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第三章

眼鏡は人を変える

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 ダンジョンから戻るともう日暮れになろうかという時間だった。

 ここ最近屋外にいるのが当たり前の生活だったので、陽の光に当たると安心する。

 おかしいなぁ。

 ここに来る前は陽の光を見れないほうが多かったはずなのに。

 人間現金なものだ。

 こちらの世界に来てほぼ二ヶ月。

 もう体は時計の無い生活に慣れてしまった。

 スマホの充電はとっくにきれ今では荷物の底の方にしまわれている。

 最初は時間がわからないと不安になったものだが、今ではアバウトな時間概念に慣れてしまいなんとも思わない。

 日が昇ればおきて沈めば休む。

 動物と同じように生きれば睡眠不足に悩まされる心配も無く翌朝は元気いっぱいだ。

 ファンタジー世界では過労で倒れるとか自殺するとかは起きないんだろうな。

 日が暮れる前に村にたどり着くと心配していた村長が村の入り口で待っていてくれた。

「遅くなりましたがただいま戻りました。」

「まさかは無いと思っておりましたが心配しましたよ。」

「多少まさかはあったのだが、まぁ無事に戻ってこれたのだよしとしよう。」

 多少と言うかかなりですけどね。

「お疲れになったでしょう。食事の用意をしておきますので先に着替えなど済ませてお待ちください。」

「ニッカさん、良かったらこれも使ってください。」

 ダンジョンで手に入れたウサギの肉を差し出す。

「これはモフラビットの肉ですね。こんなにたくさん、さぞ苦労されたことでしょう。」

「大変だったのは私ではなく二人のほうだと思います。美味しい料理を作ってあげてください。」

「この量ですから他の者に分けてもかまいませんか。」

「もちろん、村人の皆さんとできればウェリス達にも振舞ってあげてください。毎日重労働がんばってくれていますので。」

「確かにそうですな。早速手配をさせますので食事までゆっくりお休みください。」

 料理を村長に任せるというのもなかなか無いと思うのだが、村長のご飯は自分で作るよりも美味しいのでついつい頼ってしまう。

 本人も料理好きだと話していたので遠慮はしない。

 だってせっかく食べるなら美味しい料理がいいじゃない。

 村長に食材を渡し先に戻った女性陣の着替えが済むまで外で待つことにした。

 ついでだからウェリスの様子でも見てこよう。

 ウェリス達労働者の家は先に開発した東門付近に建てられている。

 長屋のような造りだが個室を作ることでプライバシーにも十分に配慮しているつもりだ。

 収穫後には村の外から入ってきた入植者に住んでもらう予定にもなっている。

「よう、戻ったか。」

 後片付けをしていたウェリスがこちらに気付き声を掛けてきた。

「おかげさまで無事に帰って来れましたよ。」

「位が上がって少しは力でも上がって帰ってきたかと思ったが見た目は変わらないな。」

「そんな簡単に変化されても困りますよ。残念ながらまだ土木には耐えれそうにありません。」

 力こぶを作ってみるものの朝と何の変化も無い。

 エミリアは位が上がると変化があるようなことを言っていたが初期パラメーターがわからない以上比べようがない。

 地上に戻ったらわかるといっていたし何か専用の道具があるのかもしれない。

「明日は聖日で休みだ、今日の疲れをゆっくりと取るんだな。」

「疲れといえば、先ほどのダンジョンでウサギを狩ってきたので皆さんで食べてください。後で村の人がもってくるそうですよ。」

「それはありがたい。最近肉を食べてなかったからあいつら喜ぶぞ、これで酒でもあればなぁ。」

「それはさすがに。でも、次の休息日にはネムリが来ますから持ってきているかもしれませんね。」

 休息日の前日にネムリは来ると言っていた。

 彼の事だから目敏くそういった嗜好品を持ってくるに違いない。

 奴隷とはいえ給金は出ているようだし、部下のみんなも買うことが出来るだろう。

 奴隷からお金を巻き上げる商人。

 こんな言い方をするとまるでカ○ジの世界みたいだな。

 ネムリに失礼か。

「いい加減その返り血まみれ鎧も着替えてきたらどうだ。」

「二人が先に着替えていますから終わったら着替えますよ。」

「結婚するっていうんだから別に着替えぐらい構いやしないだろう。どうせ服の下だって見るんだ。」

