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第一部 始まりの物語
第五十六話 村や街が襲撃を受けているとの報告が入った!
しおりを挟む「何故何も仰ってくれないのですか? 何故私を見てくれないのですか? ああ、主様、私にどうか、どうか救いの手を差し伸ばして下さい。主様……!」
ガンガンと頭を石壁にぶつけながら男はなおもつぶやき続けている。完全に自分の世界に入っているその様子は鬼気迫るものがあるが……ふと、俺は一抹の違和感を覚えて、ウィズに尋ねた。
「ウィズ、一応の確認なんだが、こいつはフリートたちと通信しているわけじゃないよな?」
「そんな筈はない。さっきも言ったが魔法は封じているし、収監する際に魔法具の類いがないか念入りに確認した。誰とも連絡する手段はない筈だ」
男には首輪、手錠、足枷といった拘束具が取り付けられている。それらが男の魔法を封じ、身動きを制限している以上、仲間と連絡を取ることは不可能というわけだ。
ならば、さっきからぶつぶつとつぶやいているこいつの言葉は、あくまでこいつの妄想ということ……なのか?
得体の知れない疑問が俺の頭に巣食い始めているとき、そんなことには気付かない様子でサムソンが男に言った。
「僕達のことを無視するようだが、このことを知れば、それも出来なくなるだろ。いまこの牢獄の前にいるこのシャイナは、おまえの崇拝するフリートを倒したことを知ればな」
サムソンが指を俺に向ける。男のボスの仇敵ともなる俺がいることを示せば、否が応にも何かしらの反応を示すはずだ。そしてその予測通り、男が始めてこちらに顔を向けて関心を示した。
「…………」
誰が自分に言ったのか、誰がフリートを倒したシャイナという人物なのかを確かめるように、ウィズ、サムソン、俺の順に男が視線を投げかけてくる。その目が、サムソンの指し示す俺に固定されて、じっと、二つの黒い眼球が俺を見つめてくる。
黒い眼球。普通の人間にならあるはずの白目の部分がなく、また虹彩や瞳といった普通の黒目に該当するであろう部分も見られない、完全に黒色で統一された眼球。
こいつは魔族で、だからこそ、それが魔族の特徴なのか。はたまた、この男だけの固有の特徴なのか。
自らを魔族と名乗ったフリートにそのような特徴は見られず、普通の人間と同じような目をしていたことを考えると……黒い眼球というのはこの男自身の特徴の可能性が高い……かもしれない。
まるで深淵のようなその黒い眼球に凝視されて……不気味だな……と、思わずぞっとしてしまう。
「……おまえがあの御方を倒した……? 何を馬鹿なことを。おまえごときのような脆弱で矮小な人間があの御方を倒せる訳がない。俺様を騙そうとしても無駄だ!」
さっきまでの卑屈な態度とは一変して、男は高圧的な振る舞いで言ってくる。おそらくこれがこの男の本来の性格なのだろう。
「僕は事実を言っているだけだ。その証拠に、おまえ達の当初の計画通りに事が運んでいるなら、今頃は皇帝は死に、帝国はおまえ達の手に落ちている筈だろう?」
「…………」
男を精神的に屈服させ、フリートたちの情報を手に入れるためにサムソンは言う。その言葉を信じようとしないように口を引き結んだ……かと思いきや。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! おまえらのような卑怯で傲慢な人間共の言うことなど嘘に決まっている! あの御方は最高にして最強の帝王なのだ! 我が主様は高潔で神をも超える力を持っているのだ!」
ガンッ、と、男がこちら側の鉄格子に組み付くようにして、サムソンへと食ってかかる。だがサムソンは全く動じない。鉄格子や拘束具があるからなにも出来はしない、というのも無論あるが、それ以上に、例え男がなにかしらの危害を加えようとしてきたとしても、即座に対処して無力化できる自信があるからだ。
それはサムソンだけではなく、ウィズも、そして俺自身も同じこと。
「おまえら如きにあの御方が負ける筈がない! これ以上ふざけた戯言を言うのなら、いまここで俺様が殺してやる! 二度と喋れないように八つ裂きにしてやる!」
「ふん。この程度の挑発に乗るような器の小さい小悪党に、僕やウィズさんが殺られる訳ないだろ。認めたくはないが、シャイナもな」
「黙れ黙れ黙れ黙れ!」
「そしておまえのような小悪党を従えているくらいだから、おまえのボスのフリートの器もたかが知れるというものだ」
「黙れ黙れ黙れ黙れ! あの御方は全てを焼き尽くす炎魔を司る方だ! あの御方が持つ魔炎剣が本来の力を取り戻せば、おまえらも、この国も、存在そのものを焼滅できるのだ!」
「魔炎剣? もしかして、炎魔が振るうとされる、魔界の炎のことか?」
話を聞いて、俺は思い当たる。もしや男が言っているのは、フリートが使ったフランベルジュのことか?
と、そのとき、ウィズが腕に付けていたブレスレット型の通信魔法具に連絡が入った。
『ウィズ、聞こえるか? リダエルだ!』
「こちらウィズ。どうした、リダエル?」
リダエルの声には緊迫感が漂っていた。
『たったいま帝都周辺に点在している村や街が襲撃を受けているとの報告が入った!』
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