上 下
85 / 235
番外編 第一話

前編 俺に討伐してくれとは言わないんだな

しおりを挟む
 
「う、動けねえ……」


 木々の枝の隙間から陽の光が差し込む森の中、地面に倒れながら小さな声でつぶやく。


「くそっ……さっきかすったヘルハウンドの爪に、麻痺系の毒か魔法でも付加されてたのか……?」


 次の街へ向かう途中でこの森を通ったのだが、その際にヘルハウンドの群れに遭遇した。
 ヘルハウンド。地獄の魔犬といわれるそいつらは犬型の魔物であり、体長は個体差はあるもののだいたい一メートルから二メートルほど。一般的な認識ではケルベロスやオルトロスの下位種とされている。
 しかしあのケルベロスの群れの中には、おそらく麻痺系の毒か魔法が使える特殊個体でもいたのだろう。うかつにも、そいつの攻撃がかすっちまったってわけだ。
 ヘルハウンドの群れ自体は既に討伐完了して、いまは街への行路を歩いていたのだが……遅効性の麻痺だったのだろう、いま頃になって身体が動かなくなってきた。


「やべえな……この状態で魔物に見つかったら、ソッコーで死ぬぞ……」


 あいにくと麻痺を治す魔法は使えないし、薬も持っていない。いまはまだしゃべれるが、このままではいずれそれも出来なくなるだろう。


「くそっ……こんな時、ヒーラーでもいりゃあな……」


 怪我や毒の回復は薬系のアイテムでも出来ると思っていたが、やはり一人旅では限界があるのかもしれない。それらのアイテムが尽きた時に、ピンチに陥る危険性があるのだから。
 師匠の元を離れてからいくらか経つが、まさかこんなところで往生しちまうとは……。
 後悔先に立たず。いま頃になって後悔していると、近くの繁みがガサガサと揺れた。どうやら本当に死ぬ時が近付いているらしい。
 それでもギリギリまで抗ってやる……かすかに動く指先に極小の光の魔法陣を何とか出現させた時、繁みの向こうからそいつが顔を覗かせた。


「ハッハッ……」


 犬だった。さっきのヘルハウンドのような魔物種ではなく、普通の犬。犬種には明るくないものの、おそらくレトリバーと呼ばれる犬だろう。


「ハッハッ……」


 そいつが近寄ってきてペロペロと顔を舐めてくる。


「おい舐めんな……俺は食いもんじゃねえぞ……」


 邪気がないことは察せられたが、顔がベタベタするので文句を言う。すると、またもや繁みがガサガサと揺れて。


「もおー、勝手に走っていったらダメでしょー」


 その向こうから、今度は十代前半くらいの女の子が姿を見せた。


「いたいたー、って、人……⁉ え、死体……⁉」
「勝手に人を殺すな……」
「い、生きてる……⁉」


 小さな声で文句を言うと、彼女はまたも驚いた声を上げる。死んでても生きてても驚くのかよ。


「ど、どうしたの⁉ 怪我してるの⁉」
「魔物にやられちまってな……怪我はほとんどないが、身体が麻痺して動かないんだ……」
「麻痺……⁉ とにかくちょっと待ってて! いまおじいちゃん呼んでくるからっ!」


 そう言って彼女は繁みの中へと駆け出していく。てっきり犬もそのあとを追うかと思いきや、こいつはなおも顔をペロペロと舐めてきていた。


「だから舐めんじゃねえって……」


 無邪気な顔をしてるのがタチ悪い。


 
「いや助かった。あんがとな。あのままだったら魔物に食われてたかもしれねえからな」
「いえいえ、麻痺を治す薬が家にあって良かったです」


 礼を言うと、目の前の椅子に座る老人が笑顔を浮かべながら応じる。その隣にはさっきの女の子が座り、彼女の足元に犬が寝そべっていた。
 森の中にある集落、そのうちの木造の家屋の一つにいて、ここは彼らの自宅だった。倒れていた場所からここまで運ばれて、薬を飲まされて治療されたのだった。


「そういや自己紹介がまだだったな。俺はシャイナ。旅の冒険者で、光魔導士をやってる」
「私はウッズと申します。この子はフォレ」


 じいさんの言葉に、女の子が足元の犬を示しながら口を開く。


「この子はルデンっていうんだよ。よろしくね、シャイナ」
「ルデン? 変わった名前付けてるんだな」
「ゴールデンレトリバーだから、ルデンってしたの。覚えやすいと思って」
「……覚えやすいか……?」


