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最終章 冒険の終わり
すべてをうけいれて
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つばさは杖を床に軽くつき、周囲の気配を探る。
もう霧が集まる気配はなかった。
やがて静かな洞窟の中で、わずかな音が響いていることに気づく。
それはなんだか子供がすすり泣くような声に似ていた。
誰かが近くにいる気配がある。
その誰かは主以外にありえない。
「ようやく現れたね」
それは部屋のすみっこだった。
主は背中を向けてうずくまっていた。
つばさはゆっくりと主に向かって歩く。
「さあ、観念するんだ」
つばさは言葉を投げ下ろす。もう主に力は残っていない。
あとは主を消滅させればいいだけだ。
つばさの言葉に主は、ただびくっと身体を震わせる。
なんだかおびえているようであった。
「どうしたんだい。何か言うことはないのか?」
つばさは杖で強く主のそばの地面をたたいた。
身体をもう一度ふるわせ、主はようやくつばさを振り向いた。
あ、と声を上げそうになる
そこにいたのは小さな子供だった。
だけどそれは主には間違いなかった。
なぜならつばさが小さな頃と同じ姿をしていたからだ。
「来ないで!」
つばさが近づこうとすると、主はひきつった表情でつばさに向かって叫ぶ。
「来ないで、近づかないでよ!」
必死だった。
自分が消滅してしまうのだからその通りなのだが、つばさにはなぜかひっかかりがあった。
「ぼくをもう放っておいてよ! いいでしょう」
まるで駄々をこねる子供だ。
もちろん姿は子供なのだけど。
つばさはそのままで立ち尽くしていた。
叫んでいるがそれだけでもう逃げようとしない。いつでも彼を消滅させることはできた。
でも違和感が消せなかった。それはどうしてか。自分と同じ顔をしているからか。
しばらくつばさは立ったまま考えごとをしていた。
一瞬、つばさは主から気がそれた。
はっと主を見つめ直すと主はこちらを見ていた。
そして目が合うと、びくっと身体を震わせて顔をそらす。
ああ、そうか。
つばさはようやくひっかかりの正体に気がついた。
主は震えていて、さっきからつばさを拒否している。
でもこれは心からの拒否じゃあないんだ。
彼の今の姿はずっと小さな頃、妹が生まれた頃ぐらいだろう。
つばさはすっかり忘れていた、自分の小さな頃を思い出した。
そのころからどこかおとなしかったつばさは、妹が生まれて余計に両親からの愛情を失っていた。
そう感じていた。
妹にばかりに周囲の関心がいっているのと、同時に生まれたばかりの小さな赤ん坊につばさも興味があってかわいがりたがった。
そんな気持ちが揺れ動き、ただかんしゃくを起こしていた。
それをわかってくれない大人たちに、攻撃意思を向けて。
この頃から嫉妬深く、素直でなかった。
だから本当はかまってほしいのに、そんな風にふてくされた態度をとっている。
主はまさしくもう一人のつばさなのだ。
つばさは杖を手放す。
地面に杖が落ちた音が、洞窟で響く。
何事かとパニックをおこしそうな主を、つばさは抱きしめた。
「なにをするんだ! ぼくをはなせ!」
「大丈夫だよ」
暴れる主につばさは優しく笑いかけた。
「ぼくたちは同じでしょ? 違うのかい」
「違う! 君は友達がたくさんいる。ひだまりの下で笑ってられる。ぼくは・・・・・・」
「ひとりぼっちじゃないよ」
つばさは優しく笑顔を向ける。
主はぎょっとした顔でつばさを見つめていた。
彼が姿を消す前につぶやいていた言葉を思い出したのだ。
「ぼくは誰からも必要にされない」
つばさがこの世界にくるまえ、心の奥底で思っていた感情だった。
それを認めたくないばかりに、他の人間を悪者にして自分の心をごまかしてきた。
そしてこの世界で自分がどれだけ無力で何もできないかを思い知り、ようやく自分と向き合えた。
つばさには自分と向き合うことを促してくれる仲間がいた。
でも主にはいなかった。
寂しくて、つらくて、でもどうやったらかまってくれるかわからなくて。
胸の中ににいる少年はずっとそんな気持ちでいたのだ。
そして自分の半身であるつばさにも否定され、こうしてこんな寂しいところで泣いている。
すべてを否定しながら、誰かが寄り添ってくれるのをずっと待っていたのだ。
「ぼくがずっとそばにいるから」
本心からの言葉だ。
異形はしばらく抵抗するように手足をばたつかせていたが、やがてその動きが弱まっていく。
それからおずおずと小さな両手をつばさの胴体に回した。
「おいで。ぼくたちはずっと一緒だ」
お腹でこくりとうなづく感触があった。
それから子供の姿をした主は、ゆっくりと霧になっていく。それはつばさの身体に吸い込まれていく。
主と一つになっていく感覚がつばさにあった。
弱い自分が戻ったことで、自分がどうなるんだろうとひどく不安でどきどきする。
これが主の弱い心。久しく忘れていたつばさの心だ。
臆病で、うたがりぶかくて、そのくせ妙な意地を張る。そんなどうしようもない心。
でも怖いから、それを克服しようと努力する。
相手の気持ちがわからないから、相手に興味を持つことができる。
意地を張るからつらぬこうとしてがんばれるんだ。
弱い心が悪いわけじゃあない。
人の弱いところを探してごまかし、攻撃することで自分を守ろうとする。
小さな傷を怖がって、大切なものを得る機会を失う。
弱いことを認めないで、子供のままでいることが何よりも悪いことなのだ。
今までのつばさはずっとそうだった。
そして今の今まで、つばさは自分の弱さを主のせいにしていた。
もう大丈夫。ぼくは君を、自分自身を受け入れたから。
つばさは決して強くはない。
でもこの世界で大切な友をたくさん得られたのは、強かったらからじゃあないはずだ。
大丈夫だよ、ぼくたちはむこうでもきっとやっていけるから。
つばさは暖かい光に包まれていることを感じながら、ゆっくりと空へ吸い込まれていった。
もう霧が集まる気配はなかった。
やがて静かな洞窟の中で、わずかな音が響いていることに気づく。
それはなんだか子供がすすり泣くような声に似ていた。
誰かが近くにいる気配がある。
その誰かは主以外にありえない。
「ようやく現れたね」
それは部屋のすみっこだった。
主は背中を向けてうずくまっていた。
つばさはゆっくりと主に向かって歩く。
「さあ、観念するんだ」
つばさは言葉を投げ下ろす。もう主に力は残っていない。
あとは主を消滅させればいいだけだ。
つばさの言葉に主は、ただびくっと身体を震わせる。
なんだかおびえているようであった。
「どうしたんだい。何か言うことはないのか?」
つばさは杖で強く主のそばの地面をたたいた。
身体をもう一度ふるわせ、主はようやくつばさを振り向いた。
あ、と声を上げそうになる
そこにいたのは小さな子供だった。
だけどそれは主には間違いなかった。
なぜならつばさが小さな頃と同じ姿をしていたからだ。
「来ないで!」
つばさが近づこうとすると、主はひきつった表情でつばさに向かって叫ぶ。
「来ないで、近づかないでよ!」
必死だった。
自分が消滅してしまうのだからその通りなのだが、つばさにはなぜかひっかかりがあった。
「ぼくをもう放っておいてよ! いいでしょう」
まるで駄々をこねる子供だ。
もちろん姿は子供なのだけど。
つばさはそのままで立ち尽くしていた。
叫んでいるがそれだけでもう逃げようとしない。いつでも彼を消滅させることはできた。
でも違和感が消せなかった。それはどうしてか。自分と同じ顔をしているからか。
しばらくつばさは立ったまま考えごとをしていた。
一瞬、つばさは主から気がそれた。
はっと主を見つめ直すと主はこちらを見ていた。
そして目が合うと、びくっと身体を震わせて顔をそらす。
ああ、そうか。
つばさはようやくひっかかりの正体に気がついた。
主は震えていて、さっきからつばさを拒否している。
でもこれは心からの拒否じゃあないんだ。
彼の今の姿はずっと小さな頃、妹が生まれた頃ぐらいだろう。
つばさはすっかり忘れていた、自分の小さな頃を思い出した。
そのころからどこかおとなしかったつばさは、妹が生まれて余計に両親からの愛情を失っていた。
そう感じていた。
妹にばかりに周囲の関心がいっているのと、同時に生まれたばかりの小さな赤ん坊につばさも興味があってかわいがりたがった。
そんな気持ちが揺れ動き、ただかんしゃくを起こしていた。
それをわかってくれない大人たちに、攻撃意思を向けて。
この頃から嫉妬深く、素直でなかった。
だから本当はかまってほしいのに、そんな風にふてくされた態度をとっている。
主はまさしくもう一人のつばさなのだ。
つばさは杖を手放す。
地面に杖が落ちた音が、洞窟で響く。
何事かとパニックをおこしそうな主を、つばさは抱きしめた。
「なにをするんだ! ぼくをはなせ!」
「大丈夫だよ」
暴れる主につばさは優しく笑いかけた。
「ぼくたちは同じでしょ? 違うのかい」
「違う! 君は友達がたくさんいる。ひだまりの下で笑ってられる。ぼくは・・・・・・」
「ひとりぼっちじゃないよ」
つばさは優しく笑顔を向ける。
主はぎょっとした顔でつばさを見つめていた。
彼が姿を消す前につぶやいていた言葉を思い出したのだ。
「ぼくは誰からも必要にされない」
つばさがこの世界にくるまえ、心の奥底で思っていた感情だった。
それを認めたくないばかりに、他の人間を悪者にして自分の心をごまかしてきた。
そしてこの世界で自分がどれだけ無力で何もできないかを思い知り、ようやく自分と向き合えた。
つばさには自分と向き合うことを促してくれる仲間がいた。
でも主にはいなかった。
寂しくて、つらくて、でもどうやったらかまってくれるかわからなくて。
胸の中ににいる少年はずっとそんな気持ちでいたのだ。
そして自分の半身であるつばさにも否定され、こうしてこんな寂しいところで泣いている。
すべてを否定しながら、誰かが寄り添ってくれるのをずっと待っていたのだ。
「ぼくがずっとそばにいるから」
本心からの言葉だ。
異形はしばらく抵抗するように手足をばたつかせていたが、やがてその動きが弱まっていく。
それからおずおずと小さな両手をつばさの胴体に回した。
「おいで。ぼくたちはずっと一緒だ」
お腹でこくりとうなづく感触があった。
それから子供の姿をした主は、ゆっくりと霧になっていく。それはつばさの身体に吸い込まれていく。
主と一つになっていく感覚がつばさにあった。
弱い自分が戻ったことで、自分がどうなるんだろうとひどく不安でどきどきする。
これが主の弱い心。久しく忘れていたつばさの心だ。
臆病で、うたがりぶかくて、そのくせ妙な意地を張る。そんなどうしようもない心。
でも怖いから、それを克服しようと努力する。
相手の気持ちがわからないから、相手に興味を持つことができる。
意地を張るからつらぬこうとしてがんばれるんだ。
弱い心が悪いわけじゃあない。
人の弱いところを探してごまかし、攻撃することで自分を守ろうとする。
小さな傷を怖がって、大切なものを得る機会を失う。
弱いことを認めないで、子供のままでいることが何よりも悪いことなのだ。
今までのつばさはずっとそうだった。
そして今の今まで、つばさは自分の弱さを主のせいにしていた。
もう大丈夫。ぼくは君を、自分自身を受け入れたから。
つばさは決して強くはない。
でもこの世界で大切な友をたくさん得られたのは、強かったらからじゃあないはずだ。
大丈夫だよ、ぼくたちはむこうでもきっとやっていけるから。
つばさは暖かい光に包まれていることを感じながら、ゆっくりと空へ吸い込まれていった。
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