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山と古酒
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真剣な顔をした伊吹くんの赤い瞳に吸い込まれそう。
そんな風に思ってしまいましたが、対等にお話をしようとしてくれているのに雰囲気に飲み込まれてぼんやりしてしまうのは失礼です。しっかりとしなくてはいけません。
夜都賀さんは、リラックスしたようなしっとりとした黒い瞳を向けてきます。
1人ならともなく、2人から注目されていると思うと緊張が高まります。でも、緊張しているからといって黙っているのは不誠実です。
頑張らなくては。私は伊吹くんの目を見返して、口を開きました。
「あの……夜都賀さんのお話、聞きたいです。なんで私があの夢を見るのか。どうして、夢の方の気持ちを理解できる気がするのか。知りたいんです。お願い、します」
うん、と頷いてから、夜都賀さんが話し始めました。
「まず前提として。人間はね、あやかしと違って輪廻転生を繰り返す存在なんだ。だから、甘祢ちゃんの魂は、過去の記憶をたくさん抱えているんだよ。そのうちの1つが、あの夢の主――ボク達と過ごしていた人物だった。普段は魂の奥にしまわれていて思い出せないだろうけど、きっときっかけがあって表層に出てきたんだね」
「人間は、ということは、夜都賀さんや伊吹くんは、輪廻転生はしないんですか?」
「うん。ボク達は元々人間なんだけど、産まれながらに特殊な能力を持っていてね。人間ではいられなかったみたいで生きているうちにあやかしへと変化したから、もう人間の魂にはもう戻れないんだ。死んでも輪廻転生から外れているから現世に留まって、力を溜めて同じ個体として復活するしか、また生きる方法は無いんだよ」
「なるほどです。ところでその、私の前世? の方のこと、もしよければ教えて貰えませんか?」
「いいよ~。あの子がいるだけで空気が明るくなったし、あの子が来てからイブキちゃんの女の子嫌いが直ったかと思ったもん。まぁ他の女の子は無理だったみたいで、通りがかりでも送り込まれて来ても追い払っちゃってたけどね」
「ああ……うん……ああ……」
伊吹くんは急に落ち着きがなくなって、視線をうろうろさせています。まるでさっきの私みたいで、少しだけ親近感を覚えてしまいます。
夜都賀さんが続けます。
「それとね、甘祢ちゃん。これは残念なお知らせかもしれないんだけど、キミからは僕達と同じ匂いがする。今回の生であやかしへと変化する可能性もあるかもしれない」
「え、ええ……何ででしょう? 私、特殊な能力も無いですし、ほんとうに何も持ってないんですけど……あえて言えば何も出来なさすぎて人間でいてはいけないとかそのくらいしか思い当たりません」
「自分を卑下しちゃダメだよ。何も出来ない、なんて本気で思っていても、大抵はその人の思い込みなんだから。それに甘祢ちゃんは持っているよ、能力。その甘い香り。僕らあやかしを酔わせるようなその香りはきっと……先祖代々積み重ねてきた業を背負って産まれてきてしまったんだね」
「業、ですか」
「うん。キミの家さ、生け贄を出す家系でしょ。キミが夢に見ている女性もそうだったからね」
「確かに……夢の中で、そんな会話をしていたような気がします」
私の顔をまじまじと見てから、夜都賀さんは優しい顔で、私の頭に手を置いてポンポン、と撫でてくれました。お兄さん、という存在がいたのなら、こんな感じなのかも、なんて思います。
「甘祢ちゃん。多分だけど、その血に縛られていたから、人間社会ではうまくいかないことが多かったでしょ。今まで、辛かったね。あやかしにとって魅力的な人間は、人間にとって異質だったりする。異質を気に掛けすぎたり、時に排除しようとするのは、人間にとっての本能でもあるから。仕方無いとはいえ、大変だよね」
