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第一部 始まりの物語
第十一話 え、ええ、ええええっ……⁉
しおりを挟む近くの森に生えている薬草を採取してきてほしい……今日の朝にギルドに行ったときに、Fランクの俺が受けられるクエストは、ランク指定がなされていないそれだけだった。
そしてそれを受け、一人で森へ行き、薬草が生えている場所で襲ってきたでかいネズミ型の魔物を難なく倒して、俺はギルドへと戻っていく。
「ほら、クエストの薬草だ」
「シャイナ様ですね、かしこまりました、ただいま依頼条件に合致しているか鑑定致しますので、少々お待ちください」
受付に採ってきた薬草を置くと、ディアさんではない別の受付嬢はそれを受け取り、引き出しから出した手袋型の魔法具を手にはめる。
彼女が薬草に触れて、空中に表示される光の窓枠に目を通していく……そこにはその薬草についての情報が列記されているのだが、俺はギルドのなかを見渡しながら、薬草を確認しているその受付嬢に尋ねた。
「ディアさんは休みなのか?」
「彼女なら、今日は別の仕事に駆り出されてますよ」
「ふーん……」
納得したようにつぶやいた俺に、その受付嬢はむふっと意味ありげな笑みを浮かべる。
「もしかして、気になりますか、彼女のこと」
「? まあ、昨日無事に家に帰れたのかって思ってな」
その受付嬢の笑みの意味はよく分からないが、俺がそう答えると、
「またまたー、本当にそれだけですかー?」
「はあ……?」
本当にそれだけなんだが……。まあいい、俺は言う。
「それより、鑑定結果はどうだ? クエストの達成条件は満たしてるだろ?」
「あ、はい、条件は満たしているので、今回のクエストはこれで達成となります」
手袋を外して、引き出しのなかにしまいながら彼女は続ける。
「この薬草は当ギルドで受理し、午後には依頼主のほうに届けておきます。達成報酬は依頼主のほうで受理確認が済み次第、遅くとも明日には指定口座に振り込んでおきますので」
「分かった。そんじゃ、なんか新しいクエストは来てないか? Fランクの俺でも受けられるような……」
「少々お待ちください」
受付嬢は薬草を専用の箱に入れて、奥にいた男の職員を呼んでそれを渡すと、受付の引き出しを開けて今度は本型の魔法具を取り出す。
そしてその魔法具を使ってクエストを調べていき……少しして顔を上げると残念そうに首を横に振った。
「申し訳ありませんが、ただいまは新規のクエストはないようです」
「そうか」
「何時間か経てば依頼が出るかもしれませんので、午後にでもまたお越しください」
「分かった」
残念だが、こればかりは仕方ない。俺はうなずくと、ギルドを出ていった。
道を歩きながら上着のポケットから小さな懐中時計を出して、時刻を確認する。
11時50分。昼時か。どうりで腹が減ってきてたわけだ。
近くに料理屋か食料品店でもないかと首を巡らすと、少し離れたところにパン屋があるのを見つけた。
昼はパンでいいか。そう思ってそのパン屋へと歩いていったとき、パン屋の扉が開いて、小さな紙袋を持ったディアさんが出てきた。
「ディアさん」
声をかけると、彼女も気付いたらしく、
「シャ、シャイナさんっ」
偶然会ったことに驚いたようで、少しびっくりした顔をした。
……約十分後。
俺とディアさんはパン屋の近くにあった公園のベンチに、隣り合って座っていた。
「べつに俺がパンを買うのを待っていなくてもよかったのに」
俺がそう言うと、ディアさんは慌てたように首を横に振った。
「い、いえ、一人でお昼を食べるのもアレでしたのでっ」
「ふーん」
つぶやきながら俺は紙袋を開けて、買ってきたあんパンを取り出して頬張り始める。
彼女も自分の紙袋からサンドイッチを取り出すと、ちらちらとこちらに目を向けながら食べ始めた。
……なにがそんなに気になるのやら……もしかして……。
「ディアさん、もしかしてあんパン食べたいのか?」
「ふぇっ⁉」
いきなり言われたからか、彼女は少しびっくりしていた。
「いや、さっきからずっとこっちをチラ見してるから、そうかと思って」
「えっと、あの、その……っ」
「なんなら一個あげるよ。まだ他にもあるし」
そう言って俺が手に持っていたあんパンを差し出すと、彼女はいままで以上に慌てて、
「え、ええ、ええええっ……⁉」
目をぐるぐるさせるという形容がぴったりくるほどに、動揺していた。
「あ、あの、それじゃあ、お言葉に甘えて、いただき……」
「あ、悪い。俺の食べかけとか嫌だよな。ほら、新しいの」
「……………………」
紙袋から別のあんパンを取り出して彼女の手に置くと、彼女は無言のままそれを見つめていた。
「どうした、ディアさん?」
「……いえ、なんでもないです……」
そして彼女は小さなため息を一つついて、あんパンに口をつけた。
あれ? なんでため息?
「もしかして、あんパン嫌いだったか?」
「いえ、そういうわけでは……それより、昨日はスライムの件、本当にありがとうございました」
「そのことならもういいよ、何度も礼を言われるようなことでもないし」
「そんなことないですよ。そのあと料理屋さんのトラブルも解決してましたし」
「あれだって、官憲が来てりゃ、遅かれ早かれ解決してたしな」
「でも、シャイナさんたちが早く解決したからこそ、料理屋の店長さんはあれ以上の怪我を負わずに済みましたし、他のかたがたも怪我をせずに済みましたから」
「……それは、そうかもしれないが……」
「だから、本当にありがとうございます」
顔をこちらに向けて、改めて礼を言ってくる彼女に、
「……おう……」
柄にもなく、俺は照れ隠しをするように、頬を人差し指でポリポリとかいた。
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