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 年が明けて、ぼくは三年生になった。

 翔とは違うクラスになり、ほかに友人のいないぼくは「同じクラスだね」といいあう新しいクラスメイト達を尻目に一人机に座っていた。
 だけど机に伏して、寝たふりをして過ごすことは止めた。
 もし今年も誰一人としてクラスに友達ができなかったとしても、それを恥じたりはしない。
 堂々としておこうと決めたのだ。
 それに今から行うことに比べたら、そんなことに気を病む余裕なんてないから。
 机に肘を乗せてぼんやりと前を見ていると、後ろから何かにつつかれる。
 感触からするとペンかなにかのようだ。

「あ、やっぱり。君、去年の暮れにわたしを誰かと間違えた子だよね」

 振り返るとどこかで見た顔が笑顔を向けてきた。
 髪の毛はショート位まで伸びているけど、間違いなく昨年末に会った子だ。

「あ、久しぶりです。同じクラスみたいで」
「なんで敬語なの? 変な子」

 果敢にコミュニケーションをとるのにチャレンジしたのだけど、どうも巧くいかなかったようだ。
 でも会話を打ち切られなかったので再び挑戦してみる。

「そういえば名前を……」
「聞いてなかったよね。わたしは三嶋樹絵里。君は?」
「……誉田です。誉田豊治」

 そうなんだ、と三嶋さんという名前だった彼女は笑った。
 ぼくのなけなしの勇気と心の葛藤など、彼女にとってはどうでもいいようである。

「結局出会えたの? 君の待ち人さんに」
「うん。おかげで最後にサヨナラを言えたよ」
「え? 結構へヴィーな話だったの?」

 なにやら彼女の興味を惹いたらしく、前にのめりだしてきた。
 この辺りの仕草もライトに似ていないこともない。

「ジュエリ、同じクラ……」

 どうやら三嶋さんと友達らしい眼鏡の子が彼女の隣の席までやってきて、怪訝そうな表情でぼくをみた。
 ぼくと彼女の接点がまるでわからないのだろう。
 三嶋さんが簡単に、ぼくのことなどほとんど顔を知っているだけの初対面に近いにも関わらず、旧知の仲だったかのように説明する。
 眼鏡の彼女は「じゃあ、よろしく」と少し警戒をといた表情で、あいさつをしてくれた。
 そこで先生が入ってきたので、「それじゃあね」という会話が周囲でなされ、みんな席に着いた。
 最初と言うことでHRは自己紹介から始まる。
 まず新しい担任の先生が見本を見せ、主席番号順に一人ずつ自己紹介が始まっていく。
 無難に、あるいは自分の個性を主張しながら次々と進んでいく。
 自分の出番が近づくにつれて、胃が痛むような気がしてきた。
 例年のように、おかしく思われないか心配しているわけじゃない。
 これから行う大それたことに対する緊張からだった。
 次々と自己紹介が行われ、ぼくの番になった。
 ツバを飲み込むと意を決して立ち上がる。
 
「誉田豊治です」
 自分の名前を名乗り、それからぼくは一度深呼吸して続けた。

「ぼくはこのたび演劇部を作ることになりました」

 教室が騒然とするのがわかった。
 練習したのに緊張で次の言葉がなかなか出てこない。
 心臓がばくばくと音を立てて、汗が流れるのを感じる。
 でもくじけるわけにはいかない。

「他の部活と兼任でもかまいません。興味のある人は顧問の加納先生か、部長のぼくに連絡をください。お待ちしています」

 ようやく言い終えると、自分の身体が熱をもつのを感じながら勢いよく座る。
  冬休みの間に考えたことだ。
 演劇をしたいという気持ちはずっとあった。
 でも自分から行動に移すことは一度たりともしなかった。
 でもぼくは知ってしまった。
 自分たちで作る創作活動が、好きな事に打ち込むことがどれほど楽しいかを。
 ないなら作ればいい。
 そんな発想をしたことすら無かった。
 でも決めたからにはやり抜こうと思い、年が明けてからぼくは行動を開始した。
 部活動を創部には様々な手続きがいる。
 顧問と部員、それに活動場所の確保。
 学校の部活なんだから機材を確保する必要があり、そのためには予算計画というものがいると初めて知った。
 顧問はその時の担任の加納先生に頼み込んだ。
 二年生の三学期になってそんなことを頼み込む生徒がいるとは思っていなかったらしく、最初は驚いていた。
 でもぼくの真剣さをわかってくれたこと。
 なにより先生自身が若いころに映画作りに情熱を捧げた経験があったこともあり、快く引き受けてくれた。
 昨年、件の囲碁部が部員の不始末で休部になったため、文化部に対する予算枠が空いていたのが棚ぼた的な幸運だ。
  部室となるべく教室は充分にあった。
 加納先生と一緒に熱心に頼み込み、四月からの創設許可を得ることができた。
 でもまだ始まってもいない。
 今のところ部員はぼくと、サッカー部と兼任で入ってくれることを約束してくれている翔だけだ。
 今年の新一年生を中心に募集することになるけど、どれだけ集まるかわからない。
 もしかしたら一人も集まってくれないかもしれないし、集まっても今年何ができるかわからない。
 何もできないまま引退してしまうかもしれない。
 ぼくが自分の書いた脚本を、人に教えることができるかなんて未知数だ。
 なにより部員をまとめるなんて大それたことが、ぼくにできるか不安だった。

「なんでも一人でやろうとするなよ。オレを頼れよ」

 そんな翔にはきっと頼ることも多いだろう。
 遠慮はしない。それが友達同士だと思うから。
 支えてくれる友達がいるから、ぼくは倒れることを気にせず前に進むことができる。
 順番に立ち上がっていくクラスメイトたちの自己紹介を聞きながら、ぼくは決意を入れ直した。
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