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バーとカクテル
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長く生きていると、自分にとって大切なものが見えてくる。
記憶が膨大になればなるほど、美しい記憶や印象に残るものだけが研ぎ澄まされていく。
死の間際に悔いたのは、大切に思っていた仲間のこの先。
ゆっくりと黒く沈んでいく意識の中で繰り返されるのは、純粋な瞳。
誰に裏切られたとか、誰に憎まれただとか、誰に殺されただとか、そういうことは、案外どうでもよくなっていくものだ。
永い死を揺蕩いながら、ただ美しいものだけを抱えていた。
叶えることができた約束と、叶えられなかった約束。
「ええ、ではあなたのお誕生日も、来月ということにしませんか?一緒に祝いましょう。約束、ですよ」
叶えられなかったそれだけが、もう無い心臓をじわじわと締め付けた。
「イブキちゃん! おっはよ~。何百年ぶり?」
目を開けると、親父……夜都賀が変わらない顔で覗き込んでいた。
「……親父。生き返らせてくれた……のか?」
「あはは、イブキちゃんだって、死んでたボクを復活させてくれたでしょ。お互い様だよ」
「……俺は産まれる前に死んでいたという、お前の顔を1度見てみたかっただけだ」
「どうだった? 見てみて」
「軽薄そうだと思った」
「なにそれ、格好いいって言ってよね。反抗期?」
「黙れ」
大江山の洞窟で皆と過ごしていた際に訪れた、鬼の討伐隊とやらに不意打ちで首を落とされ、それから幾年が経ったのか。
まだ暗い明け方の空の色は昔と変わらない。
「俺以外の奴らはどうした」
「迦楼羅もエイコも斬られたよ。ボクはキミと、あと彼らの身体の一部を持ってなんとか難を逃れて、キミらを生き返らせようとしながら過ごしてたよ。彼らの魂も復活させられたけど、どこか遠いところにまた産まれたみたい。これからきっと合流してくれるよ」
わいわいとやかましい、それでいて頼れる仲間達の顔が浮かぶ。巻き込んでしまって申し訳なかった。
「俺の隣に居た茨木は? やられたか?」
「彼は逃げたよ。……逃げて逃げて、新しく産まれた怪異だとかそんなものを配下に置いて勢力を築いてる」
「そうか、厄介なことになりそうな予感がするな。……で、その、あいつは?」
「ごめんね、わからないんだ。あれから手を尽くして探したんだけど……あの場で死んでなかったから、多分都に連れ去られたんだと思う」
「その先はわからず、か」
「うん……」
「……」
生け贄として送り込まれた少女のことを想いながら、久し振りに得た身体ですぅ、と大きく息を吸った。
冷たい空気が肺を満たす。
「世間は、今どうなってる」
「うーんそうだね、色々あったよ。ほら、色んな国の文化が入ってきて、まず服装がこんなに面白いことになってる。食べ物や文化、政治、建築、あとお酒だってだいぶ変わったよ」
首元から足元まできつそうな格好をした夜都賀は相変わらず青年の姿のまま、楽しそうにくるりと回った。
「……いつかさ、会えるといいね、あの子にも」
「生きている訳がないだろう」
「会えるよ。人間は転生するからね、ボク達と違って」
「そうだな……」
永く永く生きて、長く死んだ。
少し強かったり、人目を惹く姿をしているだけで、勝手に疎まれたり、恨まれたり、妬まれたり、恐れられて迫害される。
だから、自分を特別な目で見ない人間を好ましく思っていた。彼女のお陰で、つい人間に心を許してしまっていた。けれども、それが裏目に出た。
大切なものは、ほんのいくつかのものだけだ。
けれど、その大切なものも、指をすり抜けてすぐに無くなってしまう。
「せっかく生き返ったんだ。今度は大切なものだけを守りながら生きていくさ」
「そうだね、ボク達が安心して過ごせる場所をさ、作ろうよ。きっとまたみんな集まれるからさ」
仲間と楽しく生きて、彼女を探して、今度こそ最後まで幸せにしたい。
今回の生に望むのは、ただ、それだけだ。
記憶が膨大になればなるほど、美しい記憶や印象に残るものだけが研ぎ澄まされていく。
死の間際に悔いたのは、大切に思っていた仲間のこの先。
ゆっくりと黒く沈んでいく意識の中で繰り返されるのは、純粋な瞳。
誰に裏切られたとか、誰に憎まれただとか、誰に殺されただとか、そういうことは、案外どうでもよくなっていくものだ。
永い死を揺蕩いながら、ただ美しいものだけを抱えていた。
叶えることができた約束と、叶えられなかった約束。
「ええ、ではあなたのお誕生日も、来月ということにしませんか?一緒に祝いましょう。約束、ですよ」
叶えられなかったそれだけが、もう無い心臓をじわじわと締め付けた。
「イブキちゃん! おっはよ~。何百年ぶり?」
目を開けると、親父……夜都賀が変わらない顔で覗き込んでいた。
「……親父。生き返らせてくれた……のか?」
「あはは、イブキちゃんだって、死んでたボクを復活させてくれたでしょ。お互い様だよ」
「……俺は産まれる前に死んでいたという、お前の顔を1度見てみたかっただけだ」
「どうだった? 見てみて」
「軽薄そうだと思った」
「なにそれ、格好いいって言ってよね。反抗期?」
「黙れ」
大江山の洞窟で皆と過ごしていた際に訪れた、鬼の討伐隊とやらに不意打ちで首を落とされ、それから幾年が経ったのか。
まだ暗い明け方の空の色は昔と変わらない。
「俺以外の奴らはどうした」
「迦楼羅もエイコも斬られたよ。ボクはキミと、あと彼らの身体の一部を持ってなんとか難を逃れて、キミらを生き返らせようとしながら過ごしてたよ。彼らの魂も復活させられたけど、どこか遠いところにまた産まれたみたい。これからきっと合流してくれるよ」
わいわいとやかましい、それでいて頼れる仲間達の顔が浮かぶ。巻き込んでしまって申し訳なかった。
「俺の隣に居た茨木は? やられたか?」
「彼は逃げたよ。……逃げて逃げて、新しく産まれた怪異だとかそんなものを配下に置いて勢力を築いてる」
「そうか、厄介なことになりそうな予感がするな。……で、その、あいつは?」
「ごめんね、わからないんだ。あれから手を尽くして探したんだけど……あの場で死んでなかったから、多分都に連れ去られたんだと思う」
「その先はわからず、か」
「うん……」
「……」
生け贄として送り込まれた少女のことを想いながら、久し振りに得た身体ですぅ、と大きく息を吸った。
冷たい空気が肺を満たす。
「世間は、今どうなってる」
「うーんそうだね、色々あったよ。ほら、色んな国の文化が入ってきて、まず服装がこんなに面白いことになってる。食べ物や文化、政治、建築、あとお酒だってだいぶ変わったよ」
首元から足元まできつそうな格好をした夜都賀は相変わらず青年の姿のまま、楽しそうにくるりと回った。
「……いつかさ、会えるといいね、あの子にも」
「生きている訳がないだろう」
「会えるよ。人間は転生するからね、ボク達と違って」
「そうだな……」
永く永く生きて、長く死んだ。
少し強かったり、人目を惹く姿をしているだけで、勝手に疎まれたり、恨まれたり、妬まれたり、恐れられて迫害される。
だから、自分を特別な目で見ない人間を好ましく思っていた。彼女のお陰で、つい人間に心を許してしまっていた。けれども、それが裏目に出た。
大切なものは、ほんのいくつかのものだけだ。
けれど、その大切なものも、指をすり抜けてすぐに無くなってしまう。
「せっかく生き返ったんだ。今度は大切なものだけを守りながら生きていくさ」
「そうだね、ボク達が安心して過ごせる場所をさ、作ろうよ。きっとまたみんな集まれるからさ」
仲間と楽しく生きて、彼女を探して、今度こそ最後まで幸せにしたい。
今回の生に望むのは、ただ、それだけだ。
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