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【番外編4】父の思うところでは
前編
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【篠塚父から見た二人の話】
息子が付き合っているのは、男かもしれない。
その考えにたどり着いたとき、一瞬血の気が引いた。
あの誠悟が?
そんなわけがない。理性ではそう思うのに、得た情報のどれもが、それを指し示しているように思えた。
気付いたのは、息子がマンションに誰も入れないようになったのがきっかけだ。基本的に、家族であろうと人の出入りを拒む子だったから、長らくおかしいと思うことがなかった。けれど妻が「あの子の家、十年ぐらい行ってないわね。嫌がるのよね」などと笑っていたのがきっかけだ。彼女でもいるんじゃないのかと二人で話した。
それからもずっと息子の秘密主義は続き、これは本格的に彼女がいるなと思い、カマをかけるも話す様子もない。
これは、親に言えないような相手と関係があるのではないかと危機感を覚え、専門家を雇って調べたことで発覚した。
年上の男と同居している、と。
その相手が以前の会社の上司であることだけは分かっている。その上司がどういう人物かも。しかし、その上司の身元までは、調べるに至らなかった。その上司の過去を知る人物を見つけることができなかったためだ。
分からないとはいえ、昔の部下の元に転がり込むような上司など、ろくな人物ではないのは確実だ。
息子が彼を慕っていたことは知っている。あのバカ息子がまともに働き出し、もっと良い会社に入ると転職をする決意をしたのも、その松永という男がきっかけだと聞く。その恩を盾に転がり込んだのか。それとも転がり込まなければならないような理由があったのか。
ともあれ上司をべた褒めにする息子の言葉を鵜呑みにしてはいけないと、不信感を抱いた。
なにより以前あれほど松永という男の話をしていたのに、今は全くその男の話をすることがない。
今まではそれを不審に思う事もなかった。当然だ。昔いた会社の上司の話など、いつまでもするはずないのだから。しかし、一緒に住んでいるというのなら話は別だ。
なぜ、誠悟はその男の話をしないのか。同居までしているというのに。同居している理由も話せる物ではなく、未だ昔の上司と関係があることも言いたくないなど、ろくでもないのは間違いないだろう。
しかし、誠悟は稀に帰ってきても、至って普通の様子で、むしろ機嫌良く、日常に対して問題ないという。
二人の関係がおかしな物ではなかったか、調べた者に聞くが、不審な場所に行っている様子もなく、賭け事など散財している様子もない、特におかしな行動をするわけでもない、二人の距離感もおかしいと思ったことはないという。
脅されているわけでも、強要されているわけでもないとしたら、なぜ、いい年した男二人が同居など。
誠悟に聞くか、このまま放置するか悩んでいたところで、突然によぎった、二人が恋人同士ではないか、という考え。
同居ではなく、同棲ではないか、という考えに、自分で思いつきながら、激しく動揺した。馬鹿馬鹿しいと最初は笑ったが、あれが同棲であるとするのなら、疑問に思った諸々に納得がいく。
元々恋人と暮らしているのではないかと思わせる節があったのだ。ただ、恋人が、女性じゃなく、男性だったということで、不信感が湧き上がった訳なのだが。
しかし、あの誠悟が、人と一緒に暮らしたがるとは到底思えない。ということは、やはり、松永という男が押しかけたと見るべきか。人を見下していた誠悟が信頼を寄せる男だ、どうせ口も上手く誠悟を丸め込んだのではないか。
いい年した息子の生活に口を挟む物ではないと思いつつ、あの誠悟が太刀打ちできないような男なら、こちらから手を打った方が良いのではないかと思えた。
誠悟は社交的ではあるが、人と暮らすのには向いていない。少しわがままで傲慢すぎるきらいがあるし、自分のテリトリーに人が入ってくるのも好まない。その誠悟が、自ら他人と暮らしたがるわけがない。
同性愛が悪いなどと言うつもりはない。他人事であれば、どうでも良いことである。けれど、自分の息子が……となると、話は別だ。誰が我が子に茨の道を歩ませたいと思う物か。元々息子は異性愛者だ。今少し盛り上がっているのかもしれないが、いつまでも続けるはずもない。やめるのなら早いほうが良い。
マイノリティーであることなど、生きていく上では、ハンディが大きすぎるのだから。
年下の男の元に転がり込むような人間なら簡単に追い払えると、その時、私は思ったのだ。
「松永、睦月さんですね」
初めて顔を合わせたその男は、突然声をかけた私を、不審そうに一瞥した。
「なにか」と、低い声で返すその表情には、何の感情も浮かんでいない。
私と誠悟は、顔立ちからして良く似ている。一目で誠悟の父親だと分かってもおかしくないというのに、何の反応一つ見せなかった。
誠悟の父親であることを名乗り、松永という男とその時初めて話す機会を得た。
最初の印象は、油断がならない人物、といった感じか。
全く感情が読めない。
確信に至っていないにもかかわらず、反応が見たさに「恋人」という予測を断定してみせるも、松永は鷹揚に構え、さらりとはぐらかし、あまつさえ不敵な笑みさえも浮かべて、珈琲を口に含んだ。
だが、否定はしなかった。その時点で、二人に、そういった関係があるのは間違いないと確信した。しかし、単にこちらの思惑をはかるために、思惑を隠しカードを出していないだけの可能性もある。誠悟という将来有望な男を何かの駒にでも使いたい思惑があるのなら、あり得ない話しではない。
彼から何らかの感情を引き出したくて、話をいくつか振るも、気負う様子もなく、こちらを小馬鹿にでもした様子で、うっすらと笑みを浮かべて、軽く躱していく。
らちがあかないと思ったその時だ。
「新しい居場所を作るのも、時間の問題です」
松永は、うっすらと浮かべた笑みを消すことなく、そう言った。少し、楽しげですらあった。
その時、ようやく私は思い違いに気付いた。
この男が、誠悟の元に押しかけたと思い込んでいた。確信すらしていた。だが、それこそが過ちだったのではないか。誠悟こそがこの男に執着しているのではないか。
早まった。
その可能性は全く考えていなかった。誠悟が誰かに執着しているだなんて、思いもしなかった。ましてや、男相手になど。
この男は、誠悟に執着していない。それどころか私が出てきたことで、身を引こうとしているように見えた。いや、そんな殊勝な物ではない。煩わしそうに、面倒な事には関わりたくないと言わんばかりだ。
別れてくれるというのなら渡りに船……とは思わなかった。これでは、誠悟はうちには帰ってこない。あの誠悟が家に同居させようとするほどに執着しているというのなら、これは悪手だ。怒り狂う誠悟が容易に想像できる。これは、誠悟が思い通りに制御できるような男ではない。せっかくの別れさせる機会だというのに、私は彼を引き留めることしかできなかった。
松永という男を、どう動かした方が良いか、私は考えた。誠悟を連れ戻し、会社を継がせ、真っ当な伴侶と添い遂げさせるために。
松永という男は、なかなか面白い人物だった。
彼が勝手に身を引いては、こちらに火の粉が降りかかる。身を引いてもらうタイミングも、こちらの方で決めておきたい。
面倒だからさっさと話を進めろと言わんばかりの松永に、色々ちょっかいをかけて話を引き出しては、どうするか方向性を決めてゆく。
話を引き出すと行っても、口数の多くない彼から聞ける話などほとんどない。しかも決定的なことは何一つ言わないという徹底的に警戒されている状態だ。
しかしそれがなかなか面白い。
そう、面白いのだ。困ったことに。
彼との駆け引きのような会話は、適度な緊張感がありつつ、どう引き出すか考えるのも面白ければ、彼の見事な躱し方もまた、奇妙な心地よさがある。いつの間にか、私自身、一筋縄ではいかない松永との会話を楽しみにするようになっていた。
何度目だったか。知り合って数ヶ月は経っていた。その頃には私の考えも少し変わり始めていた。何も今、誠悟と引き離す必要はないのではないか、という物へと。
プロから見てですら、外での誠悟と松永の関わり方は、友人の域を出ない物だ。この男は、誠悟の不利になる振る舞いをしないのではないか。
思っていたような、誠悟を食い物にする男ではないことだけは、短い期間だが理解出来た。むしろ、現状を非常に疎ましそうに、別れる気でいる彼を見ると、だんだんと、彼は誠悟のために身を引こうとしているのでは……とすら思えてきた。誠悟などどうだって良いと思えるような態度の裏で、言葉の端々から感じるのは、全てが誠悟への気遣いだった。
私が彼を気に入ったのか、それともほだされたのか。
ある日、ふと思ったのだ。
松永が誠悟の側にいる方が、誠悟にとって有益なのではないか、と。
いつまでも続くような関係ではない、そう思うにもかかわらず、本当にそうだろうかという疑念がもたげた為か。
彼は、ずっと息子の側にいるのではないかと。息子は、彼を手放さないのではないかと。
松永は、現状の関係をオープンにする気はないようだ。
