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最終章 線路はつづく、いつまでも
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最後の電車がゆっくりと駅に入ってくる。
今日はいつもと違って見学者が多い。
雪かきに参加した人々や口コミやネットで広まった噂を聞きつけ、電車の最後の勇姿を見るために集まったのだ。ドアが開くと、いつもとは違ってたくさんの人が電車から降りてきた。
最後の運行だと記念に乗ってきた人達だ。
だれからともなく拍手が巻き起こった。
騒ぎの中心近くで、ぼくは待ち人の姿を見つける。
他の人々の喧噪から離れ、ぼくたちは見つめ合っていた。
「何があっても絶対来ると信じていたよ」
「当たり前でしょ。君が想像するライトだってそれぐらいはやってのける。わたしができないわけがないじゃない」
そんな風にぼくらは笑い合った。
「そっちはどうやってそっちは雪を取り除いたの?」
「いろいろと手伝ってもらったの。惑星の人たちをその気にさせるよりは簡単だったよ」
それだけで積もる話があった。
でもぼくらはこれ以上続けなかった。
電車の停車時間は一時間と少し。
ぼくたちに残された最後の時間だ。
適当な建物を背に腰掛け、ぼくは完成した映画を再生する。
松川君の姿は無い。
ライトが来ることはわかっているはずだし、後で必ず合流するだろう。
松川君を待ちつつ限られた時間の中で、ぼくらは完成した映画を先に見ることを選択した。
それは双方にとって当然のことだったから。
映像が流れていく。
映像の中でライトは様々な表情を向けている。
時にカメラに向かって。
時に共演している松川君に向かって。
時に映画内にはいるであろう、姿の見えぬ相手に向かって。
映画が進むたびに、思い出がこみ上げてくる。
この映画を撮り始めたときはまだ夏の暑さが残っていて、汗をかきながら撮影をしていた。
苦労したシーンや、ゲリラ豪雨のアクシデントにあったこと。
ついつい熱くなって二人が口喧嘩を始めたこと。
ライトを写していたらぼくが盗撮でもしているのではないかと疑われて、警察官に質問を受けたこと。
シーンごとに思い出が蘇ってくる。
それはライトも同じだろう。
ぼくたちはただ黙って映画を見ていたけど、映画を通して思い出を語り合っていた。
映画はクライマックスにさしかかる。
ちょうどライトがしばらくこちらに来なかったときだ。
派手な逃走劇の末に、ライトは街を脱出する。
失うものが多かった。
今日は少し立ち直れない。
でもこれにへこたれることは決してない。
明日には立ち直り、またたくましく生きていく。
そんなライトのシーンが映し出された後、映画はエンディングを迎えた。
「良かったよ、本当に」
ライトは初めて口を開いた。ぼくも同じ気持ちだ。ぼく達三人が一生懸命作った映画は、まさしくぼくらがここにいたことを何よりも証明していた。
「ショウ、来なかったね……」
「うん……」
「これでお別れだね……」
「うん……」
もう奇跡は起こらない。
数々の奇跡がぼくらを引き合わせ、今日この時間を与えてくれた。
でももう、そろそろ最後の電車が出発する時間だ。
彼女は帰らないといけない。
「本当は――」
ぼくが声をかけると、ライトはまっすぐにぼくをみた。
瞳にお互いの姿が写しだされている。
「寂しいんだ。君とずっと一緒にいられたらと思っている」
「わたしもだよ」
それがかなわないことを、ぼくらは知っている。
「こんな気持ちになるなら、ぼくたちは出会わなければ良かった」
「あなたと会えた幸せに比べたら、別れの悲しさなんてたいしたことないわ」
最初に撮った映画のラストシーンをなぞらえた。
それは今のぼくらの気持ちだった。
互いに見つめ合ったまま、ライトは更に距離をつめた。
ぼくたちはお互い触ることができない。
だからぼくの唇につたわる感触は、石のようななにか無機質なものだ。
でも、そこには温かさがあった。ライトの心が唇を通して伝わってきた。
「じゃあ元気で」
「そっちも元気で」
名残惜しいが時間だった。ライトは最後に泣きそうな、恥ずかしそうなはにかんだ笑顔を向ける。そして混雑する改札口の方に走っていった。
彼女が電車に乗り込むと同時にドアが閉まる。
