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第二部 炎魔の座

第百二話 いくらでも連れていけ

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 エイラがいなければ、とっくの昔にサラは死んでしまっていただろう。



「……エイラは本当に凄い奴だからな。俺も何度も助けられてきた」

「うむ。我が魔導士団に欲しいくらいだ。治癒魔法に関してならば、私よりも遥かに上だろう。……そのエイラどのが治せなかった病気を、私が治療するのか……」

「…………、ウィズにも治せない病気なのか?」



 だとしたら、かなりやばいことになる。いまから他の魔法使いや薬を探していたら、サラはもたないかもしれない。グレンにも見つかる危険性もある。



「いや、幸運なことに、ここに記されている感染症を治せる治癒魔法を私は使える。そのサラどのは助けられるだろう」

「……そうなのか」



 ほっ、良かった……俺は心中で安堵した。なんかできなさそうな雰囲気を出していたから不安になっていたぞ。

 しかしウィズは続けてこうも言ってきた。



「問題があるとすれば、他の者達が何と言うか、だな。騎士団や魔導士団の皆に関しては大丈夫だろうが、政務を担当する者達、特に対外政務のイロウは反対するかもしれない」

「…………」



 イロウ……確か、この前会った執事みたいな身なりをした年配の男のことか。ウィズは整った顎に手を当てて、思案するようにしながら言ってくる。



「だからといって、無断でここを離れるわけにもいかないだろう。もしそれが奴らに知られれば、魔導士団の立場を危うくしかねない」

「…………」

「……いや、すまない。人命が懸かっているのに、このようなことを言ってしまって。自分勝手な言葉だったな」

「……気にしなくていいさ。ウィズだって色々と難しい立場で、いきなり来て大変なことを言っているのは俺のほうなんだ」



 こちらを気にかけてきたウィズに、俺はそう返しながら。



「だけど、助けてほしいのも確かなことなんだ。そのイロウや政務の奴らには、俺からも頭を下げるべきだろうな。俺がお願いしていることなんだから」

「シャイナ……」



 ウィズがなにか言おうとしてくる。おそらく俺をフォローする言葉かもしれない。しかし彼女がそれを言う前に、唐突に部屋のドアが開いて鷹揚とした声が室内に届いてきた。



「その必要はないぞ、帝国を救った英雄どの。ウィズならいくらでも連れていけ。皆には私から言っておこう」



 聞いたことのある、穏和と貫禄の雰囲気をまとった声音。振り返ると、そこにはこの帝国を統べる皇帝が立っていた。



「へ、陛下……⁉」



 いつも冷静沈着なウィズが珍しく驚いた声を上げて、慌てて床に片膝をつけてかしこまる。



「ど、どうしてこのようなところに……⁉ いまは政務の者達との会議を終えて休憩中だったはずでは……⁉」

「なに、かの英雄どのがいままた訪問してきたとの報告を受けてな。なにかしら切羽詰まったような感じだったというし、気になって来てみたのじゃよ。退屈な話ばかりされていて飽き飽きしていたしの」

「そ、そうでしたか……っ。事前に仰ってくだされば私が彼を陛下の元までお連れしたのですが……っ。わざわざ陛下自らご足労いただかなくても……」

「気にするな。私の我儘に英雄どのの足を煩わせるほうが失礼じゃ。医者にも適度な運動を勧められているしの、椅子に座ってばかりでは駄目ですよ、とな。わっはっはっ」



 最初に会ったときからそうだったが、この皇帝は普通に気さくなおっさんで、俺は気を張らなくて助かる。ウィズ達は常にハラハラしているだろうが。



「それに私一人でもないしの。連れもいる」

「は……?」



 ウィズが顔を上げて皇帝がいるドアのほうを見る。ドアと皇帝の陰に隠れて分かりにくかったが、一人の女が皇帝の後ろにいた。いや、敢えて隠れていたのか?

 皇帝が後ろを向いて、その女に言う。



「ほれ、お前もいつまでも黙ってないで一言挨拶くらいせんか。自分からついてくると言ったんじゃろうが」

「は、はい……」



 おしとやかな様子で、あるいはおずおずとした感じで、その女が前に出てくる。顔がはっきりと分かると、その女にも前に会ったことを思い出した。確か、皇帝の娘、だったはずだ。

 前に皇帝は気の強い娘だと言っていた気がするが、実は案外人見知りなのだろうか、その女はもじもじと恥ずかしそうにしながら口を開く。



「お、お久し振りです、英雄さま……私を覚えていらっしゃいますか……?」

「ああ、確か皇帝の娘だろ?」



 勲章授与の式典の真っ最中に皇帝から見合いの話を持ち掛けられたんだ、そうそう忘れないだろう。



「えっと、名前は確か……」



 女の名前を思い出そうとして……あれ? そういやまだ彼女の名前を聞いていなかったな。いや帝国にいるのに、その皇帝の娘の名前を知らないとか、自分でもどうかと思うが。



「~~~~っ」



 そのとき、なんか声にならない声を出すようにして、顔を両手のひらで覆い隠すようにしながら皇帝の娘は部屋から出ていってしまった。廊下を駆けていく足音を呆れたように見送りながら、皇帝が溜め息をこぼす。



「……はあ……やれやれ。娘にも困ったものだな」



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