きっと、元人間だという夜都賀さんも、伊吹くんも。そういうことがあったのでしょう。なんとなく、実感が籠もっています。
「まぁ親父はそれで人間に殺されてるからなー」
「そーそー。信頼してた人にね。すっごいショック。そのお陰でイブキちゃんの赤ちゃん時代見れなかったしさー」
……友達がいないだとか、周りから避けられがちだとか、それくらいで済んでいる私とは比べものにならない経験をされていました。何とコメントしていいのかわからなくなってしまいます。
複雑な心境の私をよそに、夜都賀さんは私に対しての言葉を続けます。頭を撫で続けながら。
「それにしても甘祢ちゃんは。あの子とも血が繋がってそうだし、顔も似てる。甘い香りはあの子より更に強いけど、おんなじだ。懐かしい気持ちになるね。久し振り、と言いそうなくらいには。ね。イブキちゃん」
「……」
夜都賀さんの言葉を受けた伊吹くんはじっと私を見たあと、目を逸らして無言で席を立って行ってしまいました。
「あ、あのっ……」
「待って、甘祢ちゃん」
伊吹くんを追いかけようとして立ちかけたところを、夜都賀さんに止められました。止められたことで少し冷静になって、追いかけて何を言おうと考えていたわけでもなかったと気が付いて、すとんと座り直します。
「すみません……私も頭の中がゴチャゴチャで。あの、#夜都賀__やつが__さん……あの、私、2年前に集落から街に出てきたんです。もううちの家業もおしまいにするからって、父に言われて追い出されるように」
「そうだね、もうそんな時代ではないから。出てきてよかったんじゃないかな。甘祢ちゃんみたいな妖力がつきはじめている状態の生け贄なんて捧げたら、捧げられた側のあやかしが力を付けすぎて、日本のパワーバランスが崩れてしまうしね」
「そういうものなのですね。正直よくはわからないんですけど、誰にも食べられないように気をつけます!」
「そうだね、産まれたばかりだったり下等なあやかしほど欲望を我慢出来ないから、今のままじゃすぐに食べられちゃうよ。これからはうちで匿うから、ボク達に守られていてくれると助かる」
「匿うって……もしかして、ここに住むということですか?」
「ははは、まさか。ボク達の住居は別にあるから、そこにおいでよ。部屋も余ってる」
「いいのでしょうか、そこまでしてもらって。でしたら私、精一杯働きますね」
「居てくれるだけでいいけどね。楽しく過ごしてもらえたらボクも嬉しいよ」
夜都賀さんと話していると少し気持ちが落ち着いてきます。すると、伊吹くんがグラスと、日本酒の瓶を持って戻って来ました。
「甘祢。さっきはバタバタしていたが……改めて、一緒に飲まないか?」
「イブキちゃん、彼女はまだ人間部分も濃いから、寝てないし疲れてる状態で飲ませるのはよくないよ」
「そうか……すまん、ただ、甘祢が覚えてるんだったら、果たさなきゃと思ったんだ。約束」
約束。
夢の中のワンシーンが蘇る。
『……わかりましたよ。じゃあひとつ、お願いがあります。来月、私の誕生日なんです』
『おう、何が欲しい?』
『こうして一緒にお酒を飲んで下さい。ほら、そこにあるもの、良いお酒なのでしょう。それとあなたのお誕生日も教えてください』
「……あっ……!」
「昨日誕生日だったんだろ。日付変わっちまったけど、祝わせてくれよ」
誕生日を祝われるのなんて、母親が生きていた、子供の頃以来です。嬉しい、という感情の前に勝手に涙が溢れてきて、頬を伝ってパタパタと落ちていきます。
「え、待ってくれよ、何で泣くんだ?」
焦る伊吹くんに、私は泣きながらも笑顔を作って答えました。
「あのね、嬉しいんです。私。こんな風に誰かと一緒に飲食店に入るとか、更にお祝いして貰うなんてそんなの初めてだから」
「ふふ、よかったね、イブキちゃん。甘祢ちゃん、どうぞ」
夜都賀さんが差し出してくれたハンカチで涙を拭うと、伊吹くんは私にグラスを渡して、瓶から透明な液体を注ぎました。少し尖ったような、でも甘酸っぱいような心地良い香りです。
「山で飲んだ酒、あるだろ。あれ作ってたとこと同じ場所にある酒造が出してる酒だ。今の時期は作りたての生酒がある。エネルギーが多いから、身体の回復にも役立つんだ」
「えー、ボクも飲む♪」
「勝手に飲め」
「入れてってばー」
渋い顔をしながらも伊吹くんは夜都賀さんのグラスにも液体を注いであげます。優しいです。
「じゃあ、甘祢ちゃんの誕生日を祝って~」
夜都賀さんがグラスを持ち上げたところで、カウンターの方にいたスパさんとエイコさんがやってきました。
「え、甘祢ちゃん誕生日なの? じゃあ一緒に乾杯しようよ!」
「自分も混ぜて下さいっス!」
なんだかんだで結局全員でテーブルを囲むことになりました。みんな笑顔です。なんだか嬉しくて、ちょっとむず痒いような気持ちです。
伊吹くんが立ち上がって、私の方を見ながらグラスを持ち上げます。
「それじゃ、甘祢の誕生日を祝って……」
「「「「かんぱーい!」」」」
皆の声が重なって、グラスがそっと触れあう音が気持ち良く響きます。
少し心配そうに私を見る伊吹くんと夜都賀さんの視線を感じながら、私は手に持ったグラスの中身を一気に飲み干しました。
甘い。熱い。弾けるような香りとエネルギーのようなものが身体の中に溢れて、溶けてしまいそうになります。でも、とても美味しくて、幸せな気持ちです。
「甘祢っ」
「甘祢ちゃん!」
驚いたような、伊吹くんと夜都賀さんの声がします。あぁ、私、目を瞑っていたのでした。それだけなのに心配されて申し訳ないです。安心させなければいけません。私はにっこりと笑顔を浮かべて、空になったグラスを2人に見せました。
「ふふ、美味しかった、です」
身体はホカホカと暖かくて、力が漲ってきたように感じます。
「……一気とは驚いたな」
「大丈夫? なんともない?」
伊吹くんと夜都賀さんに続いて、エイコさんとスパさんも声を掛けてきます。
「お酒、初めて飲むんスよね、大丈夫ッスか? 最初はちょっとずつのほうが……」
「甘祢ちゃん、その飲み方……最初に見たときから感じてはいたけど、やっぱりあやかしなの?」
「そうですね。私、もう人間じゃない気がしてきました! 皆さん、あやかし仲間として、改めてよろしくお願いしますね!」
酔ったのかもしれません。なんだか陽気な気分になって、明るく返事をしてみます。びっくりしたような顔をしているエイコさんとスパさんに、夜都賀さんは私のことを説明してくれました。2人は目をまん丸にしたり、私の方を見て納得したような顔をしたりしています。
「なぁ、甘祢。その……約束、果たせて嬉しかったよ」
「ありがとうございます。ところで私はあの夢の続きはまだ見れていないのですが、どうして約束は果たされていなかったのですか?」
「ん……その前に、オレ達殺されたんだ。人間にな。ま、でも復活したし気にしてねぇよ」
何かを思い出しているのか、少し寂しそうな表情の伊吹くんを見て、心がキュウとしてしまいます。
私は彼らと出会って、昨日までの私とは違う自分になりました。
仕事に追われて、今しか見れずに過ごしていました。過去や未来を意識することなんて、こんな機会がなければ、きっと無かったことでしょう。
だから、伊吹くんにも過去よりも未来を見て欲しいな、と思いました。
「ねぇ、伊吹くん。前世の私との約束、果たしてくれてありがとうございます。それで、もう一つお願いがあるんですけど」
「……お願い?」
「うん。過去のお話ではなくて、今のお話をしたいんです。聞いて、くれますか?」
「? ああ、もちろん。誕生日だしな、何か欲しいものがあるのか? 何でも言っていいぞ」
「じゃあ、現世の私とも、新しく約束をして欲しいです。……伊吹くんの誕生日……復活した日でもいいです、その日に、また一緒にこうしてお酒を、飲んでくれますか?」