 いや確かにそうなんですが、まだそこまでいってないので。

 見たいかと聞かれるとそれはもちろん見たい。

 ぜひ見たい。

 なんなら二人同時に見たい。

 たわわに実った果実が四つ。

 月曜日までなんて待てないぞ。

「それはまぁおいおいですね。」

「そんなへっぴり腰じゃ強い子もできないぞ。」

 どんだけ先の話だよ。

 確かにあの二人の子供なら絶対に可愛いけどそれは商店のノルマをクリアしてからだな。

 命を取られるかもしれないというのに子供を作るなんて無責任なことはできない。

 けど子作りと同じ行為はしたい。

 この矛盾は考えてはいけないのだろう。

 だってしたいものはしたいじゃない。

 男ですから。

「こんなところで油売ってないでさっさと帰って着替えてこい。自分が思っている以上に血なまぐさいぞ。」

 そんなに返り血を浴びた覚えはないんだが自分の匂いは自分では気づきにくいらしいしここはいう事を聞いておこう。

 ウェリスと別れその足で井戸まで向かう。

 日中は初夏の気温だが日が暮れるとまだ寒い。

 水浴びは明日またするとして体ぐらいは拭いておくか。

 早くお風呂に入る生活に戻りたいなぁ。

 まてよ、その為には沸かす用の薪も準備しなければいけないわけで。

 その薪は俺が割らないといけないわけで。

 薪割大変なんだろうなぁ。

 でも巻き割りの後のお風呂とか最高だよなぁ。

「シュウイチさんこんなところにいたんですか。」

 いつもの格好に着替えたエミリアが井戸までやってくる。

 どうやら着替えは終わったようだ。

「着替えは済んだようですね、でしたら私も着替えさせてもらいましょう。」

「お待たせして申し訳ありません。シルビア様も終わっていますので入ってもらって大丈夫ですよ。」

 桶に水を入れてエミリアと共に家まで戻る。

 テーブルの上でシルビア様が鎧のメンテナンスをしていた。

「外で待たずとも部屋で着替えればよいのに、律儀な男だな。」

「部屋は違っても気を遣うわけですから。それに私はすぐに着替えられますから大丈夫ですよ。」

「私の鎧と一緒にその鎧も整備しておこう、ほら脱いだ脱いだ。」

 シルビア様に手伝ってもらって革の鎧を脱ぐ。

 よく見ると思っていた以上に返り血がついていた。

 本当に戦って生きて帰って来たんだな。

「シュウイチさん、よろしければ背中拭きましょうか。」

 なんですって。

 エミリアさん今なんていいました。

 背中拭きましょうかですって。

 いいの、そんな幸せなことしてもらって。

 明日事故にあったりしない?

「自分でできますから大丈夫ですよ。」

 でも遠慮しておく。

 やっぱり恥ずかしいじゃない。

「血のにおいがついたままではよく眠れんぞ、ここはエミリアに拭いてもらうべきだと思うが。」

 せっかくの決意も、シルビア様に言われてもろくも崩れ去ってしまう。

 確かに寝れなくなるのは困る。

「申し訳ないですがお願いできますか。」

「もちろん喜んで。」

 肌着を脱ぎ上半身裸になる。

 無駄な肉がついていない自信はあるが、必要な肉がついていないという現実もある。

 つまりは細いのだ。

 ガリガリまではいかないが、ガリぐらいではある。

 中年太りまではいかないが最近お腹のお肉もちょっと気になる。

 桶にくんだ水で布を濡らし、絞った布で背中を拭いて貰う。

「冷たいですよね。」

「びっくりしただけですよ。」

 急に濡れた布を当てられ思わずビクッとしてしまった。

 冷たいが普段拭きにくい背中なので正直ありがたい。

「痛くないですか。」

「もう少し強くても大丈夫ですよ。」

「ほぉ、思っていたほど筋肉がないわけではないようだな。」

 シルビア様こっちが見えないのをいいことに何してるんですか。

「それでも力仕事には頼りない体ですよ。」

「無駄な肉がないという事は鍛えれば無理なく肉がつくという事だ。」

 そういうものなのだろうか。

 明日から頑張って素振りだけではなく筋トレもした方がいいのだろうか。

「男の人の背中って大きいんですね。」

「家族を守る背中だからな、大きくなければいかん。」

「守れるように頑張らせていただきます。」

 いつも守ってもらってばかりなので、少しは守れるようにならないと男としてのプライドが保てない。

「シュウイチさんには他の部分でたくさん守ってもらっていますので無理しないでくださいね。」

 ありがとうエミリア。

 天使か!