これが、周りの目など気にせず公にするような男なら、受け入れるわけにはいかなかった。取引先には頭の固い連中は山ほどいる。息子らの性癖はつけいるすきになる。だが、ここまで徹底的に隠しているのなら、現状のままの方が、良いのかもしれない。
誠悟では、今の会社を掌握するのは少し難しいだろう。だが、この男、松永がいれば、それは格段に容易くなるのではないか。
この男の力量が見てみたい。純粋にそう思う気持ちもあった。
そして、そのうち別れる可能性もまだある。それならそれでいい。むしろその方が望ましいという考えは変わっていない。
別れないなら別れないで監視できる場所に置いておく方が有益だ。
別れるというのなら、息子と会うことのないようなどこかに出向させれば良い。
思うように動かせない男であるのなら、手元に置いておいた方が良い、どう傾くか分からない賭けをするのなら、手元に置いておいた方が良い。ただそれだけだ。
「誠悟が、ゲイだとしたら、どうする?」
率直に妻に尋ねてみた。
「ゲイなの?」
「男の恋人がいるようだ」
「……共に支え合える人なら、良いんじゃないかしら? あの子、一生独り身でいそうな気がして、心配してたのよ」
「……良いのかい!?」
「ダメって言っても、どうしようもないでしょう……。誰と付き合うかなんて、親が口出すことじゃないもの。そりゃ、誠悟の人生をダメにするような人なら、なんとしてでも止めなきゃいけないと思うわよ。でも、そうでないのなら……あの子の人生だもの」
「……君は、先進的だね」
「で、どういう子なの?」
「……誠悟の転職を後押しした上司で、……相当な切れ者だね」
「ああ、あの、誠悟がべた褒めしてた」
「そう、べた褒めしてた……」
「ベタ惚れなのねぇ……あの誠悟がねぇ……」
「君は、よく笑ってられるね……」
「あら、笑えることなら、笑ってないと、考えすぎて疲れちゃうわよ」
クスクス笑う妻に、そういうものかと、溜息をつく。どうせ勝てないのなら、逆らわない方が良い。
「彼を、うちの会社に引き抜きたいと思う。……誠悟の恋人を、認める、ということになる。君は、嫌じゃない?」
「……良いんじゃないかしら。お仕事の方に欲しい人だと、あなたは思ったんでしょう?」
全くこちらの仕事には関知しないくせに、彼女はそういう所の察しは良い。
ありがとうと言うと、妻は、いつか食事にでもその方を連れてきてねと笑った。
息子が付き合っているのは、男かもしれない。
その考えにたどり着いたとき、一瞬血の気が引いた。
あの誠悟が?
そんなわけがない。理性ではそう思うのに、得た情報のどれもが、それを指し示しているように思えた。
気付いたのは、息子がマンションに誰も入れないようになったのがきっかけだ。基本的に、家族であろうと人の出入りを拒む子だったから、長らくおかしいと思うことがなかった。けれど妻が「あの子の家、十年ぐらい行ってないわね。嫌がるのよね」などと笑っていたのがきっかけだ。彼女でもいるんじゃないのかと二人で話した。
それからもずっと息子の秘密主義は続き、これは本格的に彼女がいるなと思い、カマをかけるも話す様子もない。
これは、親に言えないような相手と関係があるのではないかと危機感を覚え、専門家を雇って調べたことで発覚した。
年上の男と同居している、と。
その相手が以前の会社の上司であることだけは分かっている。その上司がどういう人物かも。しかし、その上司の身元までは、調べるに至らなかった。その上司の過去を知る人物を見つけることができなかったためだ。
分からないとはいえ、昔の部下の元に転がり込むような上司など、ろくな人物ではないのは確実だ。
息子が彼を慕っていたことは知っている。あのバカ息子がまともに働き出し、もっと良い会社に入ると転職をする決意をしたのも、その松永という男がきっかけだと聞く。その恩を盾に転がり込んだのか。それとも転がり込まなければならないような理由があったのか。
ともあれ上司をべた褒めにする息子の言葉を鵜呑みにしてはいけないと、不信感を抱いた。
なにより以前あれほど松永という男の話をしていたのに、今は全くその男の話をすることがない。
今まではそれを不審に思う事もなかった。当然だ。昔いた会社の上司の話など、いつまでもするはずないのだから。しかし、一緒に住んでいるというのなら話は別だ。
なぜ、誠悟はその男の話をしないのか。同居までしているというのに。同居している理由も話せる物ではなく、未だ昔の上司と関係があることも言いたくないなど、ろくでもないのは間違いないだろう。
しかし、誠悟は稀に帰ってきても、至って普通の様子で、むしろ機嫌良く、日常に対して問題ないという。