いくらお酒を飲んでも顔が赤くならない伊吹くんの頬がみるみると真っ赤になっていきます。口をパクパクしていて、お返事は聞けないのですが、多分、伊吹くんなら受け入れてくれるんじゃないかな。そんな確信が、なぜだかわからないのですが私の中にありました。
「あ~、イブキちゃん、どーしたの? めちゃくちゃ嬉しそうじゃん♪」
「う、うるさい夜都賀!」
「あの、それで、伊吹くんのお誕生日はいつですか?」
「いつだったかな、えーと……」
「ねぇ、来月じゃなかったっけ。復活してしばらくは『イブキちゃんお誕生日祝わせてー』って言ってたけど、ずっと面倒くさがって避けられてるうちにボクも忘れかけてたよ」
「そうだったかもしんねぇな」
「やった、じゃあ決まりですね!」
ぽん、と手を打つと、夜都賀さんもぱちぱちと手を叩きます。
「え、なになに、お誕生日祝うとかすんの? 楽しそー!」
「自分の誕生日も祝って下さいっス! まだ先ですけど」
「いいですよ! じゃあ、お誕生日には毎回こうしてみんなで楽しくお祝いしましょう♪」
「やったっス!」
わいわいと賑やかな雰囲気の中、隣に座る伊吹くんが私に耳打ちしてきました。
「あのさ、甘祢……ありがと、な」
「ええ。あのね、約束、ですよ」
小指を立てて差し出すと、伊吹くんもぎこちなく小指を差し出してくれました。そっと絡ませて、指切りげんまんの動きをします。
「……ふふ」
「なんだよ」
「伊吹くんの手、暖かいなって」
「っ……」
急に指の温度が上がって、伊吹くんがそっぽを向いてしまいました。
「どうしたんですか?」
「なっ、何でもない!」
「あれあれイブキちゃん、どうしたのかな~? パパに教えてよ~」
「っざけんなクソ親父!」
もう外は昼近くなっているのだと思います。
現実なのか夢なのかよくわからないような今ですが、きっとこれは現実です。
私の未来はこの先にあるのでしょう。
私を受け入れてくれた目の前の彼らと、私はこの先生きていけることになりました。
きっと、とても楽しい毎日になるんだろうな、なんて思いながら、みんなのやり取りをニコニコとしながら見守ることにしました。
そんな風に思ってしまいましたが、対等にお話をしようとしてくれているのに雰囲気に飲み込まれてぼんやりしてしまうのは失礼です。しっかりとしなくてはいけません。
夜都賀さんは、リラックスしたようなしっとりとした黒い瞳を向けてきます。
1人ならともなく、2人から注目されていると思うと緊張が高まります。でも、緊張しているからといって黙っているのは不誠実です。
頑張らなくては。私は伊吹くんの目を見返して、口を開きました。
「あの……夜都賀さんのお話、聞きたいです。なんで私があの夢を見るのか。どうして、夢の方の気持ちを理解できる気がするのか。知りたいんです。お願い、します」
うん、と頷いてから、夜都賀さんが話し始めました。
「まず前提として。人間はね、あやかしと違って輪廻転生を繰り返す存在なんだ。だから、甘祢ちゃんの魂は、過去の記憶をたくさん抱えているんだよ。そのうちの1つが、あの夢の主――ボク達と過ごしていた人物だった。普段は魂の奥にしまわれていて思い出せないだろうけど、きっときっかけがあって表層に出てきたんだね」
「人間は、ということは、夜都賀さんや伊吹くんは、輪廻転生はしないんですか?」
「うん。ボク達は元々人間なんだけど、産まれながらに特殊な能力を持っていてね。人間ではいられなかったみたいで生きているうちにあやかしへと変化したから、もう人間の魂にはもう戻れないんだ。死んでも輪廻転生から外れているから現世に留まって、力を溜めて同じ個体として復活するしか、また生きる方法は無いんだよ」
「なるほどです。ところでその、私の前世? の方のこと、もしよければ教えて貰えませんか?」
「いいよ~。あの子がいるだけで空気が明るくなったし、あの子が来てからイブキちゃんの女の子嫌いが直ったかと思ったもん。まぁ他の女の子は無理だったみたいで、通りがかりでも送り込まれて来ても追い払っちゃってたけどね」
