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十章 霧は晴れて

祭りの夜

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 キムニを先頭に、残りの使節団が戻って来た。
 チカプが先に異形がいなくなったことを伝えていたので、残った使節団に心配の種は無いはずだ。
 使節団は旅の末に目的を達成した。
 一人一人が英雄だ。
 そんな彼らを、たくさんの障りが出迎えた。
 もちろんつばさも一緒だった。
 車が停まるなり荷台からサギが飛び出してきた。

「サギ、ここだよ」

 つばさが手をふると駆け寄ってくる。
 泣いたような笑ったような表情を浮かべると、そのまま抱きついてきた。

「つばさ、よかった。本当に……」

 泣きじゃくりながら、耳元でそんなことをつぶやく。
 サギの体温と何ともいえないいいにおいで、つばさはしばらくぼーっと抱きしめられたままだった。
 やがて自分がすごくはずかしい状態であることに気付く。
 サギを離そうと考えたが、泣いているサギを引きはがすなんてひどいことは出来そうになかった。
 キムニや一緒に迎えに来ていたエドに眼で助けを求めたけど、キムニはこちらに気づかず、エドは意味ありげに笑うだけだ。
 結局ハシがやってきてサギの名前を呼ぶまで、されるがままだった。
 解放されたとき、つばさはどぎまぎして息が荒くなっていたのに、サギは泣き止んでなにもなかったかのように笑顔を向けていた。
 なんだかずるいなあ。

 その夜、盛大な祭りが行われた。
 異形が去り、ヤマの国に平和が戻った記念だ。
 広場の中央にワラのような木の繊維で作った大きな祭壇があった。
 それよりは小さい、木の繊維で作られた船が無数に並べられていった。
 女王さまによる祭りの開始の合図がされると、それらは一斉に火が点火された。
 炎は激しく燃え上がり、ぱちぱちと音を立てていた。
 小さな船にはバーベキューのように串でさした料理がくべられ、徐々によい匂いが広場を満たし始めている。
 それから蝶々の女性たちを中心とした世話役たちに、皿にのった食べ物と大人には酒がくばられるといたるところで歓喜が広がった。

「ヤマのクニに平和が戻って来たことに感謝を。我らを導いた女王さまに、今回の偉業をなしとげた勇者たちに祝福を!」

 そんな声がいたる所でなされていた。
 霧が晴れ、たくさんの障りたちが故郷に帰ったが、このために残った障りたちも多い。ハシたちブフもそうで、この祭りの準備に大いに貢献していた。
 彼等は森や平原で食料の採取をするのが抜群にうまく、大量の木の実やくだもの、ユルチの実などを採取してきたのだ。
 それらは食卓にたくさんならべられている。
 つばさはそんなにたくさんの食料を短期間で集めてきたり、ワラを編んだり、料理を作ったり出来ない。
 手伝えたことといえば、祭壇や船を運んだぐらいだ。
 今回は主賓だからというチカプの言葉に慰められたけど、つばさはもっといろいろなことが出来るようになりたいと心から思った。
 祭りが始まったとき、まだ明るかった空もいつのまにか夕べを越して星が輝いている。
 祭りは皆が炎を囲んで、近くの者と思い思いに話し、好きなモノを食べて過ごす。
 最初使節団の兵士等と話をしていたつばさは、酒が回り始めた障りたちにつぎつぎ食べ物を盛られ、さすがに辟易して輪から離れていた。
 輪から離れれば静かに過ごし、人が恋しくなれば輪に戻れば良い。
 ただそれだけのことだ。それだけのことなのに、どうして今まで必要以上に意識していたのか不思議だった。

「楽しんでる?」

 女の子の声につばさは頷く。
 サギがそのままつばさの隣に座った。
 彼女もさっきまで話していた、世話役の女の子たちの輪から抜け出してきたようだ。

「うん、楽しいよ。ぼくらの世界の祭りはただ屋台が出ていて騒がしい、って感じだけど、ヤマ国の祭りはみんなが一体って気がするよ」
「楽しんで貰えてよかったよ」

 サギは楽しそうに声をたてて笑い、そしてぽつりと呟いた。

「エドも参加したらよかったのにね」

 エドは他の使節団のメンバーと挨拶を交わすと、祭りを待たずそのまま旅に出てしまったのだ。

「ずいぶんと日をとられてしまったからな。おれさまを待っているたくさんのまだ見ぬメスたちをこれ以上待たせるわけにはいかねえ」
 とのことだ。

「そうだね。でもぼくはエドらしいと思うな」

 エドは最後、つばさにこう言った。

「おまえはおれさまの自慢の子分だよ」

 その一言が、どんな言葉よりもほこらしかった。
 しばらくかがり火をみながらエドとの思い出を話していた二人は、だんだんと口数が少なくなっていった。
 しばらく二人で並んでうつむき、そしてつばさは聞いた

「サギも旅に戻るの?」

 ナーナイは旅の障りだ。
 つばさの目的がかなった以上、彼女にはもう一緒にいる理由はなかった。

「うん。そうすることになるんだけど・・・・・・」

 そう言って口ごもる。
 快活な彼女にしては珍しかった。
 つばさは炎をみながら、彼女の言葉を待つ。

「ねえ、つばさ。よかったらわたしと一緒に・・・・・・」

 どーんと大きな音がなった。空で炎の花が咲いた音だった。

「花火! へえ、この世界にも花火があるんだ」
「うん。空の花を咲かせる職人の障りがいるんだ。こういうときしか見られない貴重なものだよ」
「へえ、キレイだね」
「うん」

 しばらくすると、祭壇の周りで幾人もの障りが踊り出した。
 なんのおどりだかわからない。
 みんな適当で、とくに人間とは異なる形状の障りなんか、本当に何をしているかわからない。でもみな楽しそうに笑っていた。

 サギはくすりと笑い、そして踊りの方を指さす。

「ねえ、わたしたちも踊ろうか」
「ぼく踊ったことなんかないよ」

 遠慮すると手をつかまれ、ひっぱられる。

「こういうのは適当に、楽しければいいんだよ。誰もバカになんかしないさ」 
「――そうだね」

 つばさはサギの手を握り返し、立ち上がる。
 手を取り合って、二人は踊りの輪に駆け出していった。
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