上 下
13 / 62
二章 ナクラの集落

しゃべる馬のエド

しおりを挟む
 つばさの心臓がどきどきと高鳴る。
 尻もちをついたまま、ただ目の前の白い馬を見上げていた。

「馬が喋った!」
「馬が喋ったらいけないのかよ!」
「いえ、まさか! ただ馬がしゃべるとは思っていなかっただけです……」
「そもそも「馬」とはなんだ。俺はエドだ」
「ぼ、ぼくはつばさです」

 立ち上がってお尻についた草を払いながら答えた。

「誰がてめえの名前を言えっていったよ」

 ひどく理不尽で口が悪い馬である。
 馬全部がそうなのか、エドが特別そうなのか他に喋る馬を知らないつばさには判断がつかない。

「ところでお前はナクラじゃないな。なんでこんなところにいるんだ?」
「旅の途中で、それでここに立ち寄りました」
「そんなもん少し考えればわかる。その集落に来たお前が、どうしてちびどものいないこんなところで暗い顔をしているんだ?」

 つばさは顔を落とした。
 サギが働いているというのに、自分はただ一人こんなところでたたずんでいるだけ。本当に何をしているのか。

「なんだ、メスにフラレたのか。いや、悪いことを聞いた。だがそんなこと気にしなくていいぞ。メスってのはオスと同じだけの数がいるんだ。だめなら次に当たればいいだけだ。次のメスと出会えるチャンスを手に入れたんだ。むしろラッキーだぞ」
「そうじゃなくて」
「そんなにいいメスなのか。だったら誠意をもって謝っておだてて、餌をさしだして許してもらうんだ。極上のにんじんとかな」
「とりあえずオスとメス、とかそういう発想から離れてください」
「それ以外に何が困るっていうんだ? それとも腹が減ったのか?」

 本気でこの馬は、空腹と女の子に嫌われる以外に困ったことがないようであった。

「いえ……何でもないです」
「なんでもなければこんなところで辛気臭い顔をしてねえだろ。気になって喉に餌が通らなくなる」

 つばさはどうしたものかと悩んだ。
 人に相談することが元来苦手なのだ。
 だが寂しさを感じていたのと、エドが馬であることがかえって初対面であるという抵抗をなくさせていた。
 ポツリポツリと、つばさは胸の内を話す。
 サギが女の子であることに対して過剰に反応して「やっぱりフラレたんじゃねえか」と鼻息を荒くしたことを除けば、エドは最後まで静かに話を聞いてくれた。
 たどたどしくも自分の話を終えると、エドは「なるほど」と頷いた。

「つまりお前は役立たずの、ごくつぶしってことだな」

 はっきりと告げられ、つばさはがあんと全身を叩かれたような衝撃を受けた。
 毎日歩きっぱなしの疲れが一気にやってきて、めまいをおぼえた。

「だがそんなお前のために、おれさまがいいアドバイスをしてやる」

 おそらく笑ったのだろう。顔を歪めたエドになんとか向き直る。
「自分がダメだと思ったらとにかく思うがままに尽くすんだ。どんなことでもいい。とにかくひたすら優しくするんだ。それで万事収まる」

 別の疲れを感じてつばさは脱力感でため息を吐いた。
 いろいろ話したのに、エドはオスとメス、男と女というあたりしか聞いていなかったらしい。
 しょせん馬なのだ。

「おお、おれさまのありがたいアドバイスに感動したか」

 ひひーんと鳴き声をあげる。
 その前向きさに呆れつつも、自分が悩んでいたのがすごく馬鹿らしくも思った。
 エドの言うとおり考え込むぐらいなら今からでも戻り、なにか手伝うことないか尋ねたらいいのだ。
 水を汲むとか、ものを運ぶとかそれぐらいの手伝いならつばさでもできるはずだ。
 すっきりするとこの集落は花が随分多いことに気づく。
 畑もあり、ナクラたちの生活の匂いがいたるところで漂っている。
 旅に必要なものがたくさん手に入りそうだった。

「ありがとう、エド。ぼくもお手伝いをするよ」
「ああ、頑張れよ」

 なんだかんだで気のいい馬にようやく表情をほころばせた。

「たいへん、たいへん」

 慌てた声につばさは声の方を向く。
 一人のナクラが何度も叫びながら走っていた。つばさをみるとこちらへと駆けてくる。

「客人、倒れた」
「サギが? なんで?」
「ありがとう、いって、壁かけ、たのんで」
 らちがあかない。

「案内して」
 とナクラを促し、つばさは走った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

異世界子供会:呪われたお母さんを助ける!

克全
児童書・童話
常に生死と隣り合わせの危険魔境内にある貧しい村に住む少年は、村人を助けるために邪神の呪いを受けた母親を助けるために戦う。村の子供会で共に学び育った同級生と一緒にお母さん助けるための冒険をする。

時間泥棒【完結】

虹乃ノラン
児童書・童話
平和な僕らの町で、ある日、イエローバスが衝突するという事故が起こった。ライオン公園で撮った覚えのない五人の写真を見つけた千斗たちは、意味ありげに逃げる白猫を追いかけて商店街まで行くと、不思議な空間に迷いこんでしまう。 ■目次 第一章 動かない猫 第二章 ライオン公園のタイムカプセル 第三章 魚海町シーサイド商店街 第四章 黒野時計堂 第五章 短針マシュマロと消えた写真 第六章 スカーフェイスを追って 第七章 天川の行方不明事件 第八章 作戦開始!サイレンを挟み撃て! 第九章 『5…4…3…2…1…‼』 第十章 不法の器の代償 第十一章 ミチルのフラッシュ 第十二章 五人の写真

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

処理中です...