185 / 235
第二部 炎魔の座
第九十七話 声にならない声
しおりを挟むエフィルの賭博魔法は奴が不利になればなるほど威力を増す……すなわち、自分すらもルーレットの対象にすれば、その威力は絶大なものになるということだ。
奴は俺達の攻撃を避けようとはせずに、棒立ちのまま受けていく。両腕を矢が射抜き、頭に魔力塊が直撃する。しかし奴は倒れることなく、頭から煙を立ち上らせながらなおも不気味な笑いを上げていた。
「しっしっしっ。良いぞ良いぞ。もっとワシを追い詰めよ。この不利益は何倍にもなってお主らを襲うのじゃ……! しっしっしっ……!」
煙をまとうようにして、奴の頭上にルーレットが浮かび上がる。奴の足元に黒の円陣、俺に白、サラに青、フリートに赤がそれぞれ割り当てられた。
ルーレットが回り出す。そのスピードは以前よりもなお速く、奴へと追撃しようとしていた一瞬の間に停止しようとしていた。
「なっ⁉ 速すぎる!」
サラが叫んだとき、ルーレットが停止する。その色は青……標的はサラだ。
「逃げろサラ!」
賭博魔法は非常に強力無比だが、絶対に致死となるわけではない。俺のときのようにわずかな活路がある。なにかが起きる寸前で回避することだって……。
そのとき俺の視界の端でなにかが微動した。ハッと俺が振り返ったのと同時に、そこにあった木々がこちらへと倒れてくる。この戦いの影響で……いや、それ以上に賭博魔法による確率変動を受けて……。
「サラ! 避けろ! 木だ!」
「⁉」
彼女の視界には死角になっていたらしい、反応が一瞬遅れている。くそっ、こうなったら俺が破壊するしかない。サラは俺のそばにいる、俺がなんとかすることで危機を回避できるかもしれない。
「グロウアローズ!」
倒れてくる木々へと幾本もの光の矢を放つ。それらは木々に命中して粉々に破壊していった……が、降り注ぐ破片のなか、明らかにそれらとは異質なものの影が垣間見えた。あれは……っ。
「ゾンビです! シャイナどの!」
まさか、木々の幹の裏に潜んでいたのか⁉ ゾンビの群れは鋭い爪と牙を剥き出しにしながら、破片の隙間を縫うようにして俺達へと降下してくる。その勢いは速く、また数も多すぎる。
木々が倒れてきたことや、そこにゾンビ達が隠れていたこと、どこまでが偶然でどこからが賭博魔法の影響なのかは分からない。あるいは俺が木々を破壊したことすら……それが裏目に出ることすら賭博魔法によるものかもしれない。
確実に言えることは、木々の破片と混ざるように降り注いでくるせいで、ゾンビ共を矢で返り討ちにするのが困難になってしまっていることだ。
他の範囲魔法では、発動までに光矢よりもほんのわずかにタイムラグが生じてしまう。ゾンビ共の襲撃には間に合わない。
「逃げるぞ! サラ!」
しかし、すぐさまその場を離れようとした俺とサラの足元の地面から多数の手が飛び出して、俺達の足首を掴んでくる。ゾンビの手。先ほどまでなら脅威には感じなかったその邪魔が、いまこの瞬間では恐ろしい悪意に満ちている。
これらの手を弾くのは簡単だ。一瞬だけ足首の魔力を増強すれば、それだけで粉々に吹き飛ばせるだろう。
だがその一瞬の隙が、いまこのときは命取りになってしまう。その一瞬で上空から降り立つゾンビ共に囲まれて一斉攻撃を受ければ、いかに魔力で身体を強化していたとしても……。
「さっさと逃げろ馬鹿共が!」
「「っ⁉」」
怒鳴り声が響き、フリートがこちらへと飛び出してくる。俺達の近くへと来たその身体に衝撃が走り、心臓の辺りから一本の鋭い魔力の塊が突き出していた。
「……グフッ……」
「「フリート⁉」」
フリートの身体が地面へと崩れ落ちていく。その先には傷付いた腕をこちらに伸ばすエフィルの姿が。
「しっしっしっ。そこの女に当てるつもりだったのじゃがのう」
賭博魔法で選ばれたのはサラだ。いまはどんな攻撃でも、それこそ低威力の魔力の一撃ですら致命的になりかねない。
だがしかし、なぜフリートが……サラをかばった……?
頭上のゾンビ共はもう間近に迫っている、足首は掴まれたまま、虫の息をしているフリートも放っては……もうここを離れる時間が……。
「……シャイナどの……私の未熟と無礼を許してください」
サラがつぶやいた。その手のひらが俺の腹の辺りへと向けられる。その手のひらには魔力が込められていた。彼女がやろうとしていることに、俺は気付いた。
「待てサラ……っ」
「シャイナどのだけでも……」
……私のそばにいては危険ですから……。言葉にしていないサラの思いが聞こえた気がした。
次の瞬間、彼女の手のひらから一筋の魔力が放出されて、足首を掴む手を弾くように引き剥がしながら、俺は離れた場所へと吹き飛ばされる。
……っ! 地面を転がった俺がすぐさま起き上がろうとしたとき、目の前の視界のなかに、大量のゾンビ共に爪牙を突き立てられるサラの姿が映った。
【早く逃げてください……】
ゾンビの群れに埋もれていくサラの口元が動き、俺にはそれが声にならない声を発している気がした。
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

【完結】投げる男〜異世界転移して石を投げ続けたら最強になってた話〜
心太
ファンタジー
【何故、石を投げてたら賢さと魅力も上がるんだ?!】
(大分前に書いたモノ。どこかのサイトの、何かのコンテストで最終選考まで残ったが、その後、日の目を見る事のなかった話)
雷に打たれた俺は異世界に転移した。
目の前に現れたステータスウインドウ。そこは古風なRPGの世界。その辺に転がっていた石を投げてモンスターを倒すと経験値とお金が貰えました。こんな楽しい世界はない。モンスターを倒しまくってレベル上げ&お金持ち目指します。
──あれ? 自分のステータスが見えるのは俺だけ?
──ステータスの魅力が上がり過ぎて、神話級のイケメンになってます。
細かい事は気にしない、勇者や魔王にも興味なし。自分の育成ゲームを楽しみます。
俺は今日も伝説の武器、石を投げる!

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~
はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。
俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。
ある日の昼休み……高校で事は起こった。
俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。
しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。
……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~
雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。
八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった
根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる