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第二部 炎魔の座

第百十八話 奴が来る

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 奴へと手をかざしていたトリンが強い声で言い放つ。



「そんなもんいらないっ! おまえはみんなのっ、アカとワムとフェンとベルの仇だっ!」



 アカ以外の名前を、俺は知らない。しかし察しはついた。おそらくアカとともに戦い、そしてグレンに敗れた魔物達のことだ。

 ライースが肩をすくめる。



「まあ、ついさっき抹殺するとか言われたのに、いまさらまた協力するとかないわな」

「だな」



 その言葉にザイもまた同意した。

 決意を込めてトリンがグレンへと言い放つ。



「あたしがおまえをやっつけるんだっ! 引き千切れるまで締め上げろっ、『チェーンバ……」

「弱いな。斬るまでも焼くまでもない」



 バギィンッ! グレンを拘束していた鎖の群れが粉々に破壊される。そのなかから再度姿を見せる奴の身体には、紅蓮の魔力がまとわれていた。

 魔力による身体強化。グレンはその基本的な技術だけで、トリンの鎖を破壊したのだ。



「瞬身斬」



 一瞬にしてグレンの姿が視界から消える。俺はみんなに叫んだ。



「気を付けろ! 奴が来るぞ! ……っ⁉」

「……シャ、シャイナ……っ」



 エイラの胸、心臓の辺りから純黒の剣身が伸びていた。赤く染まる純黒の剣とエイラが立つ地面、そしてその傷口と口から血がこぼれていた。



「エイラっ⁉」

「この女がお前やフリートやその他の者達を治していったのだろう? 切断した首すら繋げて生かす奴など、真っ先に屠らなければならんからな」



 グレンが剣を引き抜き、エイラが地面に倒れる。瞬間的に頭が沸騰した俺は奴へと迫っていた。



「テメエッ!」

「……無闇に突っ込んではいけませんシャイナさま……!」



 殴りかかろうとした俺の拳が空を切る。次の瞬間にはグレンはヨナの背後へと出現していて、彼女の身体を漆黒の炎で燃え上がらせた。



「ヨナっ⁉」

「…………っ⁉」



 俺が叫ぶと同時にヨナの身体が地面に崩れ落ちていく。フリートが全員に叫んだ。



「総攻撃しろ! 手加減するな!」



 フリートの魔力塊、トリンの鎖、ライースの氷の槍、ザイの土の斧、サラの魔力矢。みんなの攻撃がグレンへと襲い掛かるが、それらが直撃する寸前で、奴の姿がまた消える。

 攻撃群が着弾して、サラが、



「やったか⁉」



 そう言うが、すぐさまライースが叫んで返答した。



「いやまだだ! あの野郎避けやがった! どこに行っ」



 俺は瞬身斬で瞬間的に移動し、トリンの背後へと回り込んでいたグレンの、彼女の首を絞め上げようとしていた魔力のこもった腕を掴み止める。



「させるかよ!」

「ほう、俺の動きを目で追って、ついてこれるか」

「トリン! いまのうちにエイラの傷を縫合してくれ!」



 トリンが俺とグレンから跳び離れながら。



「もうやってる! でも……っ」

「ならエイラとヨナを連れて離れるんだ! 生きてさえいればエイラなら……っ!」



 即死じゃなければ、エイラはどんな傷でも治せる。自分の傷もまた、時間は掛かるとしても……っ。そしてエイラが治れば、ヨナの火傷も……。

 ヨナを焼いていた炎は既に消えていた。彼女は自身が使っていた影のように丸焦げになっていた。かつての召し使いのクロのように、さっきまでのフリートのように。



「……っ」



 トリンが魔力糸を使ってヨナとエイラの身体を運び上げて、俺が言ったように遠くへと離れていこうとする。エイラの傷がどれくらいの時間で治るか分からないが、とにかく……っ。



「そんなにあいつらが大事か? つまりお前は傷を治せないということだな」



 グレンが不敵な顔をする。こいつはライースとザイと協力していたから、その二人が回復魔法を使えないことを知っている。フリートとサラに関しても、炎魔源を争奪していた以上、他の魔法と契約していないであろうことも分かっている。

 つまり、こいつに俺達の手のうちは知られているし、いま重傷を負えば治療できずに死ぬことも理解されている。戦況は圧倒的に不利だった。



「その手を離すなよ」



 フリートがいままでよりもさらに巨大な魔力塊を作っていた。おい待てまさか……⁉ 俺の予想を裏切ることなく、フリートがその魔力塊を撃ち出してくる。



「正しい判断だ。敵は討てる時に仕留める。例え味方を巻き添えにしてでもな」



 その魔力塊へと、つまりは間にいる俺へと、グレンがもう一方の手をかざす。おいおい冗談だろ……っ! こんな間近で直撃すれば……っ。



「防御と攻撃を同時におこなう。実に効率的だな」



 グレンが巨大な炎塊を撃ち出そうとする直前で、俺は慌てて奴の手を離して、地面へと飛び込むようにして転がっていく。直後、目前で巨大な魔力塊と炎塊がぶつかり合った。

 一秒か長くても二秒くらいだろう、瞬間的に拮抗した二つの塊だったが、炎塊が魔力塊を飲み込んでフリートへと迫っていく。それを奴は横に跳んで避けた。



「チッ、駄目だったか」

「駄目だったか、じゃねえ! 俺まで死ぬところだったじゃねえか!」

「ふん、貴様一人の命で奴を殺せるのなら安いものだ」

「テメエ……」



 俺を無視してフリートがサラ達に言う。自身も次の魔力塊を作りながら。



「貴様ら、何をボサッとしている、早く追撃しろ。奴がまた消えてからでは遅い」



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