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【番外編3】出会いから二十年後ぐらいの二人(松永視点)
松永さんは今日も絶好調 1
しおりを挟む「松永、睦月さんですね」
突然そう声をかけてきたその老齢の男は、オレの最愛の二十年後の姿をしていてた。
ダンディな誠悟(偽)を前に、ときめきで胸が詰まって言葉を失ったのは、墓場まで持って行こうと思っている。
誠悟の父親を名乗ったその人は、疑うまでもなくまさしく篠塚父を体現したような男で、オレより年上の誠悟……と思うと、うっかりとキュンとした。
緊張して自然とこわばる心と体を叱咤し、互いに軽い自己紹介と挨拶を述べて、篠塚父の出方をうかがう。
何言われるのかと思うと、緊張する。
「この、息子を奪った泥棒猫が……!!」な展開、待ったなし。やべぇ。
同居してまさか三年でばれるとは……。早かったのか、遅かったのか。なんにせよ潮時なのだろう。幸せな十余年だった。オレの人生に同棲までするという花を与えてくれた誠悟には感謝しかない。
グッバイ、オレの幸せ。
去来する感情を押し込めながら、促されるままに篠塚父の後をついて行った。
「申し訳ないが、君のことを少し調べさせてもらった」
やだ、さすが金持ち! ホントにそこまでするんだ?!
子供の相手の身辺調査など本の中の世界かと思ったら、本当にそこまでする人種は意外と身近にもいたらしい。誠悟の育ちの良さは、何でもないところで垣間見える事があるが、こんな所でも良いところの子供だったのだと思い知らされる。
「松永さん、あなたは息子の恋人、ということで、かまわないですね?」
穏やかな顔をして、さっきからずいぶんと直球で話を振ってくるな……。篠塚父だからもっと、こう……搦め手で、気がついたら詰んでた方向に話しを持ってくるのかと思ったが。
誠悟とはタイプが違うのだろうか。
篠塚父を観察しながら、返答に迷う。
この聞き方、訊ねるじゃなくて確認なんだよなー……。うん、想像はしてたけどなー。でも勝手にオレが誠悟の家族にカミングアウトするのも、誠悟に悪いしな……。どう答えたもんか。
そうだ、ごまかそう。
「それを聞いて、どうするつもりでしょう」
コーヒーを口に運びながら無理矢理笑みを浮かべる。
ふ、震えてないし。全然手とか震えてないし。
手がカタカタなりそうなのを、あえてカップを持つことで、感情制御に使ってみる。自覚するところがあると、落ち着かせる部分って明確になるよな……。
カップを下ろせば、目の前の二十年後の誠悟(偽)が、ふっと笑みを浮かべた……すっげぇ悪っそうな顔で。
「……誠悟が、あなたのことをしきりに褒めるんです。確かに、誠悟ではまだあなたには敵わないでしょうな」
「……彼は、私などとうに飛び越えています。彼からの過大評価も、まもなく落ち着くかと」
篠塚父の言い方に、カチンとくる。「あなたなら誠悟を言いくるめるのは簡単でしょうね」って事だろ?
誠悟はオレなんかに騙されるようなアホじゃないし!! 大丈夫だし!! バカにすんなし!!
オレに弄ばれてるみたいな言い方をすんな。自分の子供馬鹿にしてる言い方だって、分かってんのか? いくら誠悟の父親だからって、いくら誠悟にそっくりだからって……くっそ……やっぱり顔が良い。
睨んでやろうとして、その顔の良さにクラリと意識を持って行かれる。
ああああ誠悟に似てるぅ……この顔、すきぃ……。
大体、雰囲気が似ているのがいけない。ホント誠悟の父親って感じすぎる……。むしろ二十年後の誠悟感満載。でもダメ、気持ちをしっかり持とうぜ。
キリッと顔を引き締めて、篠塚父に対峙する。オレの言葉を聞いて、篠塚父はにこりと笑った。
「関係は、いつまでも続かないとお考えで?」
「いつまでも慕ってもらえるとは、思っていませんね。……以前彼が勤めていらした私どもの会社で、彼の能力は飛び抜けていました。小さな器で終わる男ではないと当時から感じていたものでした。彼は今、広い社会で自分の力を試しているところです。疲れた時に、気心の知れた以前の古巣は居心地も良かったのでしょう。しかし、新しい居場所を作るのも、時間の問題です」
うん、もう、十分だ。十分すぎるほど、オレは誠悟に幸せをもらった。一生もののメモリアルゲットだし。家族に反対されてまで誠悟がこんな関係にしがみついて苦しむことはない。
