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第二部 炎魔の座
第九十八話 手加減できない
しおりを挟む下衆なエフィルの笑い声もまた聞こえてくる。
「しっしっしっ! 死んだ! まさか一度に二人も、この戦のライバルを二人も葬れるとはの! 僥倖! 僥倖じゃ!」
本当に心底から悦んでいるのだろう、その声はいままでになく甲高く、そして俺には耳障りに感じられた。俺はユラリと立ち上がり、両手のひらのさきに小さな魔法陣を描き出す。
「……まだだ……まだ死んだと決まったわけじゃねえ……」
「おや、何か言ったかのう、死に損ないが。心配せんでも、お主もすぐに後を追わせて」
うるさい声は無視した。俺は足に力を込めて地面を蹴ると、一瞬でゾンビ共の元へと迫って、両手に握った光の剣で奴らを瞬殺していく。いやゾンビはすでに死んでいるから再殺といったほうが正しいか。
どっちでもいいな。
「何……⁉ お主……⁉」
一瞬後。俺の足元には大量のゾンビ共が転がっていた。それとともにサラとフリートの身体も横たわっている。フリートの周りは血だまりができていて、サラはゾンビの感染症で全身が深緑色に変色していた。
どちらもいまにも死にそうな虫の息だが……まだ生きている。そう、まだ生きているんだ。
俺は両手を握り込み、光の剣をただの光へと変質させていく。その光に渾身の魔力を、奴を一撃で跡形もなく消滅させられるほどの魔力を込めていく。
「お、お主⁉ その力は⁉ いままでは手を抜いていたというのか⁉」
「……巻き添えにしちまうんだよ……俺が全力を出すと、仲間もろともな……」
手を抜いていたわけではない……いや、敵にしてみればそう映っても仕方がない。ずっと前にサムソンに指摘されて、いままで行動を共にした仲間達が巻き添えになるのを目の当たりにして、いつの間にか無意識のうちに自分でも力をセーブしていたんだ。
いまはもうその必要がなくなった。それだけのことだった。
「グッ、殺られてなるものか! こんな所で! 炎魔源を手に入れるのはワシなんじゃ!」
転移魔法で逃走するためだろう、奴が上空に展開していたシキガミを消滅させる。一瞬にして周囲に張り巡らされていた結界が解かれていき、奴が足元に魔法陣を出現させた。
「逃がすわけねえだろ」
「ッ⁉」
瞬き一回の間に、俺はエフィルの目前へと迫っていた。普段ならできない挙動……以前、一緒にいた仲間が不意打ちを食らってやられたときに、俺が激昂したときに、同じ挙動ができたことがあったな……。
まあ、どうでもいいか。いまは、こいつを仕留めるだけだ。
「悪いが、いまは手加減できない。この世から消えてなくなれ」
「お、おの……⁉」
「『ミストルテイン』」
奴へとかざした手から、視界を埋め尽くす眩い光を放つ。光は森を満たし、空を覆い、辺り一帯を白の世界に染め上げた。
そして光がやんだとき、目の前には向こう数十、いや数百メートルかもしれない、ミストルテインが木々を吹き飛ばした痕跡が残っているだけでエフィルの姿は影も形も消滅していた。
「…………」
俺は振り返り、二人の元へと急ぐ。エフィルは倒したが、それで終わりじゃない。二人を助けられなければ意味がない。
エフィルが死んだからだろう、地面に転がっていたゾンビの群れは一様に煙を昇らせながら、溶けるようにその身体を消滅させていた。奴によって弄ばれた命。こいつらもいわば被害者なのかもしれない。
フリートとサラの元へと到着すると、俺は膝を折って地面に片手をつける。その指にはめた指輪に魔力を込めていく。
「急げ……間に合ってくれ……っ」
上空のシキガミは消えた。いまなら転移ができるはずだ。拠点へと戻って、二人をエイラに見せれば……エイラならきっと助けられるはずだ。
そして俺は二人と共に拠点へと転移していった。
フリートとサラの様子を見たとき、エイラは明らかに動揺した様子になった。普通ならまず助からない……その顔にはありありとそんなことが見て取れたが、俺はそれでもエイラに頼み込んだ。
「二人を助けてくれ、エイラ。二人は……」
俺の必死の頼みに、エイラも神妙な顔でうなずきを返してきた。できるかは分からない、でも、やれるだけのことはやってみる……そう言うように。
治療にはエイラと、彼女をサポートする形でヨナも部屋に残り、俺はトリンとアカとともに別室に移動した。そこでアカが俺に聞いてくる。
「何があったのか詳しいことを教えていただけませんか?」
アカは途中までは知っている。おそらくそこまではトリンやヨナやエイラも、アカから聞いているだろう。つまりはそのあとのことだ。
「分かってる、話すさ……二人がああなったのは俺のせいでもある。俺の判断が遅れたせいだ」
「「…………」」
そして俺は俺達に起きたことを話し始める。約十分くらいだろうか、話し終えたとき、しかし二人は口を開こうとはしなかった。
「……くそっ……!」
あぐらをかいて座っていた床の上に、俺は拳を振り下ろす。床がぶち抜けることはなかったものの、鈍い衝撃音と痛みが走った。それを見て、アカが重い口を開いた。
「……シャイナさまのせいではありません。自分を責める必要はないでしょう」
彼女はそう言ってくるが……しかし……俺は……っ。
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