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第二部 炎魔の座
第四十一話 ……はい。大変です。しかし慣れました……
しおりを挟む……ミスったかもな……。
自室へと向かう廊下を歩きながら、思う。フリートの最後のあの口振りでは、協力態勢そのものをご破算にするような雰囲気があった。
別に、奴を意のままに操ろうとか、手のひらの上で踊らそうとか、そんなつもりがあったわけじゃ、ない。ただ結果的に、フリートにとってはそう思えてしまうようになってしまった、ということだ。
あの様子では、本当に協力するつもりそのものを拒絶するかもしれない。そうならないために、なんとかしなくてはいけないのだが……すぐにはなにも思い付けなかった。
いや、仮になにか思い付いたとしても、それすらフリートの気に障ってしまうことかもしれない。やはり、俺の手で転がされているとして……。
「「「「…………」」」」
ヨナ達もまた、無言だった。あの元気なトリンですら、さっきまでの明るさが影を潜めている。フリートにああ言われたのがショックだったのだろう。
そうして、みんなが無言のまま、俺の自室の前へと到着する。そこでようやく、トリンがエイラに声をかける。
「エイラもシャイナと同じ部屋なの?」
「ううん。わたしは隣の部屋。ほんとは一緒の部屋がよかったんだけどね」
どちらの声も普段のような明るさや元気はなく、どことなくおとなしめというか、しおらしい感じだった。
「あたしもエイラと同じ部屋で寝ていい? なんだか、そうしたい気分だから」
「……うん、いいよ」
ちょっとだけ戸惑ったふうだったが、エイラは首を縦に振った。
またトリンはヨナにも顔を向けながら。
「ヨナも一緒に寝よ。エイラもいいでしょ?」
「わたしは別にいいけど……」
エイラもヨナを見る。ヨナはというと、無言のまま少しだけ間があって、
「……分かりました……二人がそう言うなら……」
感情の読めない顔でそう答える。
「わーい」
とトリンがうれしそうな声を上げるなか、ヨナはこちらに顔を向けて。
「……シャイナさま、お風呂がまだでしょう……案内いたします……」
「……おう、サンキュウ」
正直、今日はいろいろとありすぎてかなり疲れてたから、もう眠かったのだが……せっかく泊まらせてもらってるんだから、サッとでもいいから入るだけ入って、それから寝ることにしよう。こんなデカイ屋敷の風呂がどんなもんなのか、興味もあるし。
会話を聞いて、トリンも。
「あ、あたしもお風呂入る。ヨナもまだでしょ? エイラは部屋で待ってて。すぐに戻ってくるから」
「うん」
そう言ったのだが、なぜかヨナは。
「……少し待っていてください、トリン……シャイナさまを浴場に案内するのが先ですので……」
「えーっ⁉ 女湯は男湯の隣なんだから、一緒に行ってもいいじゃんっ⁉」
「……トリン……」
ヨナがトリンのことを見つめる。その顔にはなにかしらの思惑が……二人きりで話がしたいというような感じがあった。
「…………」
トリンもそのことを察したのだろう、無言で見つめ返すと、一回ちょっとだけうなずいて、エイラに改めて言う。
「エイラ、ヨナが戻ってくるまで部屋でお話ししよっ。シャイナとエイラの冒険の話とか聞きたいなっ」
「え……」
エイラがちらりと見てきて……俺なら大丈夫だと、うなずきを返す。エイラはまだ戸惑いつつも。
「……うん、お話ししてようか……」
トリンにそう返事して、そして二人は部屋のなかに入っていった。
風呂場への廊下を歩きながら、ヨナに尋ねる。
「どういうつもりだ? わざわざ二人きりになるなんて。そんな大事な話なのか?」
「……シャイナさまには誤解や早とちりをしてほしくなかったので……」
「なんのことだ?」
少し先を歩くヨナがちらりと視線を投げてくる。
「……フリート様のことです……」
「フリートの?」
「……はい……先ほどの話し合いにて、フリート様は私達に部屋を出ていくように言いましたが、屋敷から追い出すようなことは言いませんでした……」
「はあ……?」
ヨナの言いたいことが分からず、思わず間抜けな声が出てしまった。
「つまり、どういうことだ?」
「……フリート様は、確実に決めたことは明言する、ということです……あなたの世界にもう革命を起こすつもりはないと言った以上、フリート様自らの意志でそうすることはまずないと約束したことになります……」
「…………」
意志の明言。フリートの話し方や、考え方の特徴。
なんとなくだが、ヨナの言いたいことが分かってきた、気がする。
「……なるほど、つまりさっきの話し合いで、フリートが明言したことと、しなかったこと、それらを考えて判断しろ、ってことだな……」
「……端的に言うと、そうなります……シャイナさまにはできる限り正確に、フリート様の意図を読んでほしいですから……」
「…………」
確かに、フリートのあの言い方では、フリート自身の思惑を勘違いして、とんちんかんでズレた判断や行動をしてしまうかもしれない。
「……フリート様は炎魔になるつもりはないとは明言しませんでした……帝国の平和のためにシャイナさまに協力しないとも言っていません……それはすなわち、フリート様自身、いまだに迷っているということです……だから、断言を先延ばしにしました……」
「いやでも、俺の言う通りになるのが気に食わないって……」
「……それはフリート様の不快の気持ちであって、今後の行動の決定ではありません……感情と行動は別です……嫌いなことでも、やらなければいけないこともあるでしょう……」
問い掛けるように言ってくる。確かに、それはその通りかもしれないけどよ……。
「あーっ、もうメンドーくせーなっ! それならそうとはっきり言えよ!」
頭をガシガシとしながら文句を言う。なんなんだよ、面倒くさすぎるだろ。
「……フリート様はプライドが高い方ですから……さらにシャイナさまのことは認めてこそいますが、自分を負かした相手ですので……素直に協力したり、あるいは協力を求めることを、プライドが邪魔しているのです……」
「…………。なんか、ヨナやトリン達も大変そうだな……」
ヨナが前を向く。
「……はい。大変です。しかし慣れました……」
どんな顔つきでそう言っているのか、前を向いているので読み取れない。いや、相変わらずの無表情なんだろう。
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