商店を繁盛させる為には非常に必要なことだ。

 もう一度奴に会うのは気がひけるが、これもまた餅は餅屋という奴で。

 なんとかなるだろう、きっと。

 洗顔用のタオルを持ち部屋を出た。

「おはようございます御主人様。」

「おはようユーリ、エミリアは起きてた?」

「準備をしてすぐに来られるそうです。」

「先に顔を洗ってくるので、エミリアが来てからご飯にしましょう。」

 エミリアの部屋の前にいたユーリと一緒に階段を下りる。

 下から非常に良いにおいがしてきた。

 エミリアがサンドイッチ、俺がスクランブルエッグときてユーリは何を作ったんだろう。

 良いにおいだけど、明らかにこれはガッツリなにおいだ。

 リビングに向かうとテーブルの上に置いてあったのは肉。

 見紛う事無い肉。

 それもご丁寧に個人の皿の上に取り分けてある。

 おおぅ、朝からステーキで来ましたか。

 確かに朝はしっかり食べるようにしてるけどこれはまたヘビーなやつがきたな。

「本日の朝食は裏の森で獲れたモフラビットのステーキです。村長様に教えて頂いた罠に早速かかっておりました。」

 確かに村に行ったときに村長にいろいろ聞いていたけど、いつの間に罠なんて仕掛けたんだろう。

 てか、どこに仕掛けたの。

 森を散策してて罠にかかるとか勘弁願いたいのだが。

「朝からガッツリだねぇ・・・。」

「スープとパンは別に用意しております。スープはダンジョンにいたアームドチキンから卵を分けて頂いたのでそれを使用しております。」

 アームドチキンとはダンジョンに新たに召喚した羽の部分が異様に盛り上がった鳥の魔物である。

 名前のごとく鳥なのに腕力が非常に強く、羽で叩きつけられるとグレーウルフですら気を失うといわれている。

 見た目は鶏なのにムキムキしてる。

 因みに肉の味は淡白だが中の栄養価は非常に高く騎士団でよく食されているらしい。

 ササミだろうか。

 高たんぱく低カロリーのマッチョ推奨食品。

 ダンジョンの中じゃなくて外の庭で飼育したらいいのにと助言をしたら、

「ダンジョンで召喚された魔物は外に出られません。外に出ると商店の警備部に警報がいきますから。」

 といわれてしまった。

 そうだった、アリ事件のときにそんな事言ってたっけ。

 すっかり忘れていた。

「ダンジョンまで採りに行ってくれたんだね。」

「ダンジョンの見回りは日課ですので何の問題もありません。」

 ダンジョンの魔物はダンジョン妖精でもあるユーリのことは襲わない。

 むしろ魔力を分配してくれる=ご飯をくれる人として懐かれている。

 エミリアによるとアームドチキンは野生ではひどく凶暴で近づくのが難しいといわれているそうだ。

 よかった、ダンジョンに召喚される前で。

「じゃあちょっと顔洗ってくるから。」

「行ってらっしゃいませ、水は横の桶に汲んでありますのでお使いください。」

 何から何までありがたいことだ。

 召使とかそういう待遇で一緒に暮らそうといったわけではないのだが、どうもユリウストの付き人だったときの癖が抜けないようでいろいろと先回りをして準備をしてくれる。

 本人も別にかまわないようなのでそのままお願いすることにした。

 森の中だけあって風は冷たくすごしやすい。

 これが太陽の下に出ようものならジリジリと肌を焼くような日差しが照りつけてくる

 まさに、夏だ。

 四季のない地域もあるそうなのだが、個人的には日本のように四季があるのは非常に嬉しい。

 やっぱり夏はこうでなくっちゃね。

 井戸の横には桶が置いてあり水が入っていた。

 顔を洗うと井戸の良く冷えた水が目を覚ましてくれる。

 水道管を通った生ぬるい水じゃなくてやっぱりこれぐらいつめたい水がいいよね。

 飲んでも美味しい。

 カルキくさくない。

 井戸水最高。

 ただ風呂のときだけはいただけない。

 あれは地獄だ。

 どうにかあの苦行を改善しなければならない。

 要課題だな。

「シュウイチさんおはようございます。」

「エミリアおはよう、良かったらこっちの水を使ってください。」

 洗顔をしてネムリからもらったクリームをつけながら髭剃りをしているとエミリアがやってきた。

「ありがとうございます。」

 井戸の横をエミリアに譲り髭剃りを続ける。

 短剣での髭剃りも大分なれた。

 欲を言えば鏡が欲しいところだがまぁ何とかなる。

 鏡が無ければ剃り残しも気にならない。

「シュウイチさん、ちょっといいですか。」

 不意にエミリアに呼ばれて振り返る。

「どうかした?」

「短剣をちょっとお借りしてもいいでしょうか。」

「どうぞつかってください。」

 なんだろう、枝毛でもあったのだろうか。