「ああ……うん……ああ……」
伊吹くんは急に落ち着きがなくなって、視線をうろうろさせています。まるでさっきの私みたいで、少しだけ親近感を覚えてしまいます。
夜都賀さんが続けます。
「それとね、甘祢ちゃん。これは残念なお知らせかもしれないんだけど、キミからは僕達と同じ匂いがする。今回の生であやかしへと変化する可能性もあるかもしれない」
「え、ええ……何ででしょう? 私、特殊な能力も無いですし、ほんとうに何も持ってないんですけど……あえて言えば何も出来なさすぎて人間でいてはいけないとかそのくらいしか思い当たりません」
「自分を卑下しちゃダメだよ。何も出来ない、なんて本気で思っていても、大抵はその人の思い込みなんだから。それに甘祢ちゃんは持っているよ、能力。その甘い香り。僕らあやかしを酔わせるようなその香りはきっと……先祖代々積み重ねてきた業を背負って産まれてきてしまったんだね」
「業、ですか」
「うん。キミの家さ、生け贄を出す家系でしょ。キミが夢に見ている女性もそうだったからね」
「確かに……夢の中で、そんな会話をしていたような気がします」
私の顔をまじまじと見てから、夜都賀さんは優しい顔で、私の頭に手を置いてポンポン、と撫でてくれました。お兄さん、という存在がいたのなら、こんな感じなのかも、なんて思います。
「甘祢ちゃん。多分だけど、その血に縛られていたから、人間社会ではうまくいかないことが多かったでしょ。今まで、辛かったね。あやかしにとって魅力的な人間は、人間にとって異質だったりする。異質を気に掛けすぎたり、時に排除しようとするのは、人間にとっての本能でもあるから。仕方無いとはいえ、大変だよね」
きっと、元人間だという夜都賀さんも、伊吹くんも。そういうことがあったのでしょう。なんとなく、実感が籠もっています。
「まぁ親父はそれで人間に殺されてるからなー」
「そーそー。信頼してた人にね。すっごいショック。そのお陰でイブキちゃんの赤ちゃん時代見れなかったしさー」
……友達がいないだとか、周りから避けられがちだとか、それくらいで済んでいる私とは比べものにならない経験をされていました。何とコメントしていいのかわからなくなってしまいます。
複雑な心境の私をよそに、夜都賀さんは私に対しての言葉を続けます。頭を撫で続けながら。
「それにしても甘祢ちゃんは。あの子とも血が繋がってそうだし、顔も似てる。甘い香りはあの子より更に強いけど、おんなじだ。懐かしい気持ちになるね。久し振り、と言いそうなくらいには。ね。イブキちゃん」
「……」
夜都賀さんの言葉を受けた伊吹くんはじっと私を見たあと、目を逸らして無言で席を立って行ってしまいました。
「あ、あのっ……」
「待って、甘祢ちゃん」
伊吹くんを追いかけようとして立ちかけたところを、夜都賀さんに止められました。止められたことで少し冷静になって、追いかけて何を言おうと考えていたわけでもなかったと気が付いて、すとんと座り直します。
「すみません……私も頭の中がゴチャゴチャで。あの、#夜都賀__やつが__さん……あの、私、2年前に集落から街に出てきたんです。もううちの家業もおしまいにするからって、父に言われて追い出されるように」
「そうだね、もうそんな時代ではないから。出てきてよかったんじゃないかな。甘祢ちゃんみたいな妖力がつきはじめている状態の生け贄なんて捧げたら、捧げられた側のあやかしが力を付けすぎて、日本のパワーバランスが崩れてしまうしね」
「そういうものなのですね。正直よくはわからないんですけど、誰にも食べられないように気をつけます!」
「そうだね、産まれたばかりだったり下等なあやかしほど欲望を我慢出来ないから、今のままじゃすぐに食べられちゃうよ。これからはうちで匿うから、ボク達に守られていてくれると助かる」
「匿うって……もしかして、ここに住むということですか?」
