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 その日は朝から天気が大崩れだった。
 終業式の日、加納先生に許可をもらって学校で最後の編集を行った。
 ぼくらの最後の映画の。
 路面電車の廃線については新聞の地元欄の、本当に小さな枠に掲載されていただけだ。
 ほとんどの街の人達には些細なことにすぎないけど、ぼくたちにとってはとても大きな出来事。
 絶対に忘れられない事件として記憶に刻まれ続けるだろう。

 最後の運行の日は、終業式の翌日。
 その日ライトはこちらの世界にやってきて、完成した映画を鑑賞し、そして向こうに帰る。
 もう二度と会うことはない。
 これまでは映画に打ち込んでいたために、なんとか自分を偽ることができた。
 でもさすがに前日となると、何もしていなくても悲しいようなせつないような気持ちで胸が張り裂けそうだった。
 家にいた母が珍しく「あなた風邪でもひいたの」と聞いてきた位だから、よほど堪えていたのだろう。
 夜、ベッドの上で悶々とし続けた。
 ライトとの最後の日は笑って過ごしたいのにそれができるだろうか。
 果たしてぼくはライトと会えなくなって、生きていけるだろうか。
 いろいろな感情と考えが頭をぐるぐる回り続け、全く眠れなかった。
 気がついたときは窓の外側が明るくなっていた。

 眠気眼をこすりながら窓を開き、ぼくは絶句する。
 街が雪で包まれているのが、団地の小さな部屋の窓からでもはっきりわかったから。
 慌ててベッドから飛びおき、リビングでテレビを付ける。
 天気のニュースがやっていた。
 ぼくらの住んでいる地域一帯は昨日から降った雪がつもり、この時点で多くの公共交通機関が運休をすると告げていた。
 始発の時間まで待てず、ぼくは家を飛び出した。
 外は想像以上に冷たく、着込んだ服でもまだ寒いぐらいだ。
 でもそんなことは全く気にならないぐらい気が急く。
 急いで駅についたけど、当然電車は来ていない。
 この駅には駅員さんがいるはずだ。
 だからこの電車が運休せずにちゃんと走るか教えてくれるはずだ。
 中を覗いたけどもまだ来ていない。
 早く来て、ぼくに「最後の運行を行います」と言って欲しかった。

 雪はますます降りつもり、やむ気配は無かった。
 駅員さんはいつ来るのだろうと待ち続け、気付いたら始発の時間が過ぎていた。

「何をしているんだ、君は」

 ベンチの上で寒さに震えていたら、誰かに声をかけられる。ようやく駅員さんが来たのか。嬉しくて元気よく振り返ろうとしたけど、身体がかじかんで出来なかった。
 そこにいたのは、両親と同じぐらいの年齢の男性だった。
 前にみた駅員はくたびれた初老の人だった気がする。
 別の人だろうか。

「で、でんしゃ、をまま、っていて」

 唇が震えていつも以上に滑舌が悪い。
 その人はいぶかしげに首をかしげたが、もう一度繰り返すと言いたいことが伝わったらしく「ああ」と声を上げた。

「電車なら今日は来ないよ。いや、今日からかな。本当は今日で廃線のつもりだったんだけどこの雪だ。一日早まってしまったね」

 彼は役所の人らしく、この駅に閉鎖の看板を掛けに来たのだと説明してくれた。

「なんとかならないんですか。せめて年内までとか」

 震える身体を押さえながら何とか訴えたが男性は難色を示す。

「そうは言っても明日から役所はお休みだから」

 お役所仕事という言葉がある。
 言われたことしか出来なくて融通が利かない様だ。
 自分の台本にもそういう役人が出てくる話を書いたことがあった。
 でも、まさかここで思い知るとは思わなかった。
 何かを言い返そうと思った。
 でも寒さでいつも以上に声が出てこなかった。
 市役所の人はそんなぼくの様子を気にせず、鞄から進入禁止の看板を出すと貼り付けた。

「そういうわけだから今日は帰りなさい。住所はどこだ。遠ければ送っていってあげる」

 親切心溢れる申し出を拒絶し、ぼくは駅から離れた。
 あまりの出来事に頭が真っ白だ。
 何も考えられないし、考えようとすることを心が拒否していた。
 ただ家に帰る気にはなれず、ぼくは雪の中をさまよい歩いた。

 鞄の中のカメラを抱きしめながら。


 
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