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第二部 炎魔の座

第六十八話 神殺しの光の剣

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「な……っ⁉」
「だが完全ではないようだ」


 裂けた光の中心からグレンが飛び出してくる。手に持つ剣にはこれまで以上に高濃度かつ高密度の魔力がまとわれていた。
 まさか、斬り裂いたってのかっ⁉ ただの魔力剣で……っ、神殺しのミストルテインを……っ……⁉


「死ね」


 グレンが魔力を帯びた剣を振るう。
 避ける余裕はなかった。いや、避けようとすれば、後ろにいる二人に再び魔力波が襲いかかるだけだろう。
 避けることは許されなかった。
 だから身体にまとう魔力量を増やして、胸の前で腕を構えて、防御に徹しようとした。せめて致命傷は避けなければと……しかし。


「…………っ……⁉」


 そんな防御に意味はないというように、まるで木の葉でも断ち切るように、魔力を帯びた剣身は身体を斬り裂いていった。


「シャイナっ⁉」
「……シャイナさま……⁉」


 その瞬間、ちょうど転移の魔法陣が展開を終えたのだろう、地面に崩れる俺の視界に二人の姿が影に包まれて消えていくのが見える。


「逃がすか」


 グレンが剣を振るい魔力波を放つ。音速に達しようかというほどに凄まじい速さのそれだったが、ギリギリのところで転移のほうが早かったらしい、二人が消えた一瞬後を魔力波が通過していった。


「……チッ、逃がしたか」


 ……良かった……二人をなんとか逃げさせられた……。あとは……。
 そのとき、黒い地面の上に紅い炎が燃え上がり、そのそばの地面から漆黒の人型……炎魔の召し使いが押し上がるように姿を現してくる。
 ……くそ……こいつも生きてやがったのか……。


『オノレ。だが貴様の奸計は崩れ去った。この侮辱は死をもって償わせる』


 ノイズのひどい声。だいぶご立腹らしい。てめえがなにかしなくても、わりと死にそうな状況だがな。
 グレンが炎魔の召し使いへと顔を向ける。


「久しぶりだな。最後に会ったのはかなり昔だが。オレを覚えているか?」


 どうやらこいつらは面識があるらしい。グレンが前の炎魔と会っていたのなら、それも普通にあり得ることだろう。


『オノレの浅はかさを怨みながら死ぬがいい』


 周囲の漆黒の地面から魔力が立ち上っていく気配。これまで以上の威力を持つ魔法を使うつもりなのだろう。
 そして上空一帯を覆い尽くすような、はるかに巨大すぎる純黒の火球が顔を覗かせる。それはまるで純黒の太陽のようであり、表面からはヘビのような炎のうねりが現れては消えていた。
 文字通り、灰も残さずにこの世から消し去るつもりらしい。グレンのこともだが、こいつにも対処しなくちゃいけねえのかよ。
 キツすぎだろ。この状況。
 しかし顔を少し上げて黒い太陽を見たグレンは、世間話をするような涼しい雰囲気をまとっていた。


「ほお、少しはマシになったようだな。オレのことは覚えていないようだが」


 余裕のある言葉。こんな状況を危機とも思っていないセリフ。
 そんなグレンも含めて。


『完全に消え失せろ』


 憤怒の感情を露わにして、召し使いは純黒の太陽を落としてくる。
 魔界の炎の威力は人間界のそれとは比べものにならない。魔力をまとっていなければ一瞬で消し炭になり、まとっていたとしても不充分な質と量の魔力では重度の火傷は免れない。
 ましてや、いま頭上に迫ってきている火球の大きさは尋常ではなく、直撃はもちろんのこと、少しかすっただけでも、そこから炎が一瞬で燃え広がって致命傷になりかねない。
 そもそも、こんな太陽みたいな火球、まともに受けたり避けることはまずできないだろう。脱するには転移しかない。
 だがその転移ですら、再生した召し使いがいるいまは、さっきみたいに足元から炎を噴出されることになり、できない。
 くそっ……こんなところで……っ……。
 グレンが顔を俺のほうに向けてくる。


「さて、あれが落ちてくるまでに、先にこいつを始末しておくか」


 純黒に炎の揺らめきのような模様が入った剣を振り上げる。火球が落ちてくるまでは確かにわずかに時間があるが……こいつのこの余裕はなんだ……。
 いや、まさか、この火球には即座に対処でき、しかしそれを俺が生きているときにしてしまえば助けることにつながるから……だからなのか……?
 いずれにしろ、グレンが剣を振り下ろす前に、そして黒い太陽が落ちてくる前に……かすかに残されたこの瞬間でなんとかしねえと……。
 方法は……。


「…………『神殺の…………テイン』……」


 蚊の鳴くような、つぶやき声。それでも、この状況を生き残るために、生きて帰るために、いまあるありったけの魔力を注ぎ込む。
 グレンの黒剣が振り下ろされる。「死ね」という言葉も「殺してやる」という感情もない、ただやるべきことをやるだけの、無情なだけのトドメの斬撃。
 ガキイン……ッ!
 だがその致命の一撃は、俺の頭のすぐ上で停止される。


「……これは……」


 わずかな予想外という声。


「まさかまだ抵抗できる力があるとはな」


 そしてかすかに感心したというつぶやき。
 奴が振り下ろした純黒の剣身は、地面に突き刺さるようにして現れた光の剣によって阻まれていた。
 『神殺の光剣 〈ミストルテイン〉』
 フリートとの一騎討ちの際、死闘を繰り広げた神殺しの光の剣。
 ミストルテインの魔力を一振りの剣として集約させた魔法であり、武器。その魔力の質と量、濃度と密度によって、強すぎる魔力をまとったグレンの黒剣を防いだのだ。



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