長い間この街の人を運び続けた電車が、最後の役目を務めようとゆっくりと動き出す。ぼくはいつまでも電車を見送っていた。
今日はいつもと違って見学者が多い。
雪かきに参加した人々や口コミやネットで広まった噂を聞きつけ、電車の最後の勇姿を見るために集まったのだ。ドアが開くと、いつもとは違ってたくさんの人が電車から降りてきた。
最後の運行だと記念に乗ってきた人達だ。
だれからともなく拍手が巻き起こった。
騒ぎの中心近くで、ぼくは待ち人の姿を見つける。
他の人々の喧噪から離れ、ぼくたちは見つめ合っていた。
「何があっても絶対来ると信じていたよ」
「当たり前でしょ。君が想像するライトだってそれぐらいはやってのける。わたしができないわけがないじゃない」
そんな風にぼくらは笑い合った。
「そっちはどうやってそっちは雪を取り除いたの?」
「いろいろと手伝ってもらったの。惑星の人たちをその気にさせるよりは簡単だったよ」
それだけで積もる話があった。
でもぼくらはこれ以上続けなかった。
電車の停車時間は一時間と少し。
ぼくたちに残された最後の時間だ。
適当な建物を背に腰掛け、ぼくは完成した映画を再生する。
松川君の姿は無い。
ライトが来ることはわかっているはずだし、後で必ず合流するだろう。
松川君を待ちつつ限られた時間の中で、ぼくらは完成した映画を先に見ることを選択した。
それは双方にとって当然のことだったから。
映像が流れていく。
映像の中でライトは様々な表情を向けている。
時にカメラに向かって。
時に共演している松川君に向かって。
時に映画内にはいるであろう、姿の見えぬ相手に向かって。
映画が進むたびに、思い出がこみ上げてくる。
この映画を撮り始めたときはまだ夏の暑さが残っていて、汗をかきながら撮影をしていた。
苦労したシーンや、ゲリラ豪雨のアクシデントにあったこと。
ついつい熱くなって二人が口喧嘩を始めたこと。
ライトを写していたらぼくが盗撮でもしているのではないかと疑われて、警察官に質問を受けたこと。
シーンごとに思い出が蘇ってくる。
それはライトも同じだろう。
ぼくたちはただ黙って映画を見ていたけど、映画を通して思い出を語り合っていた。
映画はクライマックスにさしかかる。
ちょうどライトがしばらくこちらに来なかったときだ。
派手な逃走劇の末に、ライトは街を脱出する。
失うものが多かった。
今日は少し立ち直れない。
でもこれにへこたれることは決してない。
明日には立ち直り、またたくましく生きていく。
そんなライトのシーンが映し出された後、映画はエンディングを迎えた。
「良かったよ、本当に」
ライトは初めて口を開いた。ぼくも同じ気持ちだ。ぼく達三人が一生懸命作った映画は、まさしくぼくらがここにいたことを何よりも証明していた。
「ショウ、来なかったね……」
「うん……」
「これでお別れだね……」
「うん……」
もう奇跡は起こらない。
数々の奇跡がぼくらを引き合わせ、今日この時間を与えてくれた。
でももう、そろそろ最後の電車が出発する時間だ。
彼女は帰らないといけない。
「本当は――」
ぼくが声をかけると、ライトはまっすぐにぼくをみた。
瞳にお互いの姿が写しだされている。
「寂しいんだ。君とずっと一緒にいられたらと思っている」
「わたしもだよ」
それがかなわないことを、ぼくらは知っている。
「こんな気持ちになるなら、ぼくたちは出会わなければ良かった」
「あなたと会えた幸せに比べたら、別れの悲しさなんてたいしたことないわ」
最初に撮った映画のラストシーンをなぞらえた。
それは今のぼくらの気持ちだった。
互いに見つめ合ったまま、ライトは更に距離をつめた。
ぼくたちはお互い触ることができない。
だからぼくの唇につたわる感触は、石のようななにか無機質なものだ。
でも、そこには温かさがあった。ライトの心が唇を通して伝わってきた。
「じゃあ元気で」
「そっちも元気で」
名残惜しいが時間だった。ライトは最後に泣きそうな、恥ずかしそうなはにかんだ笑顔を向ける。そして混雑する改札口の方に走っていった。
彼女が電車に乗り込むと同時にドアが閉まる。
長い間この街の人を運び続けた電車が、最後の役目を務めようとゆっくりと動き出す。ぼくはいつまでも電車を見送っていた。
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