 天使なのか!

「それぐらいで大丈夫ですよありがとうございます。」

 だいぶスッキリした。

 後は自分でしたら完璧だ。

「着替えてきますね。」

 エミリアにぺこりと頭を下げて足早に部屋に戻る。

 あぁぁぁぁぁ恥ずかしかった!

 気持ちいいし恥ずかしいし照れ臭いしで何かの拷問かと錯覚するところだった。

 心を落ち着かせてからズボンと靴を脱ぎ体をふきあげる。

 自分では気づかなかったが血の匂いがなくなりやっと日常に戻ってこれた気がする。

 なるほど、気づかないところでリラックスできていなかったわけだな。

 サクッと着替えて二人の待つ部屋に戻ろうとした時だった。

「男の人の背中ってあんなにがっしりしているんですね。」

「エミリアはあまり見たことがなかったのか。」

「エルフィーは華奢な人が多いので父の背中もあんなに広くありませんでした。」

「胸板はもっとがっしりしているがそこはお楽しみという奴だ。」

「何を言うんですかシルビア様、恥ずかしいじゃないですか。」

 なんか女子トークが始まってしまって出るに出れないんですが。

 聞いておきたいような聞いちゃいけないような。

 特に話の中身が自分だと余計にやきもきしてしまう。

「しかし、シュウイチ殿はダンジョンに潜ってだいぶしっかりしたように思えるな。」

「そうですね、別れてしまった時はどうしようかと思いましたがお一人でもしっかりと戦い抜いておられました。」

「不思議なダンジョンだった。やはりあのダンジョンは人工的に作られたとみるべきなのか。」

「自然発生のダンジョンではあのような作りにはなりません。何かしらの理由があって情報が違ってしまったのだと思います。」

 なるほどな。

 エミリアはそういうふうに考えているのか。

「やはりそうか。ハイコボルトなど、普通はもっと深い所に住む魔物であるからあのような場所にいること自体が不自然であった。それにアンデットワーミーも気になる。」

「仰る通りです。死霊使いでもいなければ存在するはずのない魔物ですから、聖日が開けましたら改めて調べてみようと思います。」

「それがよかろう。騎士団に戻った後ダンジョンについての資料がないか調べてみよう。」

「よろしくお願いいたします。」

 自分のいないところで話が進むのは非常に良い事なのだが、取り残された気分になってしまう。

 そろそろ出て行っても大丈夫かな。

「お待たせいたしました。」

「おかえりなさい、さっぱりできましたか?」

「おかげ様で血の匂いも消えたようです。」

「血の匂いがするとどうしても戦場を思い出してしまうからな。特に初陣の日は眠れない事が多い、今日はよく食べて早めに休むのが良いだろう。」

「明日もしなければいけないことが多いですのでそうさせていただきます。」

 明日は精霊のお願いを聞きに行かなければならない。

 仕事ではないから休日出勤には当てはまらないだろう。

 プライベートなお願いという奴だ。

「ではそろそろ父の所に向かうとしよう。よく働いた者だけがよき食事につける、手伝わねば美味しい食事は無いぞ。」

 今日は十分働いたと思うのですが。

 え、そういうことじゃない。

 そうですよね。

 ちゃんと食事の準備もお手伝いさせていただきます。

 その後村長の家で豪華な夕食をいただき夜は更けていった。

「あー、食べた食べた。」

「美味しい食事でしたね。特にウサギのローストが格別でした。」

「うまい肉にはうまい酒がよく合う。父に持ってきた酒であったがまぁよかろう。」

 ほろ酔いの三人は村長の家を後にして今は借家に戻っている。

「そういえばダンジョンから戻れば私の位がわかると言っていましたね。」

「すっかり忘れていました。ちょっと取ってきますね。」

 すこしフラフラしながらエミリアが自分の部屋に戻り小さな眼鏡のような物を持ってきた。

「これを通して相手を見ると、見た相手の位と何が得意かを知ることができます。」

 チャラララ、レベル確認メガネ~。

 青い狸もどきがアイテムを出す効果音が聞こえた気がした。

 アイテム名は適当だ。

「商店連合の出した便利な道具だな。騎士団でも重宝させてもらっている。」

