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第一部 始まりの物語
第八話 あたしはシャイナの理由が知りたいんだ
しおりを挟むショートボブの黒髪で、瞳の色も黒。顔立ちこそ幼さが残っているものの、厳しい修業と数々の修羅場を乗り越えてきただけあって、その瞳には落ち着きや冷静さが漂っている。
着ている武闘着は動きやすさなどの機能を優先していて、その胸元には『気』の文字が印字されている。
そんな出で立ちをした彼女……トウカは、俺の姿を認識するや、一足跳びでこちらへと迫ると、俺の頭をゴチンッと拳骨で殴ってきた。
「えぇっ⁉」
突然のことに、そばにいた受付嬢のディアさんが驚きの声を上げ、
「ぐおっ⁉」
俺は頭を押さえてその場にうずくまる。
いきなりだったこともあるが、パーティー内でも随一のスピードを誇る彼女の攻撃に反応する余裕がなかったのは確かだ。
いやしかし……。
「いってーな! いきなりなにすんだよ!」
「理由なら分かってるだろ! なんでいきなり出ていった⁉」
「……っ」
立ち上がって言った俺の文句に、トウカも大声で返してくる。そのまま彼女は続けて、
「シャイナがいなくなって大変だったんだぞ! いや正確にはエイラが大変だったんだけど……」
「エイラが……?」
「とにかく、なんであたしとエイラに黙って出ていったんだ⁉」
「それは……サムソンに言われて……」
「そのことならサムソンから聞いてる。でも、だからって、あたしとエイラに相談せずに出ていくのは勝手すぎるんじゃないか⁉」
「そんなこと言われても……」
まくし立てるトウカの迫力に俺が気圧されていると、そばにいた受付嬢のディアさんが恐る恐るといった様子で声をかけてきた。
「あ、あの、事情はよく分かりませんけど、まずはいったん落ち着きましょうっ。話はそれから……」
「……誰……?」
そのとき初めていることに気付いたのか、ディアさんのことを見たトウカが疑問の声をつぶやく。
その問いに、
「あ、あの、わたし、ディアっていいますっ。この街のギルドの受付嬢をしていますっ。シャイナさんに言われて街の人たちをヒーラーさんに見せたり、シャイナさんのクエストの案内をさせていただきましたっ」
「……」
慌てたように答えるディアさんを見て、次に俺を見て、そしてトウカはため息を一つついた。
その様子にディアさんは戸惑ったように口を開く。
「あ、あの……?」
「いえ、なんでもない」
トウカは首を振りながら答えると、ディアさんのほうに顔を向けて、
「ディアさんだっけ、確かにあなたの言う通りかも、まずは落ち着いて、それから話をしましょう」
そしてトウカは宿屋の隣に建っている料理屋の看板に目を向けて言った。
「ちょうどいいところに料理屋もあることだし」
そのままディアさんへと視線を下げて、
「ディアさんもお腹が減ってるでしょ、一緒に食べていきましょ」
「え? え?」
「いいからいいから」
戸惑った様子のディアさんの背中を押しながら料理屋へと向かっていく。その途中、トウカは俺へと顔を向けて、にっこりとしながら、
「逃げるなよ」
「……」
俺に拒否権はないらしい。
……約十分後。
俺たち三人はオンボロ宿屋の隣の料理屋の、端のほうのテーブルについていた。
「あたしは鶏の唐揚げとライス大盛りで」
「じゃあ俺は牛丼」
注文を取りに来たウェイトレスにトウカと俺は注文し、なぜか一緒に来ることになったディアさんにトウカが注文を促す。
「ディアさんはなににする?」
「え、えっと、わたしはべつに……」
「なににする?」
「……スパゲティーでお願いします……」
笑顔で問い詰めるトウカに根負けして、ディアさんが落とした声で言う。
注文を受け取ったウェイトレスが去ると、トウカが茶化すように俺に言ってくる。
「シャイナは相変わらず肉が好きだな。将来太るぞ」
「うっせー、トウカだってそうじゃねーか」
「はは、あたしは武闘家だから。むしろ肉を食べないと身体が動かないんだよ」
「よく言うぜ……って、そうじゃねーよ⁉」
バンっとテーブルに両手をついて、立ち上がりながら俺は言う。
「なんで料理屋でメシの注文なんかしてんだよ⁉」
音と声が大きかったせいで周囲にいた他の客や店員がこちらを見るが、俺はそれには構わず、
「話をすんなら別の場所でいいだろ、それこそサムソンやエイラと一緒に」
「まあまあ落ち着けって」
「つーかディアさんも一緒にいさせる意味なんか、それこそないだろーが!」
「とりあえず座れって。あと普通にうるさい、お店や他のお客さんに迷惑だから」
「いってえ!」
ゴチンッ! っと、トウカは座ったままなのにもかかわらず、俺の頭に衝撃がぶつかって、俺は自分の椅子に座り直させられる。
気功。おそらくは拳骨くらいの大きさの気功の塊を俺の頭上に作って、落としたのだろう。
「そうそう、とりあえずディアさんにもいまのあたしたちのことについて、簡単に話しておこうか」
そう言って、トウカはディアさんに俺たちのことについて、かいつまんで話していく。
それで多少事情を知ったディアさんは、未だに痛みに頭を抱えてテーブルに突っ伏している俺に代わって、おずおずとトウカに尋ねた。
「あ、あの、事情は分かりましたけど、シャイナさんも仰いましたが、どうしてわたしも……?」
「お腹減ってないの?」
「ま、まあ、夕飯時ですし……」
「なら、それでいいんじゃない? 理由なんて」
「そ、そういうものですか?」
「そういうもん、そういうもん」
ひょうひょうとしたトウカに納得させられそうになっているディアさんに、痛みが引いてきた俺は頭に片手を当てながら、顔を上げて注意する。
「ディアさん、言いくるめられたらダメだ。トウカは脳筋のように見えて、結構ずる賢いやつだから……」
「誰が脳筋でずる賢い狐や泥棒猫みたいな小悪党だ」
「そこまで言ってね……いってえ!」
二度目の衝撃。俺はまたテーブルに突っ伏した。
「だ、大丈夫ですか、シャイナさん?」
おそらくは頭にたんこぶが重なっているであろう俺にディアさんが言ってくるが、俺が答えるよりも先にトウカが口を挟んだ。
「大丈夫大丈夫、シャイナはこれくらいじゃ痛くもなんともないから」
「はあ……」
そんなわけねえだろ。
テーブルに突っ伏しながら俺はつぶやくが、トウカはそれを完全に無視して、
「まあ、ディアさんに同席してもらった理由をしいて挙げるなら、証人として、かな」
「証人……?」
ディアさんが疑問の声を漏らし、俺も頭に片手を当てながら顔を上げる。
トウカは続けた。
「そう。これからあたしとシャイナで交わす会話を聞いて、後々で食い違いとか水掛け論とかが起こらないようにするための、証人」
……やっぱこいつ、ずる賢いな……。
俺はそう思い、ディアさんも息を飲む。
そんな俺たちを見て、微笑を浮かべながら、トウカは始めた。
「それじゃ、料理が来るまでに最初の議題を始めようか。シャイナ、さっきも聞いたけど、どうしてあたしやエイラに相談せずにパーティーを出ていったのさ?」
「それは……サムソンに言われたからだ。俺をパーティーから追放する、って」
「それはサムソンの理由だ。彼がそう言ったとしても、きみは拒否することができたはずだし、あたしたちに相談することもできた」
「それは……」
「あたしはシャイナの理由が知りたいんだ。きみが反論も拒否もせずに、すごすごとパーティーから離れた理由をね」
「……」
俺は口を閉ざす。少し待っても俺がなにも言わないからか、トウカがやれやれといった調子で口を開く。
「まったく、きみが出ていったせいで、エイラはきみを探すって宿屋を出ていくし、そのエイラに付き合わされて、あたしまであちこち探し回ることになったんだから」
「だから、さっきあのオンボロ宿屋から出てきたのか」
「そ。……で、そろそろ聞かせてくれないかな。どうして大人しく『勇気ある者たちの集い』を離れたんだい?」
「……」
その質問に差し掛かるや、俺はまた口を閉ざす。しかし今度こそは絶対にしゃべってもらうぞと言いたげに、トウカはじっと俺のことを見つめて、口を開くのを待っている。
トウカだけじゃなく、成り行きを見守るように、ディアさんも心配そうな瞳で俺のことを見つめていた。
……パーティーを大人しく離れた、俺自身の理由……。
「……それは……」
俺が言葉を紡ごうとしたとき。
「テメエ! どういうことだオラアッ!」
店の奥のほうのテーブルから男の怒鳴り声が聞こえてきた。
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