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一章 異世界へ
ヤマのクニ
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「ぼくはつばさ、です」
座ったままのうわずった声で、つばさは答えた。
なれない相手だと緊張してしまうのだ。
「つばさだね。君はこの辺に住んでいるの?」
逆にこの女の子はずいぶんと気さくなようだ。
親しげに名前で呼んできたのでたじろぎながらも、首を横に振る。
「そうなんだ。不思議な格好をしているものね」
つばさからするとサギの格好の方がおかしかったが、口にはださなかった。
(初めて会ったのにどこかで会ったことある気がするな。なんでだろう?)
サギはじっとつばさを見下ろしていたが、手を腰にあてて屈み込んだ。
ふいに顔が近くにきて思わず後ずさる。
「それはそうとダメじゃないか、森のこんな奥まで来たら。この辺のことは知らなくても、深い霧の所だと異形が出るって少し考えたらわかるでしょ」
言葉の意味がわからない。
「チェロムが『子供が霧の方にむかって走っている』って聞いて慌てて追いかけてきたんだよ。彼等じゃあ森で子供を追いかけるのは難しいだろうしさ」
雰囲気からしてしかられているみたいだ。
「たまたま旅慣れたナーナイのわたしがいたからよかったけど。あのまま異形に見つかっていたらどうなっていたと思っているのさ」
「えーと……ごめんなさい」
「わかったのならいいけど、異形の空気に触れただけでも重い病気にかかったりすることもあるんだから。今回は運が良かっただけなんだよ。チェロム達には感謝するんだよ」
「はい……あ、その。ところでチェロムって?」
「森で木を切ったり、家具を作ったりする障りのこと。温厚で陽気な連中だよ」
「もしかしてあの鬼のような人たちのことですか。角が生えて口が大きい」
「それ以外に何があるのさ。森のいたる所に住んでいるってのに、つばさはチュロムと会ったことないの?」
「その、チェロムもそうだけど……『障り』ってなんですか。それにさっきの怪物。『異形』っていうのも障りなの?」
サギは眼を丸くした。
「異形を知らないってどういうこと? あいつらのせいでヤマのクニの障りはみんな困っているのに!」
「ヤマのクニ?」
サギは口を大きく開け、何度も瞬きをする。
しばらく呆然としていたサギは、突然距離をつめてきた。
「ヤマのクニを知らないって、つばさはどこから来たの?」
「日本、ですけど」
「ニホン? 初めて聞くよそんなところ。それどの辺りにあるの?」
「し、しらない」
「知らない? 知らないでどうやってやって来たっていうのさ。歩いてきたにしろ泳いできたにしろ、飛んで来たにしろ自分がどこからきたのかぐらいわかるものでしょ?」
「本当に知らないんだ。ぼくは気がついたらここに、この森の中にいたんだ」
コツンと頭に固い物が当たった。
サギがだんだん近づいてくるので下がり続けたあげく、大きな木まで追い詰められたらしかった。
すごく近い距離でお互い眼を合わせあった。
黒い瞳につばさの顔が映っている。
そしてなんだかサギらしきにおいがした。こんなときなのに、良いにおいだなって思った。
真剣な表情でじっとみつめていたサギは、今度は唐突に離れる。
ようやく解放された安心感と、さっきまでのにおいが鼻に残っていてどきどきした。
サギは形のいいあごに握った左こぶしをあててじっと考え込む。それからおずおずと口を開いた。
「突然ここに現れたって・・・・・・つばさは異形には見えないから、もしかして『おとなりさん』?」
「お、おとなりさんって?」
「近くでもあるし遠くでもあるところ。距離としては本当に、隣の集落に行くよりははるかに近いんだけど、かといって歩き続ければつくような場所にはないところ。そんな所があるって話を聞いたことがある。そこから時々迷い込む人がいるんだって。それをおとなりさんって呼んでいる」
「もしかして異世界ってことかな。ゲームやアニメみたいに」
サギの言葉を自分なりに解釈しようとして、ようやく繋がったと思った。
実際にそんなところがあるとは信じていなかったけど、さきほどまでの体験を思えば、納得が出来た。
そして少し期待がわいた。
「もしかして魔法とか術みたいなのが、この世界では使えたりするの?」
「なんだいそれ?」
「やあって唱えたら異形を退けたりとか、空を飛んだりとか・・・・・・」
「そんなことできるならみんな困らないよ。飛べる障りなら空を飛べるけど」