「ご購入ありがとうございます。本当はもっと正確にわかる物もあるのですが、これは簡易型ですので情報が少ないんです。」

「それでも必要最低限の情報は得ることができますから、お願いできますか。」

「では失礼します。」

 エミリアが眼鏡を装着する。

 うむ。

 眼鏡をかけた顔もまたよろしい。

 エミリアは何でも似合うなぁ。

 知的に見えるというかエロく見えるというか。

 眼鏡属性は持ち合わせていないはずだが目覚めてしまうそうだ。

 最初に出会ったスーツ姿で是非眼鏡をかけてほしい。

 それでだけで人が変わったようになってしまう。

 変わるのはもちろん俺だ。

「シュウイチさんの位は3ですね、最大能力は知力です。」

 あれ、いつの間にか3になってる。

 おそらく2になったのは骸骨を倒した時だから、最下層で戦っていた時に気づかぬうちに上がっていたのだろう。

「知力とは珍しいな。魔力ではないのか。」

「魔力は魔法を使う人が得意としますので知力とは別の能力ですね。」

「具体的に知力とはどういう能力になるのでしょうか。」

 ゲームではINT扱いだからやはり魔法系に重要な能力になるわけで。

 INTが魔力となるとしっくりくるものがない。

「知識や知恵に特化した能力です。シュウイチさんの場合はこれまでのように知恵を出すような場面が多かったので知力の能力が高いのではないでしょうか。」

「体力や腕力などはわからないんですよね。」

「申し訳ありませんそこまで万能な道具ではありませんので。ギルドに行くと正確な能力を測ることができますからその時に確認できると思います。」

 どこかのギルドに入るとかそういうことも全く考えていないんだよね。

 とりあえず今は商店とダンジョンの方で手一杯だ。

「そのあたりは自分で鍛えろという事ですか。」

「毎日修練を欠かさず行えば1年経たずに立派な戦士になれるであろう。良い戦士は戦うだけでなく考えることも重要だ。」

 戦士じゃなくて商人です。

 戦える商人とかステテコをはいたオッサンしか思いつかない。

「めげずに頑張りたいと思います。」

「それでいい。私がしっかりと鍛えてやる。」

「お手柔らかにお願いします。」

 あのスパルタしごきでないことを祈ります。

「明日はお昼前に新居へ向かいますが、その前にダンジョンとの契約がうまくいっているかの確認もしたいのですがいいでしょうか。」

 エミリアがメガネをはずしながら聞いてくる。

 着けたままでも良かったのに。

「うまくいっていない可能性があるのですか?」

 またあのダンジョンに潜るとかは勘弁願いたい。

 さすがに昨日の今日でもう一度戦うのはつらいものがある。

「契約するとダンジョン妖精が出てくるはずなのですが今回は現れませんでした。状況が特殊な状態で契約しましたので、もしもがないかの確認がしたいのです。」

「また潜ればよいのか。」

「いえ、確認は商店の方でできますので明日は潜らなくても大丈夫ですよ。」

 よかった。

 それは安心だ。

 でもたしかに話にあったとても可愛いと噂の妖精を見ていない。

 何かトラブルでなければいいんだけど。

「とりあえずは明日行けばわかるだろう、明日も早いし今日は休むとしよう。」

 シルビア様が小さなあくびをしている。

 こういう姿を見ると年下なのだと思えるんだけど、普段の立ち振る舞いだと年上に見えてしまう。

 実は俺の方が年上なんだよな。

 威厳とカリスマの差という奴か。

 ちょっと悔しい。

「ここで話をしてもわかりませんもんね。」

「明日はもっと大変になるかもしれませんが、よろしくお願いします。」

「精霊に会えるという素晴らしい機会だ、良い経験にさせてもらう。」

 できれば穏便に済む話でありますように。

「それではおやすみなさい。」

「「おやすみなさい。」」

 こうしてダンジョンに潜るという大変な1日が終わりを告げた。

 明日はもう少し穏やかでありますように。

 ベットに倒れこむと、どっと押し寄せて来る眠気に逆らうことなく、夢の世界へと旅立つ。

 不思議な夢を見た。

 どんな夢かって。

 とても不思議な夢だったんだ。
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