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 トヨジの姿が見えなくなっても、ずっと窓の外を覗いていた。
 暗がりでみえるわけがないのはわかっていたけど、それでもずっと。
 ずっと。
 電車が次の駅に着いたところで、ようやくわたしは席に着いた。
 電車は今日はずいぶんと乗客がいる。
 最後ぐらいは乗ろうとした地元の人達だろう。
 空いている席を探すと一番最前列だけだった。
 初老の男性がなにやらぶつぶつ言っている。
 夏休みにも同じ席に毎日座って、つぶやき続けていた人だ。
 この人も最後まで乗っていたのか。

「失礼します」

 聞こえるわけが無いと知りつつも、一応声をかけて座る。
 男性は相変わらず遠くを見ながら、なにやら喋り続けていた。
 平時ならとても怖いだろうけど、今にも崩れそうなこのときだけは、こういう人が隣で助かったかも知れない。
 そのときだった。
 隣の男性が何かに反応したように、ぐるりと横を、わたしの方を向いた。
 あまりにも突然のことに身体がこわばる。
 まさか姿が見えるわけが無い。
 きっとこの男性の突発的な行動に違いない。
 なのに、こちらをじっと見る目がわたしの姿を捕らえているように感じた。

「おじょうさんは……」

 男性は喋った。
 わたしにむかって。
 それは他の乗客からすれば、ぶつぶつと一人しゃべり続けている老人の行動にすぎない。
 でもわたしにはとても意味のある一言だった。

「こちらでやるべきことは、やりとげたのかい……」

 初めて男性の顔を見る。
 どこか眼の焦点が合っていないが、慈しみに満ちた表情だった。
 ほとんど条件反射で首を縦に振る。

「そうかい、そうかい。よかったのう……がんばったのう……」

 この人がどうしてこんな事をいうのかわからない。
 本当は、わたしのことなんか見えずにただ虚空に向かって言っただけなのかもしれない。。
 だけど……わたしの感情はここでついに崩壊した。
 堰が切れた堤防のように、ただただ涙が溢れてわたしは大きな声を上げて泣き続けた。
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