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第二部 炎魔の座

第三十六話 私はサラ。種族としてはダークエルフです

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 屋敷の入口のドアから洞穴に出て、そこからさらに外に向かうためにとりあえず歩いてみる。洞穴のなかに入口を作ったのはカモフラージュのためだと言っていたが、確かに洞穴の内部は入り組んでいて、慣れていなければまず迷いそうだった。
 壁や天井や床などにある光ゴケらしきものも、特に屋敷への道順をほのめかすようには配置されていないように見える。そりゃそうだ。分かるようにしていたら、カモフラージュの意味がない。


 だが……初めてここに来たからこそ、つまりは慣れていないからこそ思いつけることもある。自分がフリート達の敵対者であり、(いや、前は確かにそうだったが)、奴らの拠点を暴こうとするつもりで周囲をより丹念に観察してみる。
 天井、壁、さらには床にかがみ込んで手を軽く触れていき……ふむ、あとで注意しておくか……。
 ヨナ達が拠点に向かうために何度も通ったからだろう、洞穴の入口から拠点までの道筋に該当する部分だけ、他よりも砂や小さな石などが少なく、やや滑らかになっていた。いわゆる、森や山で言うところの獣道みたいな感じに近い。
 また天井から垂れ下がっている、氷柱のような岩のいくつかは先が折れていた。壁にもなにかがぶつかったり、こすれていったような、かすかな痕跡が残っている。おそらく、仲間の魔物達が洞穴のなかを通ったときに、身体をぶつけてそうなっていったのだろう。
 これらの痕跡はとても小さくて細かくて、ちょっと見ただけならまず気付かないだろう。しかし……もし敵対者のなかにちゃんと周りを確認するような、良くも悪くも神経質な奴がいれば、気付かれて、拠点までの道のりをたどられてしまう可能性がある。


 ……やっぱり散歩しておいて良かったな。


 これらのことにいま気付けたのは良かったと言える。フリート達と協力関係を築こうとする以上、必ずそれに反発する者や勢力が出てくるはずだ。もちろん、話し合いが通じるようであれば、なんとか説得したりして解決していくつもりだが……なかには話し合いが通じない過激派もいるだろう。
 その過激派は命を狙ってくる可能性があるし、場合によっては武力で解決しなくちゃいけなくなるかもしれない。万が一のそういう事態を想定して、少しでも被害を抑えられるように予防しとかねえとな。
 そうして他にもなにかないか、周囲を観察しながら洞穴の入口へと向かっていく。道筋の痕跡をたどればよかったので、特に迷うことなく、入口まで到着できた。それでも多少は時間が掛かったが。


「……すー……はー……」


 とりあえず、深呼吸。
 いまさらだが人間界と同じく空気があり、そして人間界にはない瘴気がある。酸素が身体に入っていくのと同様に、瘴気も身体に入ってかすかに気怠くなっていく。
 外の景色はというと、さっきここに来たときとあまり代わり映えはしないように見えた。しいて言えば、暗かった空が、気持ち程度にさらに暗くなった感じがするくらいだ。これが魔界の夜中を表しているのかもしれないな。


 眼下の荒野に視線を巡らせていく。魔界というからには、もっと魔物がたくさんいると思っていたが、周囲にそれらしき影は見当たらない。
 まあ、夜だから眠っているとか、ここが魔物の少ない地域だからとか、あるいは分からないだけで周囲に擬態してカモフラージュしているとか、いろいろと理由はあるかもしれないけどな。
 いまいるのはちょっとした高台みたいな場所で、洞穴の入口側は切り立った崖みたいになっている。眼下の荒野に下りれそうな、方面というか方向というか地面というか、道ではないので言い方がややこしいが、そういうのもある。とりあえず、そっちの方向から荒野まで向かってみるか?
 そう思って、足をそちらに向けたとき、洞穴のほうから、カサリ、と小さな音がした。不覚にも砂利石を踏んでしまったというような、そんなかすかな足音だ。


「……誰だ……?」


 振り返って、声を飛ばす。一応、念のためにすぐに応戦できる心構えも。
 返って来たのは、女の声だった。


「そう尋ねるということは、あなたの仲間ではないと思っているからですね」


 意外にもあっさりとそいつは姿を現した。首元まで伸びた銀色の髪、褐色の肌、先が尖った耳。顔立ちは人形のように端整で、瞳の色は紅。
 腰にはボウガンを身に付けていて、弓兵のような服装をしている。
 背後を尾行していたようだが、襲ってくる意志はないらしい。だが油断はしないように、女の言葉に返答する。


「俺の仲間や知り合いなら、わざわざ尾行する必要はないからな」


 フリートは性格的に尾行しないだろうし、ヨナはバレないようにもっと上手くやるだろう。エイラはそもそも尾行が下手だろうし。


「……なるほど。味方を信じているのですね」


 納得する様子の女に、再度尋ねる。


「俺の質問にまだ答えてないぜ。おまえは、誰だ?」
「……失礼しました。私はサラ。種族としてはダークエルフです」
「……ダークエルフ……」


 確か、エルフの亜種の。


「いままであなたのあとを尾行して、観察させてもらいました。あなたに用があったからです」
「…………ツッコミどころ満載だな」


 尾行とか観察とか用とか。
 だが女は構わずに。


「私に協力してください。私が炎魔になるために」


 そう言ってきた。



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