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 今日唯一の授業であるHRが終わり、クラスは再び騒然となる。
 仲の良い同士がクラスメイトになった者は、既に輪ができつつある。
 かつてのクラスメイトと再び親交を深める者。
 新しいクラスメイトの輪に入ろうとする者。
 これからの一年間を決める人間関係を構築するのに、みな必死であるようだった。
 今年は一人きりで過ごす例年と違い、ぼくの周囲には人が集まった。
 挨拶がよほど印象に残ったらしく、興味深げにクラスメイトが話を聞きにやってきたのだ。
 その中にはほとんどしゃべったことがない、かつてのクラスメイトもいた。

「部活を作るってお前、すごいんだな」
「そんな奴だったなんて知らなかったよ」
「なんで演劇部なんか作ったの?」
「そもそも演劇部って何するところ?」
「おまえ演技なんかできるのかよ?」
「今年入学した妹が興味あるかも」

 次々と質問攻めに合う。
 ぼくは昔から演劇が好きなこと、ずっと演劇をやりたかったけど、やるところが無いから作ろうと思ったことを説明した。
 そして演劇部ではぼくは監督と脚本を担当するので、舞台には立たないという旨を伝えた。
 妹が興味あるかもと言った女子には、「もし興味あるようなら連絡が欲しい」と携帯の番号を渡しておいた。
 自分から女子に番号を渡すなんて、もちろん初めてだったから変に意識して妙に思われないか心配だったけど、杞憂に終わったようでほっとする。
 携帯電話は三年生になると同時に買った。
 部長であるぼくが部員に対して、連絡手段を持たないわけにはいかないから。
 母に携帯をねだったら「中学生で持っていないのも問題か」と言って買うことを許可してくれた。
 それどころかその日のうちに携帯ショップでに連れて行ってくれた。
 あいかわらずくたびれたような表情の母だけど、母なりにぼくのことをずっと心配していたのかもしれない。

 やがて担任の先生が「もう帰れ」と教室に言いにもどって来たことを契機に、全員解散の流れとなった。
 ぼくもようやく質問から解放されて、ほっと息を吐いた。
 今まではHRが終わると同時に帰っていたから、どのようにみなが始業式を過ごしていたのか初めて知った。
 質問攻めにあって頭がくらくらする。
 こんなにたくさんの人に、一気に話しかけられた経験なんか無い。
 なんだか気疲れしたけど、このまま帰るわけにはいかなかった。
 部員の勧誘の為にすべきことを加納先生や翔と相談しないといけない。
 今年新設なんだから実績も活動内容の説明も出来ない。
 部活紹介でのスピーチをねる必要がある。
 果たしてぼくがたくさんの人前で話せるかが一番不安だけど。
 実際に活動となるとまずは何からはじめるかも計画しておかないといけない。
 やることがたくさんありすぎて、めまいがしそうだった。
 でも大丈夫。きっとなんとかなるだろう。
 ぼくは、一人じゃ無いから。

 ライトはどうしているだろうか。
 向こうの世界で彼女はどう過ごしているだろう。
 ちゃんと友達とうまくやれているだろうか。
 ――いやそれこそ杞憂だ。彼女のことだからうまくやっていることに疑いが無い。
 そもそもぼっちのぼくが、心配するほうがおこがましい。
 今頃あたらしい友達と楽しく笑い合っていることだろう。
 もしかしたらぼくと同じように新しい部活でも作り、すてきな仲間と過ごしているかもしれない。
 席を立とうとすると後ろからつつかれた。
 三嶋さんだった。

「今から演劇部に行くの?」
「そのつもりだけど」
「見学していい?」

 立ち上がろうとした姿勢で固まる。
 そしてもう一度座り直して振り返った。

「興味、あるの?」
「うん。なんだかおもしろそう」
「三嶋さん、部活は?」
「吹奏楽部に入っているけど兼任OKなんでしょ? それに吹奏楽部と演劇って共演できそうじゃない? ほら宝塚とか」

 せめてそこはオペラだろう。
 口には出さなかったけど。

「いいけど、特に何かあるわけじゃ無いよ。練習を見せれるわけでもないし」
「脚本担当ってことは台本かなにかあるんでしょ? それを読ませてよ。どんなのか読んでみたいし」

 ぼくの返事を待たずに三嶋さんは眼鏡の友達を呼び寄せる。
 見学は既定路線らしい。
 だったら部員確保の為に行動するのが、部長としての仕事だろう。

 全てを諦めていた。
 ぼくは所詮日蔭者で、一生スポットライトを浴びることがない人間だって。
 だから最悪だけを回避するためにひっそりと過ごしていた。
 でもそれじゃ駄目なんだ。
 それだとただ死なないために、生きているだけになる。
 ぼくはそれをライトと過ごすことで知った。
 世の中には目と耳をふさぎたくなるほど絶望しそうなことはたくさんある。でもそれ以上に人生は、もっと面白いことも多いんだって。

「ねえ、誉田君」

 話がついたらしく、友達も一緒に見学に来るらしい。

「わたし演技とかしたこと無いんだけど、初めてでも出来るかな」
「きっと出来るよ。三嶋さんならいい女優になれそうだ」

 部員確保のためのお世辞が半分。半分は本音だった。
 どことなく彼女と似ているから、演技のうまさもどこかにているかも知れない。
 いや、女は生まれながらに女優だったか。

「じゃあ二人とも案内するよ」

 ぼくは今度こそ席から立つと、二人に先導して歩き出す。
 ライト、もうぼくはまっすぐに立って歩いて行けるから。
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