 まあ彼女がそれでいいなら、別にいいか。
 ルデンはもう結構な老齢なのか、はしゃいだり騒いだりはせずに、静かに彼女の足元で寝そべったままだった。
 と思ったら、不意に起き上がって、のそのそと歩み寄ってくる。なんだ? と思っていると、近くまで来たルデンはペロペロと足を舐め始めた。


「うおっ⁉ だから舐めんじゃねえ!」
「あははっ。ルデンはねー、気に入った人やものがあると舐める癖があるんだよー。良かったね、シャイナ、ルデンのお気に入りだよ」
「ちっとも良くねえ!」


 女の子に続いてじいさんも笑顔を浮かべながら。


「珍しいですなあ。ルデンが初対面の人物にそうするなんて」
「俺は全然嬉しくないんだがっ⁉」


 その間も、ずっと犬は舐め続けていた。


「だから舐めるな!」


 
「それにしても、こう言っちゃなんだが、よくこんなところに住めるな。ヘルハウンドみてえな魔物が出るってのに」
「「…………」」


 言うと、二人はおもむろに押し黙る。思っていたことを言ったんだが、機嫌を損ねちまったか?
 と、ややあってじいさんが重々しく口を開いた。


「実は、以前は魔物の出ない平和な森だったのです。しかし最近になって、急に魔物が出るようになって……」
「…………」
「まだ集落自体は襲われたことはないのですが、狩りや薪集めなどで森に行った者が襲われるようになって……」
「別の場所に住もうとは思わないのか?」
「……そう言って出ていった者もいます。しかし……後に森の中で死んでいるのが見つかって……魔物に食われた跡もあって……」
「…………」
「集落のみんなで話し合って、下手に集落を出ようとするよりはギルドからの討伐部隊を待ったほうが良いという結論になりまして……。先日、街のギルドへと応援を頼むための使いを出して、いまはそれを待っている次第です」
「…………、そいつもやられちまうかもとは思わないのか?」


 尋ねると、じいさんは憂鬱な顔付きで首を横に振る。


「……そうならないことを祈るばかりです。とにかく、もう数日待っても応援が来なかったら、また次の使いを出すつもりです」
「…………、一応聞くが、俺に討伐してくれとは言わないんだな」
「…………っ」


 じいさんはハッとした顔を上げる。しかし顔に陰を落としながら。


「…………いえ、魔物の群れがどの程度の規模なのか分からない以上、無関係なシャイナさんを巻き込むわけにはいきません。もしかしたら、一人では対処出来ないくらいの大規模かもしれないんですから……」
「…………、そうか……」


 しばしの沈黙。じいさんも女の子も犬も、暗い雰囲気を漂わせる。
 そして、じいさんは気持ちを切り替えるように顔を向けてくると。


「それよりも、もうすぐ日没ですし夕飯にしましょう。シャイナさんもご一緒に」
「いいのか?」
「ええ。それに夜は危険ですので、今日は泊まっていってください」
「いや、そこまでしてもらうわけには……」
「いえいえ、お気になさらずに。それにシャイナさんが魔物に襲われてしまっては、この子達も悲しみますから」
「…………じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか」
「ええ、是非」


 それから質素ながらも食材の良さを引き出した美味い夕飯をご馳走になって、二人にこれまでの旅のことなどを話したり、犬に舐められたり……そんなこんなで夜は更けていった。
 
 
 続く。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。 電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。 信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。 そうだ。西へ行こう。 西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。 ここで、ぼくらは名をあげる! ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。 と、思ってた時期がぼくにもありました…

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる

月風レイ
ファンタジー
 あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。  周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。  そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。  それは突如現れた一枚の手紙だった。  その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。  どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。  突如、異世界の大草原に召喚される。  元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。

ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜

平山和人
ファンタジー
Sランクパーティー【黄金の獅子王】に所属するテイマーのカイトは役立たずを理由にパーティーから追放される。 途方に暮れるカイトであったが、伝説の神獣であるフェンリルと遭遇したことで、テイムした魔物の能力を自分のものに出来る力に目覚める。 さらにカイトは100年に一度しか産まれないゴッドテイマーであることが判明し、フェンリルを始めとする神獣を従える存在となる。 魔物のスキルを吸収しまくってカイトはやがて最強のテイマーとして世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを追放した【黄金の獅子王】はカイトを失ったことで没落の道を歩み、パーティーを解散することになった。

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

処理中です...