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バーとカクテル
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「イブキちゃん、おっはよ~! といってももう夕方近いけどね。よく寝れた?」
「ん……ああ、寝れたような眠れなかったような」
「もしかしてまだ眠いでしょ。けっこう消耗してたし、まだゆっくりしてなよ」
目を覚ますと、大抵は目の前に父親、夜都賀の顔がある。いつも勝手に部屋に入って、布団の脇から覗き込んでくる。家に住むようになってからもプライバシーという概念を理解しないこいつに、そろそろ現代の常識を教える頃かもしれない。
まだ身体が起きていないので布団の中に入ったまま、目線だけを合わせた。
「……なぁ、親父」
「なぁに?」
「復活したときのこと、覚えているか?」
「そうだねぇ。もう何百年も前だけど、あの夜のことだけははっきり覚えているよ。大好きな女の子のお父さんに殺された筈だったのに、目を開いたら、まんまるな月を背景に、大好きな女の子に似てる赤い髪の男の子がいたんだもん」
「『やっと会えたね』が第一声だったのには驚いたが、よく俺を憎まずにいれたな。自分を殺した人間の孫だというのに」
「でも、ボクの子供だってすぐわかったよ。あの子が妊娠していたのは知ってたしね」
「親父は今でも、その――」
「好きだよ、あの子のこと。キミを捨てたことは許せないけど、そんな弱さを持つ彼女を傍で支えられなかったボクも悪い。理屈がどうとかより、彼女と一緒に過ごした時間は人生で1番綺麗だったから。それだけだけどね」
昔の夢を見たせいで唐突な質問をしてしまった。それなのに、考える時間も置かずに答える夜都賀は、ブレない思考の軸を持っているのだろう。
「そうか、いきなり変なことを聞いてすまないな」
「変なことじゃないよ。昨夜は久しぶりに昔のキミの親友、茨木に会ったんだ。色々思い出しちゃうよね~」
思い切り伸びをしてから起き上がり、のそのそと箪笥から服を出して着替え始める。
「茨木はこれから何をするつもりなんだろうな」
「わからないけど、彼なりに自分や周りのあやかしを守ろうとしているのかもしれないね。方法は雑だし、人間と敵対しようとしている部分でボク達とは対立してしまうけど」
親父と会話しながらも、姿見を見ながら服に皺が寄っていないかをチェックする。普段はしない行動のせいか、親父は目敏く反応してきた。
「大丈夫、今日もボクの息子は世界一かっこいいよ」
「親馬鹿目線をやめろ」
「客観視したらボクが1番かっこよくて、イブキちゃんは2番目になるでしょ」
「大した自信だな」
「まぁね。ボクはイブキちゃんも好きだし自分のことも大好きだからさ」
軽口を叩きながらも、初めて得た家族に向けられた愛情は心地良かったこと。それまで女達から向けられてきた愛のようなものに比べて息苦しさが無かったことへの驚きを思い出していた。
きっと茨木はその心地よさを、まだ知らない。
「……なぁ、茨木は鬼になってから一度も死んでいないが、その分人間から受けた迫害や裏切りを見つめ続けてきたのかもな」
「どうだろうね。――さてと、ボクこれから撮影あるから出掛けるよ。ついでにあやかし関連の噂や悪いことが起こってないか探ってくるよ。バーのオープン時間に直接店行くから」
「あ、おい、親父、その……甘祢は今どうしてる?」
「甘祢ちゃん、もうとっくに起きてるよ。元々住んでた部屋から荷物を持ってきて、今片付けてるところ。あの子の夕飯、よろしくね」
甘祢。その名前を口から出して、耳から聞く。それだけでなぜか、急に気持ちがひっくり返るように感じて、胸がドキドキと早鐘を打つ。どうしたというのだろう。昨夜はまだそんなことも無かったというのに。
「あ、ああ、夕飯はスパルナに頼むことにする。じゃあまた夜に」
「はぁい♪ 行ってきまーす、イブキちゃん」
親父――夜都賀は、ひらひらと手を振って部屋を出て行った。
1人になった部屋で息を吐く。親父に悟られていないだろうか。
甘祢の前世だった存在とは、少しの間、家族のように過ごした。唯一、心を許せた女性だ。魂は同一のはずなのに、どうして甘祢にだけ、こんなに妙な気持ちになるのだろうか。
――昔、その昔。愛という呪いに浸食されて鬼になった。
愛だとか恋だとか、一方的な強い気持ちは、相手に押しつけようとすればたちまち呪いとなる可能性がある。
そんなことは重々承知だ。
家族愛以外の愛は持たないと、親父を復活させた時に自分に誓った。
人を愛する気持ちなど、碌な結果をもたらさないのだ。不幸の元だ。あんな思いを甘祢にさせるわけにはいかない。
拳を握り込んで、鼓動を早めている原因となっている感情を封じ込める。絶対に表に出してはいけない気持ちは、いつか消す必要がある。消せなければ――
