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 気がついたら机の上だった。
 完全に眠りこけていたらしく、よだれがついていた。
 いろいろ歩き回り、疲れたぼくはこんな雪の中でもちゃんと運営していた図書館にたどり着いたのだ。
 吸い込まれるように入ると、暖かさと寝不足から椅子に座るなり眠りこけてしまったようだ。
 時計を見るとお昼前だ。
 本当なら三人で映画を見終わって、最後の感想を言い合っていた頃だった。

「ライト……」

 思わず声にだして言ってしまった。
 幸い雪のためか近くに他に利用者はいなかった。
 確かにもう二度と会えないと覚悟はしていた。
 でもこんなことで、最後の別れをいえないなんてあんまりだった。
 悔しくて、悲しくて胸から何かがこみ上げてくる。
 駄目だ、ここで泣いたらもう立ち直れない。
 必死で涙を堪えると、頭を冷やすために外に出ようと思った。
 耐える意味があるのかすらわからない。頭がとにかくぼんやりしていた。
 雪の中ずっといたから、風邪でもひいたのかも知れない。
 外に出ると雪はやんでいた。
 でも積もった雪はかなりの量で、とうてい今日中に溶けそうに無かった。
 一面の白が、憎らしい。なぜ今日、今ここで降ったのか。
 怒りの矛先を雪にぶつけようと投げつけるものを探してみると、こんな雪の中を歩いている人がいた。
 見たことある後ろ姿……ライト? いやまさか!
 でも背も同じ位だし、コートの下からのぞく足が彼女と似ている気がした。
 何より身にまとった雰囲気が、彼女のものに違いなかった。
 彼女はぼくには気付いておらず、通り過ぎようとしている。
 考えるより先に駆け出していた。

「ライト?」

 なんとか追いついて声をかけると、彼女は反応してぼくの方に振り返る。
 違う。
 全体的なシルエットはなんとなくライトに似ている。
 でも顔立ちをみると、違うというのがはっきりわかった。

「えーと……わたしに何か用ですか?」
「ごめん。知り合いに似ていたから」

 どもりながらも、たどたどしくなんとか声を振り絞った。
 雪の中で図書館の前を歩いているいうことは、この近くに住んでいるのか。
 ならば同じ学区である、うちの中学校の生徒かもしれない。
 そういえば初めてライトと会ったとき、松川君が彼女を誰かと似ていると言っていたことを思い出す。
 隣のクラスの子だったか。
 彼女はぼくを警戒したような仕草を取りながら、まじまじと見てくる。
 別の意図があると思われたのかもしれない。

「すみません、本当に人違いでした。ご迷惑をおかけしました」
「いえ、びっくりして。えーと君も中学生かな」
「はい。向こうにある中学校に」
「あ、同じ学校なんだ。何年生?」

 やはり同じ学校だったらしい。
 二年生であることを告げると、「同級生なんだ」と眼を丸くする。
 そしてさっきとは違った表情で、ぼくをまじまじと見てきた。

「まちがえたってのは彼女かな。こんな雪の中で、デートの約束でもしていたの?」

 同じ学校ということで警戒心が薄れたのか、女の子はぼくに好奇の眼を向けてくる。

「会う約束をしていたんだ。でもこの雪だから」
「すっぽかされたの?」

 ぼくは黙ってうつむいた。
 よほど悲痛な顔をしていたのか「ああ、えーと」と、まるで自分の事のように女の子は困った声をあげる。

「その約束をすっぽかされたんじゃ無くて、雪が原因で来れないとかそういうの?」

 黙って頷いた。
 少しの間があり、女の子は言葉を選ぶようにゆっくりとぼくに問いかけてくる。

「もしわたしが好きな人と会いたいなら、たとえ雪が降っても地震がおきても来ようとするよ。だから待っていたら来るんじゃ無いかな」
「雪で交通機関が止まっても、それでも会えると?」
「よくわかんないけど、そのときは無理矢理でも動かしてもらう。乙女の恋は無敵だから、何者にも止められないんだよ」

 よほど焦っているのだろう。
 自分でも何を言っているのかよくわからないのか、何度も瞬きしながらぎこちない笑みを浮かべていた。
 何者にも止められない、という言葉が耳から脳をとおりこして胸に響いた。
 全ての乙女、がどうかはしらない。
 でもライトはどんな妨害でもきっと自力で乗り越える。
 だって彼女は彼女だから。
 ならばぼくがやることは一つしかない。
 彼女を信じて、行動に移すこと。
 頭の中にかかっていた霧が、一気に晴れ渡っていくのがわかる。

「ありがとう! その通りだ」

 感謝の気持ちを素直に告げる。
 存外声が大きかったらしく、彼女は驚いて一歩引いたけど、すぐに安心したようにほうっと息を吐いた。

「良くわからないけど大変なんだね。頑張って、応援しているから」

 そう言って彼女は、ぼくににっこりとほほ笑んでくれた。
 なんだか心の奥底に、とても温かいものが流れた気がした。

「本当にありがとう」

 もう一度彼女にお礼を言ってぼくは走った。
 彼女を信じて、そして彼女と会うために。
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