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第一部 始まりの物語

第十六話 シャイナの妻のエイラと申します

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 目が覚めたとき、そこは暗い場所で、俺はベッドに寝かされているようだった。
 暗いといっても完全な闇というわけではなく、ベッドのサイドボードに照明器具型の魔法具が置かれていて、それに灯っている暖色系の明かりが周囲を暖かく柔らかく照らしていた。


 ここは……どこかの部屋か……?


 ゆっくりと上体を起こして室内を見回す。部屋のなかには誰もいないらしい。
 気絶する前にボロボロだった身体には痛みがなく、おそらくあのあとヒーラーに治療してもらったのだと予測がついた。
 またそのとき気付いたが、着ている服もそれまでのものと違っていて、普通のシャツとズボンだった。おそらく治療の際に一度脱がされたのだろう。


 ……。


 と、そんなことを考えているとドアの向こうから誰かの歩く足音が聞こえてきて、取手がカチャリと動いていく。
 開いたドアの向こうは魔法具の照明が灯っている廊下らしく、暖かい光によって切り取られたような部屋の入口に、紙袋を持つディアさんがいた。


「あ……っ、気が付いたんですね、シャイナさん。良かった……」


 嬉しそうな声を上げながら、ディアさんが入口近くの壁に手を当てる。
 おそらくそこに照明魔法具の小さな魔法陣……魔力を通わせることによって魔法による明かりをつけるための魔法陣があるのだろう。
 天井に光が灯り、部屋のなかを明瞭にしていく。ディアさんはドアを閉めるとこちらに来て、ベッド近くに置かれていた机から椅子を持ってきて腰を下ろした。


「あのあと……俺が気絶したあと、どうなったんだ?」


 俺が尋ねると、彼女はサイドボードの照明を消しながら答える。


「安心してください、誘拐された女の子に怪我はありませんでしたし、ご両親の元にちゃんと帰ることができました」
「そうか……良かった……」


 俺はほっと息をつく。


「誘拐犯たちについても、官憲が捕らえて、いまは牢屋に入っています。……一応、全員ひどい怪我を負っていますが、命に別状はないようです」
「……」
「……シャイナさんが気になっていると思ったのですが……余計なお世話でしたか……?」
「いや……気にするな」


 おかしな話だと、自分でも思う。殴り飛ばしたやつらの心配をするなんて。
 微妙な空気が流れたその場を取り繕うように、彼女は膝に置いていた紙袋を少しだけ上げるようにして俺に見せた。


「そうそう、これ、シャイナさんが着ていた衣服です。ところどころ血で汚れてしまっていたので、装備品屋さんに頼んで補修していただきました」
「……まさか、ディアさんが脱がしたのか? そのために?」
「なっ……⁉」


 気になっていたことを尋ねると、彼女は顔を真っ赤にして、ブンブンと、あまりの勢いで千切れるのではと心配するほど、勢いよく首を横に振った。


「ち、違いますっ! 全身に怪我をされていたので治療するためにヒーラーのかたがそうして! そ、それで、どうせならついでに汚れた服を補修したほうがいいって言われたので! わ、わたしがシャイナさんの身体を見たくて脱がしたわけでは! 決して!」
「そうなのか……」


 動揺が大きすぎる気もするが、よく考えれば、他人の裸を率先して見たいなどと、自分がそんな変態扱いされれば、本当に変態ならともかく、たいていは誰だって必死に否定するよな。
 ……ん? 服を補修したほうがいいと、言われて……?


「そういや、服の汚れを取ったほうがいいって、誰に言われたんだ?」
「あ、それは……」


 彼女が答えようとしたとき、廊下のほうから、


「まったく心配性だな。シャイナがそう簡単に負けるわけも死ぬわけもないだろう?」
「でもでも! 全身に怪我をしてたんだから!」
「それだってもう治ってるじゃないか」
「そうだけどー!」


 そんな声が聞こえてきた。片方はトウカで、もう一人は……。
 俺とディアさんがドアのほうに顔を向けたとき、そのドアが開いて、ヒーラーの格好をした女が姿を見せる。
 肩にかかるほどの長さの金髪で、瞳の色は碧。手に杖を持つその女は……。


「……エイラ……」


 つぶやく俺に、エイラは俺がもう目を覚ましていることに驚いたのか、瞳を少し見開き、次いで、


「……シャイナ……」


 そう言葉を漏らしながら瞳から涙を滲ませて、持っていた杖を胸の前でぎゅーっと握りしめるようにすると、


「シャイナああああーっ!」


 杖を放り投げながら、こちらにダイブするような勢いで、俺へと抱きついてきた。


「シャイナあー! 生きてて良かったよおー!」


 わんわんと嬉し涙を流しながらエイラが言い、そんな彼女をディアさんが驚いた顔で見ているが……俺はいま、いったいどんな顔をしているのだろうか。
 宙をくるくると回っている杖をぱしっと掴み、遅れて入ってきていたトウカがやれやれとため息をついた。


「まったく、エイラにも困ったものだな。そんな大声を出したら近所迷惑じゃないか」


 そして俺に目を向けて、


「起きたようだな、シャイナ。睡眠不足は解消できたかい?」
「メチャクチャ痛かったがな」
「それは良かった」
「どこがだよ」


 俺のツッコミを無視してトウカは続ける。


「ここはいまあたしたちが泊まってる宿屋……きみにとってはパーティーを追放される前まで泊まっていた宿屋だ」
「なるほど。どうりで、なんとなく見覚えのある内装だと思ったぜ」


 俺は室内に首を巡らす。……ん? ってことは、サムソンもここにいるのか……。
 そのことを俺が聞こうとする前に、トウカが口を開く。


「エイラ、感動の再会はもういいから、自己紹介をしたらどうだい? こちらが前に話したディアさんだ。冒険者ギルドの受付嬢をしている」


 その紹介に、ディアさんが慌てて立ち上がりながら頭を下げた。


「ディアと申しますっ。ギルドの受付嬢をしていますっ。シャイナさんにはいろいろと助けていただき、感謝していますっ」


 そんなディアさんのことを、エイラは涙で濡らした俺の胸から顔を離すと、


「……」


 無言で見つめる。


「あ、あの……?」


 ディアさんが戸惑いの声を漏らしたとき、エイラはようやく俺から手を離して、自分の衣服の乱れや涙の跡などを軽く直したあと、ぺこりと頭を下げる。


「こんばんは、ディアさん。昼間は‘’わたしの‘’シャイナを助けていただき、本当にありがとうございます」


 ……ん?
 ディアさんも、


「……え?」


 と呆気に取られた声を漏らす。
 そしてエイラは、


「自己紹介が遅れました。わたし、シャイナの妻のエイラと申します」


 にっこりと笑いながら、そう言った。



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