「やっぱりアニメとは違うんだね……」
自分がこの世界だとチート能力があって、好きなようになんでもできる。
そんな都合のいいものはないらしい。
「アニメってなんだい?」
今度はサギの方がたずねてきた。
「その、テレビ番組の一種? 娯楽、かな?」
「テレビってなに? すごいの?」
眼がずいぶんと輝いているように感じる。
このサギという女の子はずいぶんと表情が動く。
「アニメより、えーと・・・・・・サギ」
未だにクラスメイトを、名字にくんかさんをつけて呼んでいるつばさにとって、初対面の人の名前をいきなり呼び捨てにするのは抵抗があった。
でも他に呼び方がわからないので仕方がない。
「あ、ごめん。つばさ、先に話して」
「その、ぼくはどうやったら元の世界に戻れるの。親も心配しているだろうし、そろそろ帰りたいんだけど。もちろん助けてもらったお礼はするからさ」
確かにつばさは別世界に行くことを考えたことはあった。
でもそれはつばさが主人公で英雄になれる世界ならだ。
こんななんの力もなく、怪物がいる世界なんかうんざりだった。
サギは何も応えず、表情を暗く落とした。
「もしかしてぼく、もう帰れないの?」
その表情に、不安がわき上がってくる。
「わたしは知らない」
聞いた途端に泣き出しそうになった。
そりゃ家でも学校でも、うまくやっているとは言い難い。
でもこんなテレビもマンガもないらしい世界で一人で突然生きていけだなんて。
それこそ死んだ方がマシだ。
「でも大丈夫だよ!」
慌てたようにサギが強い口調で続けた。
「女王さまならきっとなんとかしてくれるから」
「女王さま?」
「そうだよ。女王さまは不思議な力があるからね。きっとおとなりさんのつばさが帰る方法だって教えてくれるよ」
涙が出そうなところでギリギリ踏みとどまれた。
どんな人か知らないけど、その人に会えば帰ることが出来る。
それはつばさの最後の希望だった。
「ところで女王さまってどこにいるの?」
「森を抜けた先にある、きらきら平原を通った先にあるお城だよ」
「きらきら平原?」
「そっか。まずはヤマ国のことを教えないといけないね」
サギが表情を和らげる。この顔をみるとなんだか安心する。
その時、つばさのお腹が大きな音を鳴らした。
ばつが悪い。顔に熱をもち、慌ててしまう。
「まずはご飯だね」
サギが愉快そうに笑った。
座ったままのうわずった声で、つばさは答えた。
なれない相手だと緊張してしまうのだ。
「つばさだね。君はこの辺に住んでいるの?」
逆にこの女の子はずいぶんと気さくなようだ。
親しげに名前で呼んできたのでたじろぎながらも、首を横に振る。
「そうなんだ。不思議な格好をしているものね」
つばさからするとサギの格好の方がおかしかったが、口にはださなかった。
(初めて会ったのにどこかで会ったことある気がするな。なんでだろう?)
サギはじっとつばさを見下ろしていたが、手を腰にあてて屈み込んだ。
ふいに顔が近くにきて思わず後ずさる。
「それはそうとダメじゃないか、森のこんな奥まで来たら。この辺のことは知らなくても、深い霧の所だと異形が出るって少し考えたらわかるでしょ」
言葉の意味がわからない。
「チェロムが『子供が霧の方にむかって走っている』って聞いて慌てて追いかけてきたんだよ。彼等じゃあ森で子供を追いかけるのは難しいだろうしさ」
雰囲気からしてしかられているみたいだ。
「たまたま旅慣れたナーナイのわたしがいたからよかったけど。あのまま異形に見つかっていたらどうなっていたと思っているのさ」
「えーと……ごめんなさい」
「わかったのならいいけど、異形の空気に触れただけでも重い病気にかかったりすることもあるんだから。今回は運が良かっただけなんだよ。チェロム達には感謝するんだよ」
「はい……あ、その。ところでチェロムって?」
「森で木を切ったり、家具を作ったりする障りのこと。温厚で陽気な連中だよ」
「もしかしてあの鬼のような人たちのことですか。角が生えて口が大きい」
「それ以外に何があるのさ。森のいたる所に住んでいるってのに、つばさはチュロムと会ったことないの?」
「その、チェロムもそうだけど……『障り』ってなんですか。それにさっきの怪物。『異形』っていうのも障りなの?」
サギは眼を丸くした。
「異形を知らないってどういうこと? あいつらのせいでヤマのクニの障りはみんな困っているのに!」
「ヤマのクニ?」
サギは口を大きく開け、何度も瞬きをする。
しばらく呆然としていたサギは、突然距離をつめてきた。
