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第二部 炎魔の座

第百二十六話 サーベルライガー

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「流石稀少種のサーベルライガーなだけはある。ただの斬撃波では容易に避けるか」



 グレンが言う。ベルの魔物種族を知っているらしい。

 サーベルライガー……聞いたことがある。絶滅が間近に迫っている魔物の一種であり、高い身体能力と強力な爪牙を持つ魔物だ。まさかフリートの部下にいるとは……。

 そしてベルの眼前にグレンが見えてくる。ベルは前足に魔力をまとうと、魔力で生成した鋭利な爪でグレンへと飛び掛かった。



「……ちっ」



 舌打ちをしたグレンが爪の一撃を避けて、黒剣を振り抜く。しかしベルは素早くそれを避けると、即座にグレンから距離を取った。一撃離脱、奴の間近に居続けるのは危険だと本能的に察したのだろう。

 グレンもまた、いまの斬撃には大した魔力が込められていなかった。ベルの背に乗る俺を警戒して、余計な魔力分散を抑えているんだ。



「僕を忘れるな! グレン!」



 巨大な紅い鳥……フェンの背に乗ったサムソンがグレンの頭上へと飛び降りながら、氷の属性を宿した剣で斬りかかる。サムソンはさっき落下していたが、フェンが拾い上げたのだろう。



「……邪魔者が……」



 サムソンの斬撃を、グレンは黒剣で受け止める。その剣身にはやはり魔力がまとわれていない。……が、胆力だけでグレンは撥ね除けて、弾かれたサムソンは空中でバック転すると俺達のそばへと着地した。



「再起したのか、シャイナ」

「ああ、ライースとザイのおかげでなんとかな」

「……悔しいが、グレンが一番警戒しているのは君のようだ。奴の言う通り、僕は奴に掠り傷一つ負わせられていない」



 グレンは無駄な魔力を使っていない。それまでの傲慢さが嘘のように、俺の動向……存在そのものに細心の注意を払っていた。



「どうやらグレンとの決着で鍵を握るのは、君の光魔法らしい。……ミストルテインは後何回使える?」

「……できて一回だな。通常のミストルテインなら、だが」



 魔力を込めたり呪文詠唱による強化や指向性の付加などはできないだろう。この一回を使ったとき、俺は完全に役立たずになる。

 だからこそ、グレンは俺にその一回を無駄撃ちさせに来る。もしくは他の光魔法を使わせて、ミストルテインを使えるだけの必要最低魔力を下回るように削ってくる。



「グレンは君に無駄撃ちさせるように、釣りの行動をしてくる」

「分かってる」



 さっきのベルへ向けた斬撃波もそれだろう。



「君はいま、ここにいるだけで奴にとっての脅威となっている」

「それも分かってる」

「なら、君の役割も分かっているな?」

「…………」



 返答しない俺に、サムソンは、



「……ふん」



 と鼻を鳴らした。



「まさか君とまた共闘することになるとはな」

「……フリートの魔物の軍勢のとき以来だな」

「右腕はないようだが、血は止まっているのか?」

「大丈夫だ。魔力をまとって止血した」

「使い過ぎるなよ」

「分かってる。そのうち血も固まる」



 さっきから分かってるって言ってばっかだな。

 俺達が会話している間、グレンは追撃をしてこようとはしていない。俺達の会話は聴力を強化することで聞こえていたと思うが……奴もまた今後の戦術について思考しているのだろう。

 頭上にはフェン、地上には俺とサムソンとベル……数的にはこちらが多いが、グレン相手にそれは意味を成さない。奴を斃すには、一撃で頭か心臓を貫かなければいけない。

 そのとき、グレンが口を開いた。おそらくだが、戦術がまとまったのだろう。



「どうした? 来ないのか?」



 挑発。やはり奴は俺に魔力を使わせようとしている。この挑発に乗るわけにはいかない。



「来ないのなら、こちらから行かせてもらうぞ!」



 グレンが俺達へと飛び出してくる。俺とサムソンは地面を蹴り、左右に分かれた。グレンもまた地面を蹴ると、俺へと向かってくる。

 奴の狙いは俺ということだ。ミストルテインを使える俺がいなくなれば、この戦いに勝ったも同然だからだ。



「ベル、奴との接近戦は不利だ。距離を取ってくれ」



 ベルが低く唸る。言われなくてもそうするつもりだ、と言ったのだろう。ベルは四足に魔力をまとって、いままでよりもさらにスピードを上げた。

 グレンとの距離を保つために、ときに右へ曲がり左へ曲がっていく。その度に奴も同じように曲がり、あとを追ってくる。

 魔力を温存しているのか、いままでのような遠距離攻撃は仕掛けてこない。撃っても、どうせ避けられるだけだと思っているのか。

 そのおかげか、付かず離れずの距離を維持できている……が、なにかおかしい。あまりにもなにもしてこなさすぎる。まるで、なにかが訪れる機会を待っているかのようだ。



「グレン! くらえ!」



 サムソンがいくつもの風の刃を作り出してグレンへと撃ち出した。しかしグレンは自身のスピードをまったく落とすことなく、迫りくる風刃をことごとく避けていく。



「これならどうだ!」



 ただグレンのあとを追って撃ち出しても駄目だと判断したサムソンが、今度は奴の進む少し先へと風刃を撃っていく。その戦法自体は間違っていない……相手がグレンということ以外は。



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