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第二部 炎魔の座
第八十六話 証明の対立
しおりを挟む俺達の身体が影に包まれていく。視界が閉ざされる直前、周囲に轟音が響いて建物が揺れた。間一髪のところだったらしい。
浮遊感。それが収まり、視界が開けるとまた暗い建物のなかにいた。まさか失敗したのかと一瞬思ったが、よく見ると内装が違っている。
「……到着しました……ここならば、長くて一日ほどは時間が稼げるでしょう……」
そう言ったヨナに、エイラが言う。
「でも、魔界のどこかに転移しただけなら、またすぐに見つかるんじゃないですか?」
俺も少し思っていたことだった。しかしヨナは。
「……ここは魔界ではありません……ここはシャイナさまとエイラさまがいた世界、シャイナさまが人間界と呼んでいる場所です……」
「え……?」「なに?」「えーどういうことー⁉」
エイラと俺とトリンが疑問の声を出す。答えたのはヨナではなくフリートだった。奴は近くの壁に背を預けながら。
「ふん。説明されんと分からんのか。グレンの炎魔源の探知は『世界』を越えることは出来ない……ヨナはそう判断し、こちらにやってきたのだ」
そうなのか? と俺とエイラとトリンがヨナを見る。彼女は小さくうなずきながら。
「……はい……私の魔力探知がそうなので、グレンもそうだと推測しました……おそらく、ですが……」
赤い召し使いが同意した。
「その推測は合っています。私自身も彼らの位置を探知出来なくなりましたから。ですが、それも時間の問題でしょう」
「……分かっています……私達がこちらに来たことをグレン達もやがて気付くでしょう……グレン達もこちらに来れば、すぐに居場所を突き止められますから……」
だからこそ、稼げる時間は、つまりグレン達が気付いてやってくるまでの時間は、長くてせいぜい一日程度ということか。あるいはそれよりももっと短いかもしれないが。
俺は口を開く。
「だが時間はできた。この時間でなにをするか、だ。俺は……」
そこでフリートが俺を無視するように言葉を挟んでくる。壁に寄り掛かりながら赤い召し使いのほうをにらんで。
「貴様、アカとか名乗ったな。なぜ我輩に炎魔源を渡さん。貴様の条件とは何だ」
俺達の視線が赤い召し使いに注がれる。とりわけサラは食い入るように見つめていた。炎魔源の継承候補の一人として、どうしても気になるのだろう。
なにしろ、一番の強敵であるグレンに大きく先を越されているのだから。このままでは、まず間違いなく奴がすべての炎魔の力を手にするだろう。
俺のほうを一度見たあと、赤い召し使いはフリートの問いに答える。
「そちらの光魔法使いの方と炎魔様の戦いを見て、私は学びました。炎魔様には不足するものがあったから、その者に敗北したのだと」
「不足するものだと?」
フリートが眉をひそめる。圧倒的過ぎる力を持っていたあの炎魔に、足りないものがあったのかと思ったのだろう。
俺が炎魔に勝ったのは、純粋に俺と光魔の合わせた力が炎魔よりも強かっただけに過ぎないと思っていたのだろう。
「確かにそちらの方は光魔と協力して炎魔様を倒しました。そしてそれこそが、炎魔様に足りないものだったのです。炎魔様は私達召し使いも含めて、他の者と協力するということを全くしませんでした」
「ふん。我輩を利用したではないか。我輩の目的が奴の利害と一致したことでな」
「それはあくまで『利用』しただけです。あなたを道具として使い、目的を達せなければ、いえ、達したあとも不必要になれば、即座に切り捨てるおつもりでした」
「…………」
あのとき。俺に負けたフリートは意識不明の状態で炎魔に操られ、俺を殺したあとに炎魔によって消されることになっていた。
あの炎魔はすべてにおいて傲慢で、独善的で、自分のことだけを考えていた。
「炎魔様にとって、全ては自分の為に存在する『道具』に過ぎませんでした。……そして、だからこそ炎魔様は最初にして最期の敗北を喫してしまったのだと、私は考えたのです」
「…………」
俺達は黙り込む。フリートもまた口を挟もうとはしなかった。沈黙は同意と同じ……という言葉を聞いたことがあるのを思い出した。
そこまで聞いて、赤い召し使いが言いたいことが分かってきた。みんなも同じだったに違いない。
「私は、他者と協力することこそ次代の炎魔様に必要だと判断しました。先代の炎魔様が犯した過ちを再度繰り返さない為に、仲間が必要だと思ったのです」
皮肉だな、と思う。
圧倒的で傲慢だった主人が死に、生き残った従順な召し使いがその考えに至ったのだから。
「クロはそうは考えず、純粋に力が足りなかったからだと言いました。アオは存在なき者を攻撃出来る光魔とは、相性が悪かったのだと言いました。その彼らはあの者に取り込まれてしまいました」
アオというのはグレンに取り込まれたもう一人の召し使いだろう。名前からして、全身真っ青な奴に違いない。
サラがアカに言う。
「だから、私達に力を譲らないのか。私達が協力しているとは、真に仲間だとは見えないから」
「…………、これは、彼らと私の証明の対立でもあります。彼らと私の主張、どちらが正しいのか」
結果がすべてを示してくれる。
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