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十章 霧は晴れて
胡蝶の夢
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カイムは長い話を始めた。
「まずはこの世界のことを話そうかの。このヤマのクニはアゲハの女王の世界じゃ。厳密にいえば夢幻に続く夢世界の、女王アゲハの支配が届く地域がヤマのクニじゃ」
「夢?」
「そうじゃ」
カイムは重々しくうなづく。
「胡蝶の夢という言葉がある。夢の中でわたしは蝶になっていた。そこでのわたしが現実で、今のわたしが夢なのかわからない。そういう意味じゃ。そしてこの世界は女王にとって現実でもあり夢である。そして胡蝶となったそなたらの世界が、女王にとっては夢でもあり現実というわけじゃ」
「えーと、よくわからない……」
「深く考えんでもよい。この世界はいわゆる夢世界の集合体ということじゃ。そして夢は移ろいやすく、形が不安定なもの。世界の維持のために女王のような存在が必要でな。
風は触れることはできんが、風船などにいれれば形ができよう。それと同じじゃ」
女王さまは風船みたいなものということか。
でもそれなら中の風であるヤマのクニで、なんでもできるのはわかるような気がした。
「人もまた夢を見るように、こちらの世界とそちらは時折つながることがある。そんな風に紛れ込んだ人間をここの住人は『おとなりさん』と呼んでおる。女王はそんなおとなりさんを無事に帰すことも、役割の一つとしておるの」
「それはサギに前に聞いたことがあるよ。ぼくもおとなりさんだって」
近くもあるし、遠くでもあるところから来た住人。
ようやくその意味が分かったと思った。
「そして主も本来はそんなおとなりさんの一人じゃった。元々は夢の方から入り込んだようじゃがの。じゃが夢の世界では自由に力を使えることをしった主は、夢の世界をわがものにしようと思った。力があればなんでもできると」
カイムはいったん言葉をきる。
そしてつばさをじっと見つめた。
「おまえさんも気づいているじゃろうが、異形の主の正体はもう一人のおまえさんじゃ」
鏡をみているように同じ顔。
そしてつばさだけが知っている感情の、一番醜いところを表に出したような主。
他人であると考える方が難しかった。
「おまえさんが現実世界でうまくいかない、逃げ出したい。みんなに認められたい。そんな心が主を生み出した。
正確には夢の世界のお前さんかの。主は現実世界でできなかった理想を実現するために、この世界で力を身につけた。すべてを支配できる力を」
「それが主……もう一人のぼく……」
カイムは大きく首を縦にふる。
自分に力があればなんでもできる。
どこか別の世界でそんな世界があればいいと思っていたのは、たしかにこの世界に来る前のつばさだ。
「主はなんでもできる能力をもったこの世界ならすべてがうまくいくと思っておった。誰よりも優れた力を持てば尊敬され、すべてが手に入ると。この世界ならそれができると。
じゃが、そうならなかったのはおまえさんの知ったとおりじゃ」
その通りだった。
サギは誰にでも明るく優しい。
でも誰にでも優しいと言うことは、つばさ以外の誰にでも優しいということだ。
他の障りにも分け隔てなく優しいのを見て、つばさはずいぶん複雑な気分になった。
そんな優しくて明るい彼女だから、つばさは自分を変えたいと思えた。
エドは快活で兄貴肌だが、つばさが道を間違えようとしていたときは厳しく接した。
だからこそ彼に認めてもらえるのがうれしかった。
たとえよき友人であっても、友人になるには自分がよき友人である必要がある。
それは使節団としての旅で思い知った。
他人を召使いのように扱うような人間に、よき友人は得られない。
「結局主はこの世界でのぞむものは手に入れることができなかった。やがて主はこのうつくしい世界を憎むようになった。憎む心が障りたちを腐らせる毒となる。主の濁った心が霧となってヤマの国を覆い尽くした。そして異形を生み出した」
主の館で彼が叫んだ言葉を思い出す。
きれいな世界だからこそにくい。
すべてを壊してしまいたい。
それこそが彼の心の中からの叫び。
「ヤマのクニを霧で覆っても、主の孤独は収まらなかった。そして主はもう一人の自分である本体を、おまえさんを求めた。それでわしは先手をうってお前さんを主の手がとどかぬところに導いた」
やはりあの日みたフクロウはカイムだったのだ。
「じゃがずっと懸念はあった。おまえさんが主に飲み込まれてしまうことじゃ。おまえさんは自分が選ばれた者だとしれば、すぐおごりに支配されるじゃろう。じゃからわしは最低限の接触にとどめた。おまえさんが心からヤマのクニを救いたいと思ってもらわぬことには成し遂げられない。おまえさんの芯にある心優しさにかけたのじゃ」
呼んでおいていきなり放っておくなんて無責任だが、つばさは腹が立たなかった。
何も知らなかったからこそ、知ろうと思った。
知ろうと思ったからこそ世界の美しさに気づいた。
テレビやゲームなんかでは知ることができない、本当のすばらしさを身をもって体験できた。
「そしておまえさんは旅を通して成長し、見事に主を退りぞけてくれた。女王の期待したとおりじゃ。ここまでとはわしも思わなかったよ。おまえさんはずいぶんと大人になったものだ」
そんなに自分は変わっていないとつばさは思った。
ただ知ることの大切さと、自分がどうなりたいかを少し知っただけだ。
「じゃあ、この世界は。ヤマのクニは救われたんですね」
「その通りじゃ」
カイムは優しい声で断言する。
つばさはそれが何より誇らしかった。
