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第五章

第二話 おはなし

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「おら、さっさと話してさっさと帰れ」

 とにかく早く追い返したくてそう言うと、ユキは一度、緊張を和らげるように目をつむって呼吸すると、四白眼になって。

「かっかっかっ。そんなに早く帰ってほしいんなら、こっちもさっさと話して終わらせてやるよ」
「そっちで話すのかよ」
「どの性格になろうがわたしの勝手だろ。気にすんな」

 座り方も正座からあぐらに変わる。

「がさつだな。パンツ見えそうだぜ」
「かっかっかっ。何をいまさら。もう見たことあるじゃねえか、この前の戦いの時に」

 サフィが片眉をぴくりとさせたが、特に口を挟もうとはしてこなかった。

「だからもう恥ずかしくありませんってか。まあどうでもいいか。で? 話ってのは?」
「なんてこたあねえ。てめえの実力を見込んで、てめえにゾディアックを潰してほしいだけだ」

 …………。は?

「かっかっかっ。顔が固まってるぜ、らしくねえな」
「……てめえが意味不明なことを言うからだろうが。どうして俺がゾディアックの連中を潰す必要がある?」
「厳密には、あの学園におけるゾディアックっていう特待制度を潰してほしい、だな。引いては……おっと、これはまだ言えねえことだった」

 口元を拭う仕草をするように、ユキが口元に片腕を持っていく。

「なおさら意味が分からねえな。ゾディアックなんか潰して何になる? そもそもだ。ゾディアックに関わるなって、前に言ってきたことを忘れてんのか?」
「理由があんのさ。部外者には話せねえような理由がな。まあ、答えはいま決めなくてもいい。とにかく考えておいてくれ」

 そこでユキはまた一旦目をつむって、四白眼から元に戻る。座り方もあぐらから正座に戻して。

「一つ目のお話は以上です。それでもう一つあるんですけど……」
「今度はそっちかよ。忙しい奴だな」
「さっきも言いましたが、どちらになるかはわたしの勝手です。……それでお話ですけど、わたしがあのワイバーンを助けようとした理由です」
「はあ? どうでもいい、そんなこと」
「そんなことはないはずです。ワイバーンの記憶を見る前の、あの段階ではまだあのワイバーンの正体については分かりませんでした。レインさんの言っていた通り、街を破壊する可能性も否定は出来ませんでした」
「…………」
「それでもわたしが助けようとしたのは、あのワイバーンが怪我をしたことには何かしらのやむを得ない事情があると思ったからでした」
「悪さをしていたせいで討伐されそうになった、とは違うって意味でか?」
「はい。ワイバーンを含むドラゴン種族は知能が高く、また誇り高い種族でもあります。一部の例外はもちろんありますけど、その多くは無闇に人間や、その街を襲おうとはしません。だから……」
「助けようとした」
「はい」

 ユキはうなずく。

「確かに軽率な判断と行動かもしれませんが、それでもわたしは、そうしたかったんです」
「ふん。結果的にはそれが正しかったがな」
「…………、あくまで結果論です。もしかしたらあなたのほうが正しかったかもしれません。いまさらですが、どちらか分からない段階では、きちんと様子を見たり調べたりする必要があったと、少し反省しています」

 そこまで話して、ユキは口を閉ざして沈黙する。ややあって。

「……お話は以上です。ゾディアックの件、とにかく考えておいてください。あと、最後に、サフィさんから聞いたんですけど、あのワイバーンを私利私欲で倒そうとした人達をこらしめたそうですね」
「さあな」
「…………。わたしからこう言うのはおかしいかもしれませんが、ありがとうございます。あのワイバーンはそのことを聞いて、最早どうでもいいことだ、と言ってましたけど」
「はっ。仮に、奴らを潰したのが俺だったとしても、あんな面倒なトラブルのきっかけを作りやがったことに対してムカついたからだ。てめえに礼を言われる筋合いはねえ」
「それでも、です。……それでは、わたしはこの辺でおいとまさせていただきます」

 ユキが立ち上がると、サフィも腰を浮かせながら。

「それじゃあ、わたしも帰ろうかしら。ごちそうさま」

 そうして二人は部屋から出ていった。

「ちっ」

 サフィのやろう、結局食うだけ食って帰りやがった。
 何のために来やがったんだ、あのやろう。

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