167 / 235
第二部 炎魔の座
第七十九話 対外政務
しおりを挟む「……誰だ?」
ドアの向こうにウィズが尋ねる。すぐに返答の声。仕事に忠実なような、冷静な男の声だった。
「イロウです。こちらにいると伺ったので」
その声を聞いた瞬間、ウィズがティム達三人に目配せする。ティム達は素早くうなずくと、即座に魔法陣を再展開して大男とともに転移していった。
再拘束する前に移動した……大男のことを見られたくない相手ということか……?
「……入れ」
「失礼致します」
ウィズの呼び掛けに、ドアが静かに開いていく。廊下に立っていたのは白髪に片眼鏡、フォーマルな正装に身を包んだ年配の男だった。手には白手袋をはめているイロウというその男は、部屋に入る前にこちらを見渡すと。
「これはこれは、魔導士団団長だけではなく騎士団団長に名誉顧問、いまをときめく帝国の英雄もお揃いで」
まるで執事のように丁寧な口調なのに、どこか小さなトゲのある感じを受ける。サムソンは俺のことをライバル視しているが、それに似たような、けれど表面的には露呈させていない、そんな印象を受ける男だ。
「シャイナ、エイラどの、この男はイロウ。帝国における対外政務を担当している者だ」
対外政務……外国との政治活動を取り仕切っているってことか。
「イロウ、この二人は……」
「紹介せずとも知っています。先の勲章授与の式典には私も参加しましたので」
ウィズへと男が言う。あのときの式典には多くの人が参加していたから俺は覚えていなかったが、いたらしい。
男が部屋へと入ってくる……が、ただ一歩踏み込んだだけで、開け放したままのドアの前で立ち止まる。しかし男のその動作に、ウィズだけでなくリダエルやサムソンですら緊張に満ちた雰囲気をまとわせた。
「……それで? 何の用だ?」
世間話や仕事の休憩に来たわけではないだろう? 言外にそう言うウィズに、男はナイフのように尖った目を向けた。
「以前話されたフリートとの協力態勢、和平交渉についてです」
…………っ。そのことか……っ。どうやらこいつも関係者の一人らしい。
「おまえが伝えに来たということは、陛下のお考えが固まったのだな」
「ええ。あくまで現段階での暫定的なお気持ちですが」
回りくどい言い方なのは、あとあとになってなにかが変更されたときのための予防線なのだろう。
「陛下は非常に難しいお顔をされていましたが、かの英雄の直々の頼みとあらば無下にするわけにもいかないだろう……と仰いました」
「……そうか……」
神妙な顔つきでウィズが応じる。そこには驚きや喜びなどの感情は見えず、半ば予想していたようなそれでいて不安が残るような気持ちが表れていた。
男が俺を見る。
「それで陛下とフリートの会見の日時を決めたいのですが、英雄殿からフリートに都合のつく日を確かめていただけますかな」
「……分かった」
真面目な顔でうなずく。正直なところ、いまは炎魔源のことで手一杯ではあるが、せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。なんとか都合をつけるしかないだろう。
「ちなみに、皇帝はいつならいいと言っているんだ?」
「一週間以内であれば何とか予定を空けられるだろうということです。それ以降は内政や外交などで忙しくなるため難しいでしょう」
「分かった。フリートにもそう伝えて、なんとか一週間以内に話ができるようにする」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
「それはこっちのセリフだ」
無茶を言っているのは俺のほうなんだからな。
「ですが予め断っておきますが、当日は万が一にも陛下に何かが起こらないよう厳重な警備態勢を敷かせてもらいます。もしフリートが陛下の命を脅かした場合には、即刻処罰させていただきます。無論、例え先の英雄であろうとも、あなたにも厳罰を科させてもらいますので」
「…………分かった」
処罰や厳罰という言葉で濁しているが、つまるところ処刑するということだろう。命をもって償わせるという意味で。
「……一応聞いておきたいんだが、皇帝自身はどう思っているんだ?」
「先程も言いましたが、陛下はフリートとの会見を引き受けると……」
「それは俺が頼んだから、俺の面子を立てるためだろ。それは抜きにして、皇帝自身の気持ちはどうなんだ?」
「…………」
表情は変えないながらも、目の前の白髪の男は押し黙った。考えるような間。しばしの沈黙。そして。
「……私の口からは何とも言えません。陛下のお心は私には測りかねますので」
この話し合いで初めて、わずかな優柔を垣間見せた。いや、皇帝の気持ち自体は察しがついているが、それを自分の口から明言するわけにはいかないという判断だろう。
だが、その反応自体が答えているようなものだ。俺の頼みだから無下にできないという、皇帝の言葉の時点である程度は分かっていたが。
皇帝自身はこの会見にあまり乗り気ではないということだ。自分を殺そうとしてきた相手と協力しようというのだから、それが普通の反応ではあるが。
だが、それをいま指摘しても仕方がない。
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?
サイコちゃん
ファンタジー
公爵令嬢アリアは不義の子を身籠った事を切欠に、ヴント国を追放される。しかも、それが冤罪だったと判明した後も、加害者である第一王子イェールと妹ウィリアは不誠実な謝罪を繰り返し、果てはアリアを罵倒する。その行為が、ヴント国を破滅に導くとも知らずに――
※昨年、別アカウントにて削除した『お腹の子「後になってから謝っても遅いよ?」』を手直しして再投稿したものです。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる