天使がねたあとで

にあ

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☆side-she☆





彼の泣き顔を初めて見た


ううん


きっとこれはただの幻


だって彼は今、わたしの傍にはいないはずだもん


薄れゆく意識の中で


煙と火薬の匂いに包まれていることに気がついた


理由はわからないけれど


わたしは、たぶん


撃たれてしまった


もしかしたら


このまま死んでしまうかもしれない


でも


自分でも不思議なくらい恐怖や痛みは感じなかった


子どもたちのことは、もちろん気がかりだったけど


なにより心配だったのは


ほんとうはすごく寂しがり屋で、周りが思ってるほど強くはない
 

世界でいちばん大好きな人


わたしにはけっして見せなかった泣き顔を


どうか


どうか


 
抱きしめてくれる人がいますように





               ~15年前~





きっかけは消しゴムだった


彼の隣の席になって初めての定期考査の最中に、うっかり手が滑って机の上から落とした消しゴムが


「あっ…」


コロコロと教室の隅まで転がっていって焦っていると


「あはははは」


それまで1度もわたしに笑顔を見せたことのなかった彼が大きな声で笑い出した


「試験中ですよ、真剣にやらないなら出ていきなさい」


当然、試験監督をしていた担任の女性教師に彼は注意され


「わかったよ」


ほんとに席を立って教室から出て行ってしまう時、真新しい自分の消しゴムをそっとわたしの机の上に残してくれた


「これ…ありがとう。でも、どうして笑ったの?」


放課後、中庭のベンチで漫画を読んでいた彼を見つけて貸してくれた消しゴムを返そうとすると


「おまえが鈍くさいからに決まってるだろ」

 
照れくさそうな表情で、視線を逸らしてしまったけれど


「試験、受けられなかったけど大丈夫?」


「どうせ白紙で出すから受けても受けなくても同じだ」


さりげなく隣に座ってみたら、意外にも普通に話をしてくれたから


「白紙って…内申点なくなっちゃうよ。高校受験、どうするの?」


つい、立ち入ったことまで聞いてしまった


「高校になんか行かねぇよ」


「えっ…」


「プロのボクサーになるんだ、俺」


「ボクサーって、なあに?」


「はあ?」


恥ずかしいことに


中学生になるまでほとんど家から出たことのなかったわたしは、この時までボクシングというスポーツを知らなかった


それから彼は


母子家庭で育ったことや、新聞配達のアルバイトをしたお金でボクシングジムに通っていることをわたしに話してくれて


「おまえは?転校してきたわけじゃないんだろ。中2まで学校に通ったことがないってどういうことだよ。どっか体でも悪いのか?」
 

「ううん、大した理由なんてないんだけど、その…」


うまく説明出来なくて口ごもってしまったわたしを見て


「ごめん、余計なこと聞いちまったな」


とっても優しい笑顔で頭をポンと叩いて行ってしまった


「あ…」



最初で最後のわたしの恋は



その時、すでに始まっていた








※次回に続きます
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