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プロローグ
つばさという少年
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ここでつばさという少年について説明しておく。
妹のために一人山の中に飛び出した勇敢な少年のようだが、実際は違う。
つばさだってこんな霧の中、外になんかでたくなかった。
もちろん小さな妹が外に出るのは危ないと本気で心配した兄らしい気持ちもある。
しかし本当のところは両親にしかられ、九人乗りの車の最後尾にきまずい空気の中いるより、外に出た方がましだと考えたためだ。
途中のパーキングエリアでのことだ。
「おにいちゃん、見てこれ」
のぞみがそう言って、つばさに大きなアゲハチョウをみせつけた。
のぞみは昆虫や動物を平気でさわれるなどたくましいところがあった。
ずいぶんと美しい羽の、立派な蝶だった。
それはいいのだが、彼女はその蝶々のよりによって羽をつかんでいたのである。
「かわいそうだから逃がしてあげようよ」
はじめはやんわりとお願いした。
「のぞみが捕まえたんだよ。飼うの!」
それをのぞみはひどく意固地になって、拒絶した。
妹がわがままなのは知っている。
でも蝶々が必死でもがいているのを見て思わずかっとなってしまった。
「虫なんか見せられても気持ち悪いだけろ! いい加減にしろ!」
ついキツい口調で叱ってしまった。
のぞみは驚いたのか握っていた手を離し、その隙に蝶々はふらつきながらも飛んでいく。
怒られたのが原因か、蝶々が逃げたためかのぞみは泣き出してしまった。
それをトイレから戻ってきた両親が、のぞみいじめたと勘違いして聞く耳も持たずしかられてしまったのだ。
いつものことだった。
四歳年下ののぞみは要領がいい。愛想がよく、感情表現が豊かで笑顔が絶えない。
少しませた物言いで一生懸命話す姿は、大人受けが非常に良かった。
いわゆる甘えるのが得意なタイプで、学校でも先生方から好評なのだとお母さんが嬉しそうに話しているのを耳にする。
対してつばさは感情が表に出づらくて、あまり笑わない。嬉しくてもどんな顔をしていいのかよくわからないのだ。
人に自分の意見を言うのも苦手で、みんなといても自然に黙りがちになる。だから無愛想な奴だと思われているらしかった。
じゃあスポーツが得意だとか、算数は誰にも負けないだとか、何か取り柄があればいいのだが、つばさにはそんな人に自慢できるような特技は何もなかった。
だから両親がかわいがっているのは、いつだって妹ののぞみだけだ。
それは向かっているおじいちゃんの家でも変わらない。
二人とものぞみが絵で賞をもらったとか、テストでいい点を取ったとか、友達ができたとか驚くほどたくさんの事を知っているけど、つばさのことはあまり知らないようだった。
何年も前にもらったクワガタムシのことを「あれはどうなったかな?」と聞いてくるのがせいぜいだった。
とうの昔に死んでしまった昆虫のことぐらいしか共通の話題がなくてはつばさも面白くない。
だからつばさも積極的におじいちゃんとおばあちゃんに話しかけず、余計につばさのことがわからないでいるようだった。
結局つばさが面白いと思えることはどこにも、何もない。
いつも一人でゲームをやって過ごしていた。
周囲から期待されず、かわいがられずで少しかわいそうな少年だった。
かわいそうではあるが、つばさにも原因はある。
学校から帰ってきても、いつも儀礼的に「ただいま」と言ってすぐに自分の部屋にあがる。
のぞみのようにお手伝いをするなどして、家族と関わろとしない。
顔を合わせば「学校はどう?」だとか通り一遍の質問はされる。だけどいつも「別に」とか「どうでもいいでしょ」とか素っ気なく、ふてくされた返事をしていた。
のぞみとはいつも楽しそうに談笑しているのに、自分の時はそんな事務的なことしかきいてこない。それがつばさには不満だった。
そんな風に不服な表情を露骨に浮かべ、家族から避けて一人部屋でこもりがちにしているから、ますますつばさは孤立していた
「親だったら子供のことぐらいわかってくれてもいいだろう」
と、つばさはいつも何かのせいにして甘えているきらいがあった。
スポーツだって勉強だってできるやつは元からできるのだと、生まれついた才能のせいだと思っていたし、身体があまり大きくないのだって生まれつきだと考えていた。
それはまちがってはないかもしれないが、それだけではない。
それは好き嫌いが多くて偏食なことが原因だし、スポーツも勉強もできないままにしてきたのだってある。
未だに親しい友人がいないけど、自分のことをわかってくれる努力をしようともしなかった。
自分から積極的に何かをしようとせず、いやなことからずっと逃げていた。
いいところもある。
いきものが好きで、興味もあり、いろいろなことをよく知っていた。
蝶々をかわいそうと思ったり、小さな妹が外に出るのは危ないと本気で考えるほど性根は優しい。
だけどそんな長所に気づいてくれて、悪いところを是正してくれる大人が残念ながら周りにいなかった。
そんな少年、つばさの冒険がはじまる。
妹のために一人山の中に飛び出した勇敢な少年のようだが、実際は違う。
つばさだってこんな霧の中、外になんかでたくなかった。
もちろん小さな妹が外に出るのは危ないと本気で心配した兄らしい気持ちもある。
しかし本当のところは両親にしかられ、九人乗りの車の最後尾にきまずい空気の中いるより、外に出た方がましだと考えたためだ。
途中のパーキングエリアでのことだ。
「おにいちゃん、見てこれ」
のぞみがそう言って、つばさに大きなアゲハチョウをみせつけた。
のぞみは昆虫や動物を平気でさわれるなどたくましいところがあった。
ずいぶんと美しい羽の、立派な蝶だった。
それはいいのだが、彼女はその蝶々のよりによって羽をつかんでいたのである。
「かわいそうだから逃がしてあげようよ」
はじめはやんわりとお願いした。
「のぞみが捕まえたんだよ。飼うの!」
それをのぞみはひどく意固地になって、拒絶した。
妹がわがままなのは知っている。
でも蝶々が必死でもがいているのを見て思わずかっとなってしまった。
「虫なんか見せられても気持ち悪いだけろ! いい加減にしろ!」
ついキツい口調で叱ってしまった。
のぞみは驚いたのか握っていた手を離し、その隙に蝶々はふらつきながらも飛んでいく。
怒られたのが原因か、蝶々が逃げたためかのぞみは泣き出してしまった。
それをトイレから戻ってきた両親が、のぞみいじめたと勘違いして聞く耳も持たずしかられてしまったのだ。
いつものことだった。
四歳年下ののぞみは要領がいい。愛想がよく、感情表現が豊かで笑顔が絶えない。
少しませた物言いで一生懸命話す姿は、大人受けが非常に良かった。
いわゆる甘えるのが得意なタイプで、学校でも先生方から好評なのだとお母さんが嬉しそうに話しているのを耳にする。
対してつばさは感情が表に出づらくて、あまり笑わない。嬉しくてもどんな顔をしていいのかよくわからないのだ。
人に自分の意見を言うのも苦手で、みんなといても自然に黙りがちになる。だから無愛想な奴だと思われているらしかった。
じゃあスポーツが得意だとか、算数は誰にも負けないだとか、何か取り柄があればいいのだが、つばさにはそんな人に自慢できるような特技は何もなかった。
だから両親がかわいがっているのは、いつだって妹ののぞみだけだ。
それは向かっているおじいちゃんの家でも変わらない。
二人とものぞみが絵で賞をもらったとか、テストでいい点を取ったとか、友達ができたとか驚くほどたくさんの事を知っているけど、つばさのことはあまり知らないようだった。
何年も前にもらったクワガタムシのことを「あれはどうなったかな?」と聞いてくるのがせいぜいだった。
とうの昔に死んでしまった昆虫のことぐらいしか共通の話題がなくてはつばさも面白くない。
だからつばさも積極的におじいちゃんとおばあちゃんに話しかけず、余計につばさのことがわからないでいるようだった。
結局つばさが面白いと思えることはどこにも、何もない。
いつも一人でゲームをやって過ごしていた。
周囲から期待されず、かわいがられずで少しかわいそうな少年だった。
かわいそうではあるが、つばさにも原因はある。
学校から帰ってきても、いつも儀礼的に「ただいま」と言ってすぐに自分の部屋にあがる。
のぞみのようにお手伝いをするなどして、家族と関わろとしない。
顔を合わせば「学校はどう?」だとか通り一遍の質問はされる。だけどいつも「別に」とか「どうでもいいでしょ」とか素っ気なく、ふてくされた返事をしていた。
のぞみとはいつも楽しそうに談笑しているのに、自分の時はそんな事務的なことしかきいてこない。それがつばさには不満だった。
そんな風に不服な表情を露骨に浮かべ、家族から避けて一人部屋でこもりがちにしているから、ますますつばさは孤立していた
「親だったら子供のことぐらいわかってくれてもいいだろう」
と、つばさはいつも何かのせいにして甘えているきらいがあった。
スポーツだって勉強だってできるやつは元からできるのだと、生まれついた才能のせいだと思っていたし、身体があまり大きくないのだって生まれつきだと考えていた。
それはまちがってはないかもしれないが、それだけではない。
それは好き嫌いが多くて偏食なことが原因だし、スポーツも勉強もできないままにしてきたのだってある。
未だに親しい友人がいないけど、自分のことをわかってくれる努力をしようともしなかった。
自分から積極的に何かをしようとせず、いやなことからずっと逃げていた。
いいところもある。
いきものが好きで、興味もあり、いろいろなことをよく知っていた。
蝶々をかわいそうと思ったり、小さな妹が外に出るのは危ないと本気で考えるほど性根は優しい。
だけどそんな長所に気づいてくれて、悪いところを是正してくれる大人が残念ながら周りにいなかった。
そんな少年、つばさの冒険がはじまる。
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