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第二部 炎魔の座

第五十九話 次代の炎魔になるのは、我輩だ

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 この部屋は元々なんの部屋だったのか分からないが、ベッドやテーブルなどといった家具類がなかった。あるいは、ライースの尋問のためにどかしたのかもしれないが。
 そのため、フリートとヨナは壁際に立ち、それ以外はサラも含めて床に座りながら、彼女の話に耳を傾ける。


「ヨナの能力がなぜ重要なのか、それはすなわち、炎魔存在の『力』を継承するための方法にあります」
「継承の方法?」
「はい」


 そういえば、力を継承して新たな炎魔になるとは聞いていたが、その方法についてはいまだ分からないままだったな。


「端的に言うならば、炎魔のみならず、全ての魔存在、ひいては魔法には、その力を発生させるための源……魔源と呼ばれるものが存在します」
「魔源……」
「はい。その魔源を手に入れることで、魔存在を継承することができます」


 少しの間、誰もが黙り、部屋に静けさが降りる。さっきまで尋問という名のくすぐりを受けていたライースは、ヨナの影によって一時的に別の場所に移されているので、この話は聞かれないし、奴の声や騒音も聞こえてこない。
 床に横座りしているエイラがサラに言う。


「ということは、ヨナさんの力を使って、その魔源の居場所を探知する……ということですか?」
「はい。その通りです。飲み込みが早くて助かります。炎魔が死亡したあと、魔源はその元を離れて、いまはどこか別の場所をさまよっているはずですから」


 その言葉に、俺は口を挟んだ。


「さまよってる? まるで意志を持っているような言い方だな? そもそも魔源ってのはどんなものなんだ? 生き物なのか?」
「生き物ではありませんし、意志を持っているわけでもありません。例えるのは難しいですが、しいて言うなら、浮遊する元素、という感じかと」
「元素……」
「あるいは生命を持たない魂、とも言えるかもしれません」
「…………」


 トリンが、


「なんか風船みたーい」


 と言う。サラは小さくうなずいて。


「確かにそれも表現としては近い」


 なんかこう、ふわふわとした感じのものらしい。


「私も昔、里の長老の話や書物から知ったに過ぎませんが、魔存在から離れた魔源はフラフラとさまよい続け、やがて自らが最初に発生した場所……起源へと還っていくそうです」


 犬などの動物には帰巣本能があるらしいが、それに似ているのかもしれない。魔源は生き物ではないらしいが。
 はいはーい! と、あぐらをかいて座っていたトリンが手を上げる。


「生まれた場所に帰っていくなら、ヨナの力を使わなくても、そこで待っていればいいと思いまーすっ」


 それも確かに一つの方法かもしれない。時間はものすごく掛かるだろうが、ライバルをあらかた倒したあとなら、確実に手に入るだろうし。
 しかしサラはやんわりとした口調で。


「残念ながら、炎魔の源も含めて、ほとんど全ての魔源がどこで生まれたのかは誰にも分からないらしい。最初に生まれてからあまりにも時間が経ちすぎているし、最初の魔存在が手にしてからはずっと次代に継承され続けてきたから」


 今回のように、正式な継承者がいない状態で魔存在が死んだこと自体が、珍しいことなんだろう。
 だが、納得はした。


「なるほどな。だから、その魔源の現在地を探知できるヨナが、この争奪戦で重要ってわけか。ライバルの居場所も探知できることも含めて」
「はい」


 みんなの視線が壁際に佇むヨナへと注がれる。ただ一人、フリートだけは壁にもたれながら腕を組んで、考えごとをするように目を閉じていた。
 みんなの視線に、ヨナが応じる。しかしその口調には若干、否定的な気持ちが込められていた。


「……理由は分かりました……しかし残念ながら、私の魔力探知の有効範囲には限界があります……またその魔源の魔力がどのようなものかも分かりません……」


 遠すぎる場所のものは探知できないし、どんな魔力かも分からないのに探知することは難しい……と、そう言いたいらしい。
 だが、サラ自身もヨナがそう答えることは分かっていたのか、


「それらの問題点なら、対処可能だと思われる。まず魔源の魔力に関してだが、それは炎魔の魔力と同一だと思って構わない。その魔源から炎魔は力を得ていたのだから」


 確かに言われてみればそうかもな。


「そして二つ目、探知の有効範囲についてだが……炎魔が死ぬ前に、最後にいた場所から探し始めるという方法なら、おそらく大丈夫だろう」
「どういうことだ?」


 サラはヨナからこちらに顔を向けて。


「魔源の魔力は強大なため、通り過ぎたあともしばらくはその痕跡が残るそうです。直後であれば、探知能力がない者でも直感的に分かるくらいに」


 さすがというか、すげえな魔源。


「いまはすでにかなりの時間が経過しているため、探知能力のない者では分かりませんが……」


 そこでサラはヨナを見やって。


「探知能力のあるヨナなら、分かるはずです」


 再び、フリート以外のみんなの視線がヨナに集中する。


「…………」


 数秒、考えるような間があってから、彼女は口を開いた。


「……魔源の追跡をすること自体はやぶさかではありませんが……」


 わずかに奥歯にものが挟まったような言い方。ヨナはかすかにフリートを見たあと。


「……しかし、私はフリート様の部下ですので……」


 炎魔の魔源を手に入れるかもしれない有力候補のなかには、一応フリートも入っている。だからこそ、グレン一味はフリートを始末しようとしてきた。
 そのフリート自体は、いまだに炎魔を継承する気があるのかどうか、はっきりさせていない。プライドの高い奴に似合わず、いまだに迷っている。
 フリート自身が決めていないのに、そのライバルになりうるかもしれないサラに、炎魔になるための協力をするのは憚られる……ということなのだろう。
 ヨナの言葉に、みんなの視線が自然とフリートに向けられる。その奴自身は、依然、壁に寄りかかって、腕を組んで目を閉じたまま。
 その様子は、いままでの話を聞いていたのかどうかも怪しくなってくる。
 …………。
 俺は立ち上がる。


「シャイナ……?」


 エイラがつぶやくが、それには構わず、俺はフリートを見据えて、言った。


「フリート。昨日も聞いたが、いまこそはっきりしてもらうぜ。おまえは魔源を手に入れて、次代の炎魔になる気があるのか? グレンの一味が本格的に動き出してきたんだ、沈黙は否定と見なすぜ」
「……………………」


 奴が静かに瞳を開いた。そこには動揺も焦慮もなく、あるのは冷静沈着な雰囲気。


「……ふん……」


 もはや口癖ともなっているその一言を発して。


「戦いを挑まれて、のこのこ敗走したままなのは我輩のプライドが許さん」


 落ち着いた、しかし力の込もったその声を、みんなが聞いている。


「加えて、我輩は貴様にも勝たなくてはならない。いいだろう。炎魔源を手に入れて、次代の炎魔になるのは、我輩だ」


 俺を鋭く見据え返しながら、フリートは宣言した。



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