「ははは、まさか。ボク達の住居は別にあるから、そこにおいでよ。部屋も余ってる」
「いいのでしょうか、そこまでしてもらって。でしたら私、精一杯働きますね」
「居てくれるだけでいいけどね。楽しく過ごしてもらえたらボクも嬉しいよ」
夜都賀さんと話していると少し気持ちが落ち着いてきます。すると、伊吹くんがグラスと、日本酒の瓶を持って戻って来ました。
「甘祢。さっきはバタバタしていたが……改めて、一緒に飲まないか?」
「イブキちゃん、彼女はまだ人間部分も濃いから、寝てないし疲れてる状態で飲ませるのはよくないよ」
「そうか……すまん、ただ、甘祢が覚えてるんだったら、果たさなきゃと思ったんだ。約束」
約束。
夢の中のワンシーンが蘇る。
『……わかりましたよ。じゃあひとつ、お願いがあります。来月、私の誕生日なんです』
『おう、何が欲しい?』
『こうして一緒にお酒を飲んで下さい。ほら、そこにあるもの、良いお酒なのでしょう。それとあなたのお誕生日も教えてください』
「……あっ……!」
「昨日誕生日だったんだろ。日付変わっちまったけど、祝わせてくれよ」
誕生日を祝われるのなんて、母親が生きていた、子供の頃以来です。嬉しい、という感情の前に勝手に涙が溢れてきて、頬を伝ってパタパタと落ちていきます。
「え、待ってくれよ、何で泣くんだ?」
焦る伊吹くんに、私は泣きながらも笑顔を作って答えました。
「あのね、嬉しいんです。私。こんな風に誰かと一緒に飲食店に入るとか、更にお祝いして貰うなんてそんなの初めてだから」
「ふふ、よかったね、イブキちゃん。甘祢ちゃん、どうぞ」
夜都賀さんが差し出してくれたハンカチで涙を拭うと、伊吹くんは私にグラスを渡して、瓶から透明な液体を注ぎました。少し尖ったような、でも甘酸っぱいような心地良い香りです。
「山で飲んだ酒、あるだろ。あれ作ってたとこと同じ場所にある酒造が出してる酒だ。今の時期は作りたての生酒がある。エネルギーが多いから、身体の回復にも役立つんだ」
「えー、ボクも飲む♪」
「勝手に飲め」
「入れてってばー」
渋い顔をしながらも伊吹くんは夜都賀さんのグラスにも液体を注いであげます。優しいです。
「じゃあ、甘祢ちゃんの誕生日を祝って~」
夜都賀さんがグラスを持ち上げたところで、カウンターの方にいたスパさんとエイコさんがやってきました。
「え、甘祢ちゃん誕生日なの? じゃあ一緒に乾杯しようよ!」
「自分も混ぜて下さいっス!」
なんだかんだで結局全員でテーブルを囲むことになりました。みんな笑顔です。なんだか嬉しくて、ちょっとむず痒いような気持ちです。
伊吹くんが立ち上がって、私の方を見ながらグラスを持ち上げます。
「それじゃ、甘祢の誕生日を祝って……」
「「「「かんぱーい!」」」」
皆の声が重なって、グラスがそっと触れあう音が気持ち良く響きます。
少し心配そうに私を見る伊吹くんと夜都賀さんの視線を感じながら、私は手に持ったグラスの中身を一気に飲み干しました。
甘い。熱い。弾けるような香りとエネルギーのようなものが身体の中に溢れて、溶けてしまいそうになります。でも、とても美味しくて、幸せな気持ちです。
「甘祢っ」
「甘祢ちゃん!」
驚いたような、伊吹くんと夜都賀さんの声がします。あぁ、私、目を瞑っていたのでした。それだけなのに心配されて申し訳ないです。安心させなければいけません。私はにっこりと笑顔を浮かべて、空になったグラスを2人に見せました。
「ふふ、美味しかった、です」
身体はホカホカと暖かくて、力が漲ってきたように感じます。
「……一気とは驚いたな」
「大丈夫? なんともない?」
伊吹くんと夜都賀さんに続いて、エイコさんとスパさんも声を掛けてきます。
「お酒、初めて飲むんスよね、大丈夫ッスか? 最初はちょっとずつのほうが……」
「甘祢ちゃん、その飲み方……最初に見たときから感じてはいたけど、やっぱりあやかしなの?」
