上 下
186 / 235
第二部 炎魔の座

第九十八話 手加減できない

しおりを挟む
 
 下衆なエフィルの笑い声もまた聞こえてくる。


「しっしっしっ! 死んだ! まさか一度に二人も、この戦のライバルを二人も葬れるとはの! 僥倖! 僥倖じゃ!」


 本当に心底から悦んでいるのだろう、その声はいままでになく甲高く、そして俺には耳障りに感じられた。俺はユラリと立ち上がり、両手のひらのさきに小さな魔法陣を描き出す。


「……まだだ……まだ死んだと決まったわけじゃねえ……」
「おや、何か言ったかのう、死に損ないが。心配せんでも、お主もすぐに後を追わせて」


 うるさい声は無視した。俺は足に力を込めて地面を蹴ると、一瞬でゾンビ共の元へと迫って、両手に握った光の剣で奴らを瞬殺していく。いやゾンビはすでに死んでいるから再殺といったほうが正しいか。
 どっちでもいいな。


「何……⁉ お主……⁉」


 一瞬後。俺の足元には大量のゾンビ共が転がっていた。それとともにサラとフリートの身体も横たわっている。フリートの周りは血だまりができていて、サラはゾンビの感染症で全身が深緑色に変色していた。
 どちらもいまにも死にそうな虫の息だが……まだ生きている。そう、まだ生きているんだ。
 俺は両手を握り込み、光の剣をただの光へと変質させていく。その光に渾身の魔力を、奴を一撃で跡形もなく消滅させられるほどの魔力を込めていく。


「お、お主⁉ その力は⁉ いままでは手を抜いていたというのか⁉」
「……巻き添えにしちまうんだよ……俺が全力を出すと、仲間もろともな……」


 手を抜いていたわけではない……いや、敵にしてみればそう映っても仕方がない。ずっと前にサムソンに指摘されて、いままで行動を共にした仲間達が巻き添えになるのを目の当たりにして、いつの間にか無意識のうちに自分でも力をセーブしていたんだ。
 いまはもうその必要がなくなった。それだけのことだった。


「グッ、殺られてなるものか! こんな所で! 炎魔源を手に入れるのはワシなんじゃ!」


 転移魔法で逃走するためだろう、奴が上空に展開していたシキガミを消滅させる。一瞬にして周囲に張り巡らされていた結界が解かれていき、奴が足元に魔法陣を出現させた。


「逃がすわけねえだろ」
「ッ⁉」


 瞬き一回の間に、俺はエフィルの目前へと迫っていた。普段ならできない挙動……以前、一緒にいた仲間が不意打ちを食らってやられたときに、俺が激昂したときに、同じ挙動ができたことがあったな……。
 まあ、どうでもいいか。いまは、こいつを仕留めるだけだ。


「悪いが、いまは手加減できない。この世から消えてなくなれ」
「お、おの……⁉」
「『ミストルテイン』」


 奴へとかざした手から、視界を埋め尽くす眩い光を放つ。光は森を満たし、空を覆い、辺り一帯を白の世界に染め上げた。
 そして光がやんだとき、目の前には向こう数十、いや数百メートルかもしれない、ミストルテインが木々を吹き飛ばした痕跡が残っているだけでエフィルの姿は影も形も消滅していた。


「…………」


 俺は振り返り、二人の元へと急ぐ。エフィルは倒したが、それで終わりじゃない。二人を助けられなければ意味がない。
 エフィルが死んだからだろう、地面に転がっていたゾンビの群れは一様に煙を昇らせながら、溶けるようにその身体を消滅させていた。奴によって弄ばれた命。こいつらもいわば被害者なのかもしれない。
 フリートとサラの元へと到着すると、俺は膝を折って地面に片手をつける。その指にはめた指輪に魔力を込めていく。


「急げ……間に合ってくれ……っ」


 上空のシキガミは消えた。いまなら転移ができるはずだ。拠点へと戻って、二人をエイラに見せれば……エイラならきっと助けられるはずだ。
 そして俺は二人と共に拠点へと転移していった。
 
 
 フリートとサラの様子を見たとき、エイラは明らかに動揺した様子になった。普通ならまず助からない……その顔にはありありとそんなことが見て取れたが、俺はそれでもエイラに頼み込んだ。


「二人を助けてくれ、エイラ。二人は……」


 俺の必死の頼みに、エイラも神妙な顔でうなずきを返してきた。できるかは分からない、でも、やれるだけのことはやってみる……そう言うように。
 治療にはエイラと、彼女をサポートする形でヨナも部屋に残り、俺はトリンとアカとともに別室に移動した。そこでアカが俺に聞いてくる。


「何があったのか詳しいことを教えていただけませんか?」



 アカは途中までは知っている。おそらくそこまではトリンやヨナやエイラも、アカから聞いているだろう。つまりはそのあとのことだ。


「分かってる、話すさ……二人がああなったのは俺のせいでもある。俺の判断が遅れたせいだ」
「「…………」」


 そして俺は俺達に起きたことを話し始める。約十分くらいだろうか、話し終えたとき、しかし二人は口を開こうとはしなかった。


「……くそっ……!」


 あぐらをかいて座っていた床の上に、俺は拳を振り下ろす。床がぶち抜けることはなかったものの、鈍い衝撃音と痛みが走った。それを見て、アカが重い口を開いた。


「……シャイナさまのせいではありません。自分を責める必要はないでしょう」


 彼女はそう言ってくるが……しかし……俺は……っ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

20年かけた恋が実ったって言うけど結局は略奪でしょ?

