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第二部 炎魔の座

第六十三話 漆黒の壁

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 半ば信じがたいことのように、俺はヨナに尋ねる。


「俺もあまり詳しくはないんだが、普通、石や岩が燃えてもなにかは残るんじゃないか? マグマの跡とか、ガラスの結晶とか、そんなもんが」
「…………、……それほどまでに、炎魔源の威力は凄まじい、ということでしょう……」
「「…………」」


 マジかよ。
 つまり、石や岩などといった燃えにくいものもなにもかも全部、跡形もなく燃やし尽くしたってことか。地面を黒く染め上げたという事実だけを残して。
 いや、厳密には灰とかくらいは残って……いるよな……? 地面が黒くなっているから、これは煤だと思うし……たぶん……。


「……またそれらの物質だけではなく、瘴気すら燃やしてしまったようです……この周辺だけ、他よりも呼吸や身体が楽ではありませんか……」
「「そういえば……」」


 魔界の瘴気すら消してしまう炎魔源の火力……人間界で使われていた炎魔法なんか、足元にもおよばないだろう。
 周囲の漆黒の平野を見渡しながら、ぼそりとヨナがつぶやく。


「……よく倒せたものだと思います……人間が魔存在の一角を……」
「いや、あれは光魔の力を借りたからで……」
「…………」


 俺一人の力ではこの漆黒の大地のように跡形もなく消え去っていただろう。いまこの場で生きて息をしていること自体が奇跡なのかもしれない。
 そんな俺のことを、ヨナはジッと無言のまま見つめてくる。なにを思っているのか、感情を表さない瞳からはうかがい知ることができない。
 そのとき、エイラがヨナに聞いた。


「でも、どうして炎魔源はこんなところで燃え上がったんですか? ここになにか、通るのに邪魔なものがあったとか?」
「……申しわけありませんが、私には何とも……炎魔源以外の魔力は感じませんので、グレン達に襲撃されたわけではないようですが……」


 ここで炎魔源が魔力を放出させた原因。せめて、ここが元々どういう場所だったのか、なにがあったのかが分かれば、その原因にも当てがつくのだが。
 気を取り直すように、俺はヨナに尋ねた。


「炎魔源の魔力はこのあとどこに向かっているんだ?」
「……やはり東のほうです……このまま進んだとすれば、雷魔の領域へと入ることになるでしょう」
「雷魔の領域?」
「……ええ……この魔界は最上位クラスの魔存在によって、それぞれ分割されて統治されています……いま私達がいるここは炎魔が統治していた領域で……」
「この先が雷魔の領域ってことか」
「……はい……」


 人間界における国の区分みたいなもんか。帝国や王国、東の国みたいな。


「ちょっと待て。もし炎魔源が別の魔存在の領域に入ったらどうなるんだ? まさか消されるなんてことは……」
「……その心配なら大丈夫かと……魔源はそう簡単に消滅できるものではありませんから……むしろそれよりも……、……っ⁉」


 ヨナがいままで来たほうを振り返る。かすかに驚きと焦りが感じられる雰囲気。ただごとではないそれを察知して、俺も身構えながらそのほうを向く。


「どうした……⁉ グレン達か⁉」
「……いえ、これは、炎魔源の魔力が近付いてきます……っ!」
「は……⁉」「え……⁉」


 予想外の言葉に俺とエイラは意味が分からないという声を出す。炎魔源の魔力が近付いてきてる? それも俺達がやってきた方角から?


「どういうことだ⁉ まさか炎魔源とすれ違っていて、いまそれが……」


 こっちにやってくるのか⁉ そう問おうとした言葉より先に、ヨナが言う。


「……違います……! ……まさか、そんな、これは……ここに漂っている魔力そのものが、私達を取り囲んで……⁉」


 いつも冷静なヨナが驚きの声を露わにしている。それだけで、迫りくる状況が異様なことが予想できた。
 そしてそれは間もなく目の前に見えてきた。
 視界の先、いや俺達の周囲を取り囲むようにして、天を衝くような漆黒の壁が迫ってきたのだ。


「ヨナ! 早く転移を!」
 なにかヤバイことが起きているのは確かだった。早くここから離れなければ。ヨナに叫んだとき、彼女もそう判断したのだろう、すでに転移の魔法陣を足元に展開し始めていた。
 しかしその魔法陣ごとヨナを消し去ってしまうように、彼女の足元から黒い炎が燃え上がった。


「……⁉」
「ヨナ⁉」「ヨナさん⁉」


 漆黒の炎。
 以前、フリートが一時的に使っていたのと同じ、魔界の炎。
 まるで間欠泉のように噴き出した炎は一瞬で収まったが、それでもヨナの全身に火傷を負わせるのには充分だった。いや、魔力をまとっていたからこの程度で済んだのかもしれない。
 転移の魔法陣が消えて、ヨナが地面に膝をついた。


「シャイナっ、下ろしてっ、ヨナさんを治さないとっ」


 即座に抱えていたエイラを下ろし、ヨナへと駆け寄ったエイラが回復魔法の光を灯す。こうしている間も、周囲の漆黒の壁は津波のように押し寄せてきている。


「くそ……っ!」


 理由は分からねえが、ここに漂っていた炎魔源の魔力が暴走したってことか⁉ とにかく、あの壁に閉じ込められる前に破壊しねえと!



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