「そしてそれは、この世界の終わりでもあるのじゃ」
白いフクロウは、淡々とそう告げた。
「まずはこの世界のことを話そうかの。このヤマのクニはアゲハの女王の世界じゃ。厳密にいえば夢幻に続く夢世界の、女王アゲハの支配が届く地域がヤマのクニじゃ」
「夢?」
「そうじゃ」
カイムは重々しくうなづく。
「胡蝶の夢という言葉がある。夢の中でわたしは蝶になっていた。そこでのわたしが現実で、今のわたしが夢なのかわからない。そういう意味じゃ。そしてこの世界は女王にとって現実でもあり夢である。そして胡蝶となったそなたらの世界が、女王にとっては夢でもあり現実というわけじゃ」
「えーと、よくわからない……」
「深く考えんでもよい。この世界はいわゆる夢世界の集合体ということじゃ。そして夢は移ろいやすく、形が不安定なもの。世界の維持のために女王のような存在が必要でな。
風は触れることはできんが、風船などにいれれば形ができよう。それと同じじゃ」
女王さまは風船みたいなものということか。
でもそれなら中の風であるヤマのクニで、なんでもできるのはわかるような気がした。
「人もまた夢を見るように、こちらの世界とそちらは時折つながることがある。そんな風に紛れ込んだ人間をここの住人は『おとなりさん』と呼んでおる。女王はそんなおとなりさんを無事に帰すことも、役割の一つとしておるの」
「それはサギに前に聞いたことがあるよ。ぼくもおとなりさんだって」
近くもあるし、遠くでもあるところから来た住人。
ようやくその意味が分かったと思った。
「そして主も本来はそんなおとなりさんの一人じゃった。元々は夢の方から入り込んだようじゃがの。じゃが夢の世界では自由に力を使えることをしった主は、夢の世界をわがものにしようと思った。力があればなんでもできると」
カイムはいったん言葉をきる。
そしてつばさをじっと見つめた。
「おまえさんも気づいているじゃろうが、異形の主の正体はもう一人のおまえさんじゃ」
鏡をみているように同じ顔。
そしてつばさだけが知っている感情の、一番醜いところを表に出したような主。
他人であると考える方が難しかった。
「おまえさんが現実世界でうまくいかない、逃げ出したい。みんなに認められたい。そんな心が主を生み出した。
正確には夢の世界のお前さんかの。主は現実世界でできなかった理想を実現するために、この世界で力を身につけた。すべてを支配できる力を」
「それが主……もう一人のぼく……」
カイムは大きく首を縦にふる。
自分に力があればなんでもできる。
どこか別の世界でそんな世界があればいいと思っていたのは、たしかにこの世界に来る前のつばさだ。
「主はなんでもできる能力をもったこの世界ならすべてがうまくいくと思っておった。誰よりも優れた力を持てば尊敬され、すべてが手に入ると。この世界ならそれができると。
じゃが、そうならなかったのはおまえさんの知ったとおりじゃ」
その通りだった。
サギは誰にでも明るく優しい。
でも誰にでも優しいと言うことは、つばさ以外の誰にでも優しいということだ。
他の障りにも分け隔てなく優しいのを見て、つばさはずいぶん複雑な気分になった。
そんな優しくて明るい彼女だから、つばさは自分を変えたいと思えた。
エドは快活で兄貴肌だが、つばさが道を間違えようとしていたときは厳しく接した。
だからこそ彼に認めてもらえるのがうれしかった。
たとえよき友人であっても、友人になるには自分がよき友人である必要がある。
それは使節団としての旅で思い知った。
他人を召使いのように扱うような人間に、よき友人は得られない。
「結局主はこの世界でのぞむものは手に入れることができなかった。やがて主はこのうつくしい世界を憎むようになった。憎む心が障りたちを腐らせる毒となる。主の濁った心が霧となってヤマの国を覆い尽くした。そして異形を生み出した」
主の館で彼が叫んだ言葉を思い出す。
きれいな世界だからこそにくい。
すべてを壊してしまいたい。
それこそが彼の心の中からの叫び。
「ヤマのクニを霧で覆っても、主の孤独は収まらなかった。そして主はもう一人の自分である本体を、おまえさんを求めた。それでわしは先手をうってお前さんを主の手がとどかぬところに導いた」
やはりあの日みたフクロウはカイムだったのだ。
「じゃがずっと懸念はあった。おまえさんが主に飲み込まれてしまうことじゃ。おまえさんは自分が選ばれた者だとしれば、すぐおごりに支配されるじゃろう。じゃからわしは最低限の接触にとどめた。おまえさんが心からヤマのクニを救いたいと思ってもらわぬことには成し遂げられない。おまえさんの芯にある心優しさにかけたのじゃ」
呼んでおいていきなり放っておくなんて無責任だが、つばさは腹が立たなかった。
何も知らなかったからこそ、知ろうと思った。
知ろうと思ったからこそ世界の美しさに気づいた。
テレビやゲームなんかでは知ることができない、本当のすばらしさを身をもって体験できた。
「そしておまえさんは旅を通して成長し、見事に主を退りぞけてくれた。女王の期待したとおりじゃ。ここまでとはわしも思わなかったよ。おまえさんはずいぶんと大人になったものだ」
そんなに自分は変わっていないとつばさは思った。
ただ知ることの大切さと、自分がどうなりたいかを少し知っただけだ。
「じゃあ、この世界は。ヤマのクニは救われたんですね」
「その通りじゃ」
カイムは優しい声で断言する。
つばさはそれが何より誇らしかった。
「そしてそれは、この世界の終わりでもあるのじゃ」
白いフクロウは、淡々とそう告げた。
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