二人の関係がおかしな物ではなかったか、調べた者に聞くが、不審な場所に行っている様子もなく、賭け事など散財している様子もない、特におかしな行動をするわけでもない、二人の距離感もおかしいと思ったことはないという。
脅されているわけでも、強要されているわけでもないとしたら、なぜ、いい年した男二人が同居など。
誠悟に聞くか、このまま放置するか悩んでいたところで、突然によぎった、二人が恋人同士ではないか、という考え。
同居ではなく、同棲ではないか、という考えに、自分で思いつきながら、激しく動揺した。馬鹿馬鹿しいと最初は笑ったが、あれが同棲であるとするのなら、疑問に思った諸々に納得がいく。
元々恋人と暮らしているのではないかと思わせる節があったのだ。ただ、恋人が、女性じゃなく、男性だったということで、不信感が湧き上がった訳なのだが。
しかし、あの誠悟が、人と一緒に暮らしたがるとは到底思えない。ということは、やはり、松永という男が押しかけたと見るべきか。人を見下していた誠悟が信頼を寄せる男だ、どうせ口も上手く誠悟を丸め込んだのではないか。
いい年した息子の生活に口を挟む物ではないと思いつつ、あの誠悟が太刀打ちできないような男なら、こちらから手を打った方が良いのではないかと思えた。
誠悟は社交的ではあるが、人と暮らすのには向いていない。少しわがままで傲慢すぎるきらいがあるし、自分のテリトリーに人が入ってくるのも好まない。その誠悟が、自ら他人と暮らしたがるわけがない。
同性愛が悪いなどと言うつもりはない。他人事であれば、どうでも良いことである。けれど、自分の息子が……となると、話は別だ。誰が我が子に茨の道を歩ませたいと思う物か。元々息子は異性愛者だ。今少し盛り上がっているのかもしれないが、いつまでも続けるはずもない。やめるのなら早いほうが良い。
マイノリティーであることなど、生きていく上では、ハンディが大きすぎるのだから。
年下の男の元に転がり込むような人間なら簡単に追い払えると、その時、私は思ったのだ。
「松永、睦月さんですね」
初めて顔を合わせたその男は、突然声をかけた私を、不審そうに一瞥した。
「なにか」と、低い声で返すその表情には、何の感情も浮かんでいない。
私と誠悟は、顔立ちからして良く似ている。一目で誠悟の父親だと分かってもおかしくないというのに、何の反応一つ見せなかった。
誠悟の父親であることを名乗り、松永という男とその時初めて話す機会を得た。
最初の印象は、油断がならない人物、といった感じか。
全く感情が読めない。
確信に至っていないにもかかわらず、反応が見たさに「恋人」という予測を断定してみせるも、松永は鷹揚に構え、さらりとはぐらかし、あまつさえ不敵な笑みさえも浮かべて、珈琲を口に含んだ。
だが、否定はしなかった。その時点で、二人に、そういった関係があるのは間違いないと確信した。しかし、単にこちらの思惑をはかるために、思惑を隠しカードを出していないだけの可能性もある。誠悟という将来有望な男を何かの駒にでも使いたい思惑があるのなら、あり得ない話しではない。
彼から何らかの感情を引き出したくて、話をいくつか振るも、気負う様子もなく、こちらを小馬鹿にでもした様子で、うっすらと笑みを浮かべて、軽く躱していく。
らちがあかないと思ったその時だ。
「新しい居場所を作るのも、時間の問題です」
松永は、うっすらと浮かべた笑みを消すことなく、そう言った。少し、楽しげですらあった。
その時、ようやく私は思い違いに気付いた。
この男が、誠悟の元に押しかけたと思い込んでいた。確信すらしていた。だが、それこそが過ちだったのではないか。誠悟こそがこの男に執着しているのではないか。
早まった。
その可能性は全く考えていなかった。誠悟が誰かに執着しているだなんて、思いもしなかった。ましてや、男相手になど。
この男は、誠悟に執着していない。それどころか私が出てきたことで、身を引こうとしているように見えた。いや、そんな殊勝な物ではない。煩わしそうに、面倒な事には関わりたくないと言わんばかりだ。
別れてくれるというのなら渡りに船……とは思わなかった。これでは、誠悟はうちには帰ってこない。あの誠悟が家に同居させようとするほどに執着しているというのなら、これは悪手だ。怒り狂う誠悟が容易に想像できる。これは、誠悟が思い通りに制御できるような男ではない。せっかくの別れさせる機会だというのに、私は彼を引き留めることしかできなかった。
松永という男を、どう動かした方が良いか、私は考えた。誠悟を連れ戻し、会社を継がせ、真っ当な伴侶と添い遂げさせるために。