 サラサラだから大丈夫だと思うけど。

 短剣を渡すとエミリアが首に手を当ててきた。

 まさか、このまま切られたり!なんて。

「剃り残しがありますから動かないでくださいね。」

 そういいながら喉の部分に残っていた髭をそり始める。

 クリームをつけていないので少し痛いが文句は言えない。

 すぐに剃り終り短剣が戻ってきた。

「ありがとうございます助かりました。」

「いえ、気になっただけですから急にごめんなさい。」

 自分は良くてもエミリアには気になるようだ。

 でもこういうのって夫婦っぽくていいよね。

 と思っていると急にエミリアの顔が赤くなる。

 なんだなんだ。

「どうかした、顔が赤いけど。」

「あ、いえ大丈夫です。その、ちょっと考え過ぎちゃって。」

「夫婦みたいだって?」

「なんでわかるんですか!」

 だって同じ事思ってたし。

 リア充というならば言え、かかってこい。

 望むところだ。

「何ででしょうね。」

 少し余裕ぶって笑ってみせる。

 子犬のようにころころ変わる表情はエミリアのいい所だ。

「お二人とも朝食がさめてしまうのですが。」

「すぐに行きます。パンを少し炙っておいてください。」

「かしこまりました、奥様がやわらかめ御主人様は少し固めでしたね。」

 この世界のパンは結構固い。

 ハード系のパンは好きだがさすがに硬すぎるので少し火を入れてやわらかくしてから食べる。

 それかスープにつけて食べるのが普通のようだ。

 それからしばらくしてエミリアの到着を待って食事を始めた。

 朝から食べるステーキはなかなかの迫力だったが、どこで覚えてきたのかかけてあったソースが絶妙だった。

 どうやって作ったのかを聞いても教えてくれない。

 非常に気になる。

 この味なら当番制で回しても問題なさそうだな。

 さすがに毎回このガッツリ系は困るけど。

「美味しい朝食でした、ご馳走様。」

「ありがとうございます、また罠にかかりましたらご準備させて頂きます。」

 まだ罠は止めないんだ。

 あまりにも獲れすぎる場合は干し肉とかに加工してもいいかもしれない。

「そろそろネムリ様という行商の方がこられるころではないでしょうか。」

 食後のお茶を味わっていると洗い物を終えたユーリが戻ってきた。

「そんな時間ですかそろそろ準備したほうがいいですね。」

「私は大丈夫です、ユーリはどうですか?」

「問題ありません。新しい町にいけるとワクワクしています。」

 ユーリにとっては初めての遠出になる。

 今まではダンジョンの周り、もしくは村ぐらいにしか行ったことないしね。

 村に行っただけなのにとても感動していたぐらいだ。

 あの城塞都市を見るとどんな反応を示すのやら。

 非常に楽しみだ。

「失礼します、イナバ様のお住まいはこちらでよろしかったでしょうか。」

 噂をすればこの声はネムリだ。

 ユーリがドアを開けてネムリを出迎える。

「間違いございません、どちら様でしょうか。」

「ネムリと申します。」

「お久しぶりですねネムリ。」

「イナバ様ご無沙汰しております。それと開店おめでとうございます、つまらない物ですがこちらをどうぞ。」

 そう言って差し出されたのは赤い大きな布だった。

「これは商店用のクロスですねわざわざご準備してくださったんですか。」

「イナバ様のお店が繁盛しますようにと思いまして。」

「ありがとうございます。ですが何故クロスなんでしょう。」

「シュウイチ様はご存知ありませんでしたね。この辺りでは新しいお店が開店する時に親しい人が赤い布を用意する習慣があるんです。テーブルクロスや壁掛け、今回の様にカウンターにかけるクロスなんかもそうですね。赤い布は人目を引きます、人目を引けばお客さんはこちらにやってきてくれます。商売繁盛の願掛けのような物です。」

 なるほど。

 確か赤は人の目を引く。

 面白い習慣だが理にかなっている。

 すごいなぁ、異世界でもこんな願掛けがあるのか。

「イナバ様にはますます発展して貰わなければなりませんからね、これからもよろしくお願いいたします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

 さすが凄腕商売人だな。

「では準備が出来ましたらこちらにお越しください、出発前にいい商品を持ってきましたので。」

 なるほどそういう流れに持っていくのか。

「お手並み拝見といたしましょうか。」

 出発前のジャパネットネムリ。

 どんな商品を見せてくれるのか楽しみだ。

 こうして休息日初日の朝が始まったのだった。


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