上 下
47 / 235
第一部 始まりの物語

第四十七話 次に会った時は絶対に、ぎったんぎったんのけっちょんけっちょんにしてやるんだから!

しおりを挟む
 
 風の結界の天井を突き破って落下してきたなにかによって土煙が舞い上がり、周囲の視界が一時的に悪くなる。いったいなんだ⁉ と、土煙から呼吸器官を守るように口元と鼻の前に腕を上げながら、落下してきたものの正体を確かめようとしていたとき、銀髪の女が土煙の中心へと歩み寄っていくのが見えた。


「フリート様の命で来たのですか、トリン?」
「うん、そだよー。まったく、黙って勝手に行動するの、ヨナの悪い癖だよ。フリート様も文句言ってたし」
「それはすみませんでした。以後、気を付けます」
「前もそんなこと言ってなかった?」
「そうでしたか?」
「そうだよ!」


 土煙によって塞がれていた視界が徐々に晴れていき、ヨナと親しげに会話する、幼さの残る女の子のような声の主の姿が見え始めてくる。
 見た目は十代前半くらいと相当若く、髪型はショートボブくらいの短さなのだが、その髪の色は黒や金や銀など、まるで虹のように部分ごとに別々の色になっていた。


「フリート様自身がお越しになっていないということは、まだ怪我は完治されていないのですね?」
「昨日の今日だからねー。全部治るにはもうしばらく時間がかかるみたい。……っと、こんなこと話してる場合じゃなかった」


 よく見ると、ヨナにトリンと呼ばれていたその虹色の髪の女の子の周囲には、まるで小さな隕石でも降ったあとのような地面の窪みと、わずかに燃え残る火があった。
 それらは風の結界を突破した影響でできたのだろうが……『火』という現象から、俺はとっさに思い至る。


「フリートの炎魔法で突き破ってきたのか⁉」


 土煙のせいで周りがよく見えていなかったのかは分からないが、虹色の髪の女の子はそのとき初めて気が付いたように、俺のほうに顔を向けた。


「へえー、フリート様のことを知ってるってことは、もしかしてあいつが話に聞いた光魔を導く者?」
「ええ、そうですよ、トリン。彼がシャイナ様です。先程まで私と戦っていたのですが、ちょうど良い時にトリンが来てくれたのです」


 トリンの言葉にヨナが応じて、ヨナもこちらに目を向ける。


「シャイナ様、今回の戦いはここまでにしましょう。色々と驚かせて頂き、見聞が広がりました。ありがとうございます」


 それからトリンに向いて、


「それでは戻りましょうか、トリン。ちゃんとその為の備えはしているのでしょう?」
「えーっ⁉ せっかく来たんだから、あたしも暴れたいよー! あの光魔の導き手と戦ってみたいーっ! ヨナばっかりずるいーっ!」
「今回は我慢して下さい。トリンが倒されてしまっては元も子もないのですから」
「でもーっ!」


 トリンがなおも文句を連ねようとしたとき、彼らの向こう側から、剣を構えたルナが彼らへと迫っていった。


「わざわざ逃がすわけないだろう!」


 そして剣を振りかぶったルナがそれを振り下ろそうとしたとき、その剣先がなにもない空中で突如として停止する。


「誰、君? 悪いけど、あたし、弱い奴には興味ないんだよねー」


 無邪気な子供っぽくそう言ったトリンが、魔法の杖を使うように人差し指をひらりと振ると、硬直していた剣がなにかに引っ張られるようにして動き出し、


「な、きゃあーっ⁉」


 それにつられてルナの身体も結界の壁のほうへと吹き飛ばされてしまう。


「ルナ⁉」


 叫んだ俺の片頬を、ヒュンッ! という風切り音とともになにかが高速で通り過ぎ、頬の表面が切れて一筋の血が流れ出す。


「……⁉ いまのは……⁉」


 速い……⁉ あまりにも速すぎて視覚で捉えきれなかった。


「おやあー? ね、ね、ヨナ、いまの見た? あいつ、あたしの牽制に全く反応できなかったよ! もしかして、あたしならあいつに勝てるんじゃない⁉」
「……調子に乗ってはいけませんよ、トリン。シャイナ様は神殺しの力でフリート様を破ったお方です。それに私自身、戦ってみて分かりましたが、シャイナ様の逆境を打破する力は目を見張るものがあります。いまここで私達だけで戦うのは得策ではありません」
「えー、でもー」


 駄々をこねる子供を諭すように、ヨナがトリンに言う。


「いいですか、トリン。いま、あなたの力を見破られてしまっては、後々の計画に支障を来すかもしれません。それに今回得た情報をフリート様に持ち帰らなくては」
「それはそうだけどー……」
「分かって下さい、トリン。私はともかく、いま、あなたを失う訳にはいかないのです。あなたを失えば、フリート様はきっとお悲しみになります」
「……うー……分かったよー……フリート様を失望させる訳にはいかないもんねー……」


 ヨナの説得に、渋々ながらも納得したトリンが俺のほうを見た。


「という訳だから、光魔の導き手、今日の所は見逃してあげる! でも! 次に会った時は絶対に、ぎったんぎったんのけっちょんけっちょんにしてやるんだから!」


 それからヨナに、


「それじゃあ、ヨナ、しっかり掴まって。猛スピードでここから離れるから」
「はい、分かりました」


 そしてヨナがトリンの華奢な腕に掴まり、


「待て!」


 俺の叫びを無視して、二人は風を切るような物凄い速さで空中に飛び上がると、穴の開いた結界の天井から外へと飛び出していった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~

草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★ 男性向けHOTランキングトップ10入り感謝! 王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。 だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。 周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。 そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。 しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。 そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。 しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。 あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。 自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。

処理中です...