松永という男は、なかなか面白い人物だった。
彼が勝手に身を引いては、こちらに火の粉が降りかかる。身を引いてもらうタイミングも、こちらの方で決めておきたい。
面倒だからさっさと話を進めろと言わんばかりの松永に、色々ちょっかいをかけて話を引き出しては、どうするか方向性を決めてゆく。
話を引き出すと行っても、口数の多くない彼から聞ける話などほとんどない。しかも決定的なことは何一つ言わないという徹底的に警戒されている状態だ。
しかしそれがなかなか面白い。
そう、面白いのだ。困ったことに。
彼との駆け引きのような会話は、適度な緊張感がありつつ、どう引き出すか考えるのも面白ければ、彼の見事な躱し方もまた、奇妙な心地よさがある。いつの間にか、私自身、一筋縄ではいかない松永との会話を楽しみにするようになっていた。
何度目だったか。知り合って数ヶ月は経っていた。その頃には私の考えも少し変わり始めていた。何も今、誠悟と引き離す必要はないのではないか、という物へと。
プロから見てですら、外での誠悟と松永の関わり方は、友人の域を出ない物だ。この男は、誠悟の不利になる振る舞いをしないのではないか。
思っていたような、誠悟を食い物にする男ではないことだけは、短い期間だが理解出来た。むしろ、現状を非常に疎ましそうに、別れる気でいる彼を見ると、だんだんと、彼は誠悟のために身を引こうとしているのでは……とすら思えてきた。誠悟などどうだって良いと思えるような態度の裏で、言葉の端々から感じるのは、全てが誠悟への気遣いだった。
私が彼を気に入ったのか、それともほだされたのか。
ある日、ふと思ったのだ。
松永が誠悟の側にいる方が、誠悟にとって有益なのではないか、と。
いつまでも続くような関係ではない、そう思うにもかかわらず、本当にそうだろうかという疑念がもたげた為か。
彼は、ずっと息子の側にいるのではないかと。息子は、彼を手放さないのではないかと。
松永は、現状の関係をオープンにする気はないようだ。
これが、周りの目など気にせず公にするような男なら、受け入れるわけにはいかなかった。取引先には頭の固い連中は山ほどいる。息子らの性癖はつけいるすきになる。だが、ここまで徹底的に隠しているのなら、現状のままの方が、良いのかもしれない。
誠悟では、今の会社を掌握するのは少し難しいだろう。だが、この男、松永がいれば、それは格段に容易くなるのではないか。
この男の力量が見てみたい。純粋にそう思う気持ちもあった。
そして、そのうち別れる可能性もまだある。それならそれでいい。むしろその方が望ましいという考えは変わっていない。
別れないなら別れないで監視できる場所に置いておく方が有益だ。
別れるというのなら、息子と会うことのないようなどこかに出向させれば良い。
思うように動かせない男であるのなら、手元に置いておいた方が良い、どう傾くか分からない賭けをするのなら、手元に置いておいた方が良い。ただそれだけだ。
「誠悟が、ゲイだとしたら、どうする?」
率直に妻に尋ねてみた。
「ゲイなの?」
「男の恋人がいるようだ」
「……共に支え合える人なら、良いんじゃないかしら? あの子、一生独り身でいそうな気がして、心配してたのよ」
「……良いのかい!?」
「ダメって言っても、どうしようもないでしょう……。誰と付き合うかなんて、親が口出すことじゃないもの。そりゃ、誠悟の人生をダメにするような人なら、なんとしてでも止めなきゃいけないと思うわよ。でも、そうでないのなら……あの子の人生だもの」
「……君は、先進的だね」
「で、どういう子なの?」
「……誠悟の転職を後押しした上司で、……相当な切れ者だね」
「ああ、あの、誠悟がべた褒めしてた」
「そう、べた褒めしてた……」
「ベタ惚れなのねぇ……あの誠悟がねぇ……」
「君は、よく笑ってられるね……」
「あら、笑えることなら、笑ってないと、考えすぎて疲れちゃうわよ」
クスクス笑う妻に、そういうものかと、溜息をつく。どうせ勝てないのなら、逆らわない方が良い。
「彼を、うちの会社に引き抜きたいと思う。……誠悟の恋人を、認める、ということになる。君は、嫌じゃない?」
「……良いんじゃないかしら。お仕事の方に欲しい人だと、あなたは思ったんでしょう?」
全くこちらの仕事には関知しないくせに、彼女はそういう所の察しは良い。
ありがとうと言うと、妻は、いつか食事にでもその方を連れてきてねと笑った。
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