「ヤマのクニを知らないって、つばさはどこから来たの?」
「日本、ですけど」
「ニホン? 初めて聞くよそんなところ。それどの辺りにあるの?」
「し、しらない」
「知らない? 知らないでどうやってやって来たっていうのさ。歩いてきたにしろ泳いできたにしろ、飛んで来たにしろ自分がどこからきたのかぐらいわかるものでしょ?」
「本当に知らないんだ。ぼくは気がついたらここに、この森の中にいたんだ」
コツンと頭に固い物が当たった。
サギがだんだん近づいてくるので下がり続けたあげく、大きな木まで追い詰められたらしかった。
すごく近い距離でお互い眼を合わせあった。
黒い瞳につばさの顔が映っている。
そしてなんだかサギらしきにおいがした。こんなときなのに、良いにおいだなって思った。
真剣な表情でじっとみつめていたサギは、今度は唐突に離れる。
ようやく解放された安心感と、さっきまでのにおいが鼻に残っていてどきどきした。
サギは形のいいあごに握った左こぶしをあててじっと考え込む。それからおずおずと口を開いた。
「突然ここに現れたって・・・・・・つばさは異形には見えないから、もしかして『おとなりさん』?」
「お、おとなりさんって?」
「近くでもあるし遠くでもあるところ。距離としては本当に、隣の集落に行くよりははるかに近いんだけど、かといって歩き続ければつくような場所にはないところ。そんな所があるって話を聞いたことがある。そこから時々迷い込む人がいるんだって。それをおとなりさんって呼んでいる」
「もしかして異世界ってことかな。ゲームやアニメみたいに」
サギの言葉を自分なりに解釈しようとして、ようやく繋がったと思った。
実際にそんなところがあるとは信じていなかったけど、さきほどまでの体験を思えば、納得が出来た。
そして少し期待がわいた。
「もしかして魔法とか術みたいなのが、この世界では使えたりするの?」
「なんだいそれ?」
「やあって唱えたら異形を退けたりとか、空を飛んだりとか・・・・・・」
「そんなことできるならみんな困らないよ。飛べる障りなら空を飛べるけど」
「やっぱりアニメとは違うんだね……」
自分がこの世界だとチート能力があって、好きなようになんでもできる。
そんな都合のいいものはないらしい。
「アニメってなんだい?」
今度はサギの方がたずねてきた。
「その、テレビ番組の一種? 娯楽、かな?」
「テレビってなに? すごいの?」
眼がずいぶんと輝いているように感じる。
このサギという女の子はずいぶんと表情が動く。
「アニメより、えーと・・・・・・サギ」
未だにクラスメイトを、名字にくんかさんをつけて呼んでいるつばさにとって、初対面の人の名前をいきなり呼び捨てにするのは抵抗があった。
でも他に呼び方がわからないので仕方がない。
「あ、ごめん。つばさ、先に話して」
「その、ぼくはどうやったら元の世界に戻れるの。親も心配しているだろうし、そろそろ帰りたいんだけど。もちろん助けてもらったお礼はするからさ」
確かにつばさは別世界に行くことを考えたことはあった。
でもそれはつばさが主人公で英雄になれる世界ならだ。
こんななんの力もなく、怪物がいる世界なんかうんざりだった。
サギは何も応えず、表情を暗く落とした。
「もしかしてぼく、もう帰れないの?」
その表情に、不安がわき上がってくる。
「わたしは知らない」
聞いた途端に泣き出しそうになった。
そりゃ家でも学校でも、うまくやっているとは言い難い。
でもこんなテレビもマンガもないらしい世界で一人で突然生きていけだなんて。
それこそ死んだ方がマシだ。
「でも大丈夫だよ!」
慌てたようにサギが強い口調で続けた。
「女王さまならきっとなんとかしてくれるから」
「女王さま?」
「そうだよ。女王さまは不思議な力があるからね。きっとおとなりさんのつばさが帰る方法だって教えてくれるよ」
涙が出そうなところでギリギリ踏みとどまれた。
どんな人か知らないけど、その人に会えば帰ることが出来る。
それはつばさの最後の希望だった。
「ところで女王さまってどこにいるの?」
「森を抜けた先にある、きらきら平原を通った先にあるお城だよ」
「きらきら平原?」
「そっか。まずはヤマ国のことを教えないといけないね」
サギが表情を和らげる。この顔をみるとなんだか安心する。
その時、つばさのお腹が大きな音を鳴らした。
ばつが悪い。顔に熱をもち、慌ててしまう。
「まずはご飯だね」
サギが愉快そうに笑った。
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