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第二部 炎魔の座
第八十四話 赤い女
しおりを挟む赤い女……その女を一言で表すなら、それがまさに最適だろう。長い髪と瞳の色は醒めるような赤色で、爪の色も赤かった。
服から見えている肩や腕、顔などにはときおり極細の赤い光が走っていて、まるで割れた大地から覗くマグマの流れのようだった。
「……おはようございます、皆様。先程はおられなかった方々もいらっしゃいますね」
女がベッドから出て俺達の前に立つ。着ている服はワンピースのようだが、それもまた鮮やかな赤色だった。
赤尽くめの女。シャレた呼び方をするなら、レディ=スカーレットとかそんなところか?
両手を身体の前で組んで畏まっている出で立ちは、お屋敷のメイドを彷彿とさせるようだった。いや確かに、炎魔の召し使いなのだから、それはそうなんだが。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はアカと申します。以後お見知りおきを」
そう言いながら、女は丁寧にお辞儀をする。なんか……同じ炎魔の召し使いのはずなのに、あの真っ黒な奴とはえらい違いだな。
顔を上げた女が俺達の顔に一つ一つ目を送っていく。改めてそれらの顔を覚えようとしているみたいなその動作の途中、俺の顔で視線が止まった。
ジッと見つめる赤い瞳。すがめるでもなく、訝しむでもなく、珍しいものを見る視線とも違う。しいて言うなら、ただ観察するというのが合っているか。
みんなもさすがに気付いたようで、エイラが彼女に言った。
「あの……彼がなにか……?」
「……そちらの方は……」
女もまた口を開いて言う。エイラに答えたというよりは、誰にともなく確かめた口振りという感じだ。
「……炎魔様を倒した方ですね……」
「…………」
俺も含めてみんなが押し黙る。……が、ここは俺自身が応じたほうがいいだろう。一歩歩み出て、俺は口を開いた。
「そうだ。戦いを見ていたのか? それとも魔力を探知して分かったのか?」
「見ていました。おまえ達も見ているがいいと、炎魔様が場面投影してくださっていましたから」
あの傲慢な炎魔のことだ、そうやって自分の力を召し使い達に誇示していたのだろう。もし逆らうことがあれば、おまえ達もこうなるという見せしめも込めて。
だが、誤算があったということだ。
「……俺を憎んでいるのか? 自分の主人を倒されて、復讐しようと……」
女は首を横に振った。
「いいえ。私達はそのような感情は持ち合わせていません。悲しみも、喜びも。ただ事実を受け入れただけです」
余計な感情は召し使いには必要ないということだろうか。
「強いて言うならば、微かな焦りはあったかもしれません。資格なき者に炎魔源が渡らぬように守り、新たに相応しき継承者を探さなければなりませんでしたから」
「……なんか、ドライだな」
切り替えが早すぎるとも言えるだろう。女の見た目は人間や魔族のそれとあまり変わらないが、その内面はやはり異なっているのかもしれない。
女は気分を害した様子もなく、ただ俺の言葉を受け入れるように応じた。
「私達は炎魔様の召し使いであり、炎魔源によって作られました。その存在理由と目的は、炎魔様と炎魔源にのみ委ねられます」
つまり、人間や魔族や、その他の生物の価値観は通用しないと言いたいのだろう。
だが、それならば出てくる疑問もある。
「アカっていったな。グレンと戦ったフリート達を助けたみたいだが、なんでそうした? おまえ達の基準なら、グレンこそ次の炎魔に相応しいんじゃないのか?」
あの真っ黒な召し使いは奴こそ次代の炎魔に相応しいと言っていた。この女もまた同じような判断をすると思ったが……しかし女は否定する。
「残念ながら、グレンというあの者は炎魔様を継承するための大事な要素が足りていない、と私は判断しました。クロはそうではなかったようですが」
「クロ?」
話の流れから誰のことかは推定できたが。
「あの者が取り込んでいた私の仲間です。クロは先代の炎魔様と同じく、絶対的な力を持つ強者こそが次代に相応しいと考えていたようですが」
「…………、おまえは違うってことか? なら、おまえの判断基準はなんなんだ?」
俺の言葉に、みんなもまた俺に視線を集中させる。特にサラはかすかに緊張したように見えた。
女が答えた。そんなの明確で簡単なことだというように。
「『力を合わせる』ことです」
「…………」
意外な返答に、俺は一瞬二の句が継げなかった。女が続ける。
「現在、魔界の平定のために魔存在同士は表向き、直接的な争いは禁じられています。無論、水面下では様々な衝突が起きているでしょうが」
魔導士以上の魔法使いが二種類以上の魔法を使うのが難しいのがその一例だろう。
「だからこそ、あなたの契約者である光魔はあの機会を逃しませんでした。人間の世界への不可侵もまた魔存在同士の了解でありましたが、それを破ろうとした炎魔を倒す絶好の口実が出来たからです」
「……厳密には、人間界の帝国を襲ったのはフリート達だがな」
フリート達三人が、
「「「…………」」」
と押し黙る。それぞれなにかしらを考えているとは思うが、いまはそれよりも。
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