オレが、誠悟に大切にされているのは分かっている。気を許してくれているのも。けれど、誠悟はまだ若い。オレみたいなおっさんにしがみつく意味がない。オレがいなくなれば、もっと良い幸せを見つけることが出来るだろう。
だからお父さん、心配しなくても大丈夫ですよー……っと。
心の中でこっそり「お父さん」呼びして、キュンとする。恋人の父をお父さんって呼ぶのって、誠悟との夫夫感満載。しかも誠悟そっくりな父親を。……オレも、こんな父親なら欲しかった。
「……別に私は、君たちに頭ごなしに別れろと言いに来たつもりは、ないのだがね」
苦笑を浮かべた篠塚父に、嘘つけ、と思う。そのうさんくさい外面満載の笑みは、誠悟そっくりだ。オレの返答次第では、問答無用で退ける気だろうが。「頭ごなしに」っつってんだから、嘘は言ってないのかも……なんて思わねぇよ。別れさせる気だから、来たんだろうが。
ま、……そんなことしなくても、身は引くけどな。……それが分かったから、こういう態度なのだろう。
「大切なご子息です。交友関係を心配するのは、親として当然かと」
気に入らなかったら、干渉したくもなるだろうよ。
それに文句を言う気はない。同性愛なんて、それだけで風当たりが強い。それだけで別れさせたい原因になる。権利だなんだ主張しても、仮に法律で認められても、「気持ち悪い」って声のでかいヤツが一声上げれば、それだけで人生が台無しになり得る。
いい年した大人に親が口を出すのはどうかと思うけどな。けれど、身内とは、そういうものなんだろう。本人以外の都合で勝手に口を出す。ましてや相手が、息子より十近く年上の男だ。口出ししたい気持ちを責める気はない。大切だからこそ、手も口も出したい気持ちは、突き刺さるほど分かる。そう、例えば、十余年前のオレとか。失敗して誠悟を傷つけまくった、まさしくオレが踏んだ轍だ。
「まいったな。私は本当に、君たちの関係を裂く気はないんだよ」
「そうですか」
現時点ではな。んで、あとはオレの出方次第な。知ってる。言葉上の嘘は言ってないのだろう。隠してる本心があるだけで。「本当」が混ざってると、本心に見えるよな。
あーうっさんくせぇ。
やっぱ、誠悟の父親だな。率直に見せかけて、じわじわと絡めて思い通に人を動かそうとするタイプか?
どういうつもりか分からないのに、オレから話すことなんて、なんにもないもーん。そっちが腹割って話してくれるなら、オレもそれに答えるのはやぶさかではない。だが、搦め手で都合良くオレを動かしたいのなら、お断りだ。
そっから先は、オレと誠悟で決めることだ。
口を開かないオレに、篠塚父は苦笑する。
「今日は、どうしても君に会ってみたくて無理に押しかけたが、話が出来て良かった。有意義な時間をありがとう。……誠悟は、あまり家に寄りつくような子ではなくてね。もしよろしければ、あなたから誠悟の話など聞かせていただけるとありがたいのだが……また、会ってもらえるかな?」
「もちろん、喜んで」
口元に引きつりそうな笑みを浮かべ、心にもない返事をしてみる。
やだー……。この人、オレのことめっちゃ試す気満々じゃないですかー……。
ニコニコと笑みを浮かべた篠塚父と、握手を交わして別れる。
疲れた。
背中を見送りながら溜息が漏れた。
くっそ、勝手だな!! だがその身勝手さが似合うってすげぇな?! 断れないこと知っていて、質問系にすんなし。くっそ、監視か?! 監視だよな!! 知ってる!! 誠悟にそっくりだからって、許されると思うなよ?!
その背中に向けて心の中で罵りをぶつけまくる。けれど、どういうつもりかは知っておきたい。しばらくは篠塚父の思惑に乗っておく方が良いだろう。油断させといて、なんか仕掛けてくるのか、本当にゆっくりとオレと関わるつもりなのか。そこはもう、なるようになれだ。
良い時期じゃないかと、自分に言い聞かせる。オレも先のことをはっきり決めるべき時が来たのだろう。
誠悟の勢いに、流されるようにここまで来た。嬉しくて、幸せで、流されたくて、ここまで来た。
だが、流されるまま進んではいけないのだ。感情ではなく、誠悟の未来をもっと大事にするべきなのだ。
篠塚父は、流されたいオレの軛(くびき)だ。今一度立ち止まって、考えなければいけない。
また、二十年後の誠悟(偽)に呼び出されるのか……気が重い。ホントに、気が重い。いやマジで。
決して、オレより年上の誠悟感を楽しみたいとか、思ってないってばよ。
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