ヘロディア
恋愛
偶然にも夫が、知らない女性に告白されるのを目撃してしまった主人公。 彼女はショックを受けたが、更に夫がその女性を抱きしめ、その関係性を理解してしまう。 その女性は、20年かけた恋が実った、とまるで物語のヒロインのように言い、訳がわからなくなる主人公。 数日が経ち、夫から今夜は帰れないから先に寝て、とメールが届いて、主人公の不安は確信に変わる。夫を追った先でみたものとは…

貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン
ファンタジー
ブラック企業に勤めてたのがいつの間にか死んでたっぽい。気がつくと異世界の伯爵令嬢(第五子で三女)に転生していた。前世働き過ぎだったから今世はニートになろう、そう決めた私ことマリアージュ・キャンディの奮闘記。 ※この小説はフィクションです。実在の国や人物、団体などとは関係ありません。 ※2020-01-16より執筆開始。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三
ファンタジー
東京都新宿区、歌舞伎町。 世界有数の繁華街に新しくオープンした居酒屋「陽羽南(ひばな)」の店員は、エルフ、獣人、竜人!? 異世界から迷い込んできた冒険者パーティーを率いる犬獣人の魔法使い・マウロは、何の因果か出会った青年実業家に丸め込まれて居酒屋で店員として働くことに。 仲間と共に働くにつれてこちらの世界にも馴染んできたところで、彼は「故郷の世界が直面する危機」を知る―― ●コンテスト・小説大賞選考結果記録 第10回ネット小説大賞一次選考通過 ※小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+、エブリスタにも並行して投稿しています https://ncode.syosetu.com/n5744eu/ https://kakuyomu.jp/works/1177354054886816699 https://novelup.plus/story/630860754 https://estar.jp/novels/25628712

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい

高木コン
ファンタジー
第一巻が発売されました! レンタル実装されました。 初めて読もうとしてくれている方、読み返そうとしてくれている方、大変お待たせ致しました。 書籍化にあたり、内容に一部齟齬が生じておりますことをご了承ください。 改題で〝で〟が取れたとお知らせしましたが、さらに改題となりました。 〝で〟は抜かれたまま、〝お詫びチートで〟と〝転生幼女は〟が入れ替わっております。 初期:【お詫びチートで転生幼女は異世界でごーいんぐまいうぇい】 ↓ 旧:【お詫びチートで転生幼女は異世界ごーいんぐまいうぇい】 ↓ 最新:【転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい】 読者の皆様、混乱させてしまい大変申し訳ありません。 ✂︎- - - - - - - -キリトリ- - - - - - - - - - - ――神様達の見栄の張り合いに巻き込まれて異世界へ  どっちが仕事出来るとかどうでもいい!  お詫びにいっぱいチートを貰ってオタクの夢溢れる異世界で楽しむことに。  グータラ三十路干物女から幼女へ転生。  だが目覚めた時状況がおかしい!。  神に会ったなんて記憶はないし、場所は……「森!?」  記憶を取り戻しチート使いつつ権力は拒否!(希望)  過保護な周りに見守られ、お世話されたりしてあげたり……  自ら面倒事に突っ込んでいったり、巻き込まれたり、流されたりといろいろやらかしつつも我が道をひた走る!  異世界で好きに生きていいと神様達から言質ももらい、冒険者を楽しみながらごーいんぐまいうぇい! ____________________ 1/6 hotに取り上げて頂きました! ありがとうございます! *お知らせは近況ボードにて。 *第一部完結済み。 異世界あるあるのよく有るチート物です。 携帯で書いていて、作者も携帯でヨコ読みで見ているため、改行など読みやすくするために頻繁に使っています。 逆に読みにくかったらごめんなさい。 ストーリーはゆっくりめです。 温かい目で見守っていただけると嬉しいです。

虚弱高校生が世界最強となるまでの異世界武者修行日誌

力水
ファンタジー
 楠恭弥は優秀な兄の凍夜、お転婆だが体が弱い妹の沙耶、寡黙な父の利徳と何気ない日常を送ってきたが、兄の婚約者であり幼馴染の倖月朱花に裏切られ、兄は失踪し、父は心労で急死する。  妹の沙耶と共にひっそり暮そうとするが、倖月朱花の父、竜弦の戯れである条件を飲まされる。それは竜弦が理事長を務める高校で卒業までに首席をとること。  倖月家は世界でも有数の財閥であり、日本では圧倒的な権勢を誇る。沙耶の将来の件まで仄めかされれば断ることなどできようもない。  こうして学園生活が始まるが日常的に生徒、教師から過激ないびりにあう。  ついに《体術》の実習の参加の拒否を宣告され途方に暮れていたところ、自宅の地下にある門を発見する。その門は異世界アリウスと地球とをつなぐ門だった。  恭弥はこの異世界アリウスで鍛錬することを決意し冒険の門をくぐる。    主人公は高い技術の地球と資源の豊富な異世界アリウスを往来し力と資本を蓄えて世界一を目指します。  不幸のどん底にある人達を仲間に引き入れて世界でも最強クラスの存在にしたり、会社を立ち上げて地球で荒稼ぎしたりする内政パートが結構出てきます。ハーレム話も大好きなので頑張って書きたいと思います。また最強タグはマジなので嫌いな人はご注意を!  書籍化のため1~19話に該当する箇所は試し読みに差し換えております。ご了承いただければ幸いです。  一人でも読んでいただければ嬉しいです。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

処理中です...