「そうですね。私、もう人間じゃない気がしてきました! 皆さん、あやかし仲間として、改めてよろしくお願いしますね!」
酔ったのかもしれません。なんだか陽気な気分になって、明るく返事をしてみます。びっくりしたような顔をしているエイコさんとスパさんに、夜都賀さんは私のことを説明してくれました。2人は目をまん丸にしたり、私の方を見て納得したような顔をしたりしています。
「なぁ、甘祢。その……約束、果たせて嬉しかったよ」
「ありがとうございます。ところで私はあの夢の続きはまだ見れていないのですが、どうして約束は果たされていなかったのですか?」
「ん……その前に、オレ達殺されたんだ。人間にな。ま、でも復活したし気にしてねぇよ」
何かを思い出しているのか、少し寂しそうな表情の伊吹くんを見て、心がキュウとしてしまいます。
私は彼らと出会って、昨日までの私とは違う自分になりました。
仕事に追われて、今しか見れずに過ごしていました。過去や未来を意識することなんて、こんな機会がなければ、きっと無かったことでしょう。
だから、伊吹くんにも過去よりも未来を見て欲しいな、と思いました。
「ねぇ、伊吹くん。前世の私との約束、果たしてくれてありがとうございます。それで、もう一つお願いがあるんですけど」
「……お願い?」
「うん。過去のお話ではなくて、今のお話をしたいんです。聞いて、くれますか?」
「? ああ、もちろん。誕生日だしな、何か欲しいものがあるのか? 何でも言っていいぞ」
「じゃあ、現世の私とも、新しく約束をして欲しいです。……伊吹くんの誕生日……復活した日でもいいです、その日に、また一緒にこうしてお酒を、飲んでくれますか?」
いくらお酒を飲んでも顔が赤くならない伊吹くんの頬がみるみると真っ赤になっていきます。口をパクパクしていて、お返事は聞けないのですが、多分、伊吹くんなら受け入れてくれるんじゃないかな。そんな確信が、なぜだかわからないのですが私の中にありました。
「あ~、イブキちゃん、どーしたの? めちゃくちゃ嬉しそうじゃん♪」
「う、うるさい夜都賀!」
「あの、それで、伊吹くんのお誕生日はいつですか?」
「いつだったかな、えーと……」
「ねぇ、来月じゃなかったっけ。復活してしばらくは『イブキちゃんお誕生日祝わせてー』って言ってたけど、ずっと面倒くさがって避けられてるうちにボクも忘れかけてたよ」
「そうだったかもしんねぇな」
「やった、じゃあ決まりですね!」
ぽん、と手を打つと、夜都賀さんもぱちぱちと手を叩きます。
「え、なになに、お誕生日祝うとかすんの? 楽しそー!」
「自分の誕生日も祝って下さいっス! まだ先ですけど」
「いいですよ! じゃあ、お誕生日には毎回こうしてみんなで楽しくお祝いしましょう♪」
「やったっス!」
わいわいと賑やかな雰囲気の中、隣に座る伊吹くんが私に耳打ちしてきました。
「あのさ、甘祢……ありがと、な」
「ええ。あのね、約束、ですよ」
小指を立てて差し出すと、伊吹くんもぎこちなく小指を差し出してくれました。そっと絡ませて、指切りげんまんの動きをします。
「……ふふ」
「なんだよ」
「伊吹くんの手、暖かいなって」
「っ……」
急に指の温度が上がって、伊吹くんがそっぽを向いてしまいました。
「どうしたんですか?」
「なっ、何でもない!」
「あれあれイブキちゃん、どうしたのかな~? パパに教えてよ~」
「っざけんなクソ親父!」
もう外は昼近くなっているのだと思います。
現実なのか夢なのかよくわからないような今ですが、きっとこれは現実です。
私の未来はこの先にあるのでしょう。
私を受け入れてくれた目の前の彼らと、私はこの先生きていけることになりました。
きっと、とても楽しい毎日になるんだろうな、なんて思いながら、みんなのやり取りをニコニコとしながら見守ることにしました。
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