俺は自分に言い聞かせてから、部屋を出た。
「ん……ああ、寝れたような眠れなかったような」
「もしかしてまだ眠いでしょ。けっこう消耗してたし、まだゆっくりしてなよ」
目を覚ますと、大抵は目の前に父親、夜都賀の顔がある。いつも勝手に部屋に入って、布団の脇から覗き込んでくる。家に住むようになってからもプライバシーという概念を理解しないこいつに、そろそろ現代の常識を教える頃かもしれない。
まだ身体が起きていないので布団の中に入ったまま、目線だけを合わせた。
「……なぁ、親父」
「なぁに?」
「復活したときのこと、覚えているか?」
「そうだねぇ。もう何百年も前だけど、あの夜のことだけははっきり覚えているよ。大好きな女の子のお父さんに殺された筈だったのに、目を開いたら、まんまるな月を背景に、大好きな女の子に似てる赤い髪の男の子がいたんだもん」
「『やっと会えたね』が第一声だったのには驚いたが、よく俺を憎まずにいれたな。自分を殺した人間の孫だというのに」
「でも、ボクの子供だってすぐわかったよ。あの子が妊娠していたのは知ってたしね」
「親父は今でも、その――」
「好きだよ、あの子のこと。キミを捨てたことは許せないけど、そんな弱さを持つ彼女を傍で支えられなかったボクも悪い。理屈がどうとかより、彼女と一緒に過ごした時間は人生で1番綺麗だったから。それだけだけどね」
昔の夢を見たせいで唐突な質問をしてしまった。それなのに、考える時間も置かずに答える夜都賀は、ブレない思考の軸を持っているのだろう。
「そうか、いきなり変なことを聞いてすまないな」
「変なことじゃないよ。昨夜は久しぶりに昔のキミの親友、茨木に会ったんだ。色々思い出しちゃうよね~」
思い切り伸びをしてから起き上がり、のそのそと箪笥から服を出して着替え始める。
「茨木はこれから何をするつもりなんだろうな」
「わからないけど、彼なりに自分や周りのあやかしを守ろうとしているのかもしれないね。方法は雑だし、人間と敵対しようとしている部分でボク達とは対立してしまうけど」
親父と会話しながらも、姿見を見ながら服に皺が寄っていないかをチェックする。普段はしない行動のせいか、親父は目敏く反応してきた。
「大丈夫、今日もボクの息子は世界一かっこいいよ」
「親馬鹿目線をやめろ」
「客観視したらボクが1番かっこよくて、イブキちゃんは2番目になるでしょ」
「大した自信だな」
「まぁね。ボクはイブキちゃんも好きだし自分のことも大好きだからさ」
軽口を叩きながらも、初めて得た家族に向けられた愛情は心地良かったこと。それまで女達から向けられてきた愛のようなものに比べて息苦しさが無かったことへの驚きを思い出していた。
きっと茨木はその心地よさを、まだ知らない。
「……なぁ、茨木は鬼になってから一度も死んでいないが、その分人間から受けた迫害や裏切りを見つめ続けてきたのかもな」
「どうだろうね。――さてと、ボクこれから撮影あるから出掛けるよ。ついでにあやかし関連の噂や悪いことが起こってないか探ってくるよ。バーのオープン時間に直接店行くから」
「あ、おい、親父、その……甘祢は今どうしてる?」
「甘祢ちゃん、もうとっくに起きてるよ。元々住んでた部屋から荷物を持ってきて、今片付けてるところ。あの子の夕飯、よろしくね」
甘祢。その名前を口から出して、耳から聞く。それだけでなぜか、急に気持ちがひっくり返るように感じて、胸がドキドキと早鐘を打つ。どうしたというのだろう。昨夜はまだそんなことも無かったというのに。
「あ、ああ、夕飯はスパルナに頼むことにする。じゃあまた夜に」
「はぁい♪ 行ってきまーす、イブキちゃん」
親父――夜都賀は、ひらひらと手を振って部屋を出て行った。
1人になった部屋で息を吐く。親父に悟られていないだろうか。
甘祢の前世だった存在とは、少しの間、家族のように過ごした。唯一、心を許せた女性だ。魂は同一のはずなのに、どうして甘祢にだけ、こんなに妙な気持ちになるのだろうか。
――昔、その昔。愛という呪いに浸食されて鬼になった。
愛だとか恋だとか、一方的な強い気持ちは、相手に押しつけようとすればたちまち呪いとなる可能性がある。
そんなことは重々承知だ。
家族愛以外の愛は持たないと、親父を復活させた時に自分に誓った。
人を愛する気持ちなど、碌な結果をもたらさないのだ。不幸の元だ。あんな思いを甘祢にさせるわけにはいかない。
拳を握り込んで、鼓動を早めている原因となっている感情を封じ込める。絶対に表に出してはいけない気持ちは、いつか消す必要がある。消せなければ――
俺は自分に言い聞